萩原朔太郎のレビュー一覧

  • 乙女の本棚2 猫町

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    なんて不思議で妖しい出来事。
    三半規管の疾病で遭遇する不思議な世界。
    しきみさんのイラストがその世界観にぴったりで。
    作品が書かれた時代を思えばやけに現代風な作風が、またえも言われぬ味わい。
    『乙女の本棚』シリーズ、しばらく追ってみよう。

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    2026年05月24日
  • 二魂一体の友

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    萩原朔太郎と室生犀星という二人の巨匠がそれぞれについて書いた文章のまとめ本。今となっては二人とも近代詩の伝説のような存在だが、当時の文章を読むと一人の人間として生き生きと見えてくるから不思議だ。パンチのあるエピソードをそれぞれが面白く書き記しており、共著のフィクションを読んでいるような気分にもなる。全部実話なのだけれど。

    詩作品だけを見てきたので、朔太郎という人間はもっと孤独で異様な雰囲気のある人なのかと思っていたが、本人の書くエッセイは意外と明るく軽妙な語り口でびっくりした。「室生のことは自分がいちばんよくわかっているから」と自信満々に語るさまには(犀星曰く「決めつけてかかるところがある」「思い込み屋さん」な部分もあるものの)詩作品だけでは見えてこなかった朔太郎の人間性のかわいげが読み取れて新鮮だった。それでいてやはりどこか寂しさや物憂さを孕んだ不思議な文体で、縋り付くような感じも見受けられる。しかも本当に縋り付くことはできないで、心の奥底では完全に相手と自分とを壁で仕切ってしまっている。

    犀星の文章には朔太郎が書いたような「野生児」感はあまりなく、優しく人の良さそうな書き口の文章である。でも端々に見える金沢の言葉にはなんとなくその面影がある。朔太郎といると国の言葉が出てしまう、という記述もあったが、それだけ安心できる間柄だったのだろう。朔太郎が犀星を野生児と称するのも、その本質(純粋さやたおやかさ)に触れたように感じたのも、この二人の関係だったからこその視点かもしれない。趣味もスタンスも全く正反対の二人なのに、なぜかその奥底にあるものを理解し合っている。

    しかし、その決定的な相違がしばしば彼らの間に影響していたのも事実である。奥底にどんなものがあるのか理解できても、賛同することはできないからだ。犀星が書いた『健康の都市』を読みながらその思いを深くした。朔太郎が苦しんでいるのをわかっていながら、犀星にはただ健康を願うことしかできない。一緒に堕ちてくれる種の友ではないのだ。そうした相違は巻末に収録されている娘同士の対談でも見て取れる。葉子の苦しみを本当に小説に描き出せたのはきっと、犀星ではなく朔太郎だったのだろう。わたしはそう思った。 

    ただ、一緒に堕ちてくれない友だったからこそ、彼らは無二の友だったのだ。その寂しさはいくらでも嘆けるけれど、嘆いたとてこれ以上望むべきものもないのである。彼らがお互いを指して「幸福者だ」と言い合うように、わたしも彼らを指して「幸福者たちだ」と呼びたい。これ以上ないほどの素晴らしい友人関係なのだから。

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    2024年12月23日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    しきみさんの絵が、とても文章の雰囲気に合っている本だった。
    「すべての軒並の商店や建築物は、芸術的に変わった風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。」はたくさん使われているイラストの色使いの統一感にも通じるし、確かに美しい絵ばかりなんだよね。でもちょっと不思議なところとか、好きだなあ。
    この文章をこの挿絵付きで読めて良かったと思った。

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    2024年11月21日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    胡蝶の夢のようにどっちが現実か分からなくなって、反対側の世界に紛れ込む。猫、猫、猫。周りすべて猫。意識した途端現実に戻りつまらない日常となる。
    魅力はない幻想の世界と感じられるがいい言葉が思いつかないがゆっくりした時間が流れているような話だった。

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    2024年08月16日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    イラストが綺麗。このシリーズのイラストレーターさんたちは、本当に良いイラストばかり描いてくれるから好き。全巻集めたいけど、小説より高価だからなかなか他のに手を出せない。年々イラストレーターさんが増えるのは嬉しい。でも集めるのに月に一度程度で買わないとお金なくなる…。本を沢山持ってるから、本棚ともよく相談しないといけないかも。紙の本で集められなかったら、電子書籍の方を買おうと思います!出来れば長く続いて欲しいシリーズの一つです。

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    2024年03月20日
  • 二魂一体の友

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    内容が濃い!
    萩原朔太郎と室生犀星の共著である本書は、互いへの思いをそれぞれに語った記事を纏めた興味深い1冊で、めちゃくちゃ面白かった!
    犀星の幾つかの詩に朔太郎が解釈をつけていたり、互いへ向けた詩を詠んでいたり。
    二人が互いに向けた思いをぶちまける。
    無花果さん、勧めて下さって有難う御座います♪

    本書はまず萩原朔太郎の目線で犀星が語られる。
    どうやら彼と犀星は性格も好みも真逆だったよう。
    犀星の誘いで移り住んだ田端も朔太郎に言わせれば、「妙にじめじめして、お寺臭く、陰気で、俳人や茶人の住みそうな所」だそうで、「第一始めから印象が嫌いであった。」とバッサリ 笑
    芥川龍之介にまで飛び火して、彼が紹介してくれた料亭の茶席も「栄養不良の青っぽい感じ」とまで言ってのける 笑笑
    とにかく「田端的風物の一切が嫌い」なのだとか。
    う~ん、逆に田端からも嫌われそうだ。

    またお互いの性格についても、
    「二人の気質や趣味や性情が、全然正反対にできているので、逢えば必ず意見がちがい、それでいてどっちが居なくも寂しくなる友情」
    と述べている。
    けれど朔太郎は、
    「今では同士の関係でなく、肉親の関係に進んでいるのが、ふしぎに直感されるのである。ー愛は、理由なく愛する故に愛である。ー」
    とまで言う。
    喧嘩別れした後、反対側の駅のホームで佇む犀星の姿に、朔太郎が思わず涙ぐむエピソードまであるから驚き。

    こんなにも二人の絆が強かっただなんて、全く知らなかった!
    散々に言いながらも犀星を評価し、朔太郎の目線には確かに愛を感じる。
    「彼の「作品」にはいつもいみじきユーモアがある。或る馬鹿正直の人間がもつような、真面目すぎて可笑しくなるユーモアである。その笑の底にしおらしい純情の心がすすり泣いている。知れば知るほど、犀星は人の愛情をひきつける徳をもっている。」
    犀星自身と犀星作品の、一番の理解者ではないだろうか。
    犀星に対して「いじらしい」という言葉を何回使っただろう。
    「いじらしい」なんて、相手に対して深い情がなければなかなか使わない。
    もはや母性さえ感じてしまう。

    朔太郎は彼の心境を「老人心境」「風流心境」、もっと正しくは「冬日返り花的心境」「冬日蜆貝的心境」(笑)などと手厳しく称しているけれど、
    それも犀星が我が子を亡くしたことが切っ掛けであったときちんと理解している。
    犀星の『忘春詩集』は実にその愛児に捧げたものだとも。(読み直さなきゃ!)

    朔太郎は犀星を、
    「風流韻事のあらゆる世界が、宿命的の果敢なさと寂しさとに充ちて、世にも悲しく影深いものに見えた。その苔むした庭石や前栽の葉陰を通じて、ずっと人間生活の内部に触れ、宇宙の実在性に通ずる秘密の道を、彼は本能によって直覚した」
    とまで言う。
    そして、自分は犀星とはあらゆる点において反対に位置するものだが、
    「室生君を日本一の詩人と呼ぶにはばからない」
    と。

    朔太郎は犀星を、ときに敵対し、ときに鼓舞し、才能を認め、共に詩壇で戦っていこうと友情を見せる。
    「室生犀星君の作った小曲風の抒情詩だけが、不思議に僕の心を強く惹き付け、………心を溺れさせた。」
    また、自身に真理を教えてくれる存在であり、「昔ながらに僕の「善き良心」である」という。


    続いては犀星目線の朔太郎。
    二人での旅行。
    「萩原、ちょいとベルを押せ。」
    「おれはお前の家来ではない。お前押せ。」
    と早速小競合いの様が書かれていて笑う。
    互いに才能豊かであるのに、二人揃うと子供のようだ。
    それでも、
    「わけてもあたりの静かな高原の湿った光景が、つい絡みついて、黙って向い合うことがあった。」
    との詩的な表現がぐっとくる。
    また別れ際、先に電車を降りる朔太郎に対して、降りるときは起こしてくれるなという犀星。
    朔太郎は言われた通りにするのだけれど、実は犀星は起きている。
    「約束どおり黙って出てゆく萩原の靴音を聞き、そっと寝がえりを打ち、心の美しい友だちとこういう風に別れるのを却って寂しく感じた。」
    なるほど、朔太郎の言う「いじらしい」ってこういうところかしら。

    朔太郎はかなりの熱量をもって犀星を語っていたけれど、犀星の方はいくぶん冷静なのだろうか。
    冷静というよりマイペースで、照れ臭いのかな。
    犀星は朔太郎を、ドストエフスキーでもニーチェでも自分の一歩先を読んでいたと言うが、
    「そのくせ一歩ずつあともどりしている。議論をもった人である。わたしは議論が嫌いなのでわたしの方で控えていると、たまに食ってかかる。妙に哲学者肌である。」
    などと言う。

    二人の文章には芥川龍之介もよく登場する。
    犀星が彼と軽井沢に出掛けた時のこと。
    高原の日光は強烈だから帽子を被った方が良いと勧めたにもかかわらず、彼は、「紫外線はからだにいいんだよ」といって聞かない。
    が、帰り道、「眼がふらふらする……。」といって木陰に寄ることとなった 笑
    だから言ったじゃないかと迫る犀星に、「あやまる、あやまる。」と言う芥川。
    そんなエピソードを振り返り、犀星は、
    「芥川君くらいぬけたところのある人はないと思った。よくつき合うと味のあるぬけ方をした。」
    「俗人にさえ和することのできる人がらを持っていると思った。」
    と評し、
    「ときとすると文学者らしい垢をも持っていないところを人は知らず私は床しく感じた。」
    と結ぶ。
    マイペースな犀星だけれど、朔太郎とはまた違った静かな眼差しで、人をよく見ているように感じた。

    朔太郎の人柄については意外だった。
    容姿からはハイカラな印象を受けていたのだけれど、犀星に言わせれば「ハイカラのような想像を人々に起こさせるが」そうではないらしい。
    「彼は物ぐさい男であるということを自分で知っているけれど、その物ぐささから脱けようとする気持のない人間である。」
    「外套のボタンが五つあればその中の四つまで外れている男である。」
    「彼と一緒に食事をしていても彼は御馳走をそこらじゅうに取り散らかし………」
    え~! 笑
    「彼のハイカラは彼の精神のなかにのみ蔵われていて、決して実際に生活的に実行されていない。」
    それでも「彼は何かハイカラらしいものを感じさせるから不思議である。」
    とのこと。
    それなら、浅い知識で朔太郎からハイカラな印象を受けていた私も、あながち間違ってはいないのかな。
    犀星はこのことを「ハイカラの風格を持っている」「ハイカラ的余韻がそう見せる」と表現して、「田舎者であることに疑いはない」と結んでいる 笑笑
    この、くどくどとしつこく言い回すあたり。
    これが犀星なんだなぁ 笑

    そんな犀星に対し朔太郎は、
    俺はお前を根本から理解しているが、お前は俺をどれほど理解しているんだ?俺の作品は読んでいるのか?親友として俺の作品に向き直ったことがないだろ?
    と、原稿用紙10枚にも及ぶ手紙をよこしたり…。
    犀星は言う。
    「僕は彼のこういう意気込みや十枚の原稿紙に力一杯やっつけようとする彼の根気にホトホト参ってしまう、彼は筆をとると一気に書けるひとであり、書いてしまってから打倒れても途中で倒れるような弱い男ではない。」
    こう言ってはなんだが、この二人は微笑ましい 笑
    滑稽な水と油のようでもありながら、やっぱり互いを意識し、尊敬し、心を許しあっている。
    言いたい放題に言いながらも、互いに好いている。
    ここまでの仲って、そうそう無いのでは?
    ちょっぴり羨ましくもある二人だ。

    そしてやってくる朔太郎の死。
    「友人には誰一人知らさずに独身者のように彼は死んで行った。おそらく萩原は最後まで友人というものに会いたくなかったのであろう。私はそこに口にいえない萩原の心の深さを知るものである。」
    その朔太郎の死後、1954年6月の『新潮』に寄せたという犀星の「詩人・萩原朔太郎」は感慨深かった。

    巻末には二人の娘である、萩原葉子さんと室生朝子さんの対談あり。


    ◎萩原朔太郎
    1886年(明治19年)11月1日~1942年(昭和17年)5月11日
    ◎室生犀星
    1889年(明治22年)8月1日~1962年(昭和37年)3月26日



    ☆笑止(しょうし)
    ・ばかばかしいこと。おかしいこと。また、そのさま。
    ・気の毒に思うこと。また、そのさま。
    ・困っていること。また、そのさま。
    ・恥ずかしく思うこと。また、そのさま。

    ☆冬日返り花的心境
    返り花というと二度咲きの花のことだと思うのだけど、この場合、
    「春の盛りにうまく育たなかった花芽が、冬の小春のあたたかさに乗じて咲くことがある」等の狂い咲きの意味かしら。

    ☆冬日蜆貝的心境
    どういう意味だろうと思ったけれど、「内に蜆のような厭世観を持っている」と後述しているところから、
    "蜆のように固く綴じ込もって世の中を悲観している"と解釈した。

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    2024年03月18日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    温泉に滞留していた私は、あるとき迷子になり、見知らぬ町に辿りつくが、そこは猫ばかりがいる町。

    物語の不思議な世界観に引き込まれました。しきみさんのイラストも物語に合っていてとても素敵です。

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    2023年11月30日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    この本で起こる現象と同じ経験をした人はいますか?
    「いつも見慣れた風景が、すっかり珍しく変わってしまって、全く別の違った世界に見える。夢から覚め、現実の正しい方位を認識する。そして一旦それが解れば、始めに見た異常の景色は、平常通りの見慣れたつまらないものに変わってしまう。」
    「三半規管の喪失」

    この現象に私は身に覚えがありました。ずっと気になっていたことなので、この本の考察などを読んでみると、ただ方向音痴なために右と左が逆になってしまって、景色が全く違うように見えるという自分なりの結果が出ました。

    この現象について私なりに考えました。
    上記のように、萩原さんには全く違う場所に見えたため、いつも見ているつまらない町ではなく見知らぬ町に来た、という錯覚を起こす。そして見慣れた町の全てが新しく違ったものに見え、それが萩原さんをワクワクした気分にさせた。
    だからあのような不思議な幻想を見たのだと思いました。

    私たちが想像する全てのものは、この世のどこかにあると思います。猫の町がどこかにあると考えるとなんだか世界がとても広く感じます笑

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    2023年07月17日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    はじめての萩原朔太郎作品。猫の町、かぁ。
    胡蝶の夢うんぬんが心に残った。狐に化かされた人の見る錯覚された宇宙。みてみたいものだけど。

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    2023年05月05日
  • 永遠の詩07 萩原朔太郎

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    ネタバレ

    萩原朔太郎は、高校の頃に憧れて、岩波文庫を他の何人かの詩人とともに買って読んでいた記憶があります。
    解説の高橋順子さんは巻頭の「言葉以上の言葉」という文章で、日本の近・現代詩は萩原朔太郎抜きにしては何も語れないといってよい。生涯にわたって、詩の言葉と闘い、言葉にいのちを吹き込んだ無二の詩人だったと歴史的にも内容的にも大変褒めていらっしゃいます。
    しかし、今、また読み返してみると、これは一介の、田舎の高校生が読んでわかるといった詩ではないのではなかったのかという気がものすごくします。
    だいぶん背伸びをして、カッコいいからとか(誰かに読んでいることを話した訳ではありませんが)そういう浅はかな気持ちだったのではないかと思いました。
    なぜなら、今読むと、はっきり言ってかなり病的な詩が多く含まれているような気がします。
    文学的価値とか、そういう難しいことを考えずに読むとですが。
    もちろんもの凄いほとばしる才気をかんじることは確かなのですが。


    「遺伝」
    人家は地面にへたばって
    おおきな蜘蛛のように眠っている。
    さびしいまっ暗な自然の中で
    動物は恐れにふるえ
    なにかの夢魔におびやかされ
    かなしく青ざめて吠えています。
      のをあある とをあある やわあ

    もろこしの葉は風に吹かれて
    さわさわと闇に鳴ってる。
    お聴き! しずかにして
    道路の向こうで吠えている
    あれは犬の遠吠えだよ。
      のをあある とをあある やわあ

    「犬は病んでいるの?お母さん。」
    「いいえ子供
    犬は飢えているのです。」

    遠くの空の微光の方から
    ふるえる物象のかげの方から
    犬はかれらの敵を眺めた
    遺伝の 本能の ふるいふるい記憶のはてに
    あわれな先祖のすがたをかんじた。

    犬のこころは恐れに青ざめ
    夜陰の道路にながく吠える。
      のをあある とをあある のをあある やわああ

    「犬は病んでいるの?お母さん」
    「いいえ子供
    犬は飢えているのですよ。」


    <解説より>
    犬の遠吠えを詩人は「のをあある とをあある やわあ」と聞く。非常に耳のいい人である。薄気味悪いが面白い。犬が「あわれな先祖のすがたをかんじた。」というのは、つまり、犬は犬の亡霊を見たということだろうか。
    『月に吠える』の犬よりも確かな線描をもち、影を濃くしている犬である。「犬は病んでいるの?」と子供は母親にたずねるのだが、健康で強圧的な母親は、野良犬だから飢えているに決まっている。と思うのである。実母の面影があるか。



    「旅上」「冬」「殺人事件」「陽春」「愛隣」「見しらぬ犬」「閑雅な食慾」「蝶を夢む」もよかったです。


    萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう)
    1886年(明治19)~1942年(昭和17)
    群馬県前橋市に医家の長男として生まれる。
    文学や音楽の才能に恵まれながらも、
    学業では中退を繰り返す。1917年刊の
    第一詩集『月に吠える』は大きな反響を呼び、
    以後の日本の近現代詩に深い影響を与えた。

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    2019年10月29日
  • 永遠の詩07 萩原朔太郎

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    こころをば何にたとえん を表紙にもってくればよかったのに!と思いました 笑
    今まで読んだ詩人さんのなかで一番ピンとくるひとでした。
    「言葉にならないものを言葉にしようとした」という説明がすべてのような気がします。
    表現が大変たおやかですね。
    第一詩集の「月に吠える」をまとめて読んでみたい…

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    2014年03月02日
  • 永遠の詩07 萩原朔太郎

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    このシリーズ好き。
    萩原朔太郎に関しては筑摩書房のが一番好きだけど。
    でも手軽に入ってもらうにはこれがお勧めです。

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    2012年04月12日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    私も三半規管がおかしいから(ぐるぐるバット平気(*^^)v)、猫町へ行けるかも?(ΦωΦ)いや、逆に行けないのか?(^_^;)薬物も使わなきゃダメだしね(-_-;)

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    2026年07月22日
  • 詩文集 夜の酒場

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    ネタバレ

    実際に会ってみたり、身内にいたりすると扱いづらいのかもしれないけれど萩原朔太郎という人間はとても魅力的に見える。
    酒は万病に効くと言ってみたり、自分がダンスをするのは性格とか趣味から鑑みて何もおかしくないと書いてみたり。ダンスのことを噂されると、恥ずかしくなったのか手のひら返しでダンスは辞めたと主張してみたり。なんだか子供っぽいところもある気がする。こんな大したことないトピックが雑誌に載っていたのか、楽しい時代だなあ。著名な作家の名前がとりわけ大したことも無い様子で何度も登場する、なんだか東京がまだ小さな世界だったように思える。
    萩原葉子の随筆もいいなあ。作家らしいのでこの人の文章も読んでみよう

    猫町もいいなあ。一瞬だけ猫の世界に紛れたように感じるだけの話なんだけど、どこか魅力がある。あらすじだけ聞くと楽しい話にも思えるが、猫を見る場面では不気味さの方が勝るのもおもしろい。

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    2026年07月02日
  • 詩集『青猫』より

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    詩集を読むことなんてめったにないのだけれど。
    萩原朔太郎の言葉って美しい。そして、しきみさんの挿絵の影響もあってか、とても幻想的。
    表題作の『青猫』が特に。さすが、タイトルに選ぶだけのことはある。
    でも、編集に難ありでは。
    1行の最後の1文字、2文字を単語の途中でぶったぎっている箇所がずいぶんあって、正直、興ざめ。
    『~かさなりあふところの世
    界』
    みたいなのは、、、
    1行の文字数を増やす工夫はできなかったのかなーと残念。
    もったいない。

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    2026年06月17日
  • 悪魔 乙女の本棚作品集

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    イラストレーターのしきみさんの、乙女の本棚作品集です。どこか怪しい美しさのある、しきみさんのイラスト。作品の冒頭に、どういう意図でこのイラストを描いたのか、解説が入っていて、一度読んだことのある作品でも、新たに楽しむ事が出来ました。

    新規収録作品は、芥川龍之介の悪魔。短い作品ですが、インパクトがありました。最後の悪魔の表情が、文章を底上げしている気がします。
    素敵な作品集でした。


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    2025年09月26日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    萩原朔太郎の『猫町』と素敵なイラストがコラボする、乙女の本棚シリーズ第1段2冊中の1巻です。
    極度の方向音痴である主人公は、ある時自分のよく知る町で違和感を禁じ得ない場所へ迷い込みます。
    そこは全てのものが反転した似て非なる世界で、徐々にこの不可思議な世界へ行き戻る方法を習得していくのです。
    北越の温泉地を訪れた際、普段とは違う世界へ迷い込んでしまった主人公。
    そこは山とは思えない上品な街並みの都会で、行き交う人々にも気品が溢れています。
    しかし、いざ元の世界へ戻ろうとしたところ…。
    猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。
    不可思議で美しい純文学を不可思議で美しいイラストが彩り、世界観を更に色濃く描く良書です。

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    2025年05月04日
  • 乙女の本棚2 猫町

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    初乙女♡

    以前一読してすきになった萩原朔太郎の『猫町』
    今回は、「しきみ」さんというイラストレーターのかたのコラボ絵本で読んでみる。
    まず、主人公がペーパータグのピアスを付けた◯◯◯の姿で表現されているのにびっくり。
    そうか!◯◯◯だったら✕✕に恐怖を覚えてもしょうがないもんね。
    後半のクライマックスが、主人公を◯◯◯にすることによって活きてくる。

    ***

    前半。
    いやーぼくってもう旅行とかもう興味ないんだよね。だってどこ行ってもおんなじじゃん?だからクスリでトリップしてたんだけど、からだこわしちゃって、けんこうのために家のまわり散歩なんかしてんの。そしたらさー、道迷っちゃってさ。ははは。だってぼくって三半規管弱いじゃん?よく迷子になってんの。そんで、びっくりしちゃって。何がって。町がだよ。町が見たことのない場所に変わってんの!

    みたいなトホホ混じりの不思議エピソード(5552超訳)で、引っ張って、その後、「見たことのない近所の町」の種明かしをしたあと、また、おなじようなエピソードを披露したかと思えば、また違う展開をみせるのがニクい。

    ✕✕をこんなふうに書くということは、朔太郎は✕✕嫌いだったのか?それとも?と思ってざっと調べたら、犬を二匹飼ってたらしいそうです…。

    別に伏せ字にしなくても良かったですね…。

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    2024年09月23日
  • 悪魔 乙女の本棚作品集

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    「堕落させたくないもの程、益(ますます)堕落させたいのです。」
    美しい顔をした悪魔はこう言って、涙を流した。

    美しいものはそのままにして愛でたい、という思いはあるのに、それを汚してしまいたいと思う己の醜さに悪魔は涙した。悪魔は、人を堕落させるのが仕事なのだろうから、そう思い悩んでしまう辺りが悪魔に似つかわしくなく、哀れんであげたい気持ちになった。

    大切にしたいけど、悲しませたい。
    清くいてほしいと思うけれど、真っ黒にしたい。

    この欲望はどこから来るのだろう。
    占有したい感覚、所有して支配したい気持ちは、どうして生まれてくるのだろう。
    どうして、美しいものほど、汚したくなるのだろう。

    多分、それは、自分を汚れたものだと心のどこかで思っているから。美しいものを妬ましく思っているから。

    プライドが高くて自己肯定感低めの私と、この悪魔はシンクロするところがある。

    自分より優れているものは、そのまま清く気高くいてもらいたい。だけれど、引きずり下ろして、結局自分と同じ場所の人だったと思って安心感を得たい思いも持ち合わせている。
    そして、自分が引きずり下ろしたという、自分の影響力に優越感を感じたくもある。
    毒された相手が回復しようものなら、嬉しい反面、より多くの苦しみを与えて堕落させたいと思ったりもする。

    自分に満足していれば、そんな酷いことはしない。
    でも、誰かに愛されたくて、かまってほしくて、仕方なくそうしてしまうこともあるのも、分かる気がする。

    勿論讃えることはできないけれど、こういう矛盾や葛藤が人間らしさなのだと思う。だから真っ向から否定はしたくない。

    悪魔も人間も、自分は醜いと思って涙できるのなら、醜くなんかなく、寧ろ美しい部類に入れるという考え方もありそうだ。

    湧き上がる気持ちを無理に矯正しようとするのではなくて、自分を含めた悩める人に対し、手を差しのべて、理解しようとする人になりたいなと思った。

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    2024年06月24日
  • 猫町

    匿名

    ネタバレ 購入済み

    猫の町

    今の日本の倫理観に反する描写もありますが、映像が浮かぶ小説で魅力的だと思いました。
    色々なクリエイターさんがこの猫町をビジュアル化したものを見てみたいです。

    #深い

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    2024年06月20日