あらすじ
32歳で幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイは、ある日、ネズミのアルジャーノンと同じ画期的な脳外科手術を受ければ頭がよくなると告げられる。手術を受けたチャーリイは、超天才に変貌していくが……人生のさまざまな問題と喜怒哀楽を繊細に描き、全世界が涙した現代の聖書。
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Posted by ブクログ
10年ぶりに再読。インパクトの強いストーリーだったので概ね覚えていたけれど、それでも改めて衝撃を覚えた。
手術を受けて性格も変わってしまったとはいえ、チャーリーは終始誠実で、とても強い人間だと感じた。
記憶を消して何度も読みたい作品。
Posted by ブクログ
最初はすごく読みづらい。
でもそこを粘って読み進めると、知能を高めていくことによるチャーリーの心境や取り巻く環境の変化、周りの人との関係性の変遷を楽しむことができた。人間関係、特に恋愛において、知的程度が同じであることの大切さ、知能と愛の交錯が秀逸に表現されていて心に沁みる作品。
後半、知能を失うことに自身が気づき、それからのチャーリーの行動や知能を失う過程に涙が止まらなかった。
Posted by ブクログ
山Pのドラマを見てたから結末を知ってたけど、いざ読んでみるとすごく面白い。
最初は文字が全く読めないんだけど、文章で段々と賢くなっていくのが読んでいて面白い。
頭が良すぎて、途中からまた読めなくなったけどw
理解できなくなる笑笑
でもだんだん文章が元に戻ると切なくなってくる。
頭が良いと周りを見下してしまう、
そして自分より賢い人がいると妬む人がいる
なんか色々むかついたな
家族もあたおかだし、働いてる人も最低だし
障害があるときは、すべて恵まれているように見えていたのに、本当はそうではなかった、
面白かったな
Posted by ブクログ
読書ノート②
あらすじ
32歳になっても幼児なみの知能しかないチャーリィ・ゴードン。そんな彼に夢のような話がまいこんだ。大学の先生が頭をよくしてくれるというのだ。これにとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に検査を受ける。やがて手術によりチャーリィの知能は向上していく⋯⋯天才に変貌した青年が愛や憎しみ、喜びや孤独を通して知る人の心の真実とは?全世界が涙した不朽の名作。著者追悼の訳者あとがきを付した新版
Posted by ブクログ
日記形式だから読書が苦手な人でも、毎日、1日分のページだけ読めば良い…くらいで読書を楽しめる本
物語の展開もだけど、やはり最後の一文でタイトルを回収し、感動させるのは圧巻ですね
個人的に、全人類が読むべき本だと思います
全人類が読めば、今よりほんの少しでも、優しい世界が訪れる様な気がします
まだ学生で、将来の仕事に教師や保育士、看護師など、他人の世話をする事を考えてる方は必読だと思います
Posted by ブクログ
最初ひらがなや誤字が多く読みづらさがあった。主人公である「チャーリー」が求めていた「利口」になっていくことで文章が読みやすくなり、本当に「利口」になったんだなと思ったが、そううまくいかず最後は、、、
チャーリーが利口になりながらも関わっていく人とのドラマやチャーリー自身の心情などとても考えさせられるところが多くあり感動しました。
Posted by ブクログ
序盤は、ずっと禁忌に触れているような気がして気分が悪かった。
中盤は、チャーリィが家族の愛を得られずに育ったのを見て、自分の子供には、子供が望む親でありたいと思った。また、本が後半に差し掛かっているのが悲しかった。
読み終えた今は、チャーリィの家族がどう感じていたのかを知りたい。特にローズ。読書メモを見たら、マットとノーマは名前で書いてあるのに、ローズだけ一貫して「母」と呼んでいる自分に衝撃を受けた。理由は分からない。
本文には「きみになんか分かるもんか」というチャーリィの言葉が何度か出てくる。この体験は個人的なもの。だから、アルジャーノンのことを本当に理解してやれて、その友だちになれるのは、同じ手術の実験台であるチャーリィだけなのだと思う。
Posted by ブクログ
『ストラウスはかせわぼくが考えたことや思いだしたことやこれからぼくのまわりでおこたことわぜんぶかいておきなさいといった。なぜだかわからないけれどもそれわ大せつなことでそれでぼくが使えるかどうかわかるのだそうです。ぼくを使てくれればいいとおもうなぜかというとキニアン先生があのひとたちはぼくのあたまをよくしてくれるかもしれないといたからです。』
こんな始まり方をする長編小説。主人公であるチャーリィは知的障害を持っているが知識に対する渇望が強い少年。知能指数を高める手術を受けて驚異的な速度で知識をつけ、数ヶ月で世界的権威すら彼からすると幼稚な議論だと思えてしまうほど。知識をつけるまで友人だと思っていた周りの人々が自分をどのように見ていたのか理解できるようになり苦悩する。そして...。
天真爛漫で純真なチャーリィの姿やその後の展開にとても胸を打たれる感動作。
Posted by ブクログ
知的障害の青年チャーリィを通して人生とは何かを考える事が出来る。知能が良くなるにつれ、今まで見えなかったものが見えるようになるが、それが必ずしもいい事とは限らない。
終盤は読み進めていくのが苦しい。
日々増えていく思い出せなくなること。分からなくなること。自らの足で障害者収容施設へ行くが、いつか亡くなるその日までどんな思いで過ごすのだろう。いや、もうそういう事も本人は分からないのかもしれない。
これが人が老いて忘れゆく事と似ているとするなら、自分を俯瞰で見つめ直し人生で大切なものを見失わないようにしたいと思える素晴らしい本だった。
Posted by ブクログ
これは道徳すぎる。
人間ていうものはどんなに努めても自分の視点や観点以外を思考することが出来ないんだよな、全てを経験したチャーリーですら傲慢になってしまうのだから。
他人の思考をもっと尊重しようと思いました。
Posted by ブクログ
3年ぶりにもう一度読もうと思い、今日読み終わった。読むのは2回目だったがやはり372頁から最後まで涙が止まらなかった。この本は僕の中で特別な本だ。この本を初めて読んだときから、少なからず物事の見方が変わったように感じる。内容が重たいため軽く人に薦められないが、是非多くの人にこの本を読んでほしい。
Posted by ブクログ
正直、全てを理解したのかと問われると理解できていないと思うが何故だか涙が止まらなくなった。
「アルジャーノンに花束を」は映像化やSNSでも度々話題になっていたことから数年前から手元においていた。
本の厚みといい、以前、中途半端に読んでいたこともあり、なんだか手が伸びず、積読状態だったのだが、最近、重い話の本を読んだことで、ライトな本を読みたい(と当時は思っていた)と考え、今回、読むことにした。
知的障害者が天才になっていくという大まかなあらすじは知っており、ハッピーエンドな物語か。
くらいな気持ちで読み始めた。
初めは、拙く、誤字ばかりの経過観察が読みづらく、なかなかページをめくることができなかった。ところが、読んでいくうちに
「お、誤字が減ってきた」
「今度は句読点使ってきたぞ?」
「あれ?面白いぞ?読める!」
とチャーリィの知能が向上していくように私も読むペースが速くなっていった。
しかし、中盤から彼の経過観察のレベルが上がっていき、難しい単語が羅列されるようになってきた。私は何を書いているのか分からなくなり、読み飛ばすようになってしまった。
それはチャーリィが秀才になってしまったがゆえの結果なのかと思うと作者にそこまで見透かされているのかなと、ゾクゾクした。
そして、また、私が彼の文章を理解することができたそのとき、涙が溢れてしまった。
それは、今まで彼が得た知識の消失なのか、
彼に再び友人ができたという喜びなのか、
読者として可愛らしい彼が手元に戻って来たということの嬉しさなのか、
理由はわからなかったが、最後まで、なぜだか涙が止まらなかった。
本書は最初のライトな印象からは全くかけ離れており、彼の過去に顔をしかめながら読み進めることとなった。そして、過去の経験はどんな姿の彼であっても、決して消えることのない苦痛として残りつづけてしまったのも私を何とも言い難い気持ちにさせた。
読後、ストーリーを思い返すと天才になったのが夢だったのでは?と思ってしまうような長かったようで短かったチャーリィの生活に不思議な気持ちになった。
チャーリィは約半年の出来事を忘れてしまったけれど、チャーリィのおかげで彼の周辺の人のみならず何より、私もこれほどまでにチャーリィに魅了されてしまった。
ご苦労さま。後は自分の思うがままに伸び伸びと生きてほしい。
ヨルシカの『アルジャーノン』を聴いてまた想いを馳せてしまう。
アルジャーノンに花束を
最初の方はひらがなや誤字ばっかりで読みにくくて嫌だなとか思ったのに見ていくうちにどんどん世界観に飲み込まれる感じがあって最後まで見たら気づいたら泣いてる感じがあってめっちゃ感動した最初は見にくいなとか思ってても数ページ進むだけで時間も忘れて最後まで一気に読んじゃう世界観の引き込みかたが素晴らしい
切なくなった
終始日記風の書き方で、最初幼児の知能レベルで書いた日記はかなり読みづらかったけど、とある日を境に作文能力が急上昇、こんなに変わるもん??!とびっくりしました。
最初は低知能だったが故にいじめられていると気づかなかったものの、周り対する優しさや希望のようなものが読み取れました。
「頭がよくなる手術」を受けたことによって、数日後チャーリィの理解力や会話の能力はメキメキ上達、でもそれと同時に小さい頃の嫌な思い出やトラウマがよみがえるようになり、それによって苦しみます。
物語が進んでいくにつれてより賢くなったチャーリィは、ずっと憧れだった「他の人と政治や宗教や、そういう高度な内容の話がしたい」という夢は叶えられたものの、昔のような優しさがだんだん抜けていく様も読み取れてそこが切なかったです。
うんと長い間会わなかった妹とは和解できたようだけど、お母さんとは結局そのままで、、、それがチャーリィをさらに傷つけているところも、読んでいて「報われないなぁ、、」と思いました。
最後、知能レベルはまた退化、「チャーリィ頑張ったね、お疲れ様」という気持ちでいっぱいです。
人の脆さと尊さが光るラスト
この物語、発表が50年ほど前なので今と知的障害者への社会の接し方が違うことを留意しなければなりません。
それはさて置き、読後はまさに一人の人生の誕生から終わりまでを見たような、そんな感覚に陥ります。人とは、知性とは、幸せとは、愛とは、家族とは、教育とは何か?その一つ一つを読み手に考えさせる一方、本書へ抱く感想や評価は人それぞれであり、感動したというレビューでも人によってポイントが違うのかなと思います。
私は本レビューのタイトルに書いた言葉が思い浮かびました。人はどこまで登っても無敵ではない。この本には色んな人間的弱さが登場します。そしてそれに抗わんとする主人公のひたむきさや苦悩も描かれます。弱いんだけど、どんな自分でも、どんな人生でも肯定的に受け入れる。そんな気持ちにさせる話であり、ラストの一節に向かって丁寧に書かれた物語の全体的な構成は見事と言う他ありません。
ただ人間てすごいね!と賛美するのではなく、生々しい弱さや苦しみを抱える面が描かれており、世界中から『主人公は私だ』という感想が出るのはそうした普遍性があるからだと思う。
ちなみに翻訳が非常に秀逸で、主人公の知的水準に応じて変わる文体を巧みに読みやすい日本語へ訳しています。試し読みの序盤で読みにくいと思った方は何とか数十ページ耐えてください。その後の文体
は物語自体好きになれなくても翻訳レベルだけで感動するはず(笑)
Posted by ブクログ
文体の変化から主人公の変化が伝わってくるところがおもしろい。
知能が戻っていくあたりの、苛立ちに切なくなった。他人がいることで強制的に自分の変化を見つめなくてはいけなくなるんだと思った。主人公もそれに耐えれなくて1人になることを選択したけど、自分も老いたり病気になって、今までの自分を失う時がきたらそうなるのかなとか考える。
主人公が持っていた優しさは、最初から最後までずっと消えなかったけど、賢くなったら表にでてこなかった。考えることが多くなると頭の中での自分との対話に集中しちゃって、相手がどう思うかがおろそかになってしまうのかもしれない。
Posted by ブクログ
IQが高くても低くてもその人自身はそこに存在する。
IQが下がるにつれて失うものも増えるが、
そんな中、アルジャーノンに花束を手向けることを
忘れない1番大切なことを忘れてないことに少し目に水分が偏った。
Posted by ブクログ
アルジャーノンに花束をを読み終えて、強く残ったのは、これは知能の上昇や下降を描いた物語ではなく、人が世界とどう関係を結び、どう壊していくかを描いた物語だという感覚だった。賢くなることも、賢さを失うことも、主題ではない。変わっていくのは、世界の輪郭と、人との距離だ。その変化が、逃げ場のない形で積み重ねられていく。
物語の前半、チャーリーの言葉は拙く、文も不安定だ。けれど、そこには疑いのない視線がある。人を信じ、言葉を信じ、世界をそのまま受け取っている目線だ。胸が苦しくなるのは、彼が「足りない」からではない。むしろ、信じすぎているからだ。傷つけられていることにさえ気づかないほど、世界を善意で見ている。
やがて手術によって知能が上がり、文章は洗練され、思考は鋭くなる。その瞬間から、物語の温度は確実に変わる。理解できることが増えるほど、理解できなかった過去が浮かび上がる。親切だと思っていた言葉が嘲笑だったと知る瞬間。仲間だと信じていた関係が、利用だったと気づく瞬間。
知能の上昇は祝福ではない。それは、世界の残酷さを正確に読み取れるようになることに過ぎない。
ここで突きつけられるのは、賢さが人を幸せにするわけではない、という事実だ。むしろ賢くなるほど、人は孤独になる。相手の感情を読みすぎ、言葉の裏を疑い、自分の立ち位置を過剰に意識する。かつて無意識に成立していた関係は、分析の対象になった瞬間から壊れ始める。
後半、チャーリーが辿る道は容赦がない。失われていく知能、崩れていく論理、戻らない時間。だがこの物語は、単なる悲劇では終わらない。ここで浮かび上がるのは、「人の価値はどこにあるのか」という、極めて根源的な問いだ。
賢さとは何か。理解されるとはどういうことか。人として尊重されるとは、何によって決まるのか。
知能が高いときのチャーリーは、確かに優秀だ。だが、必ずしも幸せではない。知能を失ったあとのチャーリーは、確かに不完全だ。だが、そこには確かな人間性が残っている。この対比は、読む側の価値観を静かに、しかし確実に揺さぶる。
そして最後に残るのは、説明でも救済でもない。ただ、祈りに近い感情だけが残る。忘れないでほしい、覚えていてほしいという願い。それは知能とも能力とも関係のない、きわめて人間的な欲求だ。
この作品が忘れがたいのは、読み終えたあとに「自分はどちらの側に立ってきたのか」を考えさせられるからだ。理解する側か、理解されない側か。賢さを誇る側か、優しさに救われる側か。あるいは、その両方を無自覚に行き来してきた存在なのか。
『アルジャーノンに花束を』は、泣くための本ではない。感動するための物語でもない。自分がどんな眼差しで他人を見てきたのか、どんな言葉で世界を切り分けてきたのかを、あとから静かに問い返してくる本だ。
読み終えたあと、以前と同じように人を笑えなくなる。以前と同じように「賢さ」を手放しで称賛できなくなる。その不自由さこそが、この本が残す最大の痕跡だと思う。
これは、一度読めば終わる本ではない。時間が経つほど、年齢を重ねるほど、立場が変わるほど、読み返すたびに違う痛みを連れてくる。そしてそのたびに、人としてどう生きるかを、否応なく考えさせられる。
静かで、残酷で、そして限りなく人間的な一冊。忘れたい本ではない。忘れられなくなる本だ。
Posted by ブクログ
読み応えあったし、どれだけ変わろうと優しさを失わない主人公の純粋さには心を打たれたのだけど、『号泣必至!!!読まなきゃ人生損!!!』みたいな謳い文句は大袈裟かなと思った。
胸にジーンと響く感じではあるが、涙がボロボロ出てくる感じかというとそれは違う。私自身心が不安定な時期に読んだので、読後全く涙が出なくて「自分はなんて冷血な人間なんだ...」と己を呪ったが、パートナーに読ませたところ「俺も全然泣けんかった」と言っていたので、普通に日本のプロモーションがズレてたんだと気づいた
しかし、良い本であることには違いない。一度は読んでおいて損はないと思う
Posted by ブクログ
さいしょはひらがなだけだったりくとうてんがなかったりでとてもよみずらかった。しだいに、ぶんしょうのこうぞうや表現がが正確になっていき、頭の中を整理して読めるようになり、あたかも自分自身のIQが高くなっていくような錯覚に陥っていった。頭が良かった時と悪かった時で世界の見え方が違っていく様子は、世界の表裏一体なバランスを如実化しているように感じた。
と妙に難しそうな表現を用いて感想を述べていると不思議な気持ちになる。
本ならではの魅力を存分に感じれる作品でした。
日本語ならではの文章のおかしな表現や羅列を見ると和訳をした尾尾さんの気苦労が窺い知れる。
この作品を英語版やその他の言語で読んでみたいと思った。
Posted by ブクログ
過去に何度も読んだ物語ですが、何度読んでも面白いです。
賢くなるということ、人と繋がること、傲慢になるということ、人を馬鹿にすること、自分自身が本来知らなかった善悪を知ることで、全部自分自身に返ってくることを学ばされる物語です。
後半の主人公の苦悩は、大小あれど、「老化」に対する恐怖や拒否や劣等感など、全ての人が感じる感情に似たものだと思います。
Posted by ブクログ
生きていく上で大切な在り方を教えてくれる作品。
身体的、精神的特徴に違いがあるからこそ、恋をすることも他者を比較することもある。
綺麗事かもしれないが、世界中の人々が少しずつ寄り添える世界が生まれれば、日常は少し明るく見えるのではないかと思わされた。
Posted by ブクログ
読み終わりました…!
もう最後めっちゃ泣いた、泣いてしまった。今も思い出し泣きしている。
賢くなりたい、みんなみたいになりたいと思ってたのに、天才になって、天才になったら好意だと思ってた周りの人の色んな感情に気付いていくのも辛いし、でも段々とまた出来なくなっていく自分になっていって、その過程が自分でわかるのってめちゃくちゃ怖いだろうし、最後パン屋のみんなが庇ってくれたり怒ってくれたのはみんなの好意であって欲しい。
なんかところどころ頭が良かった頃のことを覚えているのって、すげー辛いんじゃないかなっていうか、切ないっていうか、自分のことすごく嫌いになりそうだし。
認知症になっていく過程も、やっぱり出来なくなる自分への苛立ちでひとに当たってしまうのかな。そう思うと怖いな。お年寄りとか、人が出来ることが出来なくて(例えばセルフレジとか)、怒っちゃう人とかいるでしょ。あれってやっぱり、内心はできない自分への苛立ちと恥ずかしさで人に当たってしまうのかなと思うんだよね。いつか自分もそうなると思うと、なんか悲しくなるんだよね。だから優しくあって欲しい。みんなが使えるとは限らないから、ちゃんと有人のカウンターがあるべきだし、最近のQRコード読み込んで注文するレストランとか、ほんと全然優しくないよな。便利であることは優しくあることと両立出来ないのかな?絶対出来ると思うけど。今は私だって難なく使える色んなことが、いつか急に(本当はジワジワと、だけど)わかんなくなっちゃって途方に暮れると思うんだ。
色んなことが分からなくなって、出来なくなっていく中でも、アルジャーノンのことは忘れないの、泣いちゃうんだよなー。アルジャーノンに花束をね、そなえてやってほしいよね。
あなたにも花束を持ってきてくれる人がいるといいね、きっといるよ。
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チャーリーが成長していく過程は素直にわくわくしたが、同時に周囲の残酷さに気づいてしまうチャーリーの気持ちを考えるとなんだか切なくなってしまう。
私たちは、たくさん勉強していい大学に行こうと努力して、それが叶うと素直に喜んでしまうが、知能と幸福がイコールになり得ないこの物語はやはり興味深い。
また、アルジャーノンの存在が非常に象徴的である。チャーリーと同じ手術を受けさせられたアルジャーノンはチャーリーの未来を映す鏡のような存在であり、アルジャーノンの変化がこれからのチャーリーを風刺しているかのように感じてしまう。
最後に、なんといっても知能が上がるにつれて洗礼されていく文章はチャーリーの心までもを読者自身に語り掛けてくる非常に驚異的な構造だと思った。
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やるせない。
他の色んな自己肯定感とか心理学系の本にあるように、幼少期の親との関係性は、一生引きずるんだと思った。
また母ローズほどでは無いにしても、周りの目ばかり気にして、よく見られたい一心で、大切なものを見失っていないか?あらためて自分に問うきっかけとなった。
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いくら知識や経験を得て賢くなっても、傲慢だったり、相手に対して思いやりがなかったりするとそれは台無しになってしまうと思った。IQが高くなることによってこれまで気付いていなかった人の悪意に気づくことにもなる、気づかなくてよかったことに気づく、主人公の苦悩が読んでいてつらかった。賢すぎることは絶対的に良いというわけではないんだと感じた。
Posted by ブクログ
◯賢いってそれだけに正義になるものではない
人は、子供の頃から、学校教育の影響もあって、「テストで点が取れる・賢い」=「すごい、正しい」と言う意識が刷り込まれている。しかし、この本を読むと、それだけでは「すごい、正しい」とは言えないことがわかる。むしろ、賢さが人を落ちぶれさせることもある。
読んでいるうちに、主人公の苦悩や傲慢さが痛いしく見えてくる。しかし、これは自分にも当てはまるところあるよなぁと想いながら読んでいた。自分の痛いところを突かれるような感覚もあった。
最後に、普段聴く曲の歌詞も引用する。Mrs.Green Appleの「breakfast」の歌詞で「馬鹿でもいいんだ 阿呆でもいいんだ 人のあったかいところ わかってればいい わかってればいい 愚かさを諦めなければいい」がある。私も、「人のあったかいところ わかってればいい」と思う。それさえあれば、人として立派に生きていける。
しかし、人のあったかいところ(愛など)がわかっていなければ、その人は人を騙したり自分を人より上に見せたりするために使うことになるだろう。
Mrs.Green Appleの歌詞と同じように、「アルジャーノンに花束を」は、愛を持つことの大切さを教えてくれる。
Posted by ブクログ
Audible
名前だけ知っていていて、読もう読もうと思っていた作品をようやっと。
知的障害の話だとは知らなかった。
初めは拙い言葉を使うチャーリーが可愛かったが、次第に賢くなり、教授や博士よりも賢くなってしまったことに驚き、なんだか好かない性格になってしまったと思った。しかし、またどんどんと衰えていき、また拙い言葉を使い始めたチャーリーを、最後には可愛いではなく、切ないと思ってしまった。
賢くなって周りの人間の言動が理解できるようになった時、理解できなかった時の記憶を覚えているのは辛い。同じ人間なのに。
Posted by ブクログ
実験によって知能が高くなったチャーリーが最後にはもとに戻ってしまったことが衝撃的でした。経過報告の内容がどんどん複雑になっていく過程がおもしろかった。家族や恋人チャーリーの心情の変化が、せつなく感動しました。
匿名
言わずと知れた名作。
書き方も独特で、ある出来事がきっかけで運命が狂わされた主人公の心情が丹念に描かれている。
真実は恵みなのか、それとも呪いか。
切なくて胸が苦しくなるような作品が好きな人にオススメしたい