山本淳子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書は「週刊 絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖」というビジュアルシリーズに連載されたエッセイがもとになっているそうで、一般向けの読みやすいものだ。最初のあたりは、以前出た著者の「源氏物語の時代」と比べるとやや浅い感じがして、読者サービスのような軽い書き方に少し違和感があった。章のタイトルが「恋の”燃え度”を確かめ合う、後朝の文」とか「祖先はセレブだった紫式部」とかだったり…。それでもやっぱり、専門の研究者による源氏のお話はさすがに面白く、内容も章が進むにつれどんどん深みを増して、結局は大満足のうちに読み終えた。
「源氏物語」は(今更言うまでもないけれど)たいそう魅力的な物語なので、時代により人により、いろいろな読み方をされるのは当然だと思うが、私はどうも現代人のものの考え方に引きつけて源氏を読んだものが苦手である。中にはいたって無自覚に、源氏の登場人物が今の私たちと同じような考え方、感じ方をするものとして書かれているものもあったりして、それは違うでしょ!と思ってしまう。
近代以前、どころか千年も昔の王朝人の感覚など、そう簡単に想像できるものではないだろうが、この物語が、どういう社会常識や生活文化の中で書かれたのか、作者がどんな思いをそこに込め、当時の人々がどのように読んだのか、少しでも知りたいと思う。だから、本書のような研究者による一般向けの本は本当にありがたい。疑問に思っていたことがすっきりしたり、間違った受け取り方をしていたことがわかったり、思いもかけなかった視点が提示されたり、いやまったく充実した読書だった。
なるほど!と思った点を箇条書きで挙げると
・「源氏物語」というタイトルは、主人公が身分社会の敗者であることを示している。
・巻名はいつ誰が付けたのか。
・作者はいつから「紫式部」と呼ばれるようになったか。
・物語はサブカル。文芸の中でも格下のジャンルだった。
・今私たちが読んでいる「源氏物語」は、研究者の並々ならぬ苦闘の成果である。
・源氏には語り手がある。
・薫は決して「草食男子」ではない。
・平安京で火災が多発したのはなぜか。
・外戚という方法での権力掌握は、考えてみればまことに迂遠な方法で、実に平和的。
などなど。源氏好きな人は楽しめること請け合い。
圧巻は、終盤で提示される源氏物語のとらえ方だ。著者は、一条天皇の中宮定子こそが「源氏物語」の原点であり、主題であった、と考える。同時代に目の当たりにした中宮定子の悲劇的な人生、その理不尽さに深く思いをいたし、虚構世界の中でその投げかけた問いに答えようとしたのが「源氏物語」なのだと。これは著者の持論であり、長く主張していきたいと書かれているだけあって、筆致に迫力があった。
「人とは何か。それは、時代や運命や世間という『世』に縛られた『身』である。身は決して心のままにならない」「筆を執り物語を書き始めたとき、紫式部が生み出した登場人物たちは、誰もがすべて『世』を生きる『身』であった。人として『世』に阻まれる『身』、それを各々がどのような『心』で生きるか。それを描くことに挑んだ『源氏物語』は、日本の文学史上初めてのリアリズム小説となった」 -
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ネタバレ源氏物語の原作者紫式部が彰子中宮の元で宮仕えをしていた3年程の記録及び体験記とも言える「紫式部日記」の解説本です。
原典と口語訳とを併記されておりまずはとてもわかりやすいです。
タイトルにビギナーズ・クラッシックスと銘打ってあるだけのことはありますw
残念ながら原典の全てが掲載されているわけではなく、日記の内容や式部が家庭の主婦から職業女房へと成長・変化してゆくさまにあわせ、3部構成になっています。
「鬼と女は表に見えないのが良い」とされていた平安の時代、職業としての女官や女房は多くの男性に顔を晒さねばならず総じて「はしたない」「言い寄り易い」と軽視されている側面がありました。
式部もその世論の中で生まれ育ってきたため、再三再四の宮仕えの要請にもなかなか首を立てには振らず、中宮彰子の熱烈な要望に根負けして出仕したものの、立ち居並ぶ先輩女房たちに気圧され、また冷たくあしらわれ凹み翌日から5ヶ月も家に引きこもりますw
更に結婚して3年と言う短さで夫が亡くなりいよいよ華やかな宮中へ戻る気にもなれません。
が、ここで式部の意識は主婦から女主人へと上昇します。
残された我が子賢子や家司・女房たちを養うのは自分しか無い。
それに彰子の出産日記を書くことが第一の勤めとされ決まった出仕話。中宮彰子の出産も押し迫りそうそう引きこもってもおられず宮中へ戻ります。
式部の住む堤邸を担う大黒柱は自分しかいない、ここで働きお産日記を完成させ先輩女房にも気に入ってもらえるように立ち回らなければ!と一念発起します。
すると女房たちからは「式部さんって思ってたのと違って本当は優しいのね」「式部さんは学がおありだから私なんかきっと叱られるんじゃないかと思ってたのよ」と意外な言葉が。
冷たくあしらわれ逃げ帰った式部ですが、実は皆式部の学識の深さに恐れうかつなことは言うまいと警戒していただけなのです。
中宮彰子のお産は男御子誕生と言う上々の結果、産後も母子ともに健やかで宮中は和やかな日々が続きます。
宮中女房としての処し方も身に付き、徐々に宮中での生活にも慣れてきた式部は手紙形式の日記を書き始めます。
これは「こんなこと内々の手紙ででも無ければ書けない話なんだけど」と前置きをし女房評・公達評を繰り広げるといったものです。
式部の文章もくだけた表現が増え、本当に他人の手紙を垣間見してるかのように感じます。
紫式部日記には、彰子のお産記録、お祝いの儀式の様子の記録だけではなく、中宮女房としての式部の成長日記の要素もあります。
このビギナーズ・クラッシックのシリーズは本当に初心者に優しくわかりやすいので入門篇としては最適に思いました。
でも出来れば田辺聖子さんに口語訳+読み物としての紫式部日記を出して欲しいところですw
今、森谷明子さんがシリーズとして刊行している「千年の黙」「白の祝宴」「望月のあと」は紫式部を主人公としたミステリですが、これらよりも先にこの本を読んでおけば良かったなぁ、と後悔してます。
「源氏物語」だけではなく「枕草子」の書かれた背景「むかし・あけぼの」を読んだ後だからこそ「千年の黙」が面白かったのですが、更に「紫式部日記」も読んでおけばなおよし!ですw -
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ネタバレ藤原道長の生涯を新たな視点で描いている一冊。
これまで藤原道長というと「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思へば」という和歌を元に権力者として力を誇った傲慢な人物というイメージがずっとあったことは否めない。
しかし、本書によると、藤原道長は、非常に幸運な運命のあった人物であり、それが、すべて自分が権力者としての階段を登っていく過程において、それを阻害するような人物の死によってもたらされるという事に着目している。
例えば、藤原道隆、道兼の二人の兄が早逝しなければ、道長に摂関というポジションは回ってこなかっただろうし、道隆の子、伊周、隆家兄弟が勘違いから花山法皇に矢を射かけるという長徳の変による失脚がなければ、また同じく道隆の子であり、時の天皇一条天皇の寵妃である皇后定子が若死にしなければ、長期安定政権には結びつかなかっただろう。
また、天皇に入内した娘たちが、子をなし、その子たちが天皇となった。しかし、皇后定子がもう少し長命であったなら、あるいは一条天皇と定子の子である敦康親王が若死にしなければ、また違った歴史があったのかもしれない。(実際に、藤原彰子は、自分の子敦成親王よりも、敦康親王の即位を望んでいたとも言われる。)
そして、入内した3人の娘たちは、みな皇后となっている。
これは、幸運という言葉以上の運を持っていたと言える。当時の人達もそのような目で道長を見ていたとも考えられる。
そして、自分の現在の地位は、ライバルたちの死や不幸により得たものという認識を本人が持っていたからこそ、たびたびライバルたちの怨霊に苦しみ、病を得ることになる。
事実、道長は、何度も病気から引退を口にしている。その心の中には、多くの人達の怨霊が跋扈していたのであろう。
そういった視点に立っていくと、件の和歌も権力の頂点に昇りつめたものの傲慢な歌というよりももっと違った内容を歌ったものと解することが出来るというのが本書の主張である。
件の歌は、一家立三后を祝った酒宴で歌ったものであり、自分の家族は、三人の娘は皇后になり、長男は摂政にまで登っている。道長一家全体が幸運で満ち溢れ、満月のように何一つかけたところがないということを素直に喜んだ歌であるという見方もできるという。
確かに、当時の日記である「御堂関白記」には全く記述がなく、藤原実資の「小右記」には、この歌のことが記載されているが、みんなで唱和したと書いているが特に批判的なことが書かれているわけではない。
そういうことを考えると、これまでのような解釈と違う解釈が成立する余地はありそうである。
また、道長と紫式部との関係については、はっきりは書いていないが、紫式部が日記等でそれとなく匂わせている所がある。ただ、あったとしてもかりそめのものであったと本書では書かれている。
まあ、学生時代、この道長と紫式部との関係について、覗き趣味として一刀両断された先生もおられたのでその辺にしておこう。
本書は、非常に丁寧に史料を引用しており、またちゃんと現代語訳もつけてくれているので大変親切で読みやすい。
平安時代の貴族社会がわかりやすく書かれているおススメの一冊だと思う。
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紹介されていた本。
タイトルから、なんだか清少納言みがある。
定子サロンに入るところから、定子が亡くなるところまでを丁寧に追いかけていく。
現実の暗さ、厳しさと。
「枕草子」が描いた柔らかさ、華やかさの対比。
それらは取捨選択された光景だったかもしれない。
それを描いた清少納言さえも。
けれど、定子が亡くなって、彼女と共に生きた人にとっては、救いになったかもしれない。
そうして、定子の姿を、私たちもまた感じることが出来ている。
それが清少納言の企みであったとしたら、きっと彼女は満足してるはずだ。
清少納言がカメラを持った随筆だからこそ、「現実を生きた人物」をありありと遺すことに成功したのだと言えよう。 -
Posted by ブクログ
読みやすくおもしろかった。
10代のころに初めて源氏物語を読んだとき面白いと思わなかった理由が分かった気がする。
古典だからというわけではなく、顔と権力で女をとっかえひっかえ好き勝手する話というとらえ方で、いわゆる平安版昼メロとちょっと刺激的な少女マンガが合わさったようなもののイメージを持っていたような。
その後、あらすじになるストーリーそのものより、心情と情景描写が見事だったり、
お人形のようだった紫の上の葛藤や不安定さを想像できるようになったり、
女性目線の研究が進んで、世の価値観が変わり、私自身も年を取ったことで、より源氏物語の良さもすごさも分かるようになったなあと思いました。 -
Posted by ブクログ
平安文学研究者の山本淳子先生
源氏物語全訳した角田光代さん
なんて贅沢な対談!近くで聞きたかった。笑
あっという間によんでしまった。
この時代に生きる人達からは、
どんな感情でどんな風に行動してどうなったのか、
が今の時代とそんなに変わらないように感じる。
だからとても魅力的な時代だなと思っている。
源氏物語がなぜ途切れることなくこの時代まで読み続けられているのか。
紫式部の成長と
「愛は人を幸福にするのか、不幸へと導くのか」
そして最後に角田光代さんが仰っている「人の生き死にの間にあるものが見たい」
で、ちょっと分かったような気になっている。笑
だって私はまだ 源氏物語読んだことないんだよな。笑
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Posted by ブクログ
藤原道長の長女、藤原彰子。一条天皇の中宮です。元々は、道長のお兄ちゃんの娘、定子が中宮でしたが、出産時にお亡くなりに。
平安時代の貴族・皇族は「楽して生きてるんだよねー、あーあ、いいなーっ」というイメージがありますが、本当にそういうわけではなかったんですね。政権争いとかで、命を狙われてしまったり、金持ち、権力者はいつもリスクを背負って、生きてるんですね〜!道長の、甥っ子・伊周も道長の企みで太宰府に送られてしまっているので。
話は戻り、中宮と言ったら、天皇の妃の中で一番位が高いのです。中宮・皇后、女御、更衣と、このような感じです。
ところで、一条天皇の時は特殊で、中宮、皇后と二人、正室が二人いるってことなんです。普通、正室は一人と決まっていますが、道長がゴリ押しで彰子を中宮にしたってことなんですよね。
それに、ライバル定子は一条天皇が幼き頃からそばにいるから、寵愛を受けている。しかも、彰子が初めて、帝と枕を共にする日の朝に定子が第一子を出産してしまうのです。
だから、彰子のことなど、初めから眼中に入ってなかったんですね。
定子が亡くなってからも、彰子にお渡りはなく、どうしたものかと思った道長が、定子の宮中のように、知性があふれ、華やかな宮中にしようと、源氏物語の作者、紫式部を登用したんです!
紫式部日記、源氏物語と紫式部の女房時代が始まっていくんですね!
感想:面白かった!!(≧∇≦)