ダニエル・キイスのレビュー一覧

  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    知性を知るほど人間としての葛藤や汚さ、傲慢さが出てくるのがリアルである。子供の頃ってみんないい子なのに、大人になるとどうしてこうも憎しみ合うのかという点と同じ。完璧を求める母親へのトラウマと女性に対するトラウマ、公園での売春婦のシーンは印象的だった。最後のアリスとのシーンは流石に切ない。

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    2026年08月30日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    ネタバレ

    物語としてよかった。彼の心理状態が変わるにつれて見える世界も変わり、たくさんのことに気づいていく。自分の未来をアルジャーノンを通して察せられ、再び変わっていく様を認知し続けてしまう惨さ。それでも最後にタイトルとなっている願いを残すのは、すべてを失ってしまわない希望も感じられた。記憶に残る本だった。
    宇多田ヒカルとのインタビューもよかった。インテリジェンスには愛が不可欠だということ、1999年当時学生だった宇多田ヒカルの公と私の扱いと姿勢、作品を生み出したあとの心境など、ここでしか読めないものがあった。

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    2026年08月28日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    ネタバレ

    15年前くらいにドラマで見たのを覚えていたので、書籍でも読みたいと思ったのがきっかけ

    最後の1ページで泣けた
    賢くなったチャーリーがかなり利己的、衝動的で幼い印象だった。元の人に好かれたいという素直な性格や”友達”がいるチャーリーから、猜疑心が強くなり孤独、周りとの衝突が増えるなど対比が切ない。このままIQが元のように下がり、養護学校に入ってチャーリーが過去の自分とのギャップに苦しんだり知識を忘れていく姿を想像してさらに泣ける。
    与えられた中でベストなパフォーマンスをすることが運命なのかも、今回は知能と心がメインでフォーカスされていたけど、持ちうる能力才能外見…すべて、どれか一つを無理に突飛させてもそれは自分ではないかもしれない

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    2026年08月16日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    アルジャーノンに花束をを読み終えて、強く残ったのは、これは知能の上昇や下降を描いた物語ではなく、人が世界とどう関係を結び、どう壊していくかを描いた物語だという感覚だった。賢くなることも、賢さを失うことも、主題ではない。変わっていくのは、世界の輪郭と、人との距離だ。その変化が、逃げ場のない形で積み重ねられていく。

    物語の前半、チャーリーの言葉は拙く、文も不安定だ。けれど、そこには疑いのない視線がある。人を信じ、言葉を信じ、世界をそのまま受け取っている目線だ。胸が苦しくなるのは、彼が「足りない」からではない。むしろ、信じすぎているからだ。傷つけられていることにさえ気づかないほど、世界を善意で見ている。

    やがて手術によって知能が上がり、文章は洗練され、思考は鋭くなる。その瞬間から、物語の温度は確実に変わる。理解できることが増えるほど、理解できなかった過去が浮かび上がる。親切だと思っていた言葉が嘲笑だったと知る瞬間。仲間だと信じていた関係が、利用だったと気づく瞬間。

    知能の上昇は祝福ではない。それは、世界の残酷さを正確に読み取れるようになることに過ぎない。

    ここで突きつけられるのは、賢さが人を幸せにするわけではない、という事実だ。むしろ賢くなるほど、人は孤独になる。相手の感情を読みすぎ、言葉の裏を疑い、自分の立ち位置を過剰に意識する。かつて無意識に成立していた関係は、分析の対象になった瞬間から壊れ始める。

    後半、チャーリーが辿る道は容赦がない。失われていく知能、崩れていく論理、戻らない時間。だがこの物語は、単なる悲劇では終わらない。ここで浮かび上がるのは、「人の価値はどこにあるのか」という、極めて根源的な問いだ。

    賢さとは何か。理解されるとはどういうことか。人として尊重されるとは、何によって決まるのか。

    知能が高いときのチャーリーは、確かに優秀だ。だが、必ずしも幸せではない。知能を失ったあとのチャーリーは、確かに不完全だ。だが、そこには確かな人間性が残っている。この対比は、読む側の価値観を静かに、しかし確実に揺さぶる。

    そして最後に残るのは、説明でも救済でもない。ただ、祈りに近い感情だけが残る。忘れないでほしい、覚えていてほしいという願い。それは知能とも能力とも関係のない、きわめて人間的な欲求だ。

    この作品が忘れがたいのは、読み終えたあとに「自分はどちらの側に立ってきたのか」を考えさせられるからだ。理解する側か、理解されない側か。賢さを誇る側か、優しさに救われる側か。あるいは、その両方を無自覚に行き来してきた存在なのか。

    『アルジャーノンに花束を』は、泣くための本ではない。感動するための物語でもない。自分がどんな眼差しで他人を見てきたのか、どんな言葉で世界を切り分けてきたのかを、あとから静かに問い返してくる本だ。

    読み終えたあと、以前と同じように人を笑えなくなる。以前と同じように「賢さ」を手放しで称賛できなくなる。その不自由さこそが、この本が残す最大の痕跡だと思う。

    これは、一度読めば終わる本ではない。時間が経つほど、年齢を重ねるほど、立場が変わるほど、読み返すたびに違う痛みを連れてくる。そしてそのたびに、人としてどう生きるかを、否応なく考えさせられる。

    静かで、残酷で、そして限りなく人間的な一冊。忘れたい本ではない。忘れられなくなる本だ。

    #2026年7冊目

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    2026年07月28日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    久しぶりに読み直そうと思ったら本棚になくて、ちょうど本屋に平積みされてた文庫版を購入。

    前に読んだとき(二、三十年前?)は「チャーリーは最終的に元に戻った」と大雑把にしか理解していなかった。

    今回は、チャーリー本人も周囲の人々もみんな当初とは「違う場所」に着地しているのが分かって、色々切なかった。良い読後感でした。

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    2026年07月25日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    ネタバレ

    知的障害を持つ主人公が、手術によりIQ が大幅に改善し、過去の自分を見つめ直す物語。また、一定期間後に急速に知能が低下し、過去出来ていたことが出来なくなるという、急速な老化も経験する。

    ・何かができるようになると、何かが出来なかった時の気持ちを忘れるというのは、人間にはある。
    ・と同時に出来てたことが出来なくなる恐怖は今後自分は経験することになるだろう。

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    2026年07月24日
  • アルジャーノンに花束を〔新装版〕

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    何かを得るために犠牲にしてしまうものがある。知識や能力が人の価値の全てではない、というのを改めて知ることができたなぁ。

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    2026年07月23日
  • 五番目のサリー 下

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    人間が住む世界や宇宙は広い。
    そして、個々の人間の内面も同じくらい広い。
    と思えた。

    本当の私。ありのままの私。自分探し。
    とかの類の言葉や行動は、自分を矮小化してしまうなーとも感じた。
    そんなもので見つけられる、わかるほど私は明確でも小さくもない。

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    2025年06月19日
  • 五番目のサリー 上

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    アルジャーノンから流れてこの本にたどり着いたが面白い。
    多重人格、解離は病だとされている。しかし、一つの自分の枠に勝手に収まっているだけで、本当は実はいろいろできるんじゃないかな、やりたいんじゃと思った。

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    2025年06月10日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    『アルジャーノンに花束を』が良かったので。

    私のビリー・ミリガンに関する知識は、多重人格の犯罪者、といったものだった。実際読むまではその”犯罪”は殺人だと思っていた(なぜだ)。
    多重人格という題材はある意味アイキャッチーで、興味本位で書かれたものには食指が働かず、よって本書にも手が伸びなかった。
    ノンフィクションというのもためらった理由の一つだったのだが(現実は救いがないからだ)、本書はまるで小説のようだった。

    一気に読んだ。

    まずはダニエル・キイスは誠実に描こうとしており、私の勝手な先入観とは全く異なり、決して興味本位の本ではなかった。
    執筆のきっかけはビリー本人によるものであり、ビリーが純粋に虐待や多重人格について世間に知らせたいと願ったからであった。担当医からの紹介の通り、キイスはその期待を全うしたと感じる。

    先に”小説のようだ”と書いたが、これはキイスの読みやすさを意図しての手法か、あるいは作家故にこのような表現になったのだろうか。いずれにせよ私にとっては読みやすさの助けになり、良い効果が得られた。

    構成も(あくまで上巻読後時点)、まずは注目の発端となった事件から始まり、理解が進み、クライマックスのような”教師”の登場、そして過去を語る、という、読者を飽きさせないものとなっている。
    ノンフィクションだからと言って事実を淡々と描かなければということはなく、周知を目的としているのならば、読者を飽きさせない方法を取ることは賢明である。そういう意味でもうまく書かれているなあ、という感想。

    表現としては”時間を奪う”がいい。
    比喩ではなく、本人の実際の感覚なのだとは思うけれど。

    ここからは作品自体からは離れてしまうが、多重人格について、個人的な考察。
    統合されると能力が均されるというのが興味深い。人というものは、やはり伸ばそうとすると、様々な能力をある程度かなり高いレベルにまで発達させることができるのかもしれない。ただ機会や興味がないだけで。もちろんビリーが元々様々な能力の素質があるのかもしれないけれど。
    また別人格は自分を守るために出てくるのだと思うが、根底にあるものは自分なのだろうか。
    興味本位な本は食指が、とは書いたが、やはり興味深い症例であることは否めない。
    下巻に期待。

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    2023年07月05日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 下

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    ネタバレ

    辛い現実を前に、人格を分散させることによって心を保ち、命を守る。そんなこともある人間の精神や脳の不思議。一人ひとりの人格はビリーが生み出したもののはずなのに、統合されていくと一部の人格だけしか表れなかったりする。

    じゃあ、本当のビリーって??

    そんな問いは、場面によって顔を使い分けることにも重なるようで。友人と過ごす自分、家族と過ごす自分、恋人と過ごす自分、一人で過ごす自分。どれも現実で本物なのに、本当の自分に悩んだりする。もしも、これらが統合されて一つの顔しか持てないのなら、どの自分が残るんだろうか、なんて。

    ー現実の世界を閉めだすことによって、ぼくたちは自分たちの世界で平和に暮らせます。
     ぼくたちは、苦痛のない世界は感情のない世界だと知っています……でも、感情のない世界は、苦痛のない世界なんです。

    ビリーの中の子どもの人格を見るたびに切なくなる。犯罪者の人権問題も考える。

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    2022年05月05日
  • 五番目のサリー 下

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    一人一人の人格が本人に統合されていく過程が下巻であり、最終的に一人の人間である五番目のサリーが誕生する。
    人は誰でも防衛本能を持っている。危険に遭遇した時、どのような方法で防衛するのか。彼女の場合は別人格を作り、自分は記憶喪失になり、創造した人格に全てを委ねるという方法だった。サリーは、最後に残った凶暴な人格のジンクスに対して謝罪をする。ジンクスには辛い体験だけを担当させてしまっていたからだ。そしてすべての人格が融合し、彼女は怒りや苦しみも含めて内在する完全な個人となる。

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    2022年04月05日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    自分の心を守るために、人はいろいろな反応をする。多重人格もその反応の一つ。

    空想の人格なのだけど、その一人一人が「人格」と言われるのを嫌うように、それぞれに過去があり個性のある別の人のように思う。実際にどこまで表情や仕草、口調が変わるのかは分からないけれど、訛りはなかなか真似できるものじゃないだろうし、どこで彼はそういったものを習得して一人一人を生み出していったのかと興味がわく。それを23人分も。
    そうまでして守られる、人の心の不思議。

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    2022年04月04日
  • 五番目のサリー 上

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    全く別の人格が、都合の良い場面で登場するというのは、実は理にかなっているのではないかと穿ってしまう。
    主人公は本来引っ込み思案でオドオドした性格。別人格では、明るくて陽気な人格や、冷静で知的で芸術家肌の人格など、私もほしいと思うような羨ましいものもある。凶暴な人格もあるが、戦わなければならない場面も生活には存在する。
    もちろん、それらの人格がきちんと意識下にあり、コントロールできれば、という条件がつくだろうが。
    不思議なことだが、本人が見たら全く理解できない書籍を別人格が読破していたり、難解な数式をいとも簡単に解いてしまうというのは、多重人格者には本当にあり得るのだろうか?24人のビリーミリガンでは、別の言語を話す人格もいたようだったが。

    下巻では人格の統合がテーマになると思われる。どのように統合し、治癒されていくのか興味深い。

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    2022年04月03日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    「アルジャーノンに花束を」を読み、同じ著者の作品を読みたいと思い手に取りました。
    題名は聞いたことがありましたが、こんな衝撃的な内容がノンフィクションとは信じられないと思いました。別の人格になる事で自分を守らなければ余りにも辛い現実のビリーの運命がこれからどうなるのか、下巻を読みたいと思います。

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    2021年08月07日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    ネタバレ

    新品で上下巻揃えて買っていたのに途中まで読んで積読していた本作。久しぶりにISOLAを読んだのをきっかけに、数年の時を経てまた読み始めた。

    感想は下巻の方にまとめるとして、
    とりあえず、翻訳された本にしては格段に読みやすかった!
    きっとダニエル・キイスの文章も読みやすいものなんだろうし、翻訳者の方も優秀なんだろうなぁ。

    時間を奪われている、気づくと違う場所にいる、という表現でファイトクラブを思い出した。
    多くの作品に影響を及ぼしているはずなので、これはしっかり読まなくては…。

    それにしても映画はいつやるんだろうな〜。スプリットのマカヴォイの演技がすごかったのでレオ様にも期待しちゃいます。

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    2021年04月28日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    ネタバレ

    アルジャーノンに花束をの作者ダニエル•キースによる実際に存在したビリー•ミリガン氏について書かれたドキュメンタリー小説。

    この小説は上・下の2巻構成であり、上巻は主にミリガンにいる人格の解明と人格が分裂するに至った経緯が書かれている。下巻は前半に事件が起きるまでのミリガンの半生、後半にミリガンを刑務所に入れないようにするために世間のバッシングと戦ったミリガンと医者たちの奮闘が書かれている。
    この物語はアメリカで起きた3件の婦女暴行事件の犯人であるビリー•ミリガンが捕まったところから始まる。
    逮捕され勾留されたミリガンは様子がおかしかった。子供のように怯えていたかと思えば、あるときは知的なイギリス訛りで話し、またあるときは荒々しいスラヴ訛りで話したり、拘束衣から簡単に抜け出したりと。
    ミリガンの公選弁護人や心理学者が彼を調べると多重人格であり人格それぞれが技能を身に付けていたことが分かった。
    例えば、リーダー的人格のアーサーはIQが高く医学に詳しい。危険な場所での支配権を持つレイゲンはアドレナリンをコントロールし力を最大限に出すことが出来、アレンは口が達者など。
    一見、とても便利なフィクションの世界の話のように思えるが、この話は現実でミリガンにとっては幼少期に義父から受けた性的虐待によって自我が保てなくなり分裂したという悲惨な過去から多重人格に苦しめられる人生が始まり、決して羨む特殊能力などではない。
    また、この小説は世の中に多重人格という症状を広め、児童虐待の危険性を世に訴えたもので、少しでも精神や多重人格に興味のある方には是非おすすめしたい。
    個人的にも多重人格という特殊な病気の方の苦悩を知ることができてとても興味深かった。

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    2021年02月25日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 下

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    これが実話であり、他にも精神分裂病苦しんている人々がいることは真実であると考える他ない。
    幼少の頃の虐待によることが要因であるならばこのような事象を広く世間に認知され、虐待のない世の中になることを願う。虐待する側も病んでいるのだろうし、病が伝染すると考えさせられる。
    ビリーの場合、主人格を乗っ取る交代人格による性犯罪で窮地に陥るが、その犯罪履歴を持つものが身近にいるのは確かに恐ろしいし、隔離しておくべきとの主張もよくわかるので難しい問題である。
    その犯罪、フィリップが主犯であろうが、レイゲンの暴走による所が大きいと感じた。
    多国語を読み書きできる人格がいるのも驚き。自分の脳にも強いきっかけがほしいものである。
    上巻では多重人格というものに憧れすら覚えたが、下巻の悲惨な状況に閉口。多重人格という病気が正しく認知され、治療法が確立されることを願う。

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    2020年09月27日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 上

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    多重人格は言葉では知りながらもここまで明確に1つの肉体に共存出来るとは知らず、これがノンフィクションである事に驚く。人格同士は話し合い、スポットとして表の世界に立つ人格と、待機する人格。お互いに存在を認識しなければ確かに生活に支障があるが、ある意味便利な1面を持つ状況、これは娯楽読み物としてと秀逸な設定と感じる。
    子どもの頃の悲惨な体験がその人格を形成したのは明確だが、誰もが多少なりともあり得ることで、一般的にも多重人格者が多く存在しているのでは、と考えさせられる。
    レイゲンが他に共存する子どもの人格者を守るとか、いかしてる。人格によっては色弱だったり利き手が違ったりなのが不思議で、脳が担う身体の特徴が思いもよらず広いことを思う。
    以前読んだ百田尚樹の小説が本作の引用だと今更ながら気がつく。

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    2020年09月22日
  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 下

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    下巻に関しては、恐らく書きたい事例が多すぎ、かえって消化不良を起こしているように感じられる。ノンフィクションであるので、客観的な事実を列記するというよりは、内面の描写が多く途中から創作なのか良くわからなくなった。
    問題は多重人格者をどう更生させるかももちろんながら、幼い頃の虐待・暴力がその人格形成の大きな影響をきたすことを社会がよく理解したうえで、コミュニケーションをとっていかないといけないのだろうと感じる。

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    2018年04月15日