ユーザーレビュー レモンケーキの独特なさびしさ エイミー・ベンダー / 管啓次郎 たまらなく愛おしい物語。 エイミー・ベンダーは人間の感情を描くのがほんとに上手い。 母親のこさえたケーキをかじった9歳のある時から 食べ物をこさえた人の感情しか味として感じられなくなる少女が成人するまでの物語。 この一家の秘密と、兄の悲しすぎる能力に衝撃をうける。 人間は渇望と虚しさを飼い慣らして生...続きを読むきていくが それに食い殺されるのもまた、人間らしい気がする。 Posted by ブクログ レモンケーキの独特なさびしさ エイミー・ベンダー / 管啓次郎 エイミー・ベンダーは、はっとするような言葉で読者を引き寄せたりしない。訥々と単純な言葉を重ねてゆく。けれどもその言葉の組み合わせが穏やかではないので、とても非日常的な物語が展開する。しかしそれもよくよく眺めてみれば、誰にでもある小さな違和感を少しだけ別の出来事のように描いてみせるだけなのだ。決して大...続きを読む袈裟に言ったりしないだけで。 sensitiveとtoo sensitiveの間のどこに線を引けばよいのか、という問い掛けが日本の読者に向けた作家の文章の中に出て来る。恐らくその疑問に対する物語であることが本書の全てであり、結果として、自分を取り巻く世界に対して生まれて初めて抱いた違和感が、実はまだ身体の中に記憶として残っていることを、読み進める内に気付かされることになる。もちろん本書の主人公のように、皆その違和感を、例えばピーマンが食べられるようになるように飲み込み、気にしないようにすることを覚えてゆく。それがsensibleであると、自分を取り巻く社会が要求していることに従うことを受け入れるのだ。たとえそれを善しとしなくとも。 違和感に共感するという自家撞着。けれども鬼束ちひろの言葉に耳を傾けたり、エイミー・ベンダーの文章に身を寄せたりする人がいるという事は、それが誰にでもある違和感だと言うことを示している。岡崎京子の言葉にあるように『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』。あるいは、忘れたフリをしてしまうね。 Posted by ブクログ レモンケーキの独特なさびしさ エイミー・ベンダー / 管啓次郎 独特なさびしさ、というタイトルそのまんまの読後感。これがさびしいってことなんだと思う。すっきりしなくて、飲み込めないけど、いつか分かる日が来るんだと思う。「すぎる」と「足りない」の間の線について。 Posted by ブクログ レモンケーキの独特なさびしさ エイミー・ベンダー / 管啓次郎 まさに感受性という言葉にぴったりな物語だった。表現という表現がセンシティブ(本来の意味で)すぎる。このお話を読んでいるとまるでローズが何か人の作った食べ物を食べた時のようにローズの感情を感じられて、だんだんローズと同調してくるようで、一気に読むには少し重かった。少しインターバルが必要。文章の意味を追...続きを読むわずに表現だけをうっとりと眺めていたいと思った。 時折登場人物が「へい(Hey?)」というところだけ翻訳が気になった。舞台がアメリカと考えれば自然(?)な呼びかけか。 Posted by ブクログ レモンケーキの独特なさびしさ エイミー・ベンダー / 管啓次郎 食べ物から作った人の中身を読み取ってしまう9歳の少女ローズが、その能力故の辛さを抱えながら成長していくストーリー。 ローズの天才的な理系少年の兄は成長とともに、自分より優秀な少年達が多く存在することを知って内にこもっていく。その兄には説明も理解もし難い能力がありローズだけがそれを理解する。 この特殊...続きを読むな兄妹に対して両親は基本的に普通なので、このストーリーを現実世界から浮遊させることなく読み進めます。 ローズの未来に希望を感じつつ、兄のことが気になって、心にざわざわ感が残りました。 Posted by ブクログ エイミー・ベンダーのレビューをもっと見る