浅倉久志のレビュー一覧

  • パーマー・エルドリッチの三つの聖痕

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    中盤以降、継ぎ目なくスムーズに描写される、現実と虚構の絡み合う混沌とした世界に目眩がしそうでした。

    地球は温暖化が進み、ニューヨークでは摂氏82℃を記録するほどの過酷な環境。地球滅亡に備えるために、人々は国連によって火星などの外惑星に強制移住させられはじめていました。しかし、移住した人々を待っているのは、不毛な土地を開墾する退屈な日々。唯一の楽しみは、ドラック「キャンD」を使ってパーキー・パット人形を介在して体現する幻想世界に溺れることでした。

    そんなある日、プロキシマ星系から星間実業家のパーマー・エルドリッチが、新種のドラック「チューZ」を携えて太陽系に帰還します。パーキー・パット人形と「キャンD」を独占販売しているP.P.レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、市場を駆逐されかねない事態に恐れを抱き、社の予知能力者(プレコグ)であるバーニイ・メイヤスンとその助手ロニにパーマー・エルドリッチの居場所を探らせて、自ら敵地に乗り込みます……。

    この後、「チューZ」を服用して見せられる混沌とした幻覚の世界が、なんだか悪夢そのものという感じで描かれるのですが、比べると「キャンD」の方は天国かな。終盤は、徐々にパーマー・エルドリッチが世界に偏在して広まっていくところが不気味でした。

    ただ、最後まで読んで最初のレオ・ビュレロの言葉に戻ると、それでも希望が持てる物語として読むことができて良かったです。これは、解説でディックが「最初のパラグラフこそが小説で、あとは付け足しの、全てのいきさつのフラッシュバックに過ぎない」というようなことを書いてあったので、戻って読みなおして感じたことなんですけどね。

    万人向けではないですが、何作かディック作品を読んだ人にはおすすめかな。

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    2025年04月22日
  • ファニーフィンガーズ ラファティ・ベスト・コレクション2

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    〈カワイイ〉をキーワードにラファティ作品20作を収録した短篇集。


    前半は『町かどの穴』のほうが好みの作品が多いかなと思っていたのだが、後半は「とどろき平」以降ぜんぶ好きだと言っても過言じゃない。「うちの町内」、荒俣宏の傑作アンソロジー『魔法のお店』に収録されてたのか!あのなかでは薄味なので覚えていなかったけど、もう随分前にラファティに出会っていたんだなぁ。以下、気に入った作品の感想。

    ◆「ファニーフィンガーズ」
    ヘパイストスをモチーフに、製鉄という魔術が使える長命者の父娘と、ただの人間な母、娘の恋人のトンチンカンだけど切ないすれ違いを描く。「町かどの穴」もそうだけど、お母さんキャラがある意味で異種族よりも素っ頓狂で面白い。でもお父さんお母さんがなんとか夫婦やってるんだから、主人公たちもやろうと思えばどうにかなるんじゃないのかな。あとこの作品に限らずラファティのネーミングセンスが好き。ファニーフィンガーズはモチーフに直結してて尚且つ可愛いし、ミントグリーンとかグレイストーンとかハウスゴーストとかもいいよなぁ。

    ◆「七日間の恐怖」
    超能力キッズもの。子ども主役の作品はそれほど刺さらなかったなかで、これは短篇アニメのようなオチがお洒落。

    ◆「せまい谷」
    頓知の効いた民話風ファンタジー。狭い土地に実は広大な空間が隠されているという壺中天的な話なんだけど、それ自体のワンダーより不動産を守るための魔法という妙に現実的でビジネスライクなところにスポットを当てているのが面白い。でも民話って庶民の知恵を下の世代に受け継ぐためのものだから、経済的なことガンガン話すんだよね。自分に不利なルールに従わない反骨精神と、それを隠して周到な言い訳を用意しておく狡賢さ。アイルランドとアメリカ南部というラファティのルーツを色濃く感じる一作。

    ◆「とどろき平」
    いやーーーーもうこれ大好き!!!!! フラン・オブライエンの『スウィム・トゥ・バーズにて』をギュギュッと絞って気の利いたカクテルにしちゃったみたいな、ダンセイニの〈ジョーキンズ・シリーズ〉を全部ミックスしたのをおたまにひと掬いしてだされたみたいな。"すぐそばに異星人、タイムトラベラー、〈先行者〉がいるかもしれない"はラファティの重要テーマだけど、この短篇に至ってはもはや地球は宇宙を彷徨う輩たちがうじゃうじゃ集うパーティ会場と化し、忘れているだけで登場人物たちはみなどこか遠い彼方から地球へやってきた者たちであり、読者にもウインクしながら「忘れてませんか?」と語りかける。精神性ではタルホのイズムも感じることができる。酒場で語られる与太話がひたすらずっと面白いだけ、という語りの力も強いよなぁ。

    ◆「公明にして正大」
    魔法と不動産の民話その2。あっけらかんとしたファム・ファタル。計画を全部喋ってくれるので憎めない悪役。古城の設定とかタイルの下にいる海の魔物とか、物語空間のディテールが楽しい。鶏の血をくれる女は魔女じゃないのか、その辺にコメットじじいや万能類人猿がいるんだから役所の受付に魔女がいるくらいはデフォルトなのか。

    ◆「昔には帰れない」
    子ども時代によく遊んだ〈月〉の思い出と、中年を過ぎてからの再訪。要するに同窓会の話で、月はタイムカプセルのようなものなのだが、月が偽物だったのでも消えるのでもなく現存している上でしっかり幻滅するという面白さ。ノスタルジックな農村がただの過疎村に見えたとしても、月を月たらしめる魔法は続いているのだが、薄まることなく存続している魔法はもはや自然法則と変わらずつまらないものなんだろうか。

    ◆「浜辺にて」
    人のかたちをトレースする貝と徐々に同化していく少年。市川春子の読切みたい。極小の蟹の描写が気持ち悪い。「注釈蟹」っていうのは活字のサイズのことかなぁ。円環が閉じるラストが美しい。

    ◆「一期一宴」
    吉田健一の「海坊主」ってこんな話じゃなかったっけ。

    ◆「みにくい海」
    この話は男の心が〈ファム・ファタル〉を生みだす構造を描いていると思う。憎まれ口を叩いて男をブンブン振り回す女の子が蠱惑的で可愛いわけだが、家庭に入って愛情深い子だと分かった途端に海に強く惹かれだすのがサイテーで、でも普遍的な感情なのだと思う。意外に家庭的な女だったことが問題なのではなくて、幻想が現実になると永遠に幻想であり続ける場所=海に逃げていく男の話というか。あるいは永久に自分を見返してこないで、見ることだけを享受できる場所、かな。デイジー・ジョンソンの「アホウドリの迷信」はこれの女性視点みたいな話。

    ◆「スロー・チューズデー・ナイト」
    人類の思考効率が飛躍的に上がった結果、経済活動が8時間サイクルでめまぐるしい盛衰を見せる未来世界。朝型人間、昼型人間、夜型人間、という常套句をサクッと料理して、SF短篇一丁上がり!って感じが恰好良い。ジャズエイジのモダニズム文学を皮肉ったようでもある。でもこの未来人、寿命は今と同じだとしたら辛いな。

    ◆「九百人のお祖母さん」
    これ好きだな〜〜〜。ビジュアルを想像するとしっかり怖いんだけど、おばあちゃんたちと一緒に笑えもする。無限におばあちゃんが増殖するコズミック・ホラーってなんなんだ。でも"全てが生まれた瞬間を知るおじいちゃん"はいないということで、それは男性にとってはホラーなのかも。どうしてもアジア系のおばあちゃんでイメージしてしまうし、無数の日本人形が祀られてる寺を連想してしまう。名前によって人格を作り変える話と、指で潰せるほど小さいものに畏敬の念を感じられるか否かの話を繋げているのもグッときた。

    ◆「寿限無、寿限無」
    これは邦題が素晴らしいなぁ。天使たちの賭けとランダムにタイプライターを打ち続ける猿、銀河系が生まれて滅ぶまでの永くてあっという間の時間。ダンセイニの『ペガーナの神々』を軽いタッチのコントに書き直したような素敵な小品で、このまま演劇にできそう。

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    2024年07月21日
  • ユービック

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    フィリップ・K・ディックで一番人気とも言われる本作。まだ全作品を読んでませんが、自分も読んだディック作品の中ではNo.1だと思いました。

    あらすじ
    1992年、企業が超能力者を雇う一方、その勢力に対抗する不活性者(超能力を無効化する者)を派遣する会社が存在する時代。主人公は、反エスパー派遣会社「ランシター合作会社」の主任測定技師のジョー(ジョーゼフ)・チップ。彼は、社長のグレン・ランシターから、ある企業の月面支社が大規模なエスパー潜入の疑いがあるとの依頼を聞き、社長と選りすぐりの不活性者11人と共に月面に向かいます…とこれ以上書くとネタバレになってしまいますね。

    『偶然世界』にも出てきた、人の心を読む”覗き屋(ティープ)”などの超能力者たち。それらに対するアンチテレパスなどの不活性者や、時を逆行して過去を変えれる能力を持った謎の女性。死後まもない冷凍した人体と会話ができる”半生者”。ドアを開けて外出するだけで金がいる世界観などなど…道具立てもさることながら、ストーリーも起伏のあるミステリ仕立てで、とてもワクワクドキドキして面白かったです。

    ちなみに、ディックの存命中は、あまり売れていなくて、お金に苦労していたせいか、主人公の名前はチップ。電気羊が『ブレードランナー』として映画が完成したのは、著者の死後ですからね。お金のかかるドアと、時間遡行したときのドアの話しのありように苦笑い。ほんとにお金に困っていたんだなと同情もしました。

    ところで、ディックは、人によって合う合わないが激しい作家だと思いますが、シュレーディンガーの猫や量子論、あるいはスピリチュアル系なんかに興味がある人には会うと思います。例えば、映画の『マトリックス』を見て、あーそういう世界、アリかもしれないよね〜と思える人とかね。そういう人には、特におすすめです。

    正誤 24刷
    P233の16-17行目
    “オーディオラ”ラジオに視線を移した。
    ↓
    “オーディオ”ラジオに視線を移した。

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    2024年08月15日
  • 町かどの穴 ラファティ・ベスト・コレクション1

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    60〜70年代に活躍した奇想の作家R・A・ラファティの作品から、〈アヤシイ〉をキーワードに19作を選出した短篇集。


    好き!!!!!!!!今ずっとラファティを読んでいる。以下、気に入った作品の感想。

    ◆「どろぼう熊の惑星」
    「町かどの穴」のスラップスティックっぷりも嫌いじゃないけど、最初に心をグッと掴まれたのはこれ。ナスカの地上絵のように地表に残された宇宙船の等身大構造図というビジュアルイメージと、その種明かしが楽しい。怖くないコズミック・ホラー。この人が書くものには〈宇宙的郷愁[プラネタリー・ノスタルジア]〉という言葉がぴったりだ。

    ◆「山上の蛙」
    死をめぐる謎かけ言葉が賢者と愚者の秘密の鍵になっているというSFミステリー的な仕掛けがよくできてるんだけど、それより伝説の猛獣に挑んだクライマーと彼の死の謎を追う主人公、そして現地人の剛健なシェルパのマッチョな結びつきを描いたクライミング小説として面白かった。よそ者なのに終始自分のほうが山にも獣にも詳しいようなそぶりでシェルパを見下す主人公は、リッチな白人"探検家"のカリカチュアだろう。

    ◆「秘密の鰐について」
    アヴラム・デイヴィッドスンの「ナイルの水源」を連想させるアイデアだけど、流行りの源ではなく消滅させる力のほうにスポットが当たり、それが鼻の鳴らし方とかなのがアメリカ人っぽい! 彼らの仕草が流行ってしまったらどうなるんだろう、とか考えてるとオチが容赦なさすぎる。

    ◆「世界の蝶番はうめく」
    導入のウソ蘊蓄が好きだ〜〜〜! ドイツをひっくり返す蝶番は鉄製、カフカスのは青銅製、ピレネーのは水晶製で、本物は木製。恰好良いなぁ〜〜〜。本篇は藤子・F感のある寓話。暴力の描き方が人形劇のよう。

    ◆「われらかくシャルルマーニュを悩ませり」
    このなかで一番好き! 〈不純粋科学研究所〉シリーズは全部読みたい。アニメ的なビジュアルの変化を会話のやりとりで読者に汲み取らせちゃう上手さ。エピクトがすごい可愛くて、円城塔の『Self-Reference ENGINE』の巨大知性体にもえていた過去の記憶が蘇ってきた。いまラファティが生きてたら、実際のAIとのおしゃべりを落とし込んで面白い小説に仕立てたりしたかな〜と夢想してしまう。

    ◆「その曲しか吹けない」
    原文から子ども用教育番組みたいな口調で書かれているってことなのかな。この内容にこの文体を選んだのがワザあり。この話と一つ前の「他人の目」に顕著なように女性は圧倒的他者として描かれることが多いようだけど、だからこそ宇宙や歴史の向こう側に通じている存在とも見なされている気がする。そこでバランスが取れているのか、不思議な好感を持ってしまう。ラファティ世界の女性を集めたら、レオノーラ・キャリントンの『耳ラッパ』みたいな物語ができる気がするのだ。

    ◆「完全無欠な貴橄欖石」
    架空の生き物も含めてひとつの世界がすっぽり入り込んでしまう"世界島"エクメーネを召喚するお話。インスタントなまじない言葉で「地誌を招き寄せる」キャラクターたちがどこまでも俗っぽく自分勝手でいい。ボルヘスみたいな材料を使った幻想地誌学小説なのに、仕上げはあくまでナンセンス。それでいて「テンペスト」的な植民地主義をチクッと刺していくのが憎い。

    ◆「《偉大な日》明ける」
    これはものすごく今っぽい世界を書いてると思った。〈自由〉が実現し、「ありのまま」や多様性が全肯定されると、一人ひとりの個性やアイデンティティはむしろ薄れてゆく。実現されるまで可視化されなかった〈自由〉のデメリット、既得権益を失った者たちによる揺り戻し、満ちあふれるポジティブ・バイブスの胡散臭さ。時代を考えるとヒッピーカルチャーを皮肉った作品なのかな。終始戸惑っている主人公がこのユートピア/ディストピアのアイデアを生んだ張本人だという設定がひねくれてて面白い。

    ◆「つぎの岩につづく」
    正直ムズくて理解できてない気がするんだけど、万の時をかけて輪廻するキュートなファム・ファタルもの? 最後にサラッと欲望を口にする教授が怖い。考古学SFというとテッド・チャンの「オムファロス」が私の記憶には新しいんだけど、それに比べてここで繰り広げられるアナクロニズムのなんともギャートルズ的なことよ。そんでこの人、詩を作るのも上手いな。

    酒場で交わされるホラ話のテンポ良さに、昔話の作法に則ってモチーフが繰り返されるクラシックな語りの型、偽書からのウソ引用の面白さが加わってキアラン・カーソンみたい!と思っていたら、ラファティもアイルランドにルーツのある人なのだなぁ。SF的なスケール感とオトボケの落差で笑わせるところ、それに異星へのノスタルジアが薫るところはダンセイニかはたまたタルホだし、「遠近法」とか「向日性について」みたいなものを全然違う視点で書いててもおかしくないという意味で山尾悠子っぽさすら感じてしまう。SF界にこんな作家がいたのかぁ。

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    2024年07月16日
  • ユービック

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    凄まじい…
    文字の羅列だけ見れば、スラスラと入ってくる類いの文章ではないのに
    あっという間にディックの世界に惹き込まれて、引き返せなくなる。
    一気に読み終えてしまった…

    生涯のベスト5に入るんじゃないかくらい衝撃的。
    ありがとう!!!(誰)

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    2024年04月25日
  • ユービック

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    ネタバレ

    無茶苦茶面白い。この作品も多大な影響を与えたと思われるが、物語の内容通り他が退行していったのに対し、これはまさにユービックを吹き付けたかのように今読んでも普遍的な輝きを放っている。
    世界観やテーマ、基本設定は電気羊と通ずる部分があるものの、ベクトルはかなり違う。
    構成も電気羊が変則的な印象があったのに対し、こちらは割とストレートなテンポ感で伏線も直線的に回収して行く。とにかくラストに至るまでの全体の流れの構築力は完璧で――たとえ曖昧な部分や未解決の謎を多く残していたとしても――牽引力が弱まることはない。
    序盤こそ何がなんだか判らず説明不足だと感じたのだが、背景とキャラが頭に入るまで読み込むと(ここが非常に重要)とたんに映像的に読めてくる。
    場面がある→考える→行動する→セリフを言う、この一連の基本的な流れがスムーズなので、勝手に映像的になるのだ。その映像は読んだ人各々違うだろうが、そこが他のコンテンツが絶対に到達できない文章の長所で、それを存分に生かした作りだ。
    翻訳でいうのもなんだが、意外とこれができない作品は多く、そのような細かい部分が差に表れてくるのだろう。

    導入のエスパーvs不活性者の対決というエンタメ的な構図だけでがぜん興味を魅かれたのだが、この鉄板設定をほとんど捨てたことが凄いし、面白さのピークで更に捻りを入れてくる展開力はやはり稀代の作家だと思わずにいられない。
    設定は今読むとテンプレ的な要素で構成されていて、個人的に不活性者が一堂に介したシーンが最初のハイライトだったが、作者はそのようなテンプレを一瞬見せて絶妙なポイントに外す。このズレが異様な面白さを発生させている。音楽でいうグルーヴみたいなものだ。ラストで壮大な場所へ行くのかと思いきや、そこかとか、このタイミングであの人物が来るのかなど――地味な日常感を維持したまま超越的な世界へ連れて行くセンスも良い。階段を登攀するだけでこれほど盛り上げられるのはJGバラードか著者ぐらいしかいないと思われる。

    途中から不安定要素が強まっていくが、話を崩すことなく混乱状態(主に精神的な)を分かり易くすっきり伝えている。だから唐突感がなく、人物と同調しながら自然に深刻さが伝搬してくる。ポイントはそのような絶望の最中でもユーモアがあるところで、乗り物がどんどん古くなっていくところなど完全に笑わせに来ている。著者の発言や写真を見るとシリアスな印象を受けるが、おそらく自分が想像したような人物ではないだろう。

    電気羊は確信めいたものがあったのだが、内部的なものは、それこそ形而上学的なものは全く分からず隠されているのかすらわからない。しかしストレートなエンタメの裡に確実に何かがあるという予感はある。しかも物語の本筋は困惑せずごく自然に明解に読める。ここが最も素晴らしいと思う部分だ。物語自体はグチャグチャにならずあくまでストレートだ。
    あとがきを読んでも、著者は普段から複雑な思考を張り巡らしていると思われる。
    簡単な結論を冗長で複雑にする作品は数多い。しかし込み入った感覚的な話をシンプルなエンタメに変換できる人は希少だ。
    某作家がアートとエンタメは両立出来ないと書いていたが、この作品は境界線が見えないほど融合していると思う。
    例えるなら近寄ると物凄い書き込んでいる精密な絵画などではなく、見た目はシンプルで単純だが内部はどうなっているのか、どうやって作ったのか分からないピラミッドのようなイメージだ。

    個人的解釈になるがテーマ的には著者の一般的に考えて悲観的な世界観が出ていると思う。内容も二律背反的であり、何が正しいのか断定できない。エスパーと反エスパー、エスパーは個人を侵害するCIAのような組織にも見えるが、良識機関も名前通りにも皮肉にも見える。不必要な社会制度、無駄な義務への怒りも垣間見える。著者はこの世界は間違いであると思っているのか。
    PKディックは我々は死んでいると言っているがどういう意味だろうか?
    死んだように生きるとか死んだ方がマシという次元ではないらしい。我々は死んでいるのだ。
    実は自分も同じようなことを以前から考えていた(実際は全然外れてるかもしれないが)。人々はそれを誤魔化して生きていると。だから日々情報を更新するために、倦怠を消し去るために消費する。だからユービックは新商品なのだろう。精神の安定剤としての。
    一方でユービックは神の偏在だという。そう、神や仏もどこにでもいる。特別な事情がないと気付かないだけだ。そのため肝心のユービックでさえも不確かな消費物になっている。
    それでは作中、唯一不変で正しいものはなんだろうか?
    それが冒頭の森なのだろう。一番最初に重要な回答が書いてある。意図は分からない文章の意味がラストまでの物語全体から鮮明ではなくぼんやりとだが浮き出て現れる。この構築力こそが凄い。
    比較的調子がよかった年代のアメリカでこの鋭い視点は異常だ。余計なお世話だが、本作のテーマ性は日本と親和性が高いと思うが、このような作家がなぜ本邦から登場しないのだろう?不思議だ。
    読み返したが分からなかった疑問点をいくつか挙げると

    ・ ルナ爆殺の首謀者
    ・ 失踪事件の真相
    ・ パットの正体
    ・ ホリスやミックは関与していたのか
    ・ メリポーニはどこへ行ったのか
    ・ 予知夢の意味

    以上などは謎のまま放置したとしか読めなかった。しかし、なんとなく全てを詳細に描いても駄目な気がする。不完全なのに完全。そういう不思議な魅力が本作品にはある。

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    2024年11月17日
  • アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

    購入済み

    人間とは

    独特な世界観で語られ始める本作。
    慣れてきたと思い始めた矢先に怒涛の展開が待ち受けていて最後まで飽きさせない。

    アンドロイドと人間の境界が曖昧になっていく中で、人間足りうるものが何なのか。
    私は『慈しむ心』ではないかと感じた。
    だからあの終わり方なのだと。

    訳者あとがきでは、この難解な作品を紐解くための手助けをしてもらえているようだった。
    作者の意図の多くを汲み取れなかったであろう私でも、その一端に触れることができて助かりました。

    #共感する #ドキドキハラハラ #深い

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    2025年08月15日
  • あなたの人生の物語

    匿名

    購入済み

     

    面白かった。
    難解な話がいっぱいあったけど、全体的に楽しめた。
    映画のメッセージからしったけど、どの話も深みがあってとてもよかった。

    #タメになる

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    2023年12月10日
  • キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを

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    前半は、この世にいない方々へのインタビュー集があり、後半は、カート・ヴォネガットさんとリー・ストリンガーさんとの対談が掲載されている。
    私は、対談を書籍にしたものはあえて読まないようにしてきた。なぜかだろう?読みにくいと感じたことがあったり、対談であればライブで聴くべきものだと思っているからかもしれない。そんな私の思い込みを一掃するのにふさわしい対談であった。
    リー・ストリンガーさんの作品である『グランドセントラル駅・冬』と、カート・ヴォネガットさんの作品『タイムクエイク』の一部朗読があり、作家同志の書くことについての考察や、対象物との距離感についてなど、聴くことができる(実際は読むことなのだが対談なので)。リー・ストリンガーさんのコメントは、人間に対する深い愛情と優しさに満ちたもので、どんな人(たとえ悪人であっても)でも、共感を測るために、澄んだ心の眼差しで洞察していることが伝わってくる。出会えてよかった一冊。

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    2023年08月12日
  • ユービック

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    ディック2周目の3作目(1作目電気羊、2作目はヴァリス)
    初めて読んだ時はディック作品の中でも最初の方に読んだので改めて読むとディックの好きな部分がかなりバランス良く詰め込まれててこれは人気投票1位になるだけある…となった

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    2023年07月23日
  • ユービック

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    ディック2冊目。
    アンドロイドより面白い。
    amzonのレビューにジョジョっぽいと矢鱈と書いてあるが、確かにジョジョっぽかった。

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    2024年02月17日
  • 高い城の男

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    もしもドイツと日本が、第二次世界大戦の戦勝国だったら……(; ・`д・´)

    非常に興味深く面白い作品!!


    ドイツの第三帝国(ナチスドイツ)に至るまでの大まかな歴史と、ヒトラーの周囲を固める親衛隊SS達(ヒムラー、ゲーリング、ゲッベルス、ハイドリヒ等)を知識として知っていると、理解がしやすいと思いました。

    この小説の冒頭に参考文献としてウィリアム・シャイラー著『第三帝国の興亡』が挙げられていました。
    この本、1から5巻まであるのですが、たまたま私、1巻だけ既読で………
    なんで全部読まなかったんだぁ〜と後悔(^^;;
    一巻はですね、第一次大戦後のハイパーインフレで国が混乱している中、ドイツ社会民主党を抑え、ナチ党が誕生するまで。
    独裁国家の始まりまででしたが、読み応えたっぷりでした…(~_~;)ブアツイ…

    私が、以前読んで非常に参考になったと思った文献は風刺画集でした。
    『風刺画とジョークが描いたヒトラーの帝国』
    プロパガンダで使われた風刺画がジョークも交えとても分かりやすく、読みやすかったです。


    さて『高い塔の男』の感想に戻ります(^^;;

    戦勝国はドイツ帝国、イタリア、日本。
    アメリカには、日本やドイツの占領地区があり、ユダヤ人はドイツ領に送還されてしまう世の中。
    ドイツの科学技術で月へ、火星へと進歩していますが、日本は技術的にはいまいち…笑
    アーリア人が最高種族であり、人種差別が凄い…。
    故に、登場人物のアメリカ人達は(敗戦国だからと)卑屈な気持ちで生きています。

    と、まぁ、予測出来るような世界になる訳ですが、この小説の面白い所はそこだけじゃありません!

    登場人物の日本人はものごとを選択する際『易経』を使用します。
    日本のイメージよ…σ^_^;
    日本が戦勝国である為、一部のアメリカ国民にも易経が普及。
    自然に取り入れられているのが不思議ですが、信じる人は当たり前のように占います。

    この易が占う結果と『パルプ・フィクション』のように繋がっていく登場人物達が見どころ(〃´-`〃)

    もうひとつあります!
    ホーソーン・アベンゼンなる作家の『イナゴ身重く横たわる』というベストセラー本が出てきます。
    この本が「もしもドイツと日本が戦争に負けていたら」というテーマで書かれているんです。

    この作中作の仕組み、大好きでして(๑¯ㅁ¯๑)♡
    そうきたか!
    リアルの今と違うんか?
    と、興奮してしまいました笑(º﹃º )ヨミタイ…。

    登場人物達の心理描写も細かくて、反発や揺れ動く気持ちは何とも言えずリアルな感じ…。

    難しかった…という感想が多いように感じ、⭐︎評価がいまいちですが、私はすんごくすんごく面白かったです!!

    『アンドロイド〜』『ユービック』と共に同じくらい好きな作品になりました(ღ*ˇ ˇ*)。o♡

    おすすめですよ!!!



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    2023年03月31日
  • ユービック

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    こういうSFが読みたかったんだよ!となる作品だった。ディック感覚がたまらない。何が起こっているのかわからないドキドキハラハラ感と、かっこいい描写、人物たちの緻密な心理の変化など、様々な要素が絡み合い、ストーリーもメッセージ性も抜群の作品となっていた。

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    2023年03月04日
  • 高い城の男

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    メタフィクションの構造と、あくまで読んでる側の世界が真実である結末、そして悪の存在を認めながら複数の世界線を選び進んでいくことを勇気つけるような内容が素晴らしかった

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    2023年02月13日
  • タイタンの妖女

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    ネタバレ

    この世の原理はカルヴァンの予定説的摂動()であり、然もその予定は神ならざる力に拠りもたらされる!みたいな。

    予定説のヨの字も出てこないんですけど、これは予定説です。

    唯一、作中のハーメルンの笛吹き男的登場人物のモデルがF・ルーズヴェルトてのが気に入らなかったけど、面白かった!

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    2025年10月26日
  • レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕

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    ブラックジョークの詰め合わせみたいな一冊で、死体がごろごろ転がっているっていうのに何度かうっかり爆笑してしまった。とりわけ『強盗/強盗/強盗』や『ジョーン・クラブ』みたいな天丼ネタが面白くてお気に入り。アリバイ作りが失敗したミステリとしての『愛しい死体』も、ものすごく良かった。ブラボー!

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    2022年10月28日
  • アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

    購入済み

    面白かった。
    凄い読みやすかったと思う。翻訳も素晴らしかったのだと思う。
    色々考えさせられる作品だった。

    #深い

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    2022年10月22日
  • アンドロメダ病原体〔新装版〕

    mac

    ネタバレ

    物質とエネルギー

    ・地球上の生物は、蛋白質酵素の助力のもとに、小さいスペースで生化学反応を行う方法を身に付けて進化してきた。
    生化学者たちも、ようやくそれらの反応を再現できるまでになっているが、
    それは他の全てから一つの反応を切り離したときだけである。
    生きた細胞の場合は違う。そこでは小さい場の中で、さまざまな反応が同時に進行し、
    エネルギーと生長と運動を供給している。
    それはばらばらではなく、人間には到底それを再現するすべがない。
    前菜からデザートまで揃ったディナーコースを準備するのに、それらの材料を全部一皿に混ぜ合わせ、
    火にかけてから、あとでアップルパイをチーズソースの中から取り出そうとしても無理なのと同じことである。
    細胞は酵素を使って、何百種類もの反応を同時にやってのける。
    種々の酵素は調理場でただ一つの仕事をしているコックのようなものだ。
    パン焼き係がステーキを作ることはできないし、ステーキ係がその道具を使って前菜を拵えることはできない。
    だが、酵素にはそれ以上の役目がある。
    酵素は他の方法では起こり得ない化学反応を可能にする。
    生化学者も、非常な高温や高圧、あるいは強い酸を使えば、その反応を再現することはできる。
    しかし人体も、個々の細胞も、そういう極端な環境には耐えられない。
    酵素は、生命の媒介者として、体温と大気圧のもとで、化学反応の進行を助けるのだ。
    ・正常な環境には、抑制と均衡が存在する。それが細菌の猛烈な生長を鈍らせる。
    抑制の無くなった生長は、数学的に見て恐るべきものになる。
    大腸菌の一つの細胞は、理想的な条件下に置くと、20分に1回の割合で分裂し、幾何級数的に増殖していく。
    それこそ、1日で地球と同じ大きさの超巨大集落を生み出してしまう。
    それが現実に起こらないのは、環境には抑制と均衡が存在するからだ。
    たとえ”理想的な環境”のもとでも、生長を無限に続けることはできない。
    食物が無くなる。酸素が無くなる。
    コロニーの中の局所的条件が変わり、生物の発育を抑制する。
    だが、もしここに、物質を直接、エネルギーに転化できる生物があり、
    それに対して核爆発のような巨大で潤沢なエネルギー源を与えられたとしたら…
    ・実際には、効率100%の生命体は存在しえない。そもそも100%だったら、熱力学の法則に反する。

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    2022年09月30日
  • スラップスティック

    Posted by ブクログ

    狂気や暴力を描いた前作とは打って変わって、落ち着いた作品になっている。相変わらずまえがきが素晴らしく、設定は少しSF風味。物語は題名ほどのドタバタ劇ではないが、その意味は読めばわかる。作者は奇形児でもなければ大統領でもないはずだが、どのあたりが自伝要素だったのだろう。ヴォネガットの中ではかなり好きな作品で、特に双子のキャラクターが良かった。決して明るい話ではないが、なんとも言えない著者の優しさが伝わってくる良作。

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    2021年04月04日
  • パーマー・エルドリッチの三つの聖痕

    Posted by ブクログ

    温暖化が進み、過酷な環境となった未来世界。火星へ強制移住させられた人々は、ドラッグと模型によって、過去の地球を再現した仮想空間へダイブすることで心を支えている。やがて遥か遠い星系からもたらされた新種ドラッグが現実崩壊の恐怖を引き起こすが……。
    現実と幻想の狭間を描く、ディックの真骨頂。今はどっちの世界にいるんだっけ?という感覚を本書でも味わえる。ラスボスのような圧倒的な力を持った存在との対峙。人間くさい登場人物の意外な決断。全編通して読ませる力が強く、面白かった。ラスト付近は意図的にわかりにくくしているのか、読んでいる方も混乱してきて、トリップを疑似体験しているかのようだった。
    毎回ディック作品には魅力的な女性が登場するが、今回は特に恋愛や性描写も色濃く、パンクしそうな急展開の連続に華を添えてくれた。
    しかしこの作家はドラッグと壺が好きだな。

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    2021年02月16日