中脇初枝のレビュー一覧
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美子が茉莉と珠子に1個しかない自分のおにぎりを分け与え、自分は1番少ない部分を食べた場面には、子供なのに、自分もお腹が空いているのに、助けが来るかどうかも心配な状況で、神みたいだなと思った。
この3人は、それぞれ中国残留孤児、在日朝鮮人、戦災孤児という精神的にとても辛い状況にありながらも生きてこられたのは、幼い時に受けた家族の愛情と自身の精神力だと思う。
現代社会で考えてみると、子供時代に自分は愛されて育ったという自信があれば、例えば仕事や人間関係で嫌な事が起こっても頑張れる気がするし、周囲の人に優しくもできる気がする。でも世の中そんな良い環境で育った人ばかりではないから、いろんな人がいる。そんな心に余裕がない人にも、平等に愛を分け与えることができるような人になれたら素晴らしい。やっぱり世の中は、お金も大事だけど、最後は『愛』なのだと思う。
最後に、中国残留孤児と在日朝鮮人、戦災孤児について深く考える良い機会になった。 -
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ネタバレ幼いころ満州で出会った3人の女の子の、戦中・戦後の物語。
一人は貧しい高知の村から開拓団として満州に行かされた珠子。一人は生活のためにどちらかと言えば親日の考えを持っていた両親のもと(ただし母親は学校にも行っておらず読み書きができなくても、朝鮮人としての誇りは失わなかった)、満州で仕事をしていた朝鮮国籍の美子、もう一人は横浜で事業をしている父親が満州に視察(?)に来た時に連れてこられた、お金持ちのお嬢様の茉莉。
3人は短い期間だが満州で友情を育み、国籍や立場が違っても、お互いを思いやってかけがえのない思い出を作る。その時には、そのささいな思い出が、どんなに大切なものなのか気づかない。
終戦を迎え、満州の奥地で少ない田畑を耕していただけの貧しい珠子たち開拓団は何の情報もなく見捨てられ、筆舌に尽くしがたい悲惨な目に遭う。珠子は人身売買?で誘拐され、中国残留孤児に。貧しいが温かい養父母に育てられながら、だんだんと日本人としてのアイデンティティを失っていく描写が悲しくて悲しくてたまらない。
朝鮮人の美子たち家族は、日本の敗戦により、これまで日本に協力してきたことが糾弾されることを恐れ、日本に渡ることを決断する。その後の成長では、日本で生きる朝鮮人としてのアイデンティティが問われる。しかし自分の意思で何か決められるわけでもなかった、美子たちのような終戦時子どもだった世代は、日本人とか、朝鮮人とか関係なく、ただそこで、一生懸命生きているだけだ。
一番恵まれていたはずの茉莉は、空襲で家も家族もすべて失い孤児になる。このときの淡々とした描写も涙なくして読むことはできない。
立場も置かれた状況もまったく異なる3人だが、共通しているのは、「幼いころ自分は可愛がられ、愛されて育った」という記憶だ。そして「満州で友達に優しくされた」という記憶も心の鍵となって、何か重大なことに直面したとき、正しく誇りを持って生きるための役割を果たす。
戦争の悲惨さがもちろん伝わってくる作品だ。子どもにとって、幼少期に愛され、大切にされることがいかに重要かも伝わってくる。自分以外の誰かに思いやりを持つことの素晴らしさ(自分が大切にされてきていれば、困難な局面にあってもそれができる)。
どんな状況でも、正しく生きたい、と強く思わされる。(もし自分が同じ状況に置かれたら正しい行いができるかはなはだ疑問だ、人は弱いものだ、とも思わされる)。
在日朝鮮人にもさまざまな立場の人たちがいることもわかる。日本に来た経緯にもいろいろあるし、終戦時に朝鮮半島に帰るかどうかの判断もいろいろだ。
中学校で教える強制連行の歴史なんて、間違いではないにしても、本当になんて薄っぺらいのだろう(ジレンマ)。
ここに描かれた3人くらいの世代の人たちの記憶は、もう失われつつある。本書は「一番売りたい本!」という本屋大賞ノミネート作品だが、本当に、こんな物語がずっとたくさんの人に読みつがれてほしいと思った。 -
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ネタバレ桜が丘小学校と小学校のある「烏ヶ谷」の地域の連作短編集
児童虐待がテーマとなっている
どの話も重くつらいが、必ず見守ってくれている人がいるのが救い
「サンタさんの来ない家」
学級崩壊させてしまった新任の男性教師の岡野と義父から虐待を受けている男児神田を中心とした物語
「べっぴんさん」
自分も虐待された経験を持ち、今は自分の娘を虐待してしまう母親の物語
「うそつき」
小学校のPTA会長をしている主人公の息子の優介の友達のだいちゃん(大貴)の話と子どもの頃の親友で黒人とのハーフのもっちゃんの物語、「サンタさん」の校長先生と担任の先生のエピソードが挿入される
「こんにちは、さようなら」
認知が入ってきた老婦人あきこさんと発達障害をもつ櫻井ひろや君母子の物語、ここにも最初の小学校の先生のエピソードが挿入される
「うばすて山」
認知が入って施設に入ることになった母ふうちゃんを3日間だけ妹のみわから預かることになったかよ。元小学校教師だった母親から受けた虐待が忘れられないが全てを忘れてしまった母親に対峙することになる 「べっぴんさん」のパンダ公園と「うそつき」のもっちゃんのエピソードが挿入される -
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素敵な話。
始まりは重たく、暗く、どこまでこの調子?とも思ったが、新しい藤堂看護師長が来てから全てがつながり、面白くなってくる。
看護師という仮面を被りプロの態度で看護し、患者を救い、院長に楯突いてやめさせらせられるものの、全ての看護師が意識を変えるきっかけになる。
弥生は、「自分で自分を育てたのね」
「上手に自分を育てたわね」と言われるが、まだうなづかない。
親に捨てられ、3月に拾われたから弥生。
養護施設で育ち、生きるために手に職をつけて、准看護師。
神田さんは新しい彼に子どもを虐待され、その声を心配していた、ラッキーの飼い主、菊池さん。
青森から働きに出て苦労もされながら、弥生がいるから手術も受けられた、と感謝される。
人は1人では生きられない。強く感じる感動の一冊だった。 -
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おもしろくてあっという間に読み、最後のほうは感動した。
敗戦間際の満州の開拓村でほんの1~2日一緒に過ごした立場や生活の違う3人の少女のことが、その後の人生までずっと描かれていく。1974年生まれの著者という偏見のせいか、時代背景のからまり方がちょっと典型的に過ぎる感じがしないでもないけど、それ以上にこの物語のなかに込められたものの大きさが感じられた。
込められたものとは……。たとえば、空襲や満州からの引き揚げのような場面での人のふるまい、人の勝手さ、人の弱さ。人を守るってどういうことか、暴力的に闘わずして守る方法があるのか。物を分け合うとき、相手に大きいほうをあげられるか。
「わたしは、幸せにならなくていいの」と好きなはずの相手の結婚の申し込みを断った茉莉や、残留孤児になりながら肉親と再会し日本に戻れた後の珠子のことからは、悲しみ・苦しみや難題って、いろんなかたちでやってくるものだなと思わされる。それでも、きょうを生きていく3人の女性。何だか男性が主人公のダーッと人生を突っ走るような物語ではなかなかないような、女性的な重層的な人生を描いた佳作。 -
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ネタバレ昭和18年9月の終わり、珠子は満州についた。
ふるさとは貧しくて、国策としての満州開拓団に強制的に入団させられたのだ。
城壁に囲まれた土地ではあったが、地味豊かな満州の土地で、ようやく彼らはお腹いっぱい食べることができたのだった。
美子は朝鮮に生まれたが、日本の支配下にあった朝鮮で、朝鮮人が豊かに暮らすことはできなかった。
父が満州に仕事を探しに行っていた数年間、美子は母と二人で毎日働きづめに働いて、ようやくコーリャンの薄いおかゆをすすれるような暮らしだった。
やっと父が迎えに来て家族で満州に移住。
日本人たちのそばで日本人と同じように学校に通い、そこで珠子と友だちになった。
茉莉は横浜の貿易商の家に生まれ、着るもの食べるもの何一つ不自由をしたことのない暮らしだった。
欲しいと思う前にすべてを与えられ、愛情たっぷりに育てられた茉莉は、お産を控えた母が面倒を見られないので、満州を視察する父についてきて、そこで珠子や美子と出会った。
3人が大人に内緒で遠出をした時、疲れて眠りこけている間に天気が急変し、川が氾濫し橋は流され、そんな中、3人はたった一つのおにぎりを分け合い夜を過ごしたのだった。
それは彼女たちの長い長い生涯のなかのほんの短い時間だったけれど、この出会いが今後の辛い人生の中で彼女たちの精神的な支えになった。
終戦後、引き上げ途中で中国人にさらわれ売られた珠子。
終戦前に日本に戻ったけれども、いわれなき差別を受け続ける美子。
横浜大空襲で家も家族もすべてを失った茉莉。
読んでいて辛くて辛くてしょうがなかった。
戦争は子どもだろうと年寄りだろうと病人だろうとお構いなしに、というよりも弱者により激しく試練を与える。
大人が子どもを食い物にし、自分が生き延びるために他人を踏みつける。
抵抗できず、目を逸らすことも出来ずにそれを見る子どもたち。
戦争中よりも、戦後の生活の方が辛い。
日本人であることを忘れ、中国人として過ごしていた珠子が、後年、中国残留孤児として日本に帰って来るが、日本語を話せない彼女たちは働こうにも職種が限られる。
せっかく家族と再会できても、会話を交わすことすらできない。
空襲から一人生き残った茉莉は、近所の人たちに畑の野菜を奪われ、防空壕に隠していた家財道具いっさいも奪われ、手に握りしめていた一粒のキャラメルすら大人に奪われたことが一生残る心の傷となった。
しかし反面、戦争に巻き込まれて死んでいった家族のことを思う時、自分だけが幸せになることができず、プロポーズを断る。
戦争が終わっても、ずっとずっと戦争の影が彼女たちを追いかける。
どこまで傷つけられなければならないのか、苦しくて悔しくて、読みながら唇をかみしめる。
だけど彼女たちは、少なくとも家族に愛されて育った過去がある。
だから生きてこられたのだと思う。
そしてたった一度、3人がひとつのおにぎりを分け合ったこと。
一人占めせず、小さい子に多く分けて食べたおにぎり。
茉莉の生き方に頭が下がる。
戦後、弱者として虐げられながらも決して俯くことなく胸を張る。
同じ状況に陥ったら、私はこう強く生きて行けるだろうか。
真っ先に死んでしまうか、それともあさましい行いをしてしまうのか。
どんな大義名分があろうとも、弱いというだけで踏みつけられる世の中は間違っていると強く思った。
ネタバレし過ぎと思われるかもしれませんが、ネタではなく、この作品の世界すべてをまるごと味わっていただきたいと思いました。 -
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ネタバレ『きみはいいこ』の続編ということで手に取った一冊。
いずれも、「いい子」がキーワード。
いい子でなければ愛されない、いい子でなければ必要とされないことが怖くて苦しかった子供時代。今もやっとのことで手に入れた居場所を失いたくなくて、いろんなことを飲み込んでそこにしがみついている主人公の弥生。
いい子じゃなくても自分は自分。大それたことじゃなくても、今いる場所ですべきことをやっていくことが大事なんだ。無理していい子にならなくてもいいんだよ、と教えてくれた藤堂師長と菊池さん。自分を見つけてくれた人、自分を認めてくれた人との出会いが、弥生自身が自分を認め、いい子でもなんでもないありのままの自分として生きる力をくれた。
彼女の辛い過去も、心を傾けてくれる人とのかかわりがそれを癒す。見守ってくれる人は、見守られる。救いのような一冊。 -
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戦時下の満州で出会った出自の違う3人の少女。
終戦を迎え、それぞれが数奇な運命を辿ることになる。
再読。
満州からの引き上げ時に残留孤児となった珠子、
日本に渡り在日朝鮮人として生きることになった美子、
家族を空襲で失い戦争孤児となった茉莉。
10歳にもならない子供の辿ることになった運命は、想像を絶するもの。
戦争に翻弄され、その被害者となった子供たちが沢山いた事を忘れてはいけないと思います。
多くの人が読でもらいたい本、
私も今後何度も手に取ると思います。
2021/11/06
再々読。
満州開拓団、中国残留孤児、在日朝鮮人、戦災孤児。
満州で出会った3人の少女は、それぞれの場所で残酷な運命を辿ることになる。
・・・
何度読んでも、辛いシーンに背筋が凍る思いがします。
戦争の悲惨さは、絶対に忘れてはならないし、ちゃんと知らないとならないとならないと思います。
多くの人に読んで欲しい本。
良作です。 -
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『施設のものはみんなのものだった。
そんなこと知っていた。一度だけ、ほんとの気持を言ってみただけだった。
その一度きりで、自分がいい子じゃなければ、受け入れてもらえないことを知った。
だからこわかった。』
「名づけは親の最初の暴力みたいなものだし。 - つけられた名前で生きていかなきゃいけないんだから。」
「心臓のことはいつもほめてたわ。よく何十年も休まずに動いてるよねー、えらいねーって。彼女の話をきいていると、なんだか、自分の臓器が動いて、自分が生きているだけで、自分がえらいような気がしたものよ。」
「人生の総決算よね、入院と葬式は。 - そよひとが今までやってきたことがみーんな出る。」
『それまでのわたしは、一日三回、三百六十五日、毎日だれかにごはんを作ってもらって食べていた。そんなこと、それまではあたりまえすぎて、なんとも思っていなかったけれど、実はすごいことだった。』
「看護師は患者のためにいます。それだけは、みなさん、忘れないで。迷ったら、患者のためになるかどうか、それだけを考えて。そうすれば、答えは出ます。」
「大丈夫よ。正しい答えを探す必要はありません。答えはどこかに転がっていたりはしません。答えはいつも、あなたがたの中にあります。」
『もう、わたしにはわかっていた。
今、立っているのが自分の場所。それは、たとえどんな場所でも、こんなところまで来てしまったと嘆く場所じゃない。』 -
Posted by ブクログ
こんなにも人の心の傷をやさしく描けるのは、中脇さんならでは。
いわゆる”一般的”な子供時代を経ていない子供は、自己を確立し自分を保つためだけでも、極限に伸ばされた太く平べったいゴムを常に腰に巻きつけられ後ろから引っ張られているような状態のまま前に進んでいくという日常生活を送らなければならない。
そのつらさは他人には見せないし、見られたくないものである。大人になったって、一番ありのままの自分を受け入れてほしい、受け入れられなきゃならない時代に受け入れてもらえなかった寂しい思いを隠して生きている。大人になってから人にありのままの自分を受け入れてほしいと求めるのはエゴだということもわかっているからこそ、そんな子供時代に思いを馳せる。
「あなたは、自分で自分を育てたのね」
「あなたは、上手に自分を育てたわね」
という藤堂師長の言葉。
病院が舞台であるため人の死が随所に描かれており、都度感情移入しがちになってはいたが、この言葉を読んだとき、公共の場で読んでいたにも関わらずドッと涙があふれ出た。