王谷晶のレビュー一覧
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『御神籤ブック』3冊目。
自己肯定感爆上がり。
めちゃくちゃ爽快、面白い。
女性のカラダについてのエッセイだけど、男性にも是非手に取ってもらいたい。
なんなら思春期頃の全ての若者にお勧めしたい。学級図書とかに置いもらいたいレベル。笑
ティーンの頃にこの本に出会ってたら、もしかしたら、もうちょっと悩まずに大人になれたかも。
いや、悩みもがきながら大人になったのも、今となってはいい思い出なのだけれど。
"自分"が揺らいだとき、こんなんじゃダメだと責めたくなったとき、他人の心ない言葉に傷ついたとき、どうにもこうにも外の景色が真っ暗になってしまったとき、とかに、何度でも読みたい。
ありがとうございました。
2019年に刊行された単行本『どうせカラダが目当てでしよ』を、改題・加筆の上、文庫化したもの。 -
Posted by ブクログ
『ババヤガの夜』の王谷晶さんのエッセイ!
おもしろすぎて1時間もしないで読み切ってしまった。内容が「そうだそうだー!」とか「もっと言ったれー!」というような内容で、本当に自分も含め世の女性はなんちゅー無理難題を強いられているんだとうんざりもした
うんざりした瞬間に王谷さんのエッジの効いたパワーワードがそれを蹴っ飛ばしてくれる
病院の待合室で読んだのだが、笑いをこらえるのに必死でわざと咳払いをしたり、頬の内側を噛んだりした
人間の、とりわけ女性の身体の持ち主はもちろんその女性自身なわけでどうであろうが他者や社会にジャッジされる必要はないわけであって、すごくパワーをもらえるエッセイだった
文章がおもしろすぎる⋯ -
購入済み
最初読み始めた時には、こんな暴力的な話私が楽しめるか…?と若干引き気味でしたが、三分の一過ぎたあたりから猛烈にハマり始めました。とにかく読者を飽きさせない、立ち止まらせない、怒涛の展開で、最後にミステリー展開が暴露された時には、そうだ、これダガー賞取った本じゃん…と我に返ったくらい、夢中で読んでました。強い女、かっこいい女、芯が強い女、そういったキャラクターが好きな人なら面白く読めるはず。
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Posted by ブクログ
ネタバレ本当にどの短編もよかった。王谷作品の恋愛は、自分が相手を好きすぎて困るとモダモダしたり、相手が自分のことを好きになってくれるだろうかとモヤモヤすることはあっても、人を好きになることに真っ直ぐなので気持ちがいい。
多分登場人物たちが自分の気持ちに常に正直なんだと思う。一般的な考えでは、不道徳で非常識で恥ずかしいようなことを思っていても自分にも誤魔化さないので、心と頭と体がつながっている健全さを感じる。王谷作品のこういうところすごく好き!
あとデティール組み方が怒涛で多彩。まずいのど飴の表現が「十円玉と雑草とユンケルとフリスクを混ぜたような味」という畳み掛けで、そのまずい味の感じ、舐めてないけどわかるよね……。三重、四重と重ねたデティールはお手のもので、どの短編にもハッとする表現がいくつもあるので読んでいて本当に楽しい。
以下、話がしたくなる短編。
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「ばばあ日傘」
これはみんな好きですよね!?冴えなくて鈍臭いご令嬢と、美人で頭がよくて口が悪い女中さん。
女中さんはご令嬢の家の使用人の家系に生まれて、ご令嬢のお友達役から大人になれば女中として仕える境遇にずっと不満がありご令嬢を嫌っているけれど、もう本当に素直じゃないシスターフッド!
運命を共にする系です。ずっとお嬢様の悪口言いながらお世話するんでしょう……。
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「Same Sex,Different Day.」
同性間で性関係を結ぼうとしたとき(いや異性間でもあるかもしれませんが)発生するタチネコ問題ですが、これ不運にもお互い一致している場合、どう折り合いをつけるのか(つかないのか)というところがとてもリアルでした。
というのが、商業BLでは葛藤はあれど大体どっちかが折れて結ばれる展開がお約束なので、どれだけ相手のことが好きでも、そこを折り合うことはできず別れるというところに現実を感じました。
性の不一致って恋愛成就に至るまでのスパイスではないし、相手への愛の証明でもないし、個人アイデンティティに関わるので深刻な問題だよなあと。
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「北口の女」
これもみんな好きじゃない?!?薬物問題で芸能界を追われた大物演歌歌手とその付き人と歌手の原石女の三つ巴で、地獄に行ける人と行けない人のお話。どうしても地獄に一緒に連れて行ってほしかったあの最後の叫び!ぐるっとひっくり返る仕掛けもありとても好きなお話。泣いた。
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「しずか・シグナル・シルエット」
女性が女性を好きになったとき、ライバル(男)にライバル認定されないというつらさを出してくるこの視点!いやなるほどなと思いました。
雑貨屋の可愛い女性店長さんを狙う二人の女が、どちらも破れるんだけれど、「恋のライバルにライバル認定されたのは初めて」と酒を飲む最後は、ライバルではあったんだけれどほのかな連帯があって、よかった。
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「姉妹たちの庭」
いやー!グロかった!もう誰も住んでいない惑星で、女性型の性処理アンドロイドだけが稼働していて時折迷い込む男の相手をプログラミング通りにしている。
またこのアンドロイドが、年齢別に子ども・10代・20代ぐらいの3台が稼働していて、つまりそれってそういうことじゃん……?
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「だがその速度は」
「あなたのこと考えると無駄になる」
これはどちらも、能率・合理主義で無駄を嫌主人公が、無駄を愛する女に出会って恋に落ちるお話。
「だがその速度は」では、新店舗の開店シュミレーションの役になりきることで段々と自分を取り戻し、恋に落ちるのがいい(ただしこの女は食えない感があるので成就するかは不明)
「あなたのこと考えると無駄になる」では無駄を愛する靴職人に反発するけれど、色々と試した結果かっこ悪くても「靴が作りたくて……」と訪ねて行くの本当にいい。自分で訪ねて行くのがいいんだよ……!
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「カナちゃんは足が無い」
「北口の女」と同じ徹底的な献身を捧げる女が出てくる。足の無いカナちゃんに下女のように尽くす主人公。どんな無茶を言われても「はい」と言って要望を叶える。
このカナちゃんが苛烈。多分主人公のことが好きで気を引きたくて滅茶苦茶なことを言っているのに、主人公が全部「はい」と言うから無茶がエスカレートしているように見える。
だから本当は望んでいないことでも、主人公が「はい」と言えば引っ込みがつかなくなるんだろうけど、でも吐いた唾は飲まないし、主人公をちゃんと地獄に連れて行くし手放す気もない。あのシーンで手を握らせるのは本当に強烈だった。
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「タイム・アフター・タイム」
大人になるって、大人になるってそういうことだよ!!!子どもの頃に怯んでできなかった選択肢を選べるってことなんだよね。
「友達になって!」というたった一言。子どもの頃には言えなかったけれど、これが言えるようになったなら大人になった甲斐があるってもんよ。
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女だから感じさせられる理不尽な話や、女がするのはタブー視されているセックス話など、ここには上げなかったけれど、女として生きているとぶつかる様々な壁の話が収録されていてとても面白かったです。
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Posted by ブクログ
「余談だが私は女と寝る女、つまりレズビアンなので、自分以外の乳とも幾度か対峙してきた。基本的に大きな機能は変わらない肉体同士なので、当然相手も乳の肉と腹の肉の感覚に大差はないことを知っているが、それでも「揉んでもよし」と言われると興奮と共に揉んでしまうのは、私の脳内にもまだ剝がしきれないおっぱいレッテルがあるのだなと忸怩たる気分になる。毎回。無為を極めるのも難しい。ちなみに相手もだいたい「人のはやっぱり揉んでしまう」と言う。「肉を揉まれたところでなあ……」と思っている同士が揉みあっているわけで、この行動はあまりにややこしいので「人の業」というフレーズで片付けておきたい。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「最近も、坊主の似合うとってもお洒落な友人が髪型と己のジェンダー観やセクシュアリティを他人に一方的に紐付けられて立腹していた。短い髪は女性性の放棄と勝手に受け取られてしまうことがある。逆に長い髪は「女」の記号によく使われる。宣言してもいないことを、髪の長短で判断され言ったことにされてしまう不気味さ。ちょっと古い小説や映画なんか見ると、長髪にしてるだけで男も「あいつは女みてえだ」とか言われたりしている。そんな、髪の長い短いでジェンダーを振り分けるのはあまりにも雑じゃないか。北欧あたりのいかついメタルバンドのおっちゃんたちは「女子」なのか。戦国大名もみんな髪長いで。坊主ヌードで物議を醸した井上晴美はどうなる(古いねどうも)。一部の他人(しかも女限定)の髪に対する過剰な妄執や陰謀説なみの勘ぐりは見ているとたまに怖くなる。髪で他人の内面をはかるな。ちゃんとコミュニケーションをとってくれ、言葉で。もしくはほっとけ。髪だけに。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「 私のために髪を伸ばせと言うのは、俺のために指を詰めろと言っているのと本質的にあんまし変わらない。大げさに聞こえるかもしれないが、大げさに言うとそういうことなのだ。そんなこと言うのもやだし、言われる立場になっても、なんかやだ。別に髪を伸ばしたり切ったりするのなんてわけもないことだけど、それでも自分の身体の一部だ。誰かのために変えるのは、つらい。相手が恋人でなく校則や社内規定でも同じ(もっとやだよね)。そういう意味で、髪に命は宿ってると言えるかもしれない。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「余談だが足にアレなコンプレックスがある。何がアレかというと、おっきいんです、あたし……。女性ものの靴を売ってる店に行くと分かるが、一番目に入りやすい、手に取りやすい棚に並んでいるのは 23 ㎝~ 24 ㎝の靴。マイサイズ、 25・ 5 ㎝。たいしたことないじゃんと思うでしょうが、問題はタテではなくヨコ、足の幅と甲の高さなのだ。知っ得豆知識:足の親指と小指のラインにメジャーを巻き付けてぐるっと測ったサイズを「ワイズ」といい、小さい順から ABCDE、 E E、 EEE…で表記される。で、一般的な日本人女性のワイズは「 E」らしいのだが、私はこれが「 EEEEE」、 5 Eあるんですね。 5。クインテットですよ。当然普通の店では足が入る商品がなかなか見つからず、長年通販でバクチのように靴を買っている。三回に一回は坊主を引く。いつか巨万の富をゲットしてクリスチャンルブタンとかジミーチュウとかで 5 Eの人を殺せそうなピンヒールをオーダーメイドするのが目下の夢である。もちろん、それを履いた日は一日十五分以上歩いたり立ったりしないで優雅に過ごす。おそらく家から歩いて二分のホルモン焼き屋などに行って終わると思う。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「実家で暮らすアラウンド古希の母が最近着物にハマっている。と言っても私の千倍くらいアグレッシブでアナーキーな人なので「凜としたニッポンの淑女」的風情は一切なく、ブーツやらベレー帽やらハデなアクセサリーなんかをコーディネートし相当フリーダムに遊んでいる。「この歳になるとあらゆる掟破りが許される」と古希パワーをフルバーストさせ今日も自撮りに勤しんでいるが、確かに、私も十代の頃よりはアラフォーの今のほうが着ている服もファッションに対する考え方も自由になった。いやあ大人って楽しいなあと己のモヒカン頭の伸びかけ部分をしょりしょり撫でつつしみじみしていたら、 Twitterで何かが赤々と燃えているのが目に入った。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「基本的に、趣味でも服でも自分の好きなように好きなことをしていると、それが好きな人が自然に集まってきて結果ハッピーになるが、誰かや何かに合わせようと頑張ると、頑張っただけ他人を自分の意のままに操りたい願望を持つヤバい奴に目をつけられやすくなる。つまり「清楚、まじめ、普通」に見えるコンサバ趣味は決して無難なのではなく、そのガワに引き寄せられて近付いてくるヤバい奴とも渡り合える肝の据わったモンスターハンターこそが着こなせるファッションとも言える。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
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Posted by ブクログ
ネタバレ色んな家族のお話。短編小説。
一つ一つが完成されてる感じがして、良かった。
読みやすいし、面白い。
今、話題の「ババヤガの夜」の作者さんだったのか!
って読み終わってから気づいた。
迷ってたけど、ババヤガも読んでみようと思った。
・同棲しているビアンカップルの日常と結婚考察のお話。
・年上彼女とその息子君との出会い。そして、これからの杉井くんのお話。
・タイムリープしてバイト仲間だった子を助ける主婦のお話。
・普通でいたい男子高校生の友情と生活、YouTuber?の実父の謎のお話。
・死んだ父親の家の片付けと、生前の人となりが見えてこない父に、思う事がある子ども達のお話。 -
Posted by ブクログ
2019年に発売された『どうせカラダが目当てでしょ』を改題・加筆した文庫版です。
あとがきで著者が、「どうっすか、世界。ちょっとはマシになってますか」と問いかける部分がありますが、回答としては「いや、この本全然まだまだ賞味期限ありそうです」といったところでしょうか。
女性の肉体をパーツごとに(声、顔、目、足、爪など)論じたエッセイを集めたものですが、主軸となっているのは社会から押しつけられる「女性」についてです。
足に履くストッキング、ネイルアートに向けられる歪な視線、髪型に投影される恋愛模様、「女性はいい香り」の勝手なイメージなどなど、本を持ったまま頷きすぎて首が痛いくらいの話が大盛りになっています。
(ちなみに私は、スーパーマーケットですれ違った見知らぬ爺さんから、「女はクサイなぁ!」と大声で言われた経験があります……凄いびっくりした)
裏を返せば、男性も「甘い物を食べない」とされた時代があって(今や古い話ですが…)、「男らしさ」「女らしさ」を定義することって、いったい誰が得をするためのものだったんだろう? とさえ思わせられます。
服装から始まり、趣味、食べ物、性格、声、果ては匂いまで、「男はこう」「女はこう」という紋切り型に当てはめ、そこからはみ出したものを叩くという構図は、現代から思えば本当に滑稽(だし誰も得をしないもの)でしかありませんが、残念なのは今現在もひっそりと、そういった価値観が生き延びていて、ふとした瞬間に顔をだすところ。
よくよく考えてみれば、確かに現代は2019年当時と比べればジェンダーレスに寛容な世界にはなりましたが、未だに男女がコーヒーとカフェラテを頼めば女性側にカフェラテが置かれる、みたいな現象も良く聞きますし、香水だって男性用と女性用がありますよね。
その垣根は低くすることはできても、完全になくなることはないのかもしれません。
男女ともに、一度は読んでゲラゲラ笑い、その後じっくりと考えていただきたい一冊です。 -
Posted by ブクログ
君の六月は凍った。すごい、すさまじい。
これは、恋…?ラブレター?熱烈な 性愛と友愛のあわいの、えもいえぬ感情が描かれている。
依存と自立、内と外(弁慶)の、ああこの感じすごくわかる…!(私は甘えたの方なので)そしてこの、居心地のわるさというか、いたたまれなさというか。あなたの知る私は半分だけ、と言った、ダーシー(ハートストッパーS2)だ、これは。いろいろと、ほんとうにいろいろと無限に、妄想してしまう。感情が…推しカプすぎる…バッドだけどグッドな。
誰もが持っていて、奥底に、忘れ…たくてしまっているような、こう、隠したい、後ろめたい記憶のような、でも穏やかで、フラッシュバックするようなものではなくて…そんな思い出とも呼べるかわからない思い出をくすぐられた。あああ…
そして満を持して、ベイビー、イッツ・お東京さま。これは…私、か…?以前これは私小説だと書いてらして。こんなに曝け出し…とも違う、素直に?描けるものなのだ、と、王谷さんの筆力をに圧倒された。生きづらさ、っていうともうその言葉で片付いてしまうのだけど、違うんだよ〜(違くはない)本当にこう、なんか噛み合わないというか、ここじゃないどこかがこれじゃない何か別の選択肢があったんじゃないかとか、後悔とか不安とか、全部全部感じてることがリンク…共鳴して、辛いけど笑っちゃう、ような。個人サイト、相互リンク、拍手返信反転の全部ぜんぶ、もう、なんていうの、気恥ずかしさてんこもりで、にっこり。もうこの私の括弧いっぱい使っちゃう感じ。永遠にこう。