あらすじ
私は私を全肯定!髪は美しく、カラダはほっそり、爪は短くキレイに、子供は早く産んで……女のカラダにかけられた呪いを解く爆走エッセイ(『どうせカラダが目当てでしょ』改題)。文庫版書き下ろし収録。
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Posted by ブクログ
『ババヤガの夜』から好きになったけれど、小説だけじゃなくエッセイも死ぬほど面白いのなんなんだろう!?????
やっぱり王谷晶さん大好きだ。どこまでも社会が求める規範をコケにしてエンタメに昇華できる豪快さが良い。
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ共感の嵐…!と思ったら、著者同い年だった
同じ時代の空気を吸って生きてきたんだなと感慨深い
この本が書かれた頃と比べてどうだろう
良くなっただろうか?
文庫版あとがきにも書かれていたけど、酷くなったところもあるように思う
そしてなんだか最近はもっと酷くなりつつある
これからも著者にはガンガン火炎瓶を投げてほしいし、一緒に投げることはできなくても火炎瓶作るぐらいのサポートはしたい
Posted by ブクログ
いろいろと属性が似ているけれど圧倒的な才人の冴えた文章を読めるのはうれしいことだ。ユーモアたっぷりに、忌憚なくごまかさず、いま日本で女の体で生きていくことを語っている。みんなに読んでほしいけれど人に勧めにくいなあ。
Posted by ブクログ
ダガー賞受賞の王谷晶による、
カラダにまつわるエッセイ。
最高過ぎて半年空けて、2回読んだ。
最初はそうそうそうなのよよく言語化してくれたわといった共感、言い回し天才!、ヲタク要素にクスクス、的な感想を持った。
でも2回目はメッセージが刺さりまくって、メモをしたくらい。
身体のパーツごとに書かれてるのだけど、
最初の『乳』が秀逸。
私の体は私だけのものだ。
というメッセージが1番詰まってる気がする。
頼んでもないのに評価に晒される。
レッテルを貼られる。
そうそうそうそうそうそう!!
これを読んで、我がコンプレックスの肉の塊も、確かに相棒に思えてきた、というか。
あと『肌』の章の、この一文も最高。
『肌を出せ(スケベ目的のため)と、肌を出すな(スケベなのはいけません)を、左右のサラウンドスピーカーでがなられながら成長するのがニッポンの女だ』
いや本当に。
あと『表情』の喜怒哀楽もいいね。
『無理して笑わなくていい。
ガンガンに怒っていい。
いつでも泣いていい。
そしてラクになっていい。』
上司や同僚のセクハラ発言を(無理矢理)笑って流していた自分に教えてあげたかった。
次回から真顔で睨もう。そして誰かの見た目を公然とイジる場面に遭遇したら、ため息をつこう。
若い女子が生きやすい社会は、
若い男子もLGBTにも生きやすいのでは。
いま悩んでる子たちに届くといいな。
そして大事なことは娘たちにも教えてあげよう。
あとがきも最高でした。
他の本も全部読みたい。
Posted by ブクログ
ごく簡単に言うと、面白い。エッセイが真骨頂だろうか?エッセイを読んでから小説を読んでほしい。もしくは是非とも両方読んでほしい。圧倒的に作品を楽しめます。
Posted by ブクログ
ババヤガの夜が想像以上に面白かったのでその勢いでこちらも読んでみた。
やっぱり面白かった。
ところどころは声出して笑った。
王谷氏と同じくシスジェンダーの不健康で健康な中年の1人として、いろいろ頷きすぎ。
生きてるだけでレジスタンス。いい言葉だと思う。
何かと煩わしいことの多い世界だけど、とりあえずこの肉体を乗りこなして死ぬまで生きていこうと思った。
Posted by ブクログ
言いたいこと言ってくれてる感じが良かった。
体育祭サボって『覚悟のススメ』読んでたとこに吹いた。
アンチ、ネイルアートの人たちへの返しが爽快だった。
あとがきにあったけど、社会に火炎瓶を投げてくれたエッセイだと思う。
途中にあった『フライド・グリーン・トマト』を近々観てみたい。
Posted by ブクログ
読み始めは面白いな〜と思って軽く読んでいたけど、読み進めるうちにこれただ面白いんじゃなくて、普段思ってた女性としての生きづらさをすごくポップに表明してくれてる…!となって一気読み。
怒についての章は特に好き。怒っていいって確かに知らなかった。この本が中高生の女の子にも届けばいいと思う。
Posted by ブクログ
最高。特に「顔」シリーズがお気に入り。
めちゃくちゃ勇気をもらった。
泣いた。
王谷さんがありのまま表現し続けてくれることがこんなにも私に力を与えてくれるんだから、やっぱり誰もがありのままで抑圧されることなく力を発揮できる世の中がいい。
Posted by ブクログ
文章がリズム良く勢いもあるけど、どこか許してくれているような絶妙な距離感が好き。
かなり恵まれた環境(この表現もおかしいが)とルッキズムに浸りきって生きていたのですんごく共感というわけではないが、色々な問題(野郎)が爽快にぶった斬られていく様は心地よかった。
まじで、いい世界になってほしい。
もう少し他人に無関心な世界に。
Posted by ブクログ
私は30歳の会社員で男性の多い職場だ。
上司(男)に飲み会で肩を抱かれたり、頭をたたかれたりされたこともある。胸が小さいと言われたこともある。
すごくすごく嫌だったけど、笑って過ごしてた。場の空気を読んでた。
でもそのときにもしこの本を読んでいたならば、「嫌です」とか「不快です」と言えたと思う。
この本を読んで、私は怒ってよかったんだって知れた。
私のカラダは私のものなので、誰かに脅かされると腹が立つ。
私だけの愛するカラダで私でしか愛せない。
そんなメッセージを感じた。
総じてユーモアと強さとエネルギーをもらった。この本を読んで本当に良かったと思う。
私が今後、嫌な気持にさせられたらギャングスタラッパーのような渋い表情で「はぁ?????」ってちゃんと言おうと思う。ウンコ人間どもに。
2026/6/17
再度読みました。
やっぱり元気もらえるよね〜。
現在、妊娠中のわたしに対し会社のおっさんが「太ったね」「大きくなったね」「何キロ太ったの?」。
それに対して怒りと悲しみを感じてたので、無意識に取ってたんだと思う。
わたしの体はわたしの体。
愛してるわたしの体を何人も評価すべきでない‼️
Posted by ブクログ
『御神籤ブック』3冊目。
自己肯定感爆上がり。
めちゃくちゃ爽快、面白い。
女性のカラダについてのエッセイだけど、男性にも是非手に取ってもらいたい。
なんなら思春期頃の全ての若者にお勧めしたい。学級図書とかに置いもらいたいレベル。笑
ティーンの頃にこの本に出会ってたら、もしかしたら、もうちょっと悩まずに大人になれたかも。
いや、悩みもがきながら大人になったのも、今となってはいい思い出なのだけれど。
"自分"が揺らいだとき、こんなんじゃダメだと責めたくなったとき、他人の心ない言葉に傷ついたとき、どうにもこうにも外の景色が真っ暗になってしまったとき、とかに、何度でも読みたい。
ありがとうございました。
2019年に刊行された単行本『どうせカラダが目当てでしよ』を、改題・加筆の上、文庫化したもの。
Posted by ブクログ
『ババヤガの夜』の王谷晶さんのエッセイ!
おもしろすぎて1時間もしないで読み切ってしまった。内容が「そうだそうだー!」とか「もっと言ったれー!」というような内容で、本当に自分も含め世の女性はなんちゅー無理難題を強いられているんだとうんざりもした
うんざりした瞬間に王谷さんのエッジの効いたパワーワードがそれを蹴っ飛ばしてくれる
病院の待合室で読んだのだが、笑いをこらえるのに必死でわざと咳払いをしたり、頬の内側を噛んだりした
人間の、とりわけ女性の身体の持ち主はもちろんその女性自身なわけでどうであろうが他者や社会にジャッジされる必要はないわけであって、すごくパワーをもらえるエッセイだった
文章がおもしろすぎる⋯
Posted by ブクログ
ババヤガの夜であまりにも圧倒されたので、エッセイも読んでみようかと手に取ったらこちらもおったまげた。こんなに怒ってるのにこんなに笑えるエッセイあっていいんですか?それでいて考える部分も多く、ストレートな物言いにジンと来て時々泣きそうになってしまう。ネイルアートに文句を言う人に対して「100均の除光液でも飲んでなさい」という返答は大爆笑してしまった。本当に最高でした!
Posted by ブクログ
「余談だが私は女と寝る女、つまりレズビアンなので、自分以外の乳とも幾度か対峙してきた。基本的に大きな機能は変わらない肉体同士なので、当然相手も乳の肉と腹の肉の感覚に大差はないことを知っているが、それでも「揉んでもよし」と言われると興奮と共に揉んでしまうのは、私の脳内にもまだ剝がしきれないおっぱいレッテルがあるのだなと忸怩たる気分になる。毎回。無為を極めるのも難しい。ちなみに相手もだいたい「人のはやっぱり揉んでしまう」と言う。「肉を揉まれたところでなあ……」と思っている同士が揉みあっているわけで、この行動はあまりにややこしいので「人の業」というフレーズで片付けておきたい。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「最近も、坊主の似合うとってもお洒落な友人が髪型と己のジェンダー観やセクシュアリティを他人に一方的に紐付けられて立腹していた。短い髪は女性性の放棄と勝手に受け取られてしまうことがある。逆に長い髪は「女」の記号によく使われる。宣言してもいないことを、髪の長短で判断され言ったことにされてしまう不気味さ。ちょっと古い小説や映画なんか見ると、長髪にしてるだけで男も「あいつは女みてえだ」とか言われたりしている。そんな、髪の長い短いでジェンダーを振り分けるのはあまりにも雑じゃないか。北欧あたりのいかついメタルバンドのおっちゃんたちは「女子」なのか。戦国大名もみんな髪長いで。坊主ヌードで物議を醸した井上晴美はどうなる(古いねどうも)。一部の他人(しかも女限定)の髪に対する過剰な妄執や陰謀説なみの勘ぐりは見ているとたまに怖くなる。髪で他人の内面をはかるな。ちゃんとコミュニケーションをとってくれ、言葉で。もしくはほっとけ。髪だけに。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「 私のために髪を伸ばせと言うのは、俺のために指を詰めろと言っているのと本質的にあんまし変わらない。大げさに聞こえるかもしれないが、大げさに言うとそういうことなのだ。そんなこと言うのもやだし、言われる立場になっても、なんかやだ。別に髪を伸ばしたり切ったりするのなんてわけもないことだけど、それでも自分の身体の一部だ。誰かのために変えるのは、つらい。相手が恋人でなく校則や社内規定でも同じ(もっとやだよね)。そういう意味で、髪に命は宿ってると言えるかもしれない。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「余談だが足にアレなコンプレックスがある。何がアレかというと、おっきいんです、あたし……。女性ものの靴を売ってる店に行くと分かるが、一番目に入りやすい、手に取りやすい棚に並んでいるのは 23 ㎝~ 24 ㎝の靴。マイサイズ、 25・ 5 ㎝。たいしたことないじゃんと思うでしょうが、問題はタテではなくヨコ、足の幅と甲の高さなのだ。知っ得豆知識:足の親指と小指のラインにメジャーを巻き付けてぐるっと測ったサイズを「ワイズ」といい、小さい順から ABCDE、 E E、 EEE…で表記される。で、一般的な日本人女性のワイズは「 E」らしいのだが、私はこれが「 EEEEE」、 5 Eあるんですね。 5。クインテットですよ。当然普通の店では足が入る商品がなかなか見つからず、長年通販でバクチのように靴を買っている。三回に一回は坊主を引く。いつか巨万の富をゲットしてクリスチャンルブタンとかジミーチュウとかで 5 Eの人を殺せそうなピンヒールをオーダーメイドするのが目下の夢である。もちろん、それを履いた日は一日十五分以上歩いたり立ったりしないで優雅に過ごす。おそらく家から歩いて二分のホルモン焼き屋などに行って終わると思う。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「実家で暮らすアラウンド古希の母が最近着物にハマっている。と言っても私の千倍くらいアグレッシブでアナーキーな人なので「凜としたニッポンの淑女」的風情は一切なく、ブーツやらベレー帽やらハデなアクセサリーなんかをコーディネートし相当フリーダムに遊んでいる。「この歳になるとあらゆる掟破りが許される」と古希パワーをフルバーストさせ今日も自撮りに勤しんでいるが、確かに、私も十代の頃よりはアラフォーの今のほうが着ている服もファッションに対する考え方も自由になった。いやあ大人って楽しいなあと己のモヒカン頭の伸びかけ部分をしょりしょり撫でつつしみじみしていたら、 Twitterで何かが赤々と燃えているのが目に入った。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
「基本的に、趣味でも服でも自分の好きなように好きなことをしていると、それが好きな人が自然に集まってきて結果ハッピーになるが、誰かや何かに合わせようと頑張ると、頑張っただけ他人を自分の意のままに操りたい願望を持つヤバい奴に目をつけられやすくなる。つまり「清楚、まじめ、普通」に見えるコンサバ趣味は決して無難なのではなく、そのガワに引き寄せられて近付いてくるヤバい奴とも渡り合える肝の据わったモンスターハンターこそが着こなせるファッションとも言える。」
—『カラダは私の何なんだ? (河出文庫)』王谷晶著
Posted by ブクログ
あとがきに書いてあったけれど、このエッセイは担当編集者さんが「王谷さん、一緒に社会に火炎瓶投げましょう」と言ってスタートしたらしく、もうこの言葉どおり最高でした。
読み物としての面白さは勿論なんですが、最初から最後まで筆者の地に足のついた誠実さがブレることなく底流にあって、その倫理感や価値観を信頼して読めました。
理不尽にとやかく言われたとき、少なくとも「私がいいと思っているんだからいいんだよ!」と心のうちで押し返す勇気になる一冊だなと思いました。
Posted by ブクログ
2019年に発売された『どうせカラダが目当てでしょ』を改題・加筆した文庫版です。
あとがきで著者が、「どうっすか、世界。ちょっとはマシになってますか」と問いかける部分がありますが、回答としては「いや、この本全然まだまだ賞味期限ありそうです」といったところでしょうか。
女性の肉体をパーツごとに(声、顔、目、足、爪など)論じたエッセイを集めたものですが、主軸となっているのは社会から押しつけられる「女性」についてです。
足に履くストッキング、ネイルアートに向けられる歪な視線、髪型に投影される恋愛模様、「女性はいい香り」の勝手なイメージなどなど、本を持ったまま頷きすぎて首が痛いくらいの話が大盛りになっています。
(ちなみに私は、スーパーマーケットですれ違った見知らぬ爺さんから、「女はクサイなぁ!」と大声で言われた経験があります……凄いびっくりした)
裏を返せば、男性も「甘い物を食べない」とされた時代があって(今や古い話ですが…)、「男らしさ」「女らしさ」を定義することって、いったい誰が得をするためのものだったんだろう? とさえ思わせられます。
服装から始まり、趣味、食べ物、性格、声、果ては匂いまで、「男はこう」「女はこう」という紋切り型に当てはめ、そこからはみ出したものを叩くという構図は、現代から思えば本当に滑稽(だし誰も得をしないもの)でしかありませんが、残念なのは今現在もひっそりと、そういった価値観が生き延びていて、ふとした瞬間に顔をだすところ。
よくよく考えてみれば、確かに現代は2019年当時と比べればジェンダーレスに寛容な世界にはなりましたが、未だに男女がコーヒーとカフェラテを頼めば女性側にカフェラテが置かれる、みたいな現象も良く聞きますし、香水だって男性用と女性用がありますよね。
その垣根は低くすることはできても、完全になくなることはないのかもしれません。
男女ともに、一度は読んでゲラゲラ笑い、その後じっくりと考えていただきたい一冊です。
Posted by ブクログ
性的目線、健康・美容、スピリチュアル(母体の神秘とか)を取っ払って、ただの肉体としての女の体について語るコラム集だけど、男が読んだら怒りそうなことばかり書いてあると思う。女の体のことなのに。その奇妙なギャップが叫びなんだろうな。
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ものすごく共感。そしておもろい。
自分の体のことや!と思えたのに王谷先生の方が怒ってくれているので俯瞰で見れた不思議な読書体験だった。
なんかモヤっとしたときは読み返そう。
Posted by ブクログ
"女の身体にまつわる与太話を集めたエッセイで、何の生産性もない
でも生産性なんかなくたっていいんじゃない?"
そんな王谷節から痛快に幕を開ける最初のパーツは、"乳、帰る"
月亭可朝師匠のヒット曲『嘆きのボイン』を引き合いにバシッと一喝
『名曲だけど間違っている。
ボインは、赤ちゃんが吸うためにあるのでも、ましてやお父ちゃんのためにあるのでもない。
ボインがくっついている本体の女のためにあるのだ。』
その後も身体のパーツが次々と登場し、生産性はないかもだけど、世の中の固定観念を次々と破壊していった
This book is a collection of random, idle chatter about the female body, completely devoid of anything resembling “productivity.”
But then again, who says everything has to be productive?
Kicking off with that characteristically sharp and delightful Outani-bushi (Outani’s signature flair), the first body part to take the stage is the breast, in a section titled “Chichi, Kaeru” (“Breasts, Return”).
The author brings up Master Tsukitei Kacho’s hit song Nageki no Boin (The Lament of the Big Boobs) and promptly lays down the law:
“It’s a classic song, but it’s wrong.
Boobs don’t exist for babies to suck on, and certainly not for daddies.
They exist for the woman whose body they’re attached to.”
From there, one body part after another takes the stage. It might not be “productive,” but along the way, it gleefully smashes one societal stereotype after another.
Posted by ブクログ
色んな怒りや思いの丈をユーモアたっぷりに書いてくれています。自分の感情をもっと大事に生きてみようと思わせてくれました。王谷さんの文章とっても好きだなと改めて感じました。
Posted by ブクログ
印象に残った言葉
「女子が一人一日生き延びるだけでそれはもう立派なレジスタンスなのだ。」
どんな時に読みたいか
疲れている時。
自分の身体と仲が悪くなった時――体調がコントロールできない時。
自分が「女性」であることが嫌になった時。
「女性って何なんだろう?」とふと立ち止まった時。
理不尽な出来事にイラっとして、パンチの効いた言葉でスカッとしたい時。
おすすめしたい人
今、あるいは過去に「女性でいること」がつらかった人。
女性であることを嫌になったことがある人。
「なんで女の子だけ、こんなに見た目に気を遣わなきゃいけないの?」と感じたことがある人。
感想
女性の身体や性に関する表現を、かなり大胆に、ストレートに描いている。
最初は正直、驚いたし、「やりすぎでは?」「下品かも」と感じた部分もあった。
でも読み進めるうちに、ふと立ち止まって考えた。
性や女性の身体について、率直な言葉で語ることは本当に下品なのか?
電車で読むのが憚られるようなことなのか?
それは本当に“自分の価値観”なのか?
そう問い直してみたら、答えは意外とあっさり出た。
――何も悪くないし、何も変じゃない。
じゃあ、私が持っていたその「基準」はどこから来たのか。
考えてみると、世間や親のしつけ、友達の言葉など、ほとんどが外部から刷り込まれたものだった。
それらを一度脇に置いて、「今の私はこの本をどう思った?」と聞いてみる。
素直な感想は、
**私のあるあるが詰まった、寄り添いながら時に鼓舞してくれる“レジスタンスの本”**だった。
Posted by ブクログ
世の中の女性像に物申している。
笑いにかえているけど、時々恐ろしいことを言ってハッとさせられる。それと共に王谷さんの発言に少しイラついてしまってる自分もいる‥
小心で情けない‥また数年後読み返してみよう‥
偏見による発言は気をつけよう。
Posted by ブクログ
私のカラダは私のものだ、当たり前のようでその実感は薄い。他人の評価や社会に合わせて自分をすり減らしているからではないか。著者の経験も踏まえながら、女のカラダにかけられた呪いを解いていく。パンチ力強めな王谷さんのワードで自己肯定感爆上がり!
Posted by ブクログ
女性のカラダを持つ者として、共感できるところとできないところがあった。
それでも、著者のカラダや世の中に対する思いに触れ、私も今後セクハラやパワハラに遭った際には、断固として怒りと拒否の感情をしっかりと表明しようと心に誓った。
それが次の世代の子たちの生きやすさに繋がると信じて。
(まあもちろん、そんな目に遭わないのが一番ですが…。)