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藤原道長が恐れ、紫式部を苛立たせた書。それが随筆の傑作「枕草子」だ。権勢を極めてなお道長はなぜこの書を潰さなかったのか。冒頭「春はあけぼの」に秘められた清少納言の思いとは? あらゆる謎を解き明かす、全く新しい「枕草子」論。
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Posted by ブクログ
ゼミで『枕草子』の授業提案をしている子がいたので、自分なりに『枕草子』の読みを持って参加しようと思っていたところ見つけた。同じ著者の『源氏物語の時代』を読んだことがあったことを読んでから知った。『源氏物語の時代』も好きだったけれど、今回のこれもかなり好きだったことを考えると、おそらく山本淳子さんの読...続きを読むみ自体が肌に合うのだと思う。 高校時代に受けた古典の授業で、『枕草子』は、中宮定子のために書かれた慰めの本なのだという説明をされたことを思い出した。というのも、まったくその通りのことがこの本に書いてあったからである。高校生時代、すいぶんその説明に感動して、忠義の心に溢れた清少納言のことを好きになったものだが、元になる読みに触れられてますます『枕草子』への共感を増した。 章段末尾の「いとめでたし」に、清少納言は万感の思いを込めたと思う。それは、『枕草子』とは、定子のこの「めでたさ」、理想性をこそ世に伝えてゆくものなのだという一念である。最期まで理想的だった皇后定子。それを世に示すことこそが『枕草子』の戦略だった。『枕草子』の中では、定子は死なない。それは定子がこの作品の中で永久に生き続けるということだ。『枕草子』の定子は、理想の皇后として、いつまでも燦然と輝き続けるのだ。(p264) お仕えする中宮定子に紙を渡され、書くように言われた『枕草子』は、身内の不祥事で没落しつつあった定子のために書かれ、定子が亡くなったのちも、その鎮魂と後世へ伝え残すために書き続けられた。まず第一の読み手である中宮定子の心が明るくなるように、そして、のちに読む人たちが、定子を素晴らしい中宮だったと思えるように、あらゆることが明るく描かれる。 中関白家没落後、みすぼらしい屋敷へと移らねばならなくなった際に、牛車が屋敷の門を通れず、清少納言ら女房たちが徒歩で屋敷へ入るはめになったというエピソードを、高校の頃の先生が話していた。なんとなく記憶の隅に残っていたのだが、その第六段「大進生昌が家に」のエピソードが、第14章で紹介されていた。 御前に参りて、ありつるやう啓すれば、「ここにても、人は見るまじうやは。などかはさしもうち解けつる」と笑はせ給ふ。(p214) 牛車の通れない小さな門に腹を立てる清少納言たちの話に、定子は、人に見られることを考えておかなかったことは迂闊だったわね、と笑うのである。著者は、この場面を「清少納言が自分を道化に仕立て」て、自分たちを「たしなめる優位な立場に定子を置く」ことで、「定子に定子らしくあってもら」ったのだと解釈する(p215)。 当時、身分の低い者のところへ、身分の高い者が来る際には、あらかじめ牛車が通れるように門を大きく作り替えておくことが礼儀だった。その礼すら尽くされなかった屈辱的な出来事を、清少納言は、中宮定子の誇り高い人柄を描く場面に描き変えるのだ。これが、『枕草子』の「戦略」だったのだという。 それは事実とは異なるのかもしれないが、その徹底的に明るく、輝くように描く態度には、定子に対する心からの尊敬の気持ちが溢れているように思う。そういった忠義の女房としての清少納言に、心惹かれる。 話は変わるが、大学でお世話になった先生が、よく平安貴族の下民に対する差別意識の例として、『枕草子』の「にげなきもの(不似合いなもの)」を挙げていた。 にげなきもの。下衆の家に雪の降りたる。また、月のさし入りたるも口惜し。(p223) ここでは、雅やかな雪や月の光が、庶民の家に積もったり差し込んだりするのは、不釣り合いだと言っている。この感覚は、「下衆」に対する差別意識からしか出てこないというわけである。この下衆に対する意識について、著者は、次のように説明している。 (前略)理不尽を通り越して、子どもの我儘のようで笑ってしまう。だが清少納言は厳しい身分社会にあって、下級貴族にすらなかなかなれない父を持ち、幼い頃は周防の田舎暮らしまで経験して、ただひたすら上流貴族の雅びに憧れていた。その憧れの世界を純化しようとする余り、下衆を全否定したのだ。(p224) そんな理由で全否定される下衆もたまったものではないが、自分の今を肯定しようとするために人を貶めるのは、現代人としても分かるような気がする。とはいえ、雪や月明かりくらいいいようなものだと思うが。 『枕草子』を、一貫して定子のために書かれた書として解釈しきるところが、とても清々しい本だと思う。ここまでさまざまな側面から、同じ方向性の解釈が抜き出されてくると、ものすごく説得力もあり、分かった感を持てて楽しい。未だ、『枕草子』の全文は読まないが、本文も読みたくなってくるあたり、個人的には本当にいい批評だと思う。
NHK大河の「光る君へ」の参考に読んでみた。 教科書で学んだ枕草子の印象が全く変わる内容。清少納言が好きになった。中宮定子の生き方やその背景に非常に興味がわいた。
光る君へと重なってめちゃくちゃライブ感があった。 まさかの枕草子で味わうライブ感すごい。 枕草子普通にエッセイとしてもおもしろいけど、その書かれた理由や背景を知るとほんとうに見事なたくらみで、今日こうして誰もが知る代表的古典文学として燦然と輝いているのは見事でしかない。
遠い昔、学校で、定子と彰子2人が後宮で寵を競い、その手段の一つが文学だった、定子サロンは清少納言と枕草子、彰子サロンは紫式部と源氏物語、と教わった気がするけど、「源氏物語の世界」や「道長ものがたり」を読んで、実はこの2人、ほとんど時代が被っていないこと、定子が死ぬまで圧倒的に愛されていたことを知った...続きを読む。 そう知って、不遇の定子を気持ち的に支えたであろう清少納言そして枕草子、と知ると、まったく違う物語がみえてくる。 清少納言は、紫式部日記の影響もあってか、枕草子に書かれた内容がそうだからか、とかく「軽い人」と見てしまいがちだけど、この軽やかなエッセーの背景にある史実に思いを馳せながら、じんわりと読みました。 うん、興味深くて面白かった。
学校でこんなこと教えてもらわなかった…! 自身のためではなく定子様のために。 清少納言の強い思いを感じることができた。 『枕草子』が執筆された前後の時代背景、清少納言や定子様周辺の人物紹介も詳しいので、理解が深まる。 『枕草子』を読む準備ができた。
清少納言の側面や一部しか知らない人物像。定子との深い関係性と絆、信頼理想の皇后・定子の姿を描き続けた清少納言の定子への想いや平安時代の社会背景に目配せしつつ、枕草子を紐解く構成。文学の偉大さを改めて思い知らされた。
皇后定子が失意と悲嘆のうちに亡くなった時、まだ24歳。一条天皇は21歳だった。 悲運を描かず、もっとも華やいだ日々を書きつづり、后が存命の折りにはその悲しみを和らげ、没後には魂を鎮めたという背景を丁寧に教えてくれる本だった。 読み終えて、枕草子を読むと泣けてきた。
清川妙さんの「うつくしきもの枕草子」を読んだのちに、読みました。枕草子のきらきら感を堪能した後だけに、これを読んだ直後は、それが痛々しい気もしてしまいました。でも、やはり前向きな枕草子かな。そのうち、原文で読んでみたいです。
大好きな1冊で、何度も読み返している。現代では「毒舌ブロガー」と称される清少納言だけど、この本を読むと全然そんな気がしない。枕草子には、定子への愛が詰まっている。清少納言が生きた時代が小説のようにドラマチックに描かれて、間に随筆の現代訳や解説が入るため読みやすい。清少納言の“たくらみ“通り、今も生き...続きを読む続ける作品になっていることがすごい。「スキ」の想いに勝るものはないと思わされる。
枕草子は古典の教科書に載っている「春はあけぼの」というフレーズであまりにも有名だ。そしてこれを書いた清少納言もこの草子の作者として知られている。私が学生の頃は随筆というジャンルに分類され、「平安時代のOLエッセイ」と呼ばれていることも聞いたことがある。 しかし本書を読むと、清少納言が軽いエッセイ感覚...続きを読むで枕草子を編んだという思い込みは払拭される。枕草子は実に巧妙に作り挙げられた忠臣清少納言による主君定子に関するイメージ戦略なのだ。それも殺伐とした政治の話を一切取り上げることなく、定子サロンの洗練された優美さや機知、そして華やかな姿だけを取り上げることによって実現している。 枕草子を抜きにして中宮定子の生涯を知った者はきっと時の政治に振り回される彼女の人生を不幸なものとして憐れむだろう。しかし枕草子を通して彼女を知った者はその逆の印象を抱くに違いない。美しく機知に富んだ型破りな粋姿で、これまでの後宮とは違うおしゃれなサロンを作り上げた憧れの中宮こそが定子の姿だと信じてしまう。事実ももちろん織り交ぜながらそれを演出しているのが清少納言なのだ。私はそこに清少納言の意地と忠誠心、そして定子に対する深い愛情を感じて彼女のことがより一層好きになってしまう。 そして枕草子からはただ清少納言から定子への一方的な愛情だけではなく、定子から清少納言に対する厚い信頼も見えてくる。白楽天も諳んじる知識豊富でかっこいい女性像である清少納言も女房になりたての頃は緊張で定子に近づくことすらできず、定子の呼びかけにもしどろもどろだったのが驚きだが、そんな彼女が羽を伸ばして生き生きと活躍できるように接する定子の姿は主君として理想的ではないだろうか。枕草子はこうして定子の粋なふるまいを描くことで清少納言の忠誠心だけではなく、定子自身の清少納言への羨ましいほどの信頼や期待も読者に伝えている。当時この草子を読む機会があったであろう紫式部がどう思ったか、想像に容易い…そしてその結果生まれたのが紫式部日記の清少納言に対するディスりなのではないかと勘繰ってしまう。 少し脱線するが、私は杉田圭先生の『うた恋い』シリーズが大好きである。そしてその中でも清少納言と藤原行成の関係性や描かれるエピソードがたまらなく好きだ。年上の女性としてのプライドがあり定子様を慕う清少納言、そして無骨だが狭く深い友人関係を望む行成。二人の恋愛模様が描かれず、どちらかといえば深い友人関係がしっくりくる。私の中の二人のイメージは、まさにこの『うた恋い』で作り上げられているといっても過言ではない。そして今回『枕草子のたくらみ』を読むと、そのイメージは全く間違っていないことを再確認できてとても嬉しかった。特に11章の「男たち」に登場する清少納言と行成の歌の詠み合いは漫画そのままの表現で、二人の絵が頭に思い浮かぶほどだった。
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枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い
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山本淳子
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