ダニエル・キイスのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
多重人格というものに対しての偏見?イメージ?みたいなものが変わった気がする。
自分が知っている冷酷で理知的で、必要に応じて人格を分けるサイコパスではなく、生きていくために人格を変えざる得なかった弱者だったのが衝撃的だった。
今回の話は身体的な意味でビリーが犯した罪よりも、多重人格者が犯した犯罪という意味で有名になった訳で、そう考えると偏見にまみれているように感じるし、周りからの視線も好奇以外のものがないと思う。
罪を犯していない人間(人格)を逮捕するのは冤罪と変わらない気がするが、身体的な意味では犯罪者だから、どう分類したらいいのかわからない。
それにしても、知力や体力はもちろん、使用する言語 -
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ネタバレ外科手術によって高い知能を得たチャーリイは、瞬く間に知識を吸収して天才として知られるように。だが同時に彼は、今まで気づくことのなかった人々の悪意をも知ることになる。そしてかつては思いもしなかったことだが、世間の人々は取るに足りない者たちだったことにも気がつく。そういった傲慢な心に加え、過去を追想するうちに自身のトラウマをも理解する。そのために、結局アリスのような自分を想ってくれる人を遠ざけてしまう。
さらにはアルジャーノンを観察する中で、いずれ自分の知能が再び低下することを知ってしまう。
知能に情緒が追いつかない苦しみ、他人を見下す傲慢な心、どこまでも果てしない孤独。本当の幸せとは何なのかを否 -
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ネタバレアルジャーノン。このネズミから自分の人生の結末を悟ってしまうのは、あまりにも辛く、どうしようもないことなのだと思う。頭が良くなったチャーリィとそうではないチャーリィ、この2人は本当に同じ人なのか疑うくらいの変わりようだが、一概にどちらが良いとは言えない。知らぬが仏、この言葉が頭に浮かんだが、これも違うように感じる。自分のことは自分が1番知っているの代表例。また、チャーリィを取り巻く登場人物の変化がとても面白かった。パン屋の人たちはなぜあそこまで優しくしてくれたのだろう。これも同情からなのだろうか。
ついしん、アルジャーノンに花束を -
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『アルジャーノンに花束を』が良かったので。
私のビリー・ミリガンに関する知識は、多重人格の犯罪者、といったものだった。実際読むまではその”犯罪”は殺人だと思っていた(なぜだ)。
多重人格という題材はある意味アイキャッチーで、興味本位で書かれたものには食指が働かず、よって本書にも手が伸びなかった。
ノンフィクションというのもためらった理由の一つだったのだが(現実は救いがないからだ)、本書はまるで小説のようだった。
一気に読んだ。
まずはダニエル・キイスは誠実に描こうとしており、私の勝手な先入観とは全く異なり、決して興味本位の本ではなかった。
執筆のきっかけはビリー本人によるものであり、ビリ -
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ネタバレ辛い現実を前に、人格を分散させることによって心を保ち、命を守る。そんなこともある人間の精神や脳の不思議。一人ひとりの人格はビリーが生み出したもののはずなのに、統合されていくと一部の人格だけしか表れなかったりする。
じゃあ、本当のビリーって??
そんな問いは、場面によって顔を使い分けることにも重なるようで。友人と過ごす自分、家族と過ごす自分、恋人と過ごす自分、一人で過ごす自分。どれも現実で本物なのに、本当の自分に悩んだりする。もしも、これらが統合されて一つの顔しか持てないのなら、どの自分が残るんだろうか、なんて。
ー現実の世界を閉めだすことによって、ぼくたちは自分たちの世界で平和に暮らせま -
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全く別の人格が、都合の良い場面で登場するというのは、実は理にかなっているのではないかと穿ってしまう。
主人公は本来引っ込み思案でオドオドした性格。別人格では、明るくて陽気な人格や、冷静で知的で芸術家肌の人格など、私もほしいと思うような羨ましいものもある。凶暴な人格もあるが、戦わなければならない場面も生活には存在する。
もちろん、それらの人格がきちんと意識下にあり、コントロールできれば、という条件がつくだろうが。
不思議なことだが、本人が見たら全く理解できない書籍を別人格が読破していたり、難解な数式をいとも簡単に解いてしまうというのは、多重人格者には本当にあり得るのだろうか?24人のビリーミリガ