絲山秋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これ嫌な人は嫌かもしれない。いきなりエロエロで始まるし、主人公の男は超絶馬鹿で同情の余地もないし。
10代の頃に出会った年上の女性にドロドロにはまった挙句捨てられて、それ以降の彼の人生を追ってそのどうしようもなさを追体験出来る本です。
転落っぷりが妙にリアルでエロから始まった本のはずなのに、段々苦しい気持ちになって来て、中盤まで読んだときにはこの馬鹿男の友達になったような気分になっていました。
男女の情愛を書いた本ですが、これをどういう風に読むのかは人それぞれという気がします。でも私にとっては非常に刺さる本でありました。私はこの男のような要素はどちらというと無く、無難な生き方をする人間なのですが、それでもこういう本を読むと人生って一度きりなんだなあとしみじみ思いました。
酒、博打、女、薬物に嵌って人生台無しにする人は心が弱い、と思ってしまいます。実際そうなのではないかと思っていますが、その人間の弱さが極めて文学的です。強くて自分の道をまっすぐ歩いていく人の話はどちらかというとエンターテイメントですもんね。
絲山さんの本はやはり純文学なので、人の弱さにスポットを当てた作品が多いのでしょう。
これ、絲山さんの本の中で現時点最も好きです。 -
Posted by ブクログ
もっさりヘラヘラした主人公だけど、「あーあるある、こういう感情!」という場面が多々描かれてるから嫌な主人公という印象にならなかった。もっさりしてるけど。
「当たり前」のように毎日同じ生活してて、ふと全然違う行動したくなる衝動とか、夜の田舎道を運転する何とも言えない孤独感?ワクワク感、スリルみたいなものを思い出す。ここではないどこかに行きたい気持ち。
歳をとると薄情が当たり前になってたけど、人間同士の感情の複雑さを嫌な部分も含めて明るみにしてくれた感。
あとは、田舎道ドライブしたくなる。さすが絲山秋子。BGMはくるりのハイウェイとかいいな。
映画化したらどうなるんだろう、と妄想したけどどうにも主人公が私の中でもっさりイメージなので華がないかもなぁ。でもきっと景色は綺麗そう。 -
Posted by ブクログ
読んだのがたぶん去年なので(どれだけ置いておいたんだ 笑)うっすら忘れかけている部分もあるのだけど…悪い言い方をすればとても地味な雰囲気の小説。だけど妙に心にずっしりと来る。
地方都市の狭さとか(人間関係の密接した感じ、噂がすぐに広まる、等)は似たような街に住む私もよく分かる。時には助けになるけれど、一方でものすごくうんざりするときも多い。都会ではなく、本当の田舎でもない。そういう独特の狭さの街。
この、薄情というタイトルがどういうところを指しているのかは、作者ではないから分からない。主人公はある意味で至って普通の青年だ。つかず離れずの人間関係を形成しながら、必死ではないものの日々食べていける程度に働いて、彼女が出来たり、そして別れたりする。
そんなどこにでもいる青年。それこそが、薄情、を体現しているのかも、とは思った。全体的に希薄な感じが。
書きながら思った。身近にもこういう人がいる、って。 -
Posted by ブクログ
(以下、ネタバレ気をつけていますが、核心に触れるセリフを引用してしまっています)
「沖で待つ」もそうだったんだが、わたしにとって絲山秋子の小説は、ある程度歳を重ねてきたからこそ共感できる、という部分がある。主人公は若者なのに・・・
年上の女性にドはまりしたあげくに振られ、大学で落ちこぼれていつしかアルコールに溺れる。
自信満々(単に世間知らず)なだけの若いときの自分なら、こんな「ダメ人間」には感情移入できかなったと思う。
「たぶん俺はずっと誰かに甘えたい男なのだ。でもそれはこういう形じゃない。もっと、誰も不幸にならないような甘え―――そんなことは可能なのか」
「俺は、かつて自分をアルコールに駆り立てたものが、『行き場のない思い』だったことを理解している。アルコールだけではないだろう、今までやってきたことの殆どすべてが、『行き場のない思い』から発している」
今だって、こいつ甘ったれたやつだな、と思って読んでいる。が、「ま、わからなくはないけどさ」とも思っている。
だからだろうか、ラストシーンの川の水の冷たさが、得も言われぬさわやかな後味を伴って胸の中に広がるのだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ普通の人たちの普通の出来事が面白くてじゅうぶん小説になるってよくわかった。地方に暮らすこと、地方って田舎とは違う意味があると思うので、この小説に書かれているのは地方ということだろう。東京や名古屋などに一度出て帰ってきたひとは地方出身者と言いきれるのかどうか。主人公の宇田川と後輩の蜂須賀がかかわった相手と場所は東京出身の鹿谷と鹿谷の作った工房で、それは東京という大きな場所とつながっていたいと心のどこかで考えていたからじゃないか、とか思っていた。はっきりと書かれているわけじゃないし、そこはわたしの感想です。あと、恋愛恋愛してないのも良かった。そういうの読みたいわけじゃないから好感度かなり高いです。宇田川のちょっとした恋愛話はスパイスというほどではなくでも相手の女の子が面白すぎる。人間関係が興味深くてこんな風に全部じゃなくても書けるし良いと思いました。
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Posted by ブクログ
なんというか、しみじみとよかった、という感じ。
文章に淡々としたユーモアがあって、するする読める。
すごく大きな事件とかはないんだけど、でも読みながらなんとなく、人間関係とか人生とか日々の暮らしとか、いろいろ考えさせられる。ラストには希望のようなものがあってさわやかな感じもして。好きだ。
主人公は、30代男性、将来は神主の職を継ぐことが決まっていて、群馬県の実家で暮らし、ヒマなときは農家の住み込みのアルバイトしたりとか、基本、ふらふらっとしてる感じで。基本、淡々と生きてる感じで。
自分にはなにかが欠落してると思っているけれども、最初からなかったものは、そもそもなにがあったのか、なにがあるべきなのか、わからない、とかいってるのには、なんかわかる、と思ったり。
地方で生まれて育って暮らすっていうのはこういう感じなんだなあとも。
舞台になっている高崎とか群馬の温泉とか、行ってみたくなる。日本の地方のどこかが舞台の小説っていいな、と思った。 -
Posted by ブクログ
敦賀の海はどんな海なのだろう。
私の中にあった閑静な港町のテンプレートのようなイメージが、最初のページ、主人公が「オレンジ色のダットサン・ピックアップ」で早朝の浜に乗り入れるところから一気に“敦賀”としての確かな形を見せ始める。なんて気持ちのいい物語のはじまり。聴こえてくるのはピックアップが砂を散らし走る音、風が吹き抜けて朝日にきらめく凪いだ海の静かな波の音。車のオレンジと海の青が鮮やかに目に浮かぶ。「海の仙人」はまるで海のような小説だった。
登場人物たちはそれぞれがつかず離れずの距離で集まっては移動し、また離れてゆく。孤独をわきまえ、孤独に向き合い、そして傍にいてくれるのは海と、あとは“ファンタジー”くらいのもの。そんな彼らの“個”と“個”の間に敦賀の海が横たわる。作中、ファンタジーに対して河野が感じる“不安”は、きっと海をずっと眺めていると心に浮かんでくるどこか不安定な感情と同じものだ。
孤独はそもそもが「心の輪郭」であり「最低限の荷物」だと作中では語られる。人生という「旅」の、「最低限の荷物」だ。旅に出て分かるのは、自分自身は常に自分自身にしかなり得ないということ。河野は、過去を清算し自分自身何か変わろうと思って片桐の車に乗った。しかし結局は何も変わらなかった。旅で自分が変わるなんてことは旅に出る前だけの幻想だ。自分はどこまでいってもただ1人ということを学ぶのだ。“個”を固くする作業である。
きっと海と向かい合ったときにも同じような心象を心に抱く。
わたしと、外。
わたしと、あなた。
わたしと、世界。
最後、盲目となった主人公は完全に自分自身の内側へと眼を向けられるようになったのかもしれない。ある意味究極の“個”を最終的に完成させることができたのだ。そこで河野の“個”に唐突に侵入してくる片桐は派手で潔く、しなやかで美しい。真っ赤なアルファロメオが無彩色の景色の中で鮮烈なインパクトを残していった。