長江俊和のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ若橋の「遺書」最後の1行で、息を呑んだ、、
熊切に送られた刺客を追う記者、のつもりで読んでたから、まさかまさかだった!自分の考察力が低めでよかった。全然気づかなかったからまさにどんでん返しだった
わかはしくれなり=我は刺客なり
えー!!!
それを踏まえてもう一度自分が引っかかった部分を読んでみると、謎が解けていってその度に息を呑む
高橋の「視覚の死角」という謎の言葉、その後の「資格」という言葉選びでの匂わせ、自分がカミュの刺客だと気がついたであろう日の記述
この原稿の題名「カミュの刺客」も、自分のことだったのか
そして最後の「遺書」でこのルポルタージュは完結する、、私は若橋の手のひらの上だ、、!
自分の推理力・考察力の乏しさから多少の疑問は残るものの、まとまりが美しくすっきりする読後感(内容は少しむごいけど)
とても好みで、読むのが楽しい本だった
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Posted by ブクログ
ネタバレ帯のどんでん返しの文字に目を引かれて、手に取った。
読み終えた後、私なりの解釈が生まれたが、幾つもの疑問も同時に浮かんできた。ブログやネットの考察記事を読んでも、私と完全に合致している人は見当たらない。さて、どうしたものか。
以下は私の解釈。
①まず若橋は自身がカミュの刺客とは知らず、「知人の依頼」を引き受けて、そのルポの途中で気付いた。
視覚の死角と、の時点では最低でも気がついていない。そういえば、◻︎◻︎と自分を名乗っていたが、再編集する際に自分を刺客の刺客と読者に知らしめる為だったのかな。
②取材の中で七尾が刺客(=熊切敏を永津佐和子の為に殺害、熊切は作品のための心中、生還前提だったが)と知り得、その事実を依頼主に伝えた=この時点で知人(カミュの刺客)の目的は達成。おそらく、若橋に殺されなくとも、七尾は神湯堯のシンパに抹殺されるだろう。
③だがしかし、七尾のことを本気で愛してしまった若橋はカミュの刺客に抹殺される前に、真に七尾を助けたいとの思いから殺す。七尾も若橋のことを愛する。すなわち純愛。
④この時点で「生還することなど、もはや不可能」と考えていた。生還に関する解釈としては、七尾のように罪にも問われず、生き残る、とネットの考察にはあるが、私はそうは思わない。
本気で死ぬつもりだった=生還は不可能、ではないだろうか。七尾の心の中を知る為に首以外を喰った。それは若橋が狂うほど知りたい七尾の心中を知る為に。
心中に対してこだわりがあった若橋は七尾への愛とノンフィクションジャーナリストの信念のもと、文字に残した。死体と暮らし、死体へのインタビュー記事も本気で若橋には七尾が生きて話していたと感じていたはずだ。
この本の本質は「心中は現代でもあるえるのか」だと思う。作者自身、真と捉え、描き切った。七尾の最後の手紙と若橋の最後の問い。私のことを愛していますか、その答えは、「はい」なのだろう。
このような誰かを主人公とせず、複数名の視点からストーリーの全体像を明らかにしようとする構造は正解がなく、解釈が多く生まれる。だからこそ、読者の考察熱をくすぐる。
最後になるが、七尾のような、負のオーラを持った女性と深い仲になると本気で堕ちる。沼る。幸せにはなれない。
追記、しんどうななお=どうなしおんな(胴無し女)、愛する人にこのようなネーミングはいかがなものか。この本が出版される際にカミュの刺客による侮蔑と捉えると、納得はいく。