朽木祥のレビュー一覧
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主人公の光・S・エレオノーラ(エリー)は、広島出身の日本人の父とイタリア人の母を持つ。
エリーは、母の実家である、エレナおばあちゃんがいるイタリアにしばらく滞在し、そこで、おばあちゃんの子供の頃あったこと、とりわけ、おばあちゃんのお兄さんであるパウロの話を聞く。
エリーがそれまでほとんど何も知らなかった、イタリアでの、ナチスによるユダヤ人虐殺、イタリア人同士のファシスト政権と、それに抵抗する一般市民らパルチザンによる攻防戦の話だ。パウロはパルチザンの一員だった。パウロは捕まり、母が差し入れた1つのパンに、自身の血である文字を書いた後、処刑された。そのパンは、カチカチになって緑色のサテンに包まれ、大切に今もエレナの家に保管されていた。
エリーはイタリアで聞いたこと、そして広島の原爆のことも、もっと知りたいと思うようになる。帰国した後、夏休みには、被爆経験のあるおじいちゃんのいる広島へ行く。そして、今まで経験した戦争について多くを語らなかったおじいちゃんから、沢山の話を聞く。
[心にまとっている無関心という名のマントを破り捨てなさい]という文が強く心に残りました。歴史に対して、他人に対して、無関心でいることに慣れきっている自分にハッとしました。
勝手に男性と思っていた朽木祥さん。調べたら女性でした。被爆2世である作者がどうしても伝えたいことを盛り込んだこの一冊。今まで読んだ(数少ないですが…)戦争物の中で、一番我が事のように胸に響きました。歴史が特に苦手な私でも一気読みでした。中学生くらいから大人まで、多くの人に読まれるべき一冊だと思います。 -
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『かはたれ』の八寸にまた会えると思って、はやる気持ちを抑えながら読み始めました。八寸がまた麻やチェスタトンと再会出来ると思ってなかったので、それだけで心はハッピーに。
『かはたれ』と比べて、挿絵のインパクトが少ないのが残念だったけれど、登場人物のその後がわかり、みんなが幸せになっていく様子がわかり大満足です。
とても心に響いた河井くんの言葉…
〈人の心が悲しみや苦しみでいっぱいになってしまうと、音楽や絵や物語の入り込む余地はなくなってしまう。だけど、心がそのまま凍ってしまうわけではない。人の心の深いところには、不思議な力があるからだ。何かの拍子に、悲しみや苦しみのひとつが席をはずすと、たとえば音楽は、いともたやすくその席にすべりこむ。そっとすべりこんできた感動は、心の中の居場所をひそやかに広げて、まだ居座っている悲しみや苦しみを次第にどこかに収めてしまう〉
実際に河井くんの言っていることを身をもって体験してきたのに、日々の喧騒や苦しさで、またこのことを忘れてしまっていました。
『かはたれ』と『たそがれ』。この上なく美しいこの二作を読んで、鈍っていた感覚がまた呼び起こされてきた実感があります。とても大切な本になりました。 -
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ネタバレ活字オタクの主人公、侃があるきっかけで、高校のテニス部に入る。初心者のため、最初は思った通りに出来なかったが、練習に練習を重ねてどんどん上手になっていく。
憧れの女子、三角関係、ライバルとの競争、高校生の部活ならではの話題は、懐かしさ、胸キュン、いろんな思いが溢れてくる。
あるとき、自分の不注意で部活の大事な友達に怪我をさせてしまう。そこからテニスが続けられなくなり、侃は心を閉ざしてしまう。
そのとき、侃が辿り着いた場所は田舎に住む自分の祖父の家。認知症なのかどうなのか微妙な態度のお祖父ちゃんと暮らし、田舎の子供たちと接し、改めて、自分としっかり向き合うようになる。
美しい田舎の風景は、読んでいて、どんどん想像できた。
緑色の木々、広い海。これらが、侃のカチカチに凍った心を少しづつ溶かしていく。
中学生や高校生が読むと、自分と重ね合わせ、無理難題にぶつかったときに、自分の心の栄養剤として、とてもいい本だと思った。
大人が読んでも、当時のしょっぱさ、甘酸っぱさが味わえる、ザ・青春がたくさん詰まった本です。 -
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「かはたれ」の続編。
前作で親兄弟と再会した八寸が、長老に呼び出され、街の学校のプールに住み着いている「不知(ふち)」という河童の中でも尊い血族の最後の生き残りを、山の方に戻ってくるように説得してこいと命じられる。
八寸の可愛さは相変わらずで、好奇心もであるがゆえに、うっかり姿を晒し痕跡を残してしまったため、学校が河童騒動となるのが可笑しい。
そのおかげで、麻は八寸の存在に気づく。
プールで出逢った不知がそれはとてもとても美しい、銀色にきらめく肌を持つ河童というが、河童が故に「美しい」という想像ができなかったけどw
司をひたすら待ち続ける不知の心が切なかった。
最後は山に帰っていく河童たちだったけれど、また続編を出して欲しい。
というか、不知の一族が何故、不知を残して絶滅したかの謎が謎のままで、その物語も出るかもしれない。 -
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山の沼や池で今もひっそりと暮らす河童たち
人間に姿を見られたことで起こった騒動の果てに、
小さな八寸は人間のもとへ修行に出される
しかしてこれもうまくは行かず、再び池へと戻った八寸に
長老は一つの役目を課した
「学校のプールに棲みついた、月読の一族の生き残りを連れ帰ってくるように」
木の皮で出来た地図と、お母さん河童が持たせてくれた沢山の木の実
そして姿を隠せる不思議な珠を携えて
八寸はペタペタと学校への道を歩むのだった。
*
多くを語りすぎることもなく
何かが足りないこともなく
絶妙なバランスで書かれた文章だなぁ!と読んでて感心した
いざ迎えに行ったはいいものの、
月読の河童、不知は首を縦には振らず、
ガンとしてプールから離れようとはしない
誰かが何かを待ち続けている場所
そんなプールに1匹でいるのには、
深く切実な想いがあって。
優しさと、温かさと、悲しさとつらさと。
人だって河童だってそれを感じる心の
時間の長さは変わらないんだ -
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ネタバレあれから4年、麻は中学生に。でも八寸はまだ、こども、かな。
でもその子供さ?が不知にとってはよかったのかも。
純粋に人と慕う気持ちが同じだったんじゃないかな。
前回は麻の気持ちの方にいろんな変化、とゆーか成長?がみられたが、
今回はそのへんをふまえて、不知の哀しみ、を
救う物語だったな。
自分が救えなかった人、じゃなくて、自分を救ってくれた人として
思い出すことができる。
思わぬところで再登場してきた河井くんでしたが、いーことゆーなーと。
また校長先生もいーこといったなー。
目に見えないもの、その向こう側にあるもの。それを想像できる人になりたいなあ。
お父さんは残念。大きな川が流れてる、に笑った。
でも分かる。そーゆーの全く受け付けない人っているよなー。
ああ、別にそれが悪いってわけじゃないんだけど。
私はベランダから恐竜が頭のぞけてくるってゆーのわくわくしたい。
その物語読みたい~。
にしてもほんっと再会できてよかった。
うん、もうそれだけで十分っ。
朽木祥 くちき、じゃなくてくつき、しょう、さん。
作者略歴のところに広島生まれ、被爆二世、とあった。
なるほど、と。
そういうところが主題、ではないんだけど、
あの戦争で生まれた哀しみを、風化させたくない、という気持ちは
あるんじゃないかなあっと思った。 -
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K913 読み物。
子どもは根っこのところで育って
いい人(お人よしじゃなく)になって
誰かとつながって役に立ちたいと願っている。
だから比べられたらつらいし、思いこめばすれちがう。
保護した猫と関わることで
「カケガエガナイ」のは猫だけでなく、自分もだということ。
いや、周りの誰もかけがえがなく。
びびりな猫が甘えてくるところにひっそりと幸せになった彼がもっと周りを愛せるようになって幸せになるんじゃないかと
幸せに予感をさせながら物語は閉められる。
他の物語も身近で、しかしありがちな私と動物にとどまらず、かかわりの広がりを見せて読ませる。 -
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現代の日本(舞台は鎌倉。切り通しがあることでわかった)に河童が住む沼がある。あるとき家族を失い、ひとりぼっちになってしまった子どもの河童の八寸は、河童の長老に言われ、猫に化けて「人間観察修行」のために人間の住む町に出かけていく。猫に化ける河童とは奇天烈だとびっくりしたけど、確かに猫というのは人間観察にはもってこいの生物ではある。ふらりと外にいてもいいし、意外と人家にも入り込みやすい。とすると、そもそもなぜ河童なのか。開発により次第に河童の住む沼が失われ、そのせいで河童たちの間にトラブルが起き、八寸の家族がいなくなってしまうという冒頭のエピソードがあるので、自然の大切さがテーマなのかなと思ったのだが、八寸が町に出て場面が人間の世界に移ったあたりから、麻という一人の少女の心の描写がメインになっていく。母親を亡くしたことが実は大きな傷になっているのに、それを素直に出すことが出来ずにいた麻。お父さんもまた、そうだった。二人が取り繕いながら暮らす中、八寸がやってきて、河童であることが麻にばれたあたりから、麻は次第に自分の心を素直に見つめはじめる。
比較的淡々とし、落ち着いた空気で展開する中で、お父さんの手紙の章はかなり感動的で心が揺さぶられた。お父さんも妻の死を受け入れ、娘との生活を新たに始めようとしていたけれど、実は娘ときちんと向き合っていなかった。八寸が現れ、麻が自分の心を覗き込むようになって、父親も娘と向き合うことができた。ここでようやく河童が出てくる理由がなんとなく理解できた。しっとりと月の光を浴びる美しい緑の小さな河童の八寸は、麻の心にぴったりとフィットするイメージだったのだろう。
河童の八寸の話かと思いきや、麻という少女(と父親)の心の成長の物語だった。母親を亡くした娘と父(と飼い犬)の暮らしにある日いきなりやってきた不思議な生き物って設定はジブリのアニメを思い出す。あと児童文学だがちょっとペダンティックなところがある。