中脇初枝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この作者、初読み。裏表紙に2016年本屋大賞第3位とあったけれど、それ以外はどういう本かも知らずに読み始める。
開拓団として満州に渡り、敗戦で日本へ逃げ帰る途中、攫われて中国人夫婦に買われた珠子。
横浜での何不自由ない生活から空襲で父母を亡くし養護施設に預けられる茉莉。
朝鮮半島で生まれて満州から日本へと流れ、終戦後もそのまま日本で暮らし続ける美子。
生まれも育ちも異なる3人が、一瞬だけ満州で交わり、その時の記憶を胸にその後の苛烈な人生を生き抜く。
大きな歴史の流れを辿りながら3人の生きた様を語る話は少し駆け足の感はあるが、それでも当時の過酷な状況が余さず描かれ、こうした人々の人生の上に今日があることが良く知れた。
中国残留孤児となった珠子や在日朝鮮人と呼ばれる美子を見れば、“○○人”とは、ということについて改めて考えさせられた。 -
Posted by ブクログ
思っていたのとかなり違いました。表紙とタイトルの印象から、座敷童のような超現実的な何かによって再生される家族の物語だと思ったのです。
読み進めていると詐欺師の占い師が出てきて家族に取り込みます。この占い師の言動によって家族が変わっていく物語なのかなと思ったらそれもまた違いました。でもこの「思っていたのと違う」ということが、この作品の根幹にあるのではないかとも思えたのです。
家族であっても親子であっても長い間寝食を共にしていても、気付かない一面があります。この人はこんなことを言うんだ、こんなことをするんだ、こんな顔をするんだ。新たに気付くことにより変わることもあるのでしょう。
視点がスルスルと変わり、登場人物それぞれの思いの錯綜が見て取れます。思い込みによりズレていた思いが、修正されることでぶつかり合う。ぶつかることで初めてお互いを見ることになる。バラバラだった家族が最後同じ部屋でくつろぐ。それが象徴するように。
結局家族が抱えた問題は現実的には何も解決していないのですけどね。それどころか問題は大きくなっているのかも。でも、それでもホッと安堵の息をつくことのできる終わり方が素敵でした。
さて、どうでもいいことですが、詐欺師の占い師が読んでいるうちに「おそ松くん」のイヤミになってきたんですよ。見た目の描写など全く違うのざんすけどね。 -
Posted by ブクログ
どんなに望んでも手にいれられないものが弥生にはあった
自分の本当の名前、本当の誕生日、本当のお父さんとお母さん
もしかしたらいたかもしれない兄弟
七夕の短冊やサンタさんの手紙に「お母さん」と何度も
書いて願ったのに叶わなかった。
東京の産院で捨てられ、乳児院で育てられ二歳になると
児童養護施設へ、弥生にとって準看護師の仕事は
生きていくための手段にすぎず、せめてやらなくては
いけないことさえやっていればそれ以上は責められない
いい子でさえいればクビになることもない
そうやってこの病院で11年働いてきた弥生
ひっそりと息を潜めるように生きてきた彼女に
新しい出会いが訪れます。
一人は新しい師長の藤堂、入職1日目にして入院患者52人
すべての状態と課題を把握しているとても有能な人で
患者のためになるかどうか、それだけを考えて
仕事をしている人。弥生はこの人に色々な事を
気付かされていきます。
そしてもう一人は弥生が仕事の帰りに知り合った
菊池さんが入院してきたこと
菊池さんは弥生が誰にも知られたくない事を
知ってしまっても、弥生を気遣い見守ってくれた
師長は厳しくも温かい言葉で弥生を成長させてくれていた。
自分がお腹いっぱいご飯を食べて寝ることができ
自分に寄りそってくれたひとがいたこと、自分ひとりで
育ってきたわけじゃなかった。
見守ってくれていた人がいたことに気付いた時、
この人を守りたいと思った時、今まで自分が避けて
やり過ごしていた事に立ち向かいます。
新な目標を持ち他人にもう一歩寄り添えた弥生は
もう、いい子のふりも悪い子のふりもしない
私はわたしなのだと前を向いて歩いていけそうです。
これからの弥生にエールを送りたくなります
藤堂師長もいい人でいい先生の下につくと
いい看護師が育つというのがよくわかります
師長と菊池さんの懐の深さが沁みました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ家族再生のささやかなものがたり、とあらすじにあるのだが、ほんの少し語弊があるように感じる。
一家を牛耳っていたと言っても過言ではない祖母の石。
その陰で生きてきた存在感のない祖父、甲子。
大きな事業を興しては失敗し、石の遺産を食い潰してゆく父の主計。
美しいだけが取り柄で、誰が父か分からない次女を産んだ母、都。
父の不甲斐なさに幻滅し、従順だった娘時代から水商売へと転向する長女、はな。
誰からも、その出生に目を逸らされ、器用に隠れることだけを学んだ次女、さち。
歪すぎる家族関係の中で、それが生々しさの一歩上へ昇華しているのは、「こんこんさま」という不思議な守り神のいる古いお屋敷でのお話、という設定からだろう。
非現実的であることと、現実を手放してしまうことは、別である。
これは非現実的な空間の中で、現実を手放してしまった家族の話なのだと思う。
だから、現実を手放した家族が、現実を取り戻すお話だと読んだ。それがイコール再生であるかは、疑問としたい。
ただ、そう考えると、この設定の妙がものすごく面白くなる。
作者が選ぶ言葉の一つ一つもしっかりとその妙を生かしている。
雑草生い茂る真っ暗闇の中で、「こんこんさま」を救い出すクライマックスシーンは、想像するとかなり恐ろしい場面だ。
だが、各々が自身に向けて救いを求める必死さもよく現れていて、あたたかみを持って読める。
初めて中脇初枝を読んだが、面白かった。
他の作品にも手を出してみようと思う。 -
Posted by ブクログ
「穴の中の戦争」は、隣組で作られた防空壕の中でのやり取りが描かれています。
弱い者、持たざる者への圧力、お国のためにと差し出される命、新たに生まれる命、何度も繰り返される空襲に翻弄される隣組という小さな社会。
焼け野原となった大空襲でも、この隣組は犠牲者なく戦争が終わる。
「愛子さん」は、犠牲になった側の物語です。防空壕は何も守ってはくれませんでした。
何も失わなかった側とは、大きな隔たりがあります。
同じ戦争の時代を生き抜いて来たはずなのに、愛子さんは、持てるはずだった多くの未来を奪われることになります。戦争からだけではなく、戦後の生活からもまた奪われ続けます。
安定した生活を長く続けることはできず、さまよい奪われ続けます。
なんや知らん。諦めるのんだけは上手うなった。
諦めてしまうしかなかったか。奪われるしかなかったかと。言葉が出てきませんでした。
なくならない戦争は続いています。