ダニエル・キイスのレビュー一覧
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人の脆さと尊さが光るラスト
この物語、発表が50年ほど前なので今と知的障害者への社会の接し方が違うことを留意しなければなりません。
それはさて置き、読後はまさに一人の人生の誕生から終わりまでを見たような、そんな感覚に陥ります。人とは、知性とは、幸せとは、愛とは、家族とは、教育とは何か?その一つ一つを読み手に考えさせる一方、本書へ抱く感想や評価は人それぞれであり、感動したというレビューでも人によってポイントが違うのかなと思います。
私は本レビューのタイトルに書いた言葉が思い浮かびました。人はどこまで登っても無敵ではない。この本には色んな人間的弱さが登場します。そしてそれに抗わんとする主人公のひたむきさや苦悩も描 -
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かつて〈モンスター〉として描かれてきた多重人格者を、〈モンスター〉の側から書くことで理解を深めた記念すべきノンフィクションの傑作。連続レイプ犯として逮捕されたビリーミリガンには犯行の記憶がなかった。ビリーの症状、24人の人格との対話、生い立ち、裁判の様子など非常に興味深く描かれる。虐待が生み出したと思われる多重人格。しかし犯罪者の人格も彼の一部であり、それが一人の人格であるなら文句なしに罰される罪を犯している。そしてどれも彼の人格なのだ。その中から一人格を正しいと決めて集約させようとすることは治療なのか、矯正なのか。また犯罪を犯すほどではない多重人格者はどうしているのだろう。問題視されなければ
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ネタバレ子供の頃テレビで見て、彼についてなんとなくは知っていた。今でも内容が頭を離れず、ようやく読むことができた。
解説にもあったが、多重人格は親からの虐待に起因することが多いらしい。ビリーの場合は、継父からの性的虐待、実父の死によるショック、母親からの激しい叱責などが原因で、自分を守るために人格が分裂していった。怪力のレイゲン(スラブ訛り)、愛を渇望するアラダナ(レズビアン)、知的能力の高いアーサー(イギリス上流階級訛り)、全ての苦痛を引き受けるデイヴィッド(幼児)などなど。それぞれが全く異なる人格やバックグラウンドを持っているのも驚きだし、リーダーを作って人格をコントロールしていたというのも衝撃だ -
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多重人格というものに対しての偏見?イメージ?みたいなものが変わった気がする。
自分が知っている冷酷で理知的で、必要に応じて人格を分けるサイコパスではなく、生きていくために人格を変えざる得なかった弱者だったのが衝撃的だった。
今回の話は身体的な意味でビリーが犯した罪よりも、多重人格者が犯した犯罪という意味で有名になった訳で、そう考えると偏見にまみれているように感じるし、周りからの視線も好奇以外のものがないと思う。
罪を犯していない人間(人格)を逮捕するのは冤罪と変わらない気がするが、身体的な意味では犯罪者だから、どう分類したらいいのかわからない。
それにしても、知力や体力はもちろん、使用する言語 -
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知的障害のある主人公チャーリーが、知能が高まる手術を受けて、それからの物語。それは研究者にとって壮大な実験で、物語はチャーリーが研究者に提出するために書いている「経過報告」により進んでいく。
読み書きが苦手なチャーリーの経過報告は、初めはすごく読みにくい。
でも徐々に高い知能を得て、読み書きは難なくできるようになり、様々な言語を使いこなし、論文を執筆することもできる人間へと一変する。その一方で、過去の出来事の自分が知らなかった側面や、人間の汚さ、知らない方が楽だったことを知る。
それはどんなに心揺さぶられることか。
そして、チャーリーよりも先に同じ手術を受けて、天才ネズミになっていたアルジ -
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本作が提起する問題は、大きく二つあると考えます。一つは「知識を獲得し、これまで知らなかったことを理解できるようになるのは、果たして幸福なのか、それとも不幸なのか」という問い。もう一つは、人為的に知能を向上させる実験に対する倫理的な問題です。しかし、物語が強く訴えかけているのは、間違いなく前者の方でしょう。
作者が言わんとしていることは、非常によくわかります。知識を身につけ、世界に対する解像度が高くなればなるほど、世の中の嫌な部分までより鮮明に見えてしまいます。本来なら知らなくてもよい他人の感情の機微まで、敏感に察知してしまうのです。では、だからといって読者は「自分の知能を下げたい」と願うでしょ -
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こちらはずっと前にドラマで観ました。
ユースケサンタマリアさんが主役をされていたもの。
その後、山Pが主役のものも放送されたようですが、そちらは知らなかったし、観ていません。
また外国版の映画も観た記憶はあれど、内容はぼんやりとしか覚えておらず。
ずっと原作も読まなければ、と思い続け今回ようやく手を伸ばしてみました。
読み終わって、なんとも言えない気持ちになった。正直しんどかった⋯
この作品は、ただ感動したとかそんな安っぽい言葉で表現できるものではないと思う。
ヨルシカさんの“アルジャーノン”という曲を聴くと、涙が止まらない。
チャーリイ・ゴードンという青年が生きたひとつの記録。
同じ境 -
Posted by ブクログ
ネタバレ小説だけど本当の物語のように読むので、
読んでいる間は心苦しかった
心もとなく笑っているチャーリー。
目に浮かぶような表情など心理描写が細やかで、
感情の流れがすごく伝わってきた
濃度の違いはおおいにあるにしても、
人が成長していく段階や、環境が変わって知らなかった解釈の仕方に触れたり、
これまでと見え方が変わっていくこと。
受け止め方が違うものになっていくことは、どんな人にもあるような気がする
チャーリーのように、物事への理解が深まっていく中でも、芯にある温かなところは消えてしまうことなく、より良い方向へ繋がると信じた選択を積み重ねられたらと思う -
Posted by ブクログ
ネタバレ昔ドラマを観て、悲しかった思い出があった。泣く、と思って嫌厭していたけれど、泣かずに淡々と読めた。人権フル無視のありえない人体実験だったから、あんまり感情移入しなかったのかも。でも終わってからGeminiであーだこーだ聞いてもらってたら、なんか泣きそうになってきた。いい作品だった。
知能だけがアンバランスに上がるにつれて、いろんなもの、ことが見えるようになったチャーリィ。賢くなって天才になっても、見たくないもの、知りたくないことがたくさんあった。孤独になった。無邪気に、俺って天才!って思えなかったのは、アンバランスさ故だと思った。
天才になって、昔のチャーリィを疎ましくも愛おしくも思い、大 -
Posted by ブクログ
ネタバレ文体の変化から主人公の変化が伝わってくるところがおもしろい。
知能が戻っていくあたりの、苛立ちに切なくなった。他人がいることで強制的に自分の変化を見つめなくてはいけなくなるんだと思った。主人公もそれに耐えれなくて1人になることを選択したけど、自分も老いたり病気になって、今までの自分を失う時がきたらそうなるのかなとか考える。
主人公が持っていた優しさは、最初から最後までずっと消えなかったけど、賢くなったら表にでてこなかった。考えることが多くなると頭の中での自分との対話に集中しちゃって、相手がどう思うかがおろそかになってしまうのかもしれない。