辻田真佐憲のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「あの戦争」という代名詞を使った言葉でわざとぼかし、あえて「太平洋戦争」「大東亜戦争」「十五年戦争」などと言わずに、「あの戦争」がいつ始まったのか、なぜ始まったのか、読者に考えてみろと迫ってくるような本。
今を生きる僕は、「あの戦争」のことを正確に知らないと思う。なぜならば、この本を読んで知ったことも数多くあり、当時の人々がその時、どう考えたのか想像する。
当時の世の中の雰囲気は、今では体感できない。今の感覚で当時を振り返っても正確に体現することもできない。「このまま座して死を待つより、死中に活を求めよう」という選択をなぜしたのか。
列強がこぞって地球上の資源を力によって確保していた時代。 -
Posted by ブクログ
昨今の政治状況。
世界で続く戦争状況下で
平和を願う思い。
そのために今こそ
「あの戦争」について
改めて知るべきだ。
トランプ大統領2.0のありよう。
高市総理の誕生。
ウクライナ、パレスチナなど
世界各地で続く戦争。
そうした状況下で
切に平和を願い、
日本のこれからを
考えようとすると、
どうしても「あの戦争」に
立ち返らざるを得なくなる。
なぜなら、
反戦を訴えるなら、
その反証として
あの戦争への反省なり、
各自の思いが問われることになる。
なぜなら、
日本の現在のありようは、
短期的な視点で言えば、
あの戦後から始まったからだ。
もっと長期的視点に立てば、
明治維新から考 -
Posted by ブクログ
自分の歴史・戦争に関する認識が、いかに曖昧かを痛感しました。戦争関連本への堅苦しいイメージもありましたが、読んでよかったと思えました。とても読みやすく、幅広い観点から論じられていて勉強になりました。
そもそもの「あの戦争」とは何を指すのか、その起点の多様な解釈、呼称の背景、因果の過程で防げたのでは?というタラレバは、今だから言えるのですね。歴史の事実を詳細に辿り直すことで、見えてくる実情がありました。
一部分を切り取って、善・悪や加害・被害の二項立ての議論は不毛ですね。人の歴史観・価値観で受け止めが大分違います。著者が直接アジア諸国を訪ね、あの戦争の捉え方がまちまちである説明は、とて -
Posted by ブクログ
石破首相が戦後80年談話を発表し、改めて「あの戦争」を振り返る。日本人にとって、終戦は1945年8月で明確であるが、戦争がいつ始まったのかについては解釈が別れる。明確な宣戦布告については1941年の対アメリカ太平洋戦争のみであるが、それ以前に日中戦争が実質的に始まっており、さらに1931年満州事変にまで遡って15年戦争と呼ぶ人もいる。
そして戦争責任への反省謝罪一辺倒だった戦後談話についても変化がみられる。とくに中国に対しては、好戦的だったのはむしろ蒋介石側だったという見解が近年明らかになってきており、また日本内部でも陸軍や海軍、軍政や軍令など複雑に入り混じった軍部が一枚岩になっていたわけで -
Posted by ブクログ
歴史とは現在からの解釈である
人が正しい道を進んでいるのであれば、過去の人類よりも現在の人類の方が正しい選択をしているはずだと思う。ロシアとウクライナは戦争をするし、中国の台湾侵攻もきな臭い。人を傷つけるという行為は、人の正当な行為なのかとも勘繰ってしまう。
戦時中の東條英機の外遊も知ることができたことは劣勢の日本という印象があったので意外な感じがしました。また彼への印象がヒトラーと比べると独裁者の主体性とは違和感があると感じましたが、それが日本では、主体が存在しないという言葉で納得できる部分もありました。
世界各国の歴史問題への認識の違い、とりわけ中国の歴史を展示する資料館なとが過度に反日 -
Posted by ブクログ
戦後80年、今こそ問い直す「私たちにとっての戦争」とは。
「日本の過ちばかりを糾弾することでも、日本の過去を無条件に称賛することでもない。過ちを素直に認めながら、そこに潜んでいた“正しさの可能性”を掘り起こす、言い換えれば「小さく否定し、大きく肯定する」語りを試みることである。それこそが、われわれの未来につながる歴史叙述ではないだろうか。
本書は、そのようにしてあの戦争を現在につながる大きな流れへと接続し、「われわれ」の物語を創出するための試みである。」 ――「はじめに」より
まさに、読みたいと思ったきっかけは、この帯に集約されている。
戦後80年の節目の年に、多くのYouTub -
Posted by ブクログ
中盤は中国・アジアの戦争博物館・近現代博物館を探訪記なのだが、これはその国々の捉え方を知ることができることを気付かされということが紹介されていてよい。
第五章の、あの戦争はいつ「終わる」のか、に著者の思いが業種されていて、じっくり読みたい章である。
歴史記憶の「風化」と「上書き」は、時代が変われば起きるのであろうが、その前に、いまもってしっかりと研究されていない、日本のアジア・太平洋戦争の捉え方についてさらに明らかにしていってほしい。そして、われわれ一般人にも「あの戦争」は何だったのか、を考えるきっかけを提供してほしいと、切に思いました。この本はそれを自分自身が考えていく材料となりました。 -
Posted by ブクログ
いわゆる「太平洋戦争」とか「大東亜戦争」などと呼ばれている「あの戦争」について、右でも左でもない中道の立場から語っている(語ろうとしている)1冊。
興味深い内容だったが、特に印象的だったのは以下の3点。
東條英機はよくヒトラー、ムッソリーニと並列に語られるため独裁者に近いイメージが強いが、実際にはいくつもの組織の調整に奔走する必要があり、独断専行ではほとんど何も決められなかったこと。
アメリカの国立の戦争博物館は、アメリカの正しさだけでなく過ちについても展示をしていること。
あとがきの内容になるが、エンタメ的な歴史観を完全に否定するのは誤りであること。
毎年8月には読み直したくなる1 -
Posted by ブクログ
「戦前」とはなにか。
僕が受けた、あまり質が良いとは思えない左派小学校教育などでは、「悪い偉い人たちに騙されて、狂っていた時代」的に教えられたように思う。
開国、明治から先の大戦と敗戦から現在。
大体同じ時間が流れた今、戦前とはどのような時代だったか。
改めて考えると。
単純な整理はできないものの、東アジアの端でそれなりにそこに住むもの達を現在までなんとか届けるために、指導者もそこに従うものも様々な努力を重ねてきたんだな、と思った。
そうは言っても、詐術的な指導もあっただろうし、激情的な熱狂に流され、狂ったこともあっただろう。
時代と場所。
人は自らの身体を選んで生まれることもできない -
Posted by ブクログ
戦前とはなんだったのか。明治政府が国を統治する為に使った天皇家の万世一系の物語。そこから八紘一宇、国体の本義へ、さらにエスカレートして世界征服まで知識人までが言い出した物語。国をまとめるのために物語は必須であるし、物語のない国民国家はあり得ない。ましてや西洋列強の帝国主義が牙を向く世界の中で日本が生き残るために必要な物語だったともいえよう。
当時の国の指導部はそれぞれの考えで必死で日本を守ろうとして破滅なんて求めてなかったはずだが、結果的には破滅に向かった。
現代に生きる我々は知恵に変えないといけない。
政治家やメディアもそれぞれの立場で国の方向を述べる。当然本気で国の将来を憂いての人も多い -
Posted by ブクログ
知らなかったことをたくさん知ることができた。戦前の日本。天皇を崇めることで、心のなかでは無茶だとわかっていても、それを無理やりに正当化して。そうやって命を失っていったのは、「八紘一宇」(世界を天皇のもとに一つの家にする)などとうたっている上層の人ではない。まだまだ未来のあった青年や大人たちだ。
君徳(主君としての立派な行ない)の結果の「万世一系」だったはずなのに、「万世一系」を維持するために暴政が行われるという逆転が生ずる。
「世界制覇」なんて言葉が出てくるのもびっくりだ。世間を知らなすぎる。
正直なところ、よくここまで回復したなと思う。
それは平成天皇や皇后のお力が大きかったのではないかと思 -
Posted by ブクログ
戦時下における様々な「たのしいプロパガンダ」、つまりエンタメの皮をかぶったプロパガンダを紹介している本。
音楽、映画、ラジオ、アニメなど、多種多様な媒体で熾烈なプロパガンダ合戦が行われたことが分かる。
この本からの重要な学びは2つある。
①
銃を突きつけて強制するようなプロパガンダは、反発を生むだけで恐ろしくない。
しかしエンタメを楽しんでいるうちに、知らず知らずのうちに誘導されてしまうようなプロパガンダは恐ろしい。
②
そして、そういったプロパガンダを見抜くことは非常に難しい。
だからこそ過去の歴史から学ぶことが大切だ。
どちらも今の時代に必要な心構えだ。
現代でプロパガンダを