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立花隆を要約するのは非常に困難である。まさに万夫不当にして前人未踏の仕事の山だからだ。時の最高権力者を退陣に追い込んだ74年の「田中角栄研究ーその金脈と人脈」は氏の業績の筆頭として常に語られるが、ほぼ同時進行していた『日本共産党の研究』で左翼陣営に与えた激震はそれ以上のものがある。
『宇宙からの帰還』にはじまるサイエンスものでは、『サル学の現在』でサルと人間に細かく分け入り、『精神と物質 分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』でノーベル賞科学者の利根川進に綿密な取材を施し、『脳死』では安易な脳死判定基準に鋭く切り込んだ。科学を立花ほど非科学者の下に届けてくれた書き手はいない。浩瀚な書物である『ロッキード裁判とその時代』『巨悪vs言論』『天皇と東大』『武満徹・音楽創造への旅』は余人の及ばない仕事であり、また旅を語っても、哲学、キリスト教、書物を論じても冠絶しておもしろい。
立花隆はどのようにして出来上がったのか、そして何をしてきたのかーー。それに迫るべくして、彼の記憶の原初の北京時代から、悩み多き青春期、中東や地中海の旅に明け暮れた青年期、膀胱がんを罹患し、死がこわくなくなった現在までを縦横無尽に語りつくしたのが本書である。彼が成し遂げた広範な仕事の足跡をたどることは、同時代人として必須なのではないだろうか。
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4月30日にNHKスペシャル「立花隆 最後の旅~知の巨人は何を遺したのか~」を見た。それは立花隆が死んで1年経ったドキュメントだった。最後の終い方には、立花隆らしいと思った。「本は全て古本屋へ。遺体はゴミとして捨ててくれ」ということだった。その中で、立花隆が「見当識」(自分たちは何者か。どこからきて、今どこにいて、どこへいくのか?)を持っていたという。知には限界がない。勉強が大好きで、自分のことは勉強屋さんだと思うという。宇宙と地球、人間とサル、精神と物質、生と死。常にその境界を追及していた。
人間はなんのために生きているのか?死ぬためだ。
死を迎えたときに。ありがとうと感謝が言えること。
がんの探求の中で、筑紫哲也が死んだときを回想する時に、立花隆が涙する。
死すべき運命を自覚する。いくつもの生命に支えられ、生命連環体であり、生命連続体という。
猫ビルの本棚の空っぽになったシーンに、何か無常なるものを感じた。いい番組だった。
立花隆の本は、『アポロ奇跡の生還』『宇宙からの帰還』『精神と物質』が好きだった。
最近立花隆の本を読んでいないなぁと思って、本書『知の旅は終わらない』を読んだ。
立花隆の自分史だった。その時々の中心的な出会いと自分の変化が客観的に見られていて興味がそそられ、一気に読むことができた。うーん。立花隆って、こんな奴だったのか。
立花隆は、猫ビルのうずたかく積まれた本の中に生息する人物というイメージが強い。
この本を読みながら、まさに知的好奇心が旺盛なこと、人が読まない本を読んでいる。語学も習得する努力をして、原文で読む。なるほど、思想があった本に接しているのだ。
長崎生まれ、小学1年生の時にはIQテストで1番となる。模擬試験では全国1位だったという。よくできた子だったんだ。それに実によく本を読んでいる。東大生の時に、原水爆反対の運動に参加し、ロンドンの「国際学生青年核軍縮会議」に、カンパを集めて参加して、ヨーロッパを半年めぐる。
学生の頃から、行動力があった。そして、お金がないので、美術館、博物館を見て回ったという。
共産党系の人が、ソ連の核兵器は平和のためにあると主張すると、反共産党系の人が、持つべきではないと激論になったという。「核抑止力」という問題は、その当時から論議していた。ある意味では、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、核抑止力はいかにもインチキくさい。抜け駆けありの世界だった。やはり、核兵器廃絶が基本だと思う。
立花隆は、キリスト教が非常に複雑な背景があり、土着宗教であるという。そんなものかもしれない。日本の真言密教の護摩のような儀式もする。青春期に、世界を見て回理、話し合いをしたことが、思想的な重層性を作ったのだ。卒論は、メーヌ・ド・ビラン(1766〜1824)デカルトの「我思うゆえに我あり」を否定して、「我意欲すゆえに我あり」をとなえた人の研究。さすが!
それで、週刊文春の編集部に就職する。物書きの訓練を受けて、再び東大に学士入学をする。
『記号論理学』のヴィトケンシュタインに衝撃を受ける。
フリーのライターとして、記事を書く生活の中で、「田中角栄研究」が始まる。
その後の活躍は、大体見えていた。それにしても、香月泰男と武満徹に入れ込んでいたとはね。
この本を読みながら、その時代の中で表象した事件を追いながら、その底流を見つめようとする姿勢は、学ぶべきものがある。
Posted by ブクログ
立花隆の自伝的エッセイ。 生い立ちから作家としての活動著作まで人生を振り返る。 生まれは長崎だがすぐに中国に渡り、帰国後は茨城、学生時代からは東京を活動拠点としていた。 東大生の10代の頃に行った欧州旅行、作家になってからの中近東旅行は、彼にとって大きな出来事だったらしい。 田中角栄研究で金脈の政治を暴いてから、一流ジャーナリストとして世間に認知され、その後も文化、歴史、科学、習俗など多くのノンフィクションを書いて一流の作家となる。晩年は、生化学や医学を書くようになるが、これは自分自身が生活習慣病の塊というぐらい無茶な生活を認識しての事だったようだ。 最後は癌、生死の話に尽きるが、どんな作家でも寿命を感じ始めるとこの話題に行き着くのだろう。昨年の夏に亡くなったが、この本を書いている時には、すでに自分の人生の最後を意識していたのかもしれない。 2冊を執筆中とのことだったけれど、出版されるのか気になる。
自分は、学生の頃に読んだ「宇宙からの帰還」が立花隆との出会いだった。アポロ宇宙飛行士の「その後」を追ったノンフィクションでとても面白かった。政治には興味がなかったので、主に科学や歴史ものを読んだ。 興味深いテーマがたくさん紹介されていて興味深かったけれど、最新研究の論文に飛びついて、時々外すこともあった。でもこれは仕方がない。彼は専門家ではないし、文献で知るしかないのだから。
Posted by ブクログ
口述筆記なんだろうな。その分読みやすい。
小学校の時に「現代科学物語」を読んで、物質が原始からできていることを知って強烈な印象を受けた。また、1949年に湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞したことの影響が大きく、理系に進んで素粒子物理学をやりたかったが、高校の進路指導の先生に「色弱だから理科には行けない」と言われたため、文科II類(文学)を選んだ。
学生時代の後半にアルバイトで技術文献の翻訳をやったことで、その後の取材の下準備として英語の学術論文や文献を山のように読む下地ができた。
大学までは小説ばかり読んでいて、大江健三郎に憧れて物書きになろうとしていたが、文芸春秋に入社し、筑摩書房の世界ノンフィクション全集を読み始めてから、ノンフィクションの世界にのめり込んでいった。
文芸春秋は2年半で退職し、東大の哲学科に学士入学したが、1969年の東大闘争が激化して授業がなくなったため退学。その頃、文芸春秋が「諸君!」を創刊したため、いろいろな頼まれ仕事をするようになった。この時に、資料を山のように並べて、あちこち取材した上、たくさんの図表も制作して記事の中にはさみ込む手法を身に付けた。事前の準備をどれだけするかによって、一流の学者に話を聞きに行った時に引き出せる話の質も量も全然違うことを学んだ。
1972年、イスラエル政府から招待ジャーナリストに選ばれた講談社の編集長が行けなくなり、代わりに行くことになった。キリスト教は、生まれた土地から周辺の文化圏に広がり伝播していく過程で、その土地に古くからある別の宗教思想と影響しあい、変わっていった。日本の真言宗も、仏教と日本土着の宗教がつながって成立した点でキリスト教と似ている。特に、密教部分の核を形成している護摩木を焚いたり、真言を唱えたりする儀式的要素は土着宗教の要素。
80年代、90年代は、角栄スクールが実質的に日本の政治を牽引した。角栄が幹事長として采配を振るった昭和44年の選挙の当選組には、羽田孜、小沢一郎などがいる。橋本龍太郎、小渕恵三はずっと田中派で、竹下登は角栄スクールの番頭格だった。
2010年発行の「がん 生と死の謎に挑む」の第1章は、NHKスペシャルのメイキング・オブになっている。この頃から、がんゲノムプロジェクトで得られた知見に基づいて、患者特有の遺伝子変異を踏まえた個別化医療の方向に向かっている。がんの理解の仕方として、主流ではなかったがん幹細胞説が正しいと認められ、各種のがんで幹細胞が次々に発見され、幹細胞説に基づく新しい治療法の導入が進んでいる。
人の寿命に一番関係を持つファクターは、両親の生きた年齢。
Posted by ブクログ
今読んでる途中。
腰巻きの写真やカバーの裏表紙側の折り返しの写真を見ると、立花さんも老けたなと言う感じはする。
少しお腹も出てるし、大丈夫かな。
養老孟司さんの方が、最近の映像を見ても、若く感じる。
まるロスを克服するのは大変だろうと思うけど・・・。
閑話休題
本書は、立花隆版の私の履歴書だと思う。
多分、日本経済新聞の看板記事の一つである
「私の履歴書」
にはまだ書かれていなかっと思う。
よって本書は、そのスタンスで読むべきで、
一気に読むのもいいが、一章単位で読んでいっても良いだろう。
立花さんといえば、猫ビルを連想する。
色々な媒体でと紹介された。
臨死体験などはNHKなどでも、特集番組を組んでいた。
あの頃が一番油の乗り切った時期だったかも知れない。
本書では、立花さんの生い立ち、自慢話?も一緒に楽しみましょう。
まゆっくり読みます。
第2章までは読みましたよ。
第12章まであるので、おいおいと。
本書は、2020年1月に発売されているので、コロナ禍の洗礼は受けていない。
【追記】
6月23日、立花隆さんが4月30日に亡くなっていたことが、報道された。
本書は何となく立花隆さんの遺書のような趣がある。
さういう気持ちで本書の続きを読むのを始めよう。
合掌
本書を読んで立花隆は、身の回りの女性差別・軽視というか、女性に対してクール、冷たいという様な印象を得た。
色んな女性と同棲してきたし、何回か離婚再婚した様な記述もある。
別の媒体で、我々世代は女性差別が当たり前とも言っているので、実際そうなんだろう。
本書を読んで残念だったのは、そこら辺だ。
Wikipediaにはそこら辺記述がない。
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