『武器になる哲学』添付箇所・統合まとめ
哲学は、未来をつくり、欲望を理解し、課題を発見し、過ちを防ぐための実践知である
山口周『武器になる哲学』の今回の添付箇所では、哲学や思想が、単なる知識や教養ではなく、現実の意思決定や行動を変えるための「武器」として整理されています。
取り上げられた内容は、一見すると「未来予測」「報酬」「イノベーション」「歴史的悲劇」という異なるテーマに見えます。しかし、全体を通して共通しているのは、次の問題意識です。
私たちは、自分で考えて行動しているつもりでも、予測、常識、欲望、専門家の意見、社会の仕組みによって、知らないうちに思考や行動を決められている。
哲学を学ぶ意味は、こうした目に見えない前提や構造を言語化し、自分の意思で未来や行動を選び直せるようになることにあります。
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1.未来は「予測するもの」ではなく「発明するもの」
アラン・ケイの言葉として紹介されるのが、次の考え方です。
未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ。
アラン・ケイは、1972年に「ダイナブック」という携帯型パーソナルコンピューターの構想を描きました。その絵は、現代のiPadやノート型端末によく似ています。
そのため、アラン・ケイは「40年以上前にタブレット端末の未来を予測した」と評価されることがあります。しかし、本書が強調するのは、彼が未来を的中させたのではないという点です。
アラン・ケイは、
* 未来がどうなるかを予想したのではなく
* 「こういうものがあったらよい」と考え
* その構想を具体的に描き
* 実現するために研究と行動を続けた
のです。
つまり、ダイナブックは未来予測の成果ではなく、望ましい未来を構想し、現実に引き寄せた結果です。
未来は意思決定の集積でできている
私たちは、コンサルタントや専門家に対して、
* 将来の市場はどうなるか
* どの技術が伸びるか
* 社会はどの方向へ進むか
* どの事業に投資すべきか
といった未来予測を求めます。
しかし、未来の社会は自然現象のように自動的に発生するものではありません。企業、行政、研究者、生活者など、多くの人が行う意思決定の積み重ねによって形成されます。
したがって、本来考えるべき問いは、
「未来はどうなるのか」
ではなく、
「私たちは未来をどうしたいのか」
です。
未来予測を外部に委ねるだけでは、自分が未来の当事者であるという責任を手放すことになります。
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2.未来予測には構造的な限界がある
本書では、未来予測が外れやすい例として、人口予測と携帯電話市場予測が紹介されています。
人口予測の失敗
人口動態は、未来予測のなかでは比較的予測しやすい分野と考えられています。それでも、実際には予測が大きく外れてきました。
20世紀初頭のイギリスでは、出生率の低下を背景に、多くの人口予測が将来の人口減少を見込みました。しかし、現実の人口は予測を上回って増加しました。
アメリカでも、1935年に将来の人口減少が予測されましたが、第二次世界大戦後に結婚率と出生率が上昇し、ベビーブームが起きたことで予測は外れました。
人間の結婚、出産、移動、消費といった行動は、社会環境や価値観の変化に強く影響されます。そのため、現在の傾向を延長するだけでは、将来を正確に捉えられません。
AT&Tとマッキンゼーの携帯電話市場予測
1982年、AT&Tはマッキンゼーに対して、2000年時点の携帯電話市場規模を予測するよう依頼しました。
提示された予測は約90万台でしたが、実際には市場規模は1億台を超えました。
AT&Tは悲観的な予測を踏まえて携帯電話事業を売却しましたが、その後、市場は急成長します。最終的には、AT&T自身が、かつて切り離した携帯電話事業につながる企業に買収されるという皮肉な結果を迎えました。
この事例から得られる教訓は、特定のコンサルティング会社の能力を批判することではありません。
優秀な専門家や精緻なモデルであっても、未来を確実に予測することはできない。
という点が本質です。
予測は、意思決定の参考情報にすぎない
未来予測を完全に否定する必要はありません。予測には、現在の前提を整理し、複数の可能性を検討するという意味があります。
ただし、予測を「正解」として扱うと危険です。
予測は、
* 前提が変われば崩れる
* 人間の意思決定によって変化する
* 技術革新や制度変更を織り込み切れない
* 外れた事例が表に出にくい
という性質を持っています。
したがって、未来予測は、未来を受動的に待つためではなく、どの未来を選び、何を実現するかを考えるための材料として使うべきです。
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3.人は「確実な報酬」より「不確実な報酬」にハマる
次に扱われるのが、心理学者バラス・スキナーの強化理論です。
中心となる主張は、次のとおりです。
報酬が必ず与えられる場合よりも、いつ与えられるか分からない場合の方が、人の行動は強く強化される。
毎回同じ報酬が得られる場合、人はやがてその刺激に慣れます。
一方で、
* 次は当たるかもしれない
* 次は面白い情報が出るかもしれない
* 次は誰かから反応があるかもしれない
という不確実性があると、人は行動を繰り返しやすくなります。
ギャンブルとガチャの構造
スロットマシンやパチンコでは、報酬が毎回与えられるわけではありません。いつ当たるか分からず、ときどき大きな報酬が得られます。
この不確実性が、
「次こそ当たるかもしれない」
という期待を生み、行動を反復させます。
ソーシャルゲームのガチャも同様です。欲しいキャラクターやアイテムが確実に手に入らないからこそ、利用者は繰り返し課金や抽選を行います。
人がやめられなくなるのは、報酬が多いからだけではありません。むしろ、報酬が不規則に与えられることが依存的な行動を生み出します。
ソーシャルメディアも報酬装置である
XやFacebook、メール、メッセージアプリにも、同じ構造があります。
画面を開いても、毎回価値のある情報が得られるわけではありません。しかし、ときどき、
* 「いいね」が付いている
* 返信が届いている
* 興味深いニュースがある
* 自分に関係する情報が表示される
* 強く感情を刺激する投稿が現れる
といった報酬が与えられます。
この「次は何かあるかもしれない」という期待が、人を何度も画面に戻らせます。
ソーシャルメディアは、金銭的な報酬を与えなくても、承認、情報、驚き、共感、怒りといった心理的報酬によって行動を強化できます。
ドーパミンは「快楽」より「期待」に関係する
ドーパミンは、単純に快楽を感じさせる物質として理解されることがあります。
しかし本書では、報酬を実際に得た瞬間だけでなく、
何か良いことが起こるかもしれないという期待
が、人を行動させる点に注目しています。
したがって、私たちがスマートフォンを無意識に開くのは、情報が必要だからだけではありません。次に何が出てくるか分からないという不確実性によって、行動が強化されている可能性があります。
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4.自由に行動しているつもりでも、行動は設計されている
報酬の議論から得られる重要な示唆は、人間の意思決定が本人の意志だけで決まっているわけではないということです。
私たちは、
* 自分が見たいからSNSを見ている
* 自分が遊びたいからゲームをしている
* 自分の判断で課金している
* 自分の意思で通知を確認している
と思っています。
しかし実際には、サービス提供者が設計した報酬のタイミングや不確実性によって、行動を誘導されている場合があります。
ここで哲学や心理学が「武器」になるのは、自分を責めるためではありません。
自分の行動を生み出している構造を理解し、環境や仕組みを選び直すため
です。
意志の強さだけで対抗するのではなく、
* 通知を切る
* アプリを開く時間を決める
* 報酬の仕組みを理解する
* 衝動と本来の目的を区別する
といった対応が必要になります。
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5.イノベーションの起点は「アイデア」ではなく「課題」である
「ビジネスパーソンが哲学を学ぶ意味③」では、哲学や教養が、イノベーションの起点となるアジェンダ設定に役立つと説明されています。
ここでいうアジェンダとは、会議の議題ではなく、
社会や組織が解決すべき、本質的な課題
を意味します。
多くの日本企業は、イノベーションを経営課題として掲げています。しかし著者は、その多くで、
「何のためにイノベーションを起こすのか」
が明確にされていないと指摘します。
その状態で、
* アイデアコンテストを行う
* 外部から新規事業案を募集する
* オープンイノベーション制度を導入する
* 創造性研修を実施する
* 新規事業プロセスを整備する
といった施策を行っても、イノベーションは生まれにくいと考えられます。
解決したい課題が存在しなければ、アイデアは目的を持たないからです。
イノベーターは「イノベーションを起こそう」としていない
著者が、社会的にイノベーターと評価される人々にインタビューしたところ、多くの人は、
「イノベーションを起こそう」
とは考えていませんでした。
彼らが考えていたのは、
「解決したい課題がある」
ということでした。
つまり、イノベーションは直接の目的ではありません。重要な課題を解決しようとした結果として、新しい技術、事業、制度、価値が生まれます。
したがって、企業でイノベーションが生まれない最大の原因は、必ずしもアイデア不足や創造性不足ではありません。
そもそも、解くに値する課題が設定されていない。
という可能性があります。
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6.課題を発見するには「常識を相対化する」必要がある
重要な課題は、目の前の現実を眺めているだけでは見つかりません。
なぜなら、私たちは日常的に接している制度、慣習、商品、働き方を「当たり前」として受け入れているからです。
当たり前だと思っているものは、問題として認識できません。
そこで必要になるのが、現在の常識を別の視点から見直すことです。
教養が与える「比較対象」
著者は、課題設定能力を高める鍵として、哲学、歴史、芸術、文学、宗教、文化などの教養を挙げています。
教養は、単なる知識量ではありません。
教養によって、
* 異なる国や文化ではどうなっているか
* 過去の時代ではどう考えられていたか
* 別の思想ではどのような社会を想定しているか
* 現実とは異なる可能性が存在するか
を知ることができます。
その結果、目の前の制度や慣習を、唯一の自然な状態ではなく、数ある選択肢の一つとして捉えられるようになります。
空間軸と時間軸
著者は、常識を相対化するための知識を、大きく二つの軸で整理しています。
空間軸
異なる国、文化、地域、社会との比較です。
ある社会では当然とされることも、別の社会から見れば不合理に見える場合があります。
時間軸
現在を、過去の歴史、思想、制度と比較する視点です。
現在の常識も、特定の時代や条件のなかで成立した一つの仕組みにすぎないと理解できます。
空間軸と時間軸が広がるほど、現在の状況を絶対視せず、比較によって問い直せるようになります。
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7.イノベーションとは「当たり前」を当たり前でなくすること
イノベーションには、これまで当然とされていたものを、当然ではない状態へ変える側面があります。
しかし、そのためには最初に、
「これは本当に当たり前なのか」
と疑う必要があります。
本書では、スティーブ・ジョブズとエルネスト・ゲバラの例が紹介されています。
スティーブ・ジョブズ
ジョブズはカリグラフィーの美しさを知っていました。
そのため、当時のコンピューターの文字表示を見て、
なぜコンピューターのフォントは、これほど美しくないのか
という問いを持つことができました。
美しい文字の可能性を知らなければ、既存の文字表示を当たり前として受け入れていたかもしれません。
エルネスト・ゲバラ
ゲバラは、プラトンが論じた理想国家など、現実とは異なる社会のあり方を知っていました。
そのため、現実の社会を見て、
なぜ世界はこれほど悲惨なのか
という問いを持つことができました。
現実と異なる可能性を知っているからこそ、現実の問題を課題として認識できます。
課題は「現実と可能性の差分」から生まれる
この二つの例が示すのは、課題は現実だけから生まれるのではないということです。
現実と、あり得る別の状態との間にある差分が、課題になる。
したがって、課題設定能力とは、現実の欠点を探す能力だけではありません。
* どのような状態があり得るのか
* どのような状態が望ましいのか
* 現実との間に何が不足しているのか
を考える能力です。
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8.未来を「発明すること」と「課題を設定すること」はつながっている
アラン・ケイの未来論と、アジェンダ設定の議論は、密接につながっています。
未来を発明するためには、まず、
「現在の何を変えたいのか」
「どのような未来を実現したいのか」
を定めなければなりません。
これは、そのまま課題設定です。
一方、課題を発見するためには、現状を相対化し、別の未来の可能性を想像する必要があります。
したがって、
1. 現在の常識を疑う
2. 別の可能性を知る
3. 現実と理想の差分を見つける
4. 解くべき課題として定義する
5. 実現したい未来を構想する
6. 意思決定と行動を積み重ねる
7. 結果としてイノベーションが生まれる
という流れになります。
未来予測とイノベーションは別々の話ではありません。
未来を予測する側にとどまるのか、課題を定めて未来をつくる側に回るのか
という対比として理解できます。
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9.哲学を学ぶ意味は「二度と悲劇を起こさない」ことにもある
最後の添付では、「ビジネスパーソンが哲学を学ぶ意味④」として、
二度と悲劇を起こさないために
というテーマが提示されています。
添付範囲は導入部分ですが、著者は、人類の歴史における悲劇が、特別に邪悪な人物だけによって起こされたわけではないと指摘しています。
むしろ、しばしば、
普通の人々の愚かさ、無批判な服従、集団への同調
によって悲劇が拡大してきました。
哲学者たちは、それぞれの時代に起きた社会的な悲劇を観察し、
* 人間はどのような状況で判断を誤るのか
* なぜ普通の人が残酷な行為に加担するのか
* 権力や集団は人間をどう変えるのか
* どのような思想が悲劇を正当化するのか
を言葉にしてきました。
哲学を学ぶことは、過去の思想を暗記することではありません。
過去に発生した人間と社会の失敗を、再び繰り返さないための警告を受け取ること
でもあります。
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10.四つの論点を貫く共通テーマ
今回の添付内容は、次の四つの論点として整理できます。
論点表面的なテーマ本質的な問い
未来予測将来をどう読むかどのような未来をつくりたいか
報酬人は何にハマるか自分の行動は誰に設計されているか
アジェンダ設定イノベーションをどう起こすか本当に解くべき課題は何か
哲学と悲劇過去の思想をなぜ学ぶか同じ過ちに加担しないために何を知るべきか
これらに共通するのは、無自覚な受動性から抜け出すことです。
* 専門家の未来予測をそのまま信じる
* 不確実な報酬に反応し続ける
* 社会の常識を疑わない
* イノベーションという言葉だけを追う
* 集団の判断に無批判に従う
このような状態では、自分で考えているように見えて、実際には外部から与えられた前提のなかで動いているにすぎません。
哲学は、その前提を見えるようにします。
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11.本書から得られる実践的な思考法
今回の内容から、実務や人生に応用できる思考法を整理すると、次のようになります。
① 予測を求める前に、意思を定める
「将来どうなるか」を調べる前に、
自分はどうしたいのか
を考える。
予測は意思決定を支援する材料であって、意思の代わりにはなりません。
② 自分の行動を生み出す仕組みを観察する
何度も繰り返してしまう行動について、
* 本当に必要だからしているのか
* 不確実な報酬に反応しているのか
* 誰かが意図的に設計した行動なのか
を考える。
③ アイデアを出す前に、課題を定義する
新規事業やイノベーションでは、最初から解決策を考えるのではなく、
誰の、どのような問題を、なぜ解くのか
を明確にする。
④ 常識を、空間軸と時間軸で比較する
現在の制度や慣習について、
* 他国ではどうなっているか
* 過去にはどうだったか
* なぜ現在の形になったか
* その前提は今も有効か
を問い直す。
⑤ 過去の悲劇を「自分とは無関係」と考えない
悲劇は、異常な人物だけによって起こるのではありません。
普通の人が、
* 権威に従う
* 集団に同調する
* 自分で判断することをやめる
* 責任を分散させる
ことで発生します。
哲学は、自分も同じ状況に置かれれば誤る可能性がある、という前提を持つためのものです。
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統合的な結論
今回の添付箇所から読み取れる『武器になる哲学』のメッセージは、次のようにまとめられます。
哲学とは、世界について知識を増やすためだけのものではない。自分が何を当然視し、何に動かされ、どの未来を望み、どの課題を解き、どのような過ちを避けるべきかを考えるための実践的な道具である。
未来予測に依存するのではなく、望む未来を構想する。
不確実な報酬に無自覚に反応するのではなく、自分の行動を生み出す構造を理解する。
アイデアを大量に出すのではなく、解くに値する課題を設定する。
現在の常識を絶対視するのではなく、歴史、文化、思想との比較によって相対化する。
そして、過去の悲劇を他人事として扱うのではなく、自分自身も同じ過ちを犯し得るという認識を持つ。
これらはすべて、
自分の頭で考え、自分の意思で選択し、自分が望む世界の形成に関与する
ための態度につながっています。
一文でまとめると
哲学は、与えられた未来・欲望・常識・課題に従うのではなく、それらを問い直し、自分の意思でよりよい未来をつくるための武器である。