椰月美智子のレビュー一覧
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ネタバレ最初の物語に出てきた高校生達が、物語ごとに、それぞれが主役となり、物語への出方を変え、そして、みるみるうちに年を重ね、最後は、そのうちのふたりの子供が主役の物語になってしまうという構成。
感想を一言いうと、人間っておもしろいなーってことです。
いろんな人が、いろんなこと考えて、日々生活しているんだな、と。
同じ日常を過ごしていても、いま隣にいてるあいつは、あいつの世界があって、あいつなりの考えがある。
そんな当たり前のことを物語として描写して楽しませてくれた。
この本に出てきた何人もの主人公たちは、それぞれがそれぞれを好きだと思ってたり、バカだと思ってたり、年月が経っても忘れられなかったりして、人生を歩んでいく。
読んでいて、笑えたり、ひとってこんなこと考えるんだなって思ったり、なんせすらすら読めてしまえて、楽しく人の人生を感じられたと思います。 -
Posted by ブクログ
YAの書架にもおいてティーンエイジャーにも読んでほしい。『しずかな日々』を読んだ時も思ったが、それぞれの年代の子どもの心理描写がすごい。そして本作でも同じく、登場する大人たちがとてもよい。児童文学では特に大人がよい人間でいてくれることがとても救いになるし、物語があたたかいものになる重要な要素だと思う。本作の4兄弟(長男は社会人、中学校教師で子どもたちと真剣に向き合っている)のそれぞれの視点で描かれる心の内がリアルに迫ってくる。特に末っ子の中2の民の章ではささいなことをきっかけにいじめのターゲットになっていく様子が現代のSNS事情などをからめてリアルに語られる。本当にいじめなのかどうか判断に迷うような微妙なライン上にいきなり投げ出された者の痛みが伝わってくる。子ども社会だけじゃなく大人にとっても同じだと思うけれどSNSでの中傷や属している集団から無視されることは、まさに真綿で首を絞められるに等しいことで、死の寸前、またはボーダーラインを超えてしまうことは何ら不思議ではないと改めて感じた。
中学生の自死など思いテーマも含まれているが、家族や友人たちの中でお互い少しずつ成長し次の一歩を踏み出す希望が見えるラストでよかった。 -
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こうして奇妙な三人の暮らしがはじまりましたとさ
平井つきのは朗読するような口調で宣う
とてもイラッとする
あおの、つきのともにカルピスが苦手
あんなに美味しいのになぁ
人生半分、損してると思った
辻村孝美は狐に包まれた(あったかいよー)ような顔をしつつ、つままれたような仕草だ
孝美は、はぁとため息のような返事をする
きょっきょっきょー
不気味な笑い声とともに河童はあおのに詰め寄る
会社の夏休みの期間だけです 一週間ほどお世話になります
孝美の挨拶と、その衝撃的な展開にあおのの顔面はにわかに赤みを帯びていくっ!
「ゆでだこ!」と揶揄するつきのの言葉にこの上ない賛辞を送りたい
小学生以下だね
節子は呆れて苦笑いだっ!
自然の恵み、季節の移ろい、空の色、太陽の光、月の満ち欠け 世界は本当に美しい
節子の名セリフが炸裂したっ!
つきのが小説を書く際にパクる(オマージュとして)見込み大 -
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小学校5年生の枝田光輝の夏休みを描いた作品。
人見知りだった光輝は、母親の転勤について行かず、おじいちゃんの家で暮らしている。
友人の押野、ヤマ、じゃらしと汗だくの日々を過ごしていく中でたくましく成長していく。
ものすごく劇的な展開がある訳ではないが、おじいちゃんの少し無愛想で頑固な温かさ、押野の分け隔てない友情に心がほっこりした。
ツクツクボウシの「おーしんつくつく、おーしんつくつく、もういいよ〜、もういいよ〜」は、私も子どものころから全く同じように聴こえていたので笑ってしまった。
母親の心情にやや不満は残るが、大人になった光輝が、おじいちゃんの家を引き継ぎ、大切に日々を重ねている姿が印象的だった。
おじいちゃんのおにぎりやお漬物、食べてみたい。
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とあることがきっかけで友達とも言える関係になった小学生とおじいさんの話。
主人公は小学六年生のスケボーが大好きな男の子。けれど、公園も道路もスケボーで遊ぶことは禁止されてしまい、遊べる場所を探し求めてとある神社の前の道路はどうかと思いつく。穴場を見つけた、と喜んで同じクラスの友達と三人でスケボーをしていたところに現れたのは、神社の管理人をしているおじいさん。怒られると思った三人だったけれど、そのおじいさんはスケボーに興味津々で――。
小学生の男の子の目線から見た、言葉にしきれないもやもやや葛藤、悩みや決意、誰かを大切にしたいと思う気持ちがいっぱい詰まった良作でした。
きっかけはスケボーに興味を持ったおじいさんが足をふらつかせて転倒した時に手を骨折してしまったこと。初めは嫌々、渋々お世話をしに行ったようなものだったけれど、ただにこにこと話を聞いてくれる相手がいるということは、思った以上に救いになるものだと思います。お父さんやお母さんはゆっくり話を聞いてくれる余裕がなく、二言目には「じゃあこうしたら」「こうしないからいけないのよ」のようにすぐに口を挟んでくる。そうではなく、どんな話でも聞いてくれる人というのは、普段のもやもやや上手く表現できずもどかしい思春期の複雑で傷つきやすい心を守ってくれる。友達と言うには年が離れすぎているけれど、少年たちとかつて少年だった老人は確かに心を通わせているのだと感じさせてくれるあたたかさがありました。
田中さんのことを知って欲しい、戦争の悲しい話をしたいんじゃなくて、ただ田中さんがどういう体験をしてきたのかを知って欲しいんだ、と思う少年たちの気持ちがなんだかとてもじんわりきました。子どもの頃にこんな優しい経験をすることができた彼らなら、きっと大人になっても人に優しくできる人になれると思います。願わくば、頻繁に通うことがなくなったとしても、彼らとおじいさんの友情が長く続かんことを。
思春期の少年たちと、大らかに包み込む老人の、心通う優しい物語でした。