中脇初枝のレビュー一覧

  • わたしをみつけて

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    心にずしっとくる重たい内容だけど、読みやすいやさしい文章。

    弥生さんは藤堂師長と出会えてよかった。

    生まれにより確かに格差は生じるけど、さらにその後に出会った人たちの影響で自分自身や人生は大きく変わっていく。

    弥生さんが小さい頃に出会った幸子さんのように、就職してから出会った藤堂師長や菊地さんのように、きっと自分も知らないうちに誰かから幸せを願われているのだろう。


    しかし、この院長の病院では絶対に手術したくないな。
    医師も人間だし、だからこその人間らしさだとわかるけど、患者としては命がかかってますし。
    藤堂師長が最初に出会った医師のような人に診てもらいたいな…。

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    2021年04月04日
  • わたしをみつけて

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    ネタバレ

    呪縛から解き放たれた弥生の強い願いに、一緒になって願い祈る。

    病院を少しでも良くするために、まだこの病院に残って頑張りたいという弥生の信念はすごいとは思うものの、こんな看護師を見下した医療事故を繰り返す糞みたいな院長がいる病院の体制はそうそう変わらない。弥生がどんなに奮闘しようと、病院が良くなって院長が改心するとは思えない。こんな病院とっとと辞めて藤堂師長について行っちゃえば良いのにと思うけど、今ここにいる患者さん達を、未来の患者さん達を彼女は見捨てることができないんだろうな。

    「あなたがたのいる場所は、いつも、患者のそばよ。」去り際に看護師達にかける激励の言葉の温かさと力強さに、背中を押される。師長の人として器の大きさを感じた。院長がクズなだけに余計に。

    そして誰よりも忘れてはならないのが、菊池さん。周囲に愛されるその人柄に、弥生の心も救われていく。九九が出来ない彼女の為に、夜な夜なひらがなの小さな文字で書いた九九の紙。
    それが幼かった弥生も、大人になった弥生も、まとめて包み込んで救ってくれた。呪いとしか思えなかった呪文のような九九が、菊池さんから弥生への祝福の言葉になったんだと思ったら、もう胸がいっぱいになった。
    ただの紙切れじゃない、それは長い間がんじがらめになっていた弥生の呪いを解く温かい魔法だったんだ。

    「へば!」と言い合って手術室に向かう場面も、覚えた九九を菊池さんに披露しながら麻酔する場面も温かくて優しい。
    それだけに菊池さんの無事を祈らずにはいられない。なのに手術シーンのままページ数は残りわずかで焦る。ちょっと待って、このまま終わらないで。っていうか早く電子メスで無駄に体を傷つけてるこいつの手を、誰か早く止めて。そして手術室から引きずり出して、誰か颯爽とヒーローみたいに有能な医者が現れてよ。
    どうかどうか。菊池さんの無事を見届けてから終わって・・・という願いもむなしく、手術の結果がわからずに終わるというモヤモヤ。でもきっと助かったと信じたい。後遺症もなく無事に・・・とまではいかないかもしれないけど。また弥生と二人笑い合う日々が訪れてほしいと切に願う。

    「わたしはいい子でもわるい子でもない。
    わたしはわたし。
    今はただ、このひとを守りたい。」

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    2021年02月17日
  • はじめての世界名作えほん 17 十二支のはじまり

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    1歳9ヶ月
    干支の始まりを簡単に説明してくれる本。
    息子が猪年生まれなので、『寝坊助』になったら嫌だなぁ、と正直思った、、、。

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    2020年12月12日
  • わたしをみつけて

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    いつも自分の居場所をなくさないために、ただただいい子の仮面を被った准看の女性が、看護師長の勇気に触れ、初めて一歩を踏み出す物語。
    でも、まあ…それだけかな。
    2019/03

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    2019年03月16日
  • 魚のように

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    著者が高校生のころに書いたというお話。
    家出した姉のことを一人語りする弟君のお話。
    家庭環境が、ほんの少しだけ複雑な(とは言えどこにでもあるようなものだけど)子女子高生二人のお話。
    若い!というのが第一の感想で。
    嫌いじゃないけど、もう心には響かないなぁという、自分が年とったことを実感した小説だった。

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    2018年08月15日
  • 魚のように

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    10代らしさがあると思った。
    純文学を好む文学少女が書いた感じ。
    鬱々としていてちょっと耽美的というか…
    嫌いじゃないです。でも今の作品の方が好き。

    「みなそこ」同様、ここでも「みてる」という方言が登場。
    「みなそこ」で知った方言だけど良い言葉だなぁと思います。

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    2018年05月04日
  • 魚のように

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    現在40代の著者が高校3年生のときに書いたという、80頁足らずの短編2つ。

    表題作は、姉が家出をしてバラバラになった家族の弟の語り。どうしてよいのかわからない「僕」も家を出て、歩きながら考える姉のこと。もう1編の『花盗人』は、嫌われ者の祖母を亡くした孫娘の語り。副題に「隔世遺伝」と付けたくなります。

    どちらの話も読みはじめてしばらくは「僕」や「私」の年齢がわからずとまどう。なるほど高校生のときに書いた話なのだからと納得。この突き放した感覚。みずみずしいというべきか冷ややかというべきか。心にぽっかり穴があく。

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    2017年08月19日
  • こんこんさま

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    少し昔の北鎌倉のお屋敷が舞台。
    バラバラだった家族の再生?の物語。

    もう少し掘り下げて人物描写してほしかったし
    詐欺師とのあたりがもう少しあっても良かったと思う
    中編という感じで
    せっかくなら長編でしっかり書かれていたら
    もっとよかったけど…
    もつれてた家族の毛糸は
    そんな簡単にほどけないと思うから…

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    2017年01月03日
  • 魚のように

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    17歳で書いたのかー
    相当うつうつとした感じがあるけど、書いていて苦しかったのか、書くことですっきり?していたのか…
    とにかく書き上げているところがすごい。
    花盗人のラストはえーー…

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    2016年04月06日
  • きみはいい子

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    虐待をテーマにした短編集です。それぞれの立場から虐待に対するいろんな思いをいろんな視点から描かれていました。
    各章、虐待を受けてすごく嫌な思いをした人たちは最後、ほんのわずかな希望や幸せを持つところが印象でした。

    2014.9.10(1回目)

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    2021年09月11日
  • こんこんさま

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    さらりと読める短めの物語だった。始まりと終わりが印象的。
    終わりは、このあと結局どうなったんだろう?と、それぞれの登場人物について思いを巡らせるけれど、それがまた良いのだろう。
    食卓のシーンが、物語の進展とともに家族が再統合されていく様子をきちんと描写しているあたりがとてもいいなと思った。甲子が自室から今に出てきて、皆で高枝切りばさみの宣伝を見ながら買おうかという最後の情景が、これからの幸せをほんのり予感させるのに、ラストの一文が「寒が過ぎ、暖かくなるにつれて、森はますます深くなっていくだろう」なのは何でだろう?

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    2013年11月12日
  • わたしをみつけて

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    『きみはいい子』で一躍人気作家の仲間入りを果たした中脇初枝の著書。余白が多分にあるのですぐ読み終わる。『きみはいい子』のようにどこか胸の奥をつくような、やさしい文体ながらどこか危うさを孕んだような作品。施設出身の主人公が准看護師として働く病院での院長のミスに気がつきながらも“いい子”でいようとするあまり……といったようななんだか苦しくなる作品。2013/332

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    2018年11月01日
  • こんこんさま

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    よく行く北鎌倉が舞台ということと、
    表紙が酒井駒子さんだったので、
    興味を引かれて読むことに。

    基本は、家族の繋がりを結びなおす物語。
    鎌倉の景色を求めて読むと、物足りないことになります。

    読後感は悪くないです。

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    2013年05月24日
  • こんこんさま

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    家族の気持ちがバラバラになってしまった三河家。
    まだ9歳のさちは家族の目につかないように身を隠すことを覚え、お母さんに当たられても無表情で姿を消し1人で声を殺して泣いていた。
    自分の部屋のないさちが、どこで寝ているのかを誰も知らないという状況だった。

    そんな三河家を再生させるには何が必要だったのか?

    物語の中ではいろんなことが起きるけど、全てを動かしたのはお正月の朝だった。
    さちが着物を着たその瞬間、お母さんはまっさらな気持ちでさちを見たんだと思う。
    さちを疎ましく思っていた理由を抜きにして1人の娘として。もしかしたら初めて。

    親子に限らないけれど、この子はこういう子だという印象はなかなか消えないものだと思う。
    一度「こういう人」とインプットしてしまうとその前提から全ての解釈がスタートする。
    だから同じ言葉でも言った人によって受け取る側の印象は全く変わってしまう。

    誰かとの関係を改善したいと思うなら、それまで構築してきた人物像を全て消去して白紙の状態で相手を見るしかない。きっと。
    それは簡単なことではないし、何も変わらないかもしれないけれど、自分の目を変えなければそこに映る相手の姿は永遠に変わらないのではないか。

    さちが家族の前で笑えるようになったことが嬉しい。
    三河家が本当に小さなきっかけから再生したように、形だけの笑顔を作らなきゃいけない日々はいつの間にか終わっているのかもしれない。
    ある日唐突に心から笑っている自分に気付く。
    そんな瞬間が訪れますように。

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    2013年02月22日