山本淳子のレビュー一覧
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大河ドラマ「光る君へ」に触発されて読みだした本。紫式部って源氏物語の作者であることは知っているもののそれ以外のことは意外と知らなかった。
源氏物語を書きだしたきっかけは、夫、藤原宣孝が突然になくなり、その後、物語を書くという作業を通じて、自らを昇華させていったという所なのかな。
初めは、雨夜の品定めといった一編を収録している「箒木」、「空蝉」、「夕顔」の三帖から物語は始まったそうだ。その後、「桐壺」の巻やいろいろな物語を書き足していって源氏物語が完成していく。その間、物語の成立には、藤原道長などの援助もあったようだ。
読んでいていると、結構他の女房達の批評が乗っているが、特に清少納言などについての人物評は手厳しい。かなり口で言えない分、書くことで発散する人だったのだろうかとも思う。
一条天皇の皇后で、紫式部がつかえていた上東門院藤原彰子が徐々に人間として成長していく様を描いている所がまたいいなあ。
注目は、道長との関係。昔、読んだ北山茂夫氏の「藤原道長」では、関係があったという記述があった記憶があるが、実際はどうだろう。この人の性格を見ているとそういう危ない橋は渡らなそうだし、召人のような関係は好まなさそうだから、ない様な気がするのだが、どうだろう。
「紫式部日記」や歌集の「紫式部集」の成立の事情にも触れている。この人は、根っからの作家のような気がする。こういう人は、これまでの文学史上居たのだろうか?
紫式部とはどんな人だったのか、その生涯、述作などを知るための入門書としてはちょうどいい本だと思う。 -
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清少納言曰く「派手好きな旦那」を持ち、華麗なる宮廷ロマンス文学を執筆した紫式部のことだから、見た目も性格も男女関係もさぞかし華やかな人物だろうと想像していた。紫式部日記を読むまでは。
イマイチ乗り気じゃない宮仕えが、やがて自分の得意分野(物語執筆活動や出産時の記録係、彰子への漢文講義等)を活かして宮中に居場所を見つけるとともに、知識をひけらかすことなく周囲とも波風立てず穏やかな人物を装うことで時の権力者・藤原道長にも一目置かれるような唯一無二の存在となった処世術は、現代人の我々にも参考になりそうだ。
「マウント女子」とは対極的な紫式部。かと言って容易く周囲に流されるような頼りない性格でもない。「チーム彰子」の女官としての誇りを保ち、同僚やライバル達に対して表立っては言わないが一家言を持っている。悩み事も軽々しく口にはせず、控えめながらも内に秘めた強さを持っている女性だと感じた。
道長と愛人関係にあったのか気になるところだが、自己顕示欲の強くない紫式部の性格からして、もしそうだったとしても後世には書き残さないんじゃないのかしら。わざわざ言及しなくても良いのに道長をあしらったエピソードを敢えて残しているところが意味深だけども。
本書を読み終えると、土御門殿の道長が六條院の光源氏と重なって見える気がした。 -
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枕草子は古典の教科書に載っている「春はあけぼの」というフレーズであまりにも有名だ。そしてこれを書いた清少納言もこの草子の作者として知られている。私が学生の頃は随筆というジャンルに分類され、「平安時代のOLエッセイ」と呼ばれていることも聞いたことがある。
しかし本書を読むと、清少納言が軽いエッセイ感覚で枕草子を編んだという思い込みは払拭される。枕草子は実に巧妙に作り挙げられた忠臣清少納言による主君定子に関するイメージ戦略なのだ。それも殺伐とした政治の話を一切取り上げることなく、定子サロンの洗練された優美さや機知、そして華やかな姿だけを取り上げることによって実現している。
枕草子を抜きにして中宮定子の生涯を知った者はきっと時の政治に振り回される彼女の人生を不幸なものとして憐れむだろう。しかし枕草子を通して彼女を知った者はその逆の印象を抱くに違いない。美しく機知に富んだ型破りな粋姿で、これまでの後宮とは違うおしゃれなサロンを作り上げた憧れの中宮こそが定子の姿だと信じてしまう。事実ももちろん織り交ぜながらそれを演出しているのが清少納言なのだ。私はそこに清少納言の意地と忠誠心、そして定子に対する深い愛情を感じて彼女のことがより一層好きになってしまう。
そして枕草子からはただ清少納言から定子への一方的な愛情だけではなく、定子から清少納言に対する厚い信頼も見えてくる。白楽天も諳んじる知識豊富でかっこいい女性像である清少納言も女房になりたての頃は緊張で定子に近づくことすらできず、定子の呼びかけにもしどろもどろだったのが驚きだが、そんな彼女が羽を伸ばして生き生きと活躍できるように接する定子の姿は主君として理想的ではないだろうか。枕草子はこうして定子の粋なふるまいを描くことで清少納言の忠誠心だけではなく、定子自身の清少納言への羨ましいほどの信頼や期待も読者に伝えている。当時この草子を読む機会があったであろう紫式部がどう思ったか、想像に容易い…そしてその結果生まれたのが紫式部日記の清少納言に対するディスりなのではないかと勘繰ってしまう。
少し脱線するが、私は杉田圭先生の『うた恋い』シリーズが大好きである。そしてその中でも清少納言と藤原行成の関係性や描かれるエピソードがたまらなく好きだ。年上の女性としてのプライドがあり定子様を慕う清少納言、そして無骨だが狭く深い友人関係を望む行成。二人の恋愛模様が描かれず、どちらかといえば深い友人関係がしっくりくる。私の中の二人のイメージは、まさにこの『うた恋い』で作り上げられているといっても過言ではない。そして今回『枕草子のたくらみ』を読むと、そのイメージは全く間違っていないことを再確認できてとても嬉しかった。特に11章の「男たち」に登場する清少納言と行成の歌の詠み合いは漫画そのままの表現で、二人の絵が頭に思い浮かぶほどだった。 -
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コンパクトなのに非常に奥深い教養が身につく本。
源氏物語全54帖のあらすじも載っているが、そちらよりも物語に関連した平安時代の風俗や文学の歴史、人物の系譜などを学べることが面白い。
菅原道真公の飛梅伝説は知っていたけれど、ずっと白梅だと思っていたのが紅梅だったことを43帖「紅梅」の解説で知ったし、梅自体が奈良時代に中国から渡来したことも知りました。などなど…。
源氏物語の楽しさはちゃんと全訳本などを読むべきだけれど、この本をサブテキストとして併用すればバッチリ!
源氏物語をきっかけに色々なことが学べる素晴らしい1冊でした。今後も折にふれて再読します。 -
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ネタバレ表題がなんとも魅惑に満ちている。
かの清少納言が随筆『枕草子』に託した”たくらみ”とは?
冒頭「春は、あけぼの」に込められた秘かな想いとは?
今まで他の物語を読んで何となく知っていた中宮・定子の波乱万丈な人生。
山本淳子さんの指導により深く掘り下げてみると、定子の毅然とした美しさや聡明さ、それを見守る清少納言の知性に惚れ惚れする。
誰もが羨む恵まれた血筋に生まれながら必ずしも順風満帆とは行かず、暗闇をさ迷うような人生を歩んだ定子。
そんな定子の気持ちを誰よりも察し、定子の苦悩が少しでも和らぐように、定子の魂を鎮め浄化させようと、清少納言はただ黙々と『枕草子』を書き綴る。
人生とは時に切なく時に儚く、けれどそれら全てはこんなにも光り輝き美しい。
清少納言好きはもちろん、平安時代好きにはたまらない一冊。
とても贅沢で有意義な時間を過ごせた。
何かと比較される清少納言と紫式部。
2人が孫の代まで因縁があったとは驚いた。
この2人って何かと比較されるけれど、時代的に見ても出逢ったことはないはず。
なのに何故こんなにも比較されるのか。清少納言の後に後宮入りした紫式部にとって、目の上のたんこぶ的存在の清少納言のことは忌々しくどんなにか嫌であっただろう。
それが孫の代まで縁があるとは、あの世の2人もびっくりしたことだろう。
千年の後の世でも受け入れられ、幅広い世代に読み続けられている『枕草子』。
定子が後宮で創り上げた文化は時代を超えて今もなお生き続ける。
『枕草子』に託した清少納言の”たくらみ”は大成功と言えよう。
悲しい時こそ笑いを。
くじけそうな時にこそ雅びを。
「あはれ」を「をかし」に変える清少納言の姿勢を見習いたい。
最後になりましたが、この著者を紹介して下さった地球っこさんに感謝します(*^^*) -
Posted by ブクログ
なんと、面白いことか。
本書が扱うのは古典の名作『枕草子』。学校の授業で、文法に悪戦苦闘しながら、つまみ食いのようにして読まされた『枕草子』。おそらく、全文を古文で読み通した人はそうはいないだろう。
かくいう私も、田辺聖子さんの現代訳『むかし・あけぼの』(名作です!)を読んだ程度。『枕草子』は、どこか、軽いエッセイのようなものと捉えていた。だが、それは確かに一面だが、それだけではない。『枕草子』には清少納言のたくらみ、想いが込められていたことを本書は指摘する。
その手がかりは、歴史的事実と『枕草子』の記載の乖離から浮き上がる。著者の山本さんは、それを清少納言の事実誤認とは考えない。清少納言が意図的に改竄したと考える。では、何故、彼女はそのように記したのか。哀しくも「あはれ」なたくらみが明らかとなる。
しかし、清少納言のたくらみは成功したと言えるのではないだろうか。なんと1000年以上経った今に至るまで、聡明な中宮定子を中心としたそのサロンは、明るく、闊達なイメージで受け入れられているのだから。