玉岡かおるのレビュー一覧
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日本とヨーロッパ、激動する時代の流れに翻弄されながらも強く生き抜くミサオと光次郎。
下巻は、何度も別れ、何度も再会する二人の苦しくてせつない恋が描かれている。なんと数十年越し…。生涯の大半をその人を想いながら、遠く離れて暮らし、背負っているものの大きさに、なにもかも捨てて結ばれることのかなわない恋人たち。流星の下での二人のダンスのシーンは、とても美しかった。楽しいから一緒にいたい、ではなくて、相手が苦しい時に寄り添っていたい、二人には、「好き」という言葉より「相手を想う」という言葉が似合っている。
恋だけでなく、その時代の背景を上手に絡めて描かれていておもしろかった。大河ドラマの名にふさわしい作品。児玉清さんのお墨付き! -
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伝説の総合商社、鈴木商店のオーナーのことを書いた小説『お家さん』を読む。登場人物の描写や時代背景が素晴らしかった。
金子直吉が、本当に底辺から商売に熱中してのし上がっていく様を見て、ほんとはわき目もふらないくらい集中することが、大事なんだよな。鈴木商店の本道の小脳は扱わせてもらえないので、他の商材をコツコツ得意分野にして発言権を獲得しようとする、そのポジティブというか、そこしか逃げ道ないぜ的な追い込まれ方は、「生き残る」ってのはこういうことなんだなーとしみじみ思わされた。
また、男尊女卑ぼ世相の中、お家さん・女性の経営者としての風格を味わくことができる点もこの小説の魅力といえよう。 -
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文庫本で上下巻だったのですが、先週末に途中でやめられなくなり一気に読んでしまい、寝不足に陥った本です。
主人公の鈴木よねは明治、大正、そして昭和初期の日本において世界を股にかけた貿易で、当時の日本で一番の年商をほこった鈴木商店のオーナーです。三井、三菱・・などの財閥の名前は有名ですが、それに勝るとも劣らないすごい”商社”が他にあったとは!まずそれが驚きで読み進めていきました。
神戸において夫が営んだ店を夫亡き後、未成年だった息子たちが成人するまでと優れた働きをする大番頭を中心に店を続けていく覚悟をした"よね"でした。
日清日露戦争で勝利して世界の列強に仲間入りをしようとする日本の躍進に合わせて店は大きくなっていき、個人商店から合名会社へとなり彼女の呼び名もおかみさんではなく大勢の使用人のいる「家」を構えた商家の女主人に与えられる「お家さん」となります。
よねは最初の結婚に失敗しているのですが、その頃兄と一緒に見てもらった占いで出た絵柄が船。神戸の港から出る船を掌中に収めるとの正気とは思えない予言が鈴木商店に嫁いだことで実現していくのです。
登場人物は店が大きくなるごとに増え、歴史上の人物も登場していく大河小説ですから、筋書きは波乱に富んでいます。
時々登場する関西弁のよねの独白がその時々の彼女の心情を生々しく伝えます。個人を超えた大きな店になり、とうに彼女の思惑を超えた取引に印を押すだけの役割になっても、彼女はこの「家」を守るお家さん。この家で起こる様々な出来事のひとつひとつに心を揺さぶられながらも、地道に慎ましくひたすら進んでゆくのです。
最初は凄腕の女主人、実業家を想像していたのですが、よねさんは多分どこにでもいる働きものできっぷの良く面倒見のよいおかみさん。それが、周りの人たちや時代に左右され、それこそ波乱万丈の一生を送ることになるのですから、その不思議な運命の綾を思わずにはいられませんでした。しかし、もしかすると彼女ほど振幅は大きくなくとも誰もが”波乱”を経験して一生を送っているのでしょう。 -
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上下巻合わせると1000ページ近い大作です。
明治17年から昭和8年ころの米国、日本、欧羅巴を舞台に時代の波に翻弄される二人の互いに対する想いが胸に迫ります。特にやっと二人がお互いの思いについて素直になったときは、ほっとしました。出会ってから40年後くらいでしたが・・
物語は、ミサオの養子で、姪の子でもある綾子が、ミサオが持っていたブローチを手に入れ、そのいわれを知りたいと、綾子を捜し出した木村万里子に対して、語り始めるという形で始まりますが、その内容はミサオが綾子に語ったと思われる語り口である関西弁で綴られています。
桜賀光次郎のモデルは松方コレクションで有名な実業家松方幸次郎氏だそうです。
今度、彼について書かれた本を読んでみようかと思います。
ミサオのモデルは、オーストリアの貴族に嫁いだというのは、クーデンホフ・ミツコ氏のようですが、決まったモデルはいないようです。 -
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「オリジナルが出てこられないからその代役を務めるのが陶板なんだ」話中でプロジェクトに参加する美術教授は言う。
いくつかの書評を読んでこの本が気になった。本物と模倣品との関係をどう考えるのか、ということが気になったのだ。
こんな話だ。
モデルとなったのは大塚製薬が徳島の鳴門に作った大塚国際美術館。小説では鴻塚製薬の鴻塚国際美術館となる。2000年以上色が変化しない陶板技術を発見し、世界中の1500もの名画を陶板で再現し展示する美術館を設立すべく尽力した人々の物語だ。
自分には偽物を見分ける眼力はないけれど美術品であれ建造物であれブランド品であれ、骨董商などの専門家に模倣品(偽物)と言われると急に見下してしまう。そもそも鑑定というのはその人の見立てであり絶対ではない。骨董屋によって見立ては違う。そこも含めて愉しむのが骨董だと聞いた。目的が売買ではなく鑑賞であれば精巧な偽物で十分だ。
中国の西安(昔の長安)に行った時、大雁塔から広がる圧巻の街並みを見下ろして感慨に浸っていると、横にいたガイドが本物は戦火で焼けたのでこれはレプリカですよと言った。龍門石窟の仏像群もそうだ。凄い!と感動していたときも一部本物ですけど破損が酷いのでほとんど再現して作ったものですよ、と教えられた。言われると急に安っぽく見えてくる。このとき思ったのだ。もちろん街に本物も偽物もない。
しかし美術品にしたってオリジナルでなくとも陶板であれカレンダーの印刷であれ感動したら鑑賞者にとってはどちらでも構わないことだ。
この話の中でも社長は言う。本物に拘っていたら各国の美術館に本物の絵を見に行ける人なんて沢山はいない、徳島で世界中の名画を子供たちが鑑賞できたらそれが次のステップに進むきっかけになる、と。それが美術品の複製の存在意義なのだ。
この本はアート小説という位置づけである。ビジネス小説ではない。そういえば昔はビジネス小説ってよくありましたよね。今もあるのでしょうか。内容はストーリー優先で、アイデアと信念、反対勢力や規制の壁、それに対抗する熱意、熱いチームワーク、成功をつかむというお決まりのパターンで、事実とは違う。かつてNHKの「プロジェクトX」のやらせ問題もありましたが、内容は一緒ですね。事実なのか作り話なのか、本物なのか偽物なのか。ここの線引きははっきりさせておかないとコンプライアンス上いけないのでしょう。
この話では製薬会社の社員たちよりも絵を選考する立場でプロジェクトに参加する大学教授たちに重きが置かれる。熱い情熱丸出しの描き方はしていない。この本はアート小説である。ビジネス小説でもドキュメンタリーでもない。それを期待してはいけない。そして本物か偽物かは関係ない、実話か創作かは関係ない。これをきっかけに陶板アートに興味を持ってもらい、ぜひ美術館に足を運んでもらいたいというのがこの本の意味なのですね。
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ネタバレ上巻からずいぶん間が空いたことw
間に読む本が重なりほぼほぼ一か月開いていながらも内容を全く忘れていないくらいみっちりした構成なのが素晴らしい。歴史小説を読んでいて思うのはほんと昔の日本を作り支えてきた人たちは皆偉大過ぎて、今の日本人っていったいなんなん?って思えてしまう。起坐からなかなか動けなかった満喜子がメレルと結婚を決めてからの開花が凄まじく、これまで障害となっていた貴人としての鎖から解放されるも今度はパスポートが取れない新たな枷を負い、アウェイさながらの近江で自分の居場所を築き始める姿は読んでいてほれぼれする。幼馴染であり初恋の相手は至難ですれ違っていくも時を経てまた再開した時の揺れ、そして明治から大正と移り変わりどうしても避けられない昭和の太平洋戦争。明治大正時代の物語を読むと必ず戦争が待ち構えているのをわかっていながら読むからほんと辛い。またそれを乗り越えて立ち上がるから偉人物語の醍醐味なんだけどね。読むまで知らなかったヴォーリズ納骨堂、ふーんって読んでいたけどググってみたら今もあるどころか学園まで継続されているんだね、びっくりした。そうそう、メンソレータムもこのヴォーリズ・メレル氏が持ち込んだものなんだね。
多分普通ならなかなか手にしないような本だけど、亡き母の書棚から出てきて手にした本がこんな素晴らしいものだったとは、と感慨深い。 -
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ネタバレ小説のモデルとなった、アンティークジュエリーの船の写真を見て、この小説を読みました。
第一次世界大戦の前後の日本女性の状況や、西欧との関係、恋愛の引き寄せられる熱い思いが、興味深かったです。参考文献の『火輪の海』『クーデンホーフ光子の手記』は、いつか読みたいと思いました。
矩子さんの家庭を思うと、複雑な気持ちになりました。盛り上がってる2人は良いかもしれないけど、あんまりだなと思いました。ミサオさんも自覚しているし、抗えなかったとはいえ、微妙だと思ってしまいました。小説の全体像の評価だと、星5つの満点かもしれませんが、ストーリーの展開における個人的な好みによって星を4つにしました。 -
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母の書棚にあった文庫本で、表紙絵もタイトルもまったく興味を示さなかったのだが、書棚の本を全部読み尽くすという目標だったので消化作業がてらに読んでみてびっくりした。
大名がのちの子爵となった一柳末徳の娘満喜子とアメリカからの宣教師ウィリアム・メレル・ヴォーリズとの史実の物語で、ちょうどこの本の前に『秘色の契り』『大盗禅師』と江戸末期の話を読んだ後なので実に偶然にもその後の日本の話に繋がりすっと当時の時代に馴染めた。藩主の娘、すなわち姫然として育てられすべてに型通りに生かせようとする父に反発するもその才能を活かせずいじいじと社会にも恋路にも二の足を踏んでばかりで前に進めない”跪座”の状態の主人公の、当時の女性特有の気苦労にやるせなくなってしまう。何度ものちの”運命の人”とのすれ違いがあり、期待させては肩透かしにあいながら、上巻は佑之進との恋が破れ小心のまま夢見たアメリカの大地へと旅立つ。恋や人生のライバル、また親元を離れた主人公の生活の面倒を見守る大阪商人のおかみさんからの「負けんとき」が、そのままタイトルとなり、その言葉が日本の女性の人権と社会進出を後押しすることになり、消化のつもりで読み始めた本がこれほど熱い物語だったとは反省するしかない。勢いそのまま下巻へ続く。