立花隆のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
実際に宇宙に行った宇宙飛行士のその後を取材したルポ。宇宙飛行士の心境や価値観、神への考え方の変容などが丁寧に書かれている。
ここでは14人の宇宙飛行士がそれぞれの体験を語っているけど、地球軌道を周回した人、宇宙遊泳した人、月の軌道を回った人、そして月の上に立った人でもまた体験は異なっている。ただ、それぞれ異なることを言ってようで、本質的には繋がることを語っているのかなと思ったり。
この本の結びで、著者は宇宙飛行士の意見をまとめようと試みたけど断念したと書いてたけど、その気持ちはわかる。なんか壮大すぎて下手にまとめると間違って伝わりそう。なので、科学に興味ある人はぜひ読んでほしい本ですね。
宇宙に行きたくなるけど、あと20〜30年以内に一般の人が宇宙旅行できるようになっているのか。難しそうだけど、ライト兄弟が初めて空を飛んでから人類が初めて宇宙に行くまでが60年弱って聞くと、可能性あるように感じる。 -
Posted by ブクログ
宇宙体験をした飛行士が、地球に帰ってきた後、神が隣にいるようだとか、導かれた感覚など、地球ではあり得ない体験をするらしい。ただ、こういう体験をするかどうかはいくつかの条件が揃うことが必要で、単にロケットで飛行するだけでなく、宇宙空間で浮遊したり、地球軌道を外れて月まで到達したり、数分から数十分の考える時間があったり。簡単に言ってしまえば、究極の非日常体験と沈思黙考がトリガーになっているようである。これ、宇宙飛行士でなくても、人が変わるきっかけとしての共通点だと思うので、いろいろ取り入れられるかも。立花隆氏のノンフィクションは本当に面白い。幅広く深い知識を持っているからこそ、鋭いインタビューができるのだと思う。
-
Posted by ブクログ
今から10年程前、今の夫と出会って二回目にこの本を渡された。彼のポケットから出てきた本だった。この当時、彼はなぜかこの本を何冊か買い、事あるごとに、人に渡していた。
私はちょうどその時、大手企業で寝る間もなく働き、自分のやりたい事など忘れてしまい、なんとなく周りの人間に遜色なく生きることに精一杯で、同時にどこかに違和感を覚えながら苦しんでいたときだった。彼はなんとなく手渡した本だったのかもしれないが、私にとっては人生にとって私という人間が生きる上で何をしたいのかを気付かせてくれる本になったことは間違いない。そして彼もまた、この本と出合ったことで、自身の仕事をリスペクトし、その意義を再確認しながら突き進んでいたのだろう、と思う。
この本の中では特に、猿回しやレコーディングミキサーという職業が印象深い。そのような職業に明るくなかった、もしくは考えたこともなかったからだ。それぞれの人生で何を極めるか、それはそれぞれの環境に影響されもちろん多種多様である。何も考えなければ私のようになんとなく大手企業に入り、なんとなく親が安心するのであろう人生を歩めば良い。それで違和感なく生きられるのならそれで良い。ただ私には、早朝に半分眠りながら始発で電車に揺られ、同じように疲弊した人間たちとずらずらと就業場所まで向かい、同じ服を着て、決められた時間に昼食を取らされ、また終電まで仕事をする、この日常は死んでいるに等しい期間だった。私である必要があるのだろうか、というような疑念がずっと私の中にはあった。
この本と出合い、転職をした。この後、何度も転職を重ねることになる。日本の社会では転職を重ねることはあまり好ましくないとされる。あれから私は模索を続け、もがきながらも見えない何かに向かっていた。かなり遠回りをしたが、今思えば、この本と出合った時に、行き着きたいゴールは私の中ではすでに見えていたようにも思う。そのゴールは、今となってはやっと辿り着いた私のスタート地点となった。遜色なく生きることなんて、なんとも無意味なことで、シンプルに自分の気持ちの通りに生きること、ただそれだけだった。
人生の岐路に立った時にこの本を読みたいと思う。何度読んでも良い。器用な生き方は私にはできない。だからこそ、人生の岐路に立つのは一回じゃなくて良い。一つ進んで、また新たな岐路に立ち、この本を読むとまた違う道が見えてくる、そのように思う。
そして今またこの本を読みたいと思える。自分はこの本を読み直すことで、新たなフェーズに進めたんだなと感じることができる。
あの時、私の状況や心境を彼が知っていたとは思えない。自分自身もまだ、気付いていなかった。ただなんとなく渡さなければならない気がしたのだろう、と思うようにしている。
私も同じように、人にこの本を手渡すことがある。もし感じるものがあればと思った時に、同じようになんとなく手渡すようにしている。ある人は影響を受け、ある人は退屈に思う。それはその人の状況にもよるかもしれない。ただそのタイミングが一致した時に、何か見出すことができたらいいなと願う。 -
Posted by ブクログ
政治的視点、宗教的視点、ビジネス、科学、感情、、、様々な視点の考え方を一読できて、何度も読み返したい1冊。
感覚として捉えられるのは目の前のものだけであるけれど、
宇宙という(現在分かっている限りで)果てしない空間で実際に感覚として捉えた先人たちのおかげで視点はいくらでも変えられると思った。
同時に、人間はあらゆる体験からその視点の広げ方を得ることができて、だからこそ有神論や宗教が生まれたのだろうなと感じた。
また無神論についてもおなじ。
上には上があり、下には下がある。
何でも限界があるといえばあるし、無いといえば無い。
無限♾️、、、
今持っている語彙でまとめるのが難しい…
ひとまず次は「ガイア」を読もうと思う。 -
Posted by ブクログ
数年間かけて、世界最高クラスの天才があらゆる準備を行っても、残り数分で死ぬ状況に落とし込まれる宇宙開発のリアルを体感できる
その天才が、何十人も束になって宇宙物理学的なものとコンピュータを駆使して、何とか成功に持ち込んでいると考えるとイーロンとかJAXAに対して、結果だけみて感想を言う愚かさを感じる
たった400年しか歴史のないnation stateという枠組みに固執している現代社会で大国が対立する状況に対して、米ソのトップが宇宙で会談を行うべきだという提案の真の意図が理解できる
自分自身、神や天国というものを無意識に信じてるが、それすらも超越したものを感じたとゴリゴリのクリスチャンアメリカ人が話しているのも新鮮で面白い
とにかく宇宙飛行士は、物理学、工学、計算機科学、地質学などの学問を理解した上で、肉体的に鍛え抜き、国民代表としての人格の良さも求められる、という人類代表感が感じられて、非常によかった
それを裏で支えるサイエンスにも感動させられる -
Posted by ブクログ
他の方が指摘している通り、著作や言動の編纂書なので、タイトルに惹かれた人が求めるようなテーマで一貫した主張や考察が記されたものではありません。
私自身そういった類の書籍を避けている中で、本書を店頭で衝動買いした結果、若干の後悔を引きずったまま本書を読み始めることとなりました。
しかし、内容に関しては非常に面白く、興味深い考察や主張が多かったです。
それは立花隆という人をそもそも全く知らない私だからということが起因しているのは間違いありません。しかし、過去読んできた偉人、経営者、著名人の類書を同じ条件で比較しても、本書より面白かった本はないように思いました。
飾り気のなさと思考の深さが際立っている印象で、主張の根拠や類推等で引かれる知識も他では見たことがないものが多く、刺激に富んだ内容でした。終盤はやや自己啓発本のような内容になりますが、読者に発破をかけるような鼻息の粗い話ではなく、どこか淡々としていて、吸い込まれるような説得力に満ちています。
それぞれの考察や主張には出典が分かりやすく記載されているため、付箋をつけた箇所をメインにこれから何を読もうか考えるのが楽しいです。 -
Posted by ブクログ
知の巨人 立花氏の事実上の処女作とある
その結論は、「自然をもっと恐れよ、畏怖すべきものとして」である
気になった点は以下です。
・生態学の極意は、自然に従って、自然の組織を利用して料理すること。人類はその極意に従っていない。
・生態学的思考に反する行動は必ず失敗する
・工業社会とポスト工業社会(=生態学的社会)の間には埋められない溝がある。それを埋めるにはその溝を飛び越えるしかない。
・生態学とは、生物学の一分野であり、「生物と環境および共に生活するものとの関係を論ずる科学である」
・生物学も科学である。科学とは、①論理的である、②客観性を有する、③実証的である を満たせばよい。
・生物学の一極を分子生物学とすれば、生態学は、もう一つの極にある。
・実際の生態系はあまりにも複雑であって、人間が生存するために最低必要な環境条件が何であるのかは、いまだにわかっていない。
・現在の生態学には理論体系はない
・自然があまりにも複雑な、複合システムであるため、その解明のためには、サブシステムをとらえて論じるが、サブシステム内では有効に働く技術が、トータルシステムでは弊害をもたらしている。
・システムには、閉鎖システムと、解放システムとがある。いかなるシステムにおいても、インプットよりも大きなアウトプットを取り出すことはできない。これが自然の大原則である。
・自然界は、つねにエントロピー(複雑度)が増大ので、エントロピーを押さえるためには、エネルギーが必要である。
・人間が人工的に作り出したシステムに関する限り、人間はそれが管理されなければ円滑に働かないことを知っていた。
・エコシステムは、4つの要素からなる。①非生物的環境(物質)、②生産者(植物)、③消費者(動物)、④還元者(バクテリア)。この4つが複雑なサイクルを形成する閉鎖系である。
・人間の文明が、土中の微生物を殺して、サイクルを破壊している。プラスチックがそのいい例である。
・人間は、エコシステムを破壊しない程度に、人工的なサブシステム改良にとどめるのが、良い選択である。エコシステムの破壊は、人間にとって命取りであるから。
・生命の根源は、水である。無機物を溶かして、生物間を媒体させるのが水である。水なしには、生物は生きられない。
・蛋白質を形成する窒素についても、生物が媒体となって循環している。
・炭素も生物にはなくてはならない物質。炭酸ガスと酸素のバランスについて、光合成や、二酸化炭素の海中での融解などに密接に関係している。
・気候変動、温暖化とともに、空気中を浮遊する塵が、アルベトという太陽光の反射率を押し上げて、逆に地球を寒冷化に導いている。でも、現在は温暖化の割合が大きい。
・生態系を形作っている、食物連鎖の1つの生物がいなくなると何がおきるかわからない。
・フィードバック機構をつくれ、フィードバックとは、アウトプットの一部をインプットに戻してやって、インプットの調整をはかる仕組みである。
・生態学の重要な概念に遷移がある。植物でいえば、地衣類⇒コケー>種子植物⇒針葉樹 遷移の進行とは、優占種の交代と同意語である。
・マルクスは遷移の考えを使って 封建主義⇒絶対主義⇒市民社会⇒社会主義⇒共産主義 という遷移を考えた
・デッドセンター:大繁殖した生命について、中心部は死滅するが、周囲が生き残って生存するという考え。文明論にも当てはまる。
・エコロジーの特徴、寄生と共生
・ガウゼの仮説:似通った二種の生物は、同じ場所に住めない
・過密がいけないのは食料不足に陥るから、個体間のストレスを増加させるから、かといって、過疎もいけない、集団のみにつけるべき学習の欠如、攻撃からの防御が弱い
・動物社会の秩序の維持は、①なわばりをもつ、②順位をもつ、③あるいは両方、人間もまさになわばりにうるさい。だから味方につけるなら、ある程度のなわばりを与えておいてその中で対応してもらえればよい。
・人類の進歩についても、生態学的な考えを取り込んでもう一度考え直さなければならない。それを、「思考の技術」と呼んでいる。
目次
はしがき
プロローグ 思考法としてのエコロジー
Ⅰ 人類の危機とエコロジー
1章 エコロジーの登場
2章 閉ざされた地球
3章 生命と環境
4章 文明と自然は調和しうるか?
Ⅱ エコロジーは何を教えるか
5章 システムのエコロジー
6章 適応のエコロジー
7章 倫理のエコロジー
8章 生存のエコロジー
エピローグ 自然を恐れよ
文庫版あとがき
解説 エコロジー的思考で捉える人間社会の現実 佐藤優 -
Posted by ブクログ
生物はなぜ死ぬのかを読んで、あっ難しい面白いかと言われればわからない、領域だと思って少し諦めの中、手に取った本。
おもしろかった!!
立花隆さんの言う、「目の前のテーブルいっぱいにご
馳走が並べてあるからといって、無理して全部食べる必要はない」を実践しながら読みました。
メモ
第一巻 オードブル
第二巻 メインディッシュ
とういうことは、第一巻でつまみ食いをしすぎてお腹いっぱいにならないように気をつけなければいけないということです。
以下、つまみ食い内容
74
勉強のトラップ
エピゴウネ・・ある人間の思想に付き合っている者のこと。亜流
この意味を知ってから日食なつこさんのあの歌を聴くと、ぞわっとする。
後、解が本来ない問題に一生悩む特徴として、解のありうる形やタイプについて考えていないというものがあった。どきっとした。
あとは、現象学の「今ここ」の点を見るとき、点を点としてみるのと、流れの中にある点としてみるのとでは全く違うことに気付かされます。
テイヤール・ド・シャルダンの、見ることの重要性が面白かった。視神経は160万本にたいして、聴神経は3万本。だけど、視細胞は2億で聴覚系の細胞は1万とか。
ということは、視覚は多情報を統合していて、聴覚は想像力で補っているように感じた。
まだまだ。
やっぱまだまだ。。
もう少し経ってもう一回読むとまたさらに面白いタイプの本です。 -
Posted by ブクログ
4月30日にNHKスペシャル「立花隆 最後の旅~知の巨人は何を遺したのか~」を見た。それは立花隆が死んで1年経ったドキュメントだった。最後の終い方には、立花隆らしいと思った。「本は全て古本屋へ。遺体はゴミとして捨ててくれ」ということだった。その中で、立花隆が「見当識」(自分たちは何者か。どこからきて、今どこにいて、どこへいくのか?)を持っていたという。知には限界がない。勉強が大好きで、自分のことは勉強屋さんだと思うという。宇宙と地球、人間とサル、精神と物質、生と死。常にその境界を追及していた。
人間はなんのために生きているのか?死ぬためだ。
死を迎えたときに。ありがとうと感謝が言えること。
がんの探求の中で、筑紫哲也が死んだときを回想する時に、立花隆が涙する。
死すべき運命を自覚する。いくつもの生命に支えられ、生命連環体であり、生命連続体という。
猫ビルの本棚の空っぽになったシーンに、何か無常なるものを感じた。いい番組だった。
立花隆の本は、『アポロ奇跡の生還』『宇宙からの帰還』『精神と物質』が好きだった。
最近立花隆の本を読んでいないなぁと思って、本書『知の旅は終わらない』を読んだ。
立花隆の自分史だった。その時々の中心的な出会いと自分の変化が客観的に見られていて興味がそそられ、一気に読むことができた。うーん。立花隆って、こんな奴だったのか。
立花隆は、猫ビルのうずたかく積まれた本の中に生息する人物というイメージが強い。
この本を読みながら、まさに知的好奇心が旺盛なこと、人が読まない本を読んでいる。語学も習得する努力をして、原文で読む。なるほど、思想があった本に接しているのだ。
長崎生まれ、小学1年生の時にはIQテストで1番となる。模擬試験では全国1位だったという。よくできた子だったんだ。それに実によく本を読んでいる。東大生の時に、原水爆反対の運動に参加し、ロンドンの「国際学生青年核軍縮会議」に、カンパを集めて参加して、ヨーロッパを半年めぐる。
学生の頃から、行動力があった。そして、お金がないので、美術館、博物館を見て回ったという。
共産党系の人が、ソ連の核兵器は平和のためにあると主張すると、反共産党系の人が、持つべきではないと激論になったという。「核抑止力」という問題は、その当時から論議していた。ある意味では、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、核抑止力はいかにもインチキくさい。抜け駆けありの世界だった。やはり、核兵器廃絶が基本だと思う。
立花隆は、キリスト教が非常に複雑な背景があり、土着宗教であるという。そんなものかもしれない。日本の真言密教の護摩のような儀式もする。青春期に、世界を見て回理、話し合いをしたことが、思想的な重層性を作ったのだ。卒論は、メーヌ・ド・ビラン(1766〜1824)デカルトの「我思うゆえに我あり」を否定して、「我意欲すゆえに我あり」をとなえた人の研究。さすが!
それで、週刊文春の編集部に就職する。物書きの訓練を受けて、再び東大に学士入学をする。
『記号論理学』のヴィトケンシュタインに衝撃を受ける。
フリーのライターとして、記事を書く生活の中で、「田中角栄研究」が始まる。
その後の活躍は、大体見えていた。それにしても、香月泰男と武満徹に入れ込んでいたとはね。
この本を読みながら、その時代の中で表象した事件を追いながら、その底流を見つめようとする姿勢は、学ぶべきものがある。 -
Posted by ブクログ
立花隆の本は、実はあまり読んだことがないのですが、この本を読んで、彼が知の巨人と言われた理由が少しわかった気がします。
たとえば、単に知識があるだけでなく、様々な言語に通じており、いろんな言語を通じて知識を得てきたことや、世界の動きについても、人から見聞きしたのではなく、実際に現場で見てきていることなど、できるだけ、出どころに近い情報を得ようとし続けた姿勢が、彼の知の確かさを支えているように思いました。
この本は、「東大生と語り尽くした6時間」とあるように、若い人たちに向けた語りであり、どのような知を、どういう心構えで身に付けていけばよいかを、著者自身の経験を踏まえて語っています。
個人的には、中身もさることながら、「注」が秀逸だと思いました。
非常にコンパクトにまとまっていて、ここを読むだけでも勉強になると思います。