管啓次郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
フランシスコ・ヴァレラの「身体化された心」に分からないながら、大きな刺激をうけ、きっとこちらのほうが入門的な著作に違いないと思い、読んでみる。
書きぶりとか事例が多い所とかは一見分かりやすそうだけど、やっぱりいまいち既に分かっている以上のことは、分かるわけではない。翻訳も一見わかりやすそうだけど、実のところ、それほど親切なわけではない。
浅田彰が前書きを書いていることに象徴されるが、これってすごくニューアカ的な文脈で、分かろうが分かるまいが、それらしい知的な感じがすれば良い、という感じの本になっている気がした。
その辺が、原書自体のムードなのか、翻訳のムードなのかは不明。
書いてあることは、すごく面白そうだし、多分、自分が今考えていることのずばりど真ん中のことのはずなんだけど、なんだかしっくりこない。
この微妙なイライラが、満足度に影響している。きっと、素晴らしい本なんだろうとは思えるのだが。。。 -
Posted by ブクログ
最初の、お誕生日にリクエストした、チョコレートのアイシングがたっぷりかかったレモンケーキ(なんて美味しそうなんだろ)を食べて、「ママとパパ、けんかしたの?」
と、ママの寂しさ、空虚感に気づいてしまうシーン!これを読んだらもう最後まで知りたくなる。小さなローズの繊細さ、食べ物に、特に母の作る食べ物にとらわれる日々。
その中で父のおかしな習性、天才肌の兄と素敵な兄の友人ジョージ、近親相姦のように兄に固執する母。
ローズ自身もそんなに簡単に友達とやって行くことも出来ない… 毎日がハッピーだと思い込んでる人たちとは違い、この家族が大好きだ。
不思議なアイテムがいろいろ登場する。それらに気をつけて読み進める楽しさ。お婆ちゃんから届くどうでもいいような荷物、父と母の思い出のスツール、ママの作る木工作品、父のアルバム、そして食べ物。
物語の後半は、兄のジョゼフの不可解な行動にこちらも訳が分からなくなるし、悲しい。
でも全てがクリアになって来るころ、ローズは自ら料理を始める。そこからがすごく好きだ。レストランの温かさ、料理する人の思い。私も料理が好きだし、もてなすことが好きだから、最後まで読んで幸福な気持ちになれた。
自分の今置かれた環境とも重なり、忘れられない本になりそう。
人はそれぞれ異なる環境に置かれているけれど、それぞれの幸せの形があり、どれがいいかなんてある訳がない。それを見せてくれる、教えてくれる、感じさせてくれる、そういう本の力を思わずにはいられなかった。 -
Posted by ブクログ
1200円以上の価値。文庫でこの値段は恐ろしいかと思いますが、価格以上の値段だと思います。
本書は、『なめらかな社会とその敵』著者による推薦書で、オートポイエーシスの理解を深めることができるそうです。できるそう、というのは生物学の専門書のため非常に難解で、発散と収束を細かく繰り返して読まないと、ハテ?となってしまいます。ぼんやり分かったようで分からない、多分何回も読まされることになるかと思いますが、根気良く読みたいなあと思います。
広く様々な分野に応用できるよう記述されているので、どの分野の方にもオススメですね。特に理工系やマネジメント層に読まれると良いのではと思います。
挿絵が多く、また綺麗なものが多いのでそれを読むだけでも充足感があります。雑誌本や小説と違った考えを得ることができるかと思いますので、興味があるかたは是非。 -
Posted by ブクログ
書き出しの、未開民族もほぼ携帯電話を持っていて、グローバル化、「人類全てがお互いの存在を知っており、関与しようと思えば関われる状態」にあることは凄いことだと思った。影響を及ぼし合い、ある意味均質化してゆくことは避けられない。
その中で、土地に根ざした民族文化を守ることが喫緊の課題であるという主張は説得力を持つ。
特に、歴史的に見ても数十年の文明社会の維持のために、数千年積み上げられてきた土地の記憶を捨て去ることは、相変わらず土地や風土は存在するだけに、違和感を感じるし、文明が自然に適応するためでなく、頭でっかちにバランスを欠いて進んできた危うさを感じざるを得ない。
インディアンの世界観が、現在形で、母なる大地、相似形としての動物、植物、父としての太陽として語られ、純粋に、というより生物学的意味合いにおいて納得しながら読み進めた。これは現代人の限界かもしれない。
インディアンにとっての生活の場である土地の圧倒的リアリティの中での世界観はよそからは理解し難いかもしれないが、グローバル化によってこの世界観がどう変化するのか、我々はどう参照するのか、によって土地の記憶が博物館に陳列されるか、現在進行形の生きた思想になるかが変わってくると思った。
祈りや儀式は状況をリセットして現実や世界観と一体化するための手続きかもしれないと思った。ヒトは慣れるとすぐ忘れてしまうから。 -
Posted by ブクログ
西垣通の「基礎情報学」の中心的な概念だったオートポイエーシス理論がよくわからなかったので、それならと読んでみた。
で、読んだ結果は、わかったようなわからないような。自律的な個体として自ら環境との境界を作り出していく…というようなイメージだろうか。そうした個体がそれぞれ相互作用で大きなレベルの運動が生まれる…と。読んでいるあいだ、オブジェクト指向とかリゾームとか電子ブロックとかが頭に浮かんだのだけどこのイメージであってるんでしょうか。
理解はあまりできていないけど、それでもすごく刺激的な内容だった.認識について考えますよーとはじめに宣言したかと思えば、細胞の発生や振る舞いの話をしだす。それがだんだんと細胞があつまって一体となったメタ細胞、多細胞生物、人間…とどんどんスケールが大きくなっていって、人間の社会的活動にまで話が広がる。そして最後に認識の話に戻ってくる。その細胞の振る舞いから認識の話までが、オートポイエーシスの理論で構成されてしまう。
そして最後に「生物学的にいって、愛がなければ、つまり他者の受容がなければ、社会という現象は生じない」って文章にたどりついたときには、なんだか感動してしまった。よくありそうな文だけど、”生物学的にいって”という言葉が入るだけですごく新鮮で別物に感じる。こんなことを書いてる生物学の本てほかにないんじゃないか。この一文だけでおおいに満足してしまった。