大庭賢哉のレビュー一覧
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シノダファミリーシリーズ。うーんやっぱいいなあ、大好きだ!ある日送られてきた泊まった覚えのないホテルからの招待状。ホギおばさんのいつもながらな不吉な予言を背に向かってみれば、食事もおいしい!お風呂も素敵なちょーゴージャスなホテル!だけど人魚の腕やら河童の腕伝説、なーんか変なことがあるみたいで・・・・。まあ、夜叉丸おじさんの名前がでた時点でなにかやったな、とは思っていましたが、相変わらず人騒がせな人、いや狐だなあ。パパがあいつ呼ばわりしたくなる気持ちよっくわかりますよ〜。親戚にはしたくないねえ。人魚の肉。どんな味するのかなあ。いやー不老はいいけど不死はやだなあ。でも人魚の肉を食べると不老不死になるってゆーのはよく聞く話だけど、そーすると人魚も不老不死なのかしら?人魚ってゆーとどうしても人魚姫あたりをイメージしてしまうけど、外国でも不老不死伝説あったっけ?にしても800年は長い。約束の力が、いまよりずっと大きく強大だった時代があったのです、ってゆー言葉が沁みたなあ。でも呪いはとけても不老不死は変わらないわけで、そーゆーのを運命と受け入れるにはどのくらいかかるのかな。異類の集う島。うん、不思議で楽しくて、ちょっとヒヤリとするお休みでしたね。さあ、次はどんな騒動がおきますやら。
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そりゃあね、私だっていろんな児童文学作家の作品を読みたい気持ちはありますよ。あるんだけれども、時が経てば経つほど、折角読み始めた多くのシリーズものの内容を忘れてしまいそうになるから、そうなる前に読まなきゃって気持ちになることで、どうしても富安陽子先生の作品が多くなってしまうし、そもそも内容がつまらなければ、これだけ同じ作家の作品をたくさん読もうとは思いませんよ。
それでは、なぜ富安先生の作品に夢中になるのかというと、不思議な要素にワクワクドキドキする物語の面白さは勿論なんだけれども、それ以上に私が惹かれるのは、生きていて良かったと思えるような明日への希望や元気をいただけることで、こうした要素って、児童書なんだから当たり前にあるだろと思われそうで、意外と少ないのではと私は感じていて、なぜかというと、こうした要素には作家が児童書を通して何を伝えたいのかという部分が大きく、更にそこには作家の人柄のようなものが如実に表れやすいと思っているからなのです。
というわけで、パパが人間、ママがキツネの一家に起こるドタバタや困難を描いた物語と、大庭賢哉さんの親しみやすい絵が見事にマッチした「シノダ!」シリーズ2作目ですが(2004年作)、前作は現実の世界に不思議なものがやって来た展開だったのに対して、今作では異世界に於ける危機一髪の大冒険が待っていたのです。
それは『まっ暗だった心の中に、ぽつりと希望の灯がともった気分』になったかと思えば、『黒い闇の中をぬけたら、なんにも見えない白い闇』が待ち受けていたりと、小5の長女「ユイ」、小3の長男「タクミ」、3歳の次女「モエ」が乗り越えるには、中々緊迫したハードな展開ではあるのだが、だからこそ前作以上に3人の子どもたちをメインとしながら、それぞれが持つキツネのママから受け継いだ特殊能力も本格的に始動してと、まさに児童書としては子どもたちの成長を追いかける胸熱な展開となっていくのです。
彼女が悪いわけではないのだけれど、それでも異世界に引き込まれて石像と化してしまった友だちを見捨てる訳にはいかないと頑張るユイは、その責任感の強さ故にイライラが募り、ついそれを周囲にぶつけてしまうことや、冷静な一面と頑固な一面が同居するタクミと、子どもたちそれぞれの個性もしっかりと描かれていて…えっ、モエはどうなんだって? なんといっても3歳だから自由きままに振る舞っているだけで充分なんだけれど、実は3人の中で最も洞察力というか、何気ない気付きに優れているのかもしれないね。
異世界で出会う男の子「テト」や、記憶を無くしているように見える逞しい男との出会いを経ながら、敵らしき恐ろしいものとの戦いに謎解きと、様々な要素で楽しませてくれる今回の物語ではあるものの、そうした中で、『名前っていうのは、世の中でいちばん最初の、いちばん短い呪文』であることの持つ大切な意味合いが、他の誰でもない自分でいることが大好きなんだということに気付かせてくれることへと繋がることや、『物語やマンガとちがって、現実っていうのは、そこでおしまいになっちゃったりしないんだね』に込められたメッセージは、大人の私にとってもジンワリと沁み入るものがあって、人の尊厳を踏みにじる争いばかりが引き起こされる、こんな世の中だけれど、子どもたちよ、未来に生きる自分の晴れ晴れとした姿を夢見て幸せになるんだよ!! -
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シノダ!シリーズ6作目。休日のドライブに出かけた信田一家。しかし長いトンネルをくぐると地図にも載っていない一本道に出てしまう。引き返すにも広い路上ではなく、仕方なく進む。ついに見えてきた何本もそびえ立つ鳥居。それはキツネたちの婚礼の儀式会場である祝いの宮の入り口だった。キツネ以外は立ち入り禁止であるはずの祝いの宮に入ってしまったユイたち。人間とキツネのハーフであるユイ、タクミ、モエならまだしも、純粋な人間であるパパは見つかってしまったら大問題!それに加えて神聖な場所である祝いの宮内では嘘をついてはご法度という、素性を隠すには大きなハンデが設けられている。どう切り抜けるのか、壮大な一日が幕を開ける。
シリーズ6作目にして初めて見えたイツキおばあちゃん。曲者揃いの狐たちを束ねる抜かりのなさが垣間見える。とんでも婆さんと鬼丸おじいちゃんは言っていたが、キツネたちの中では格段に理性的である。ドキドキハラハラな展開だが、すごく面白い。ユイが木の上でサイと風の耳をすまして笑い合った時間が好き。 -
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ただ今、富安陽子さんの作品を読み続けて、不思議な物語の魅力を知りたい期間中です。
本書は「シノダ!」シリーズの一作目(2003年)で、そのタイトルは富安さんのあとがきによると、『信田妻』の物語を元にして生まれたからとのことで、一匹の雌狐が人間の男の妻となって、子どもをもうけるが、やがて正体を知られ、家族の元を去っていく、という内容に、私は切ないものを先に感じたのだが、そこを富安さんは、『狐の母と人間の父、そしてそのあいだに生まれ、ふしぎな能力をさずけられた子ども』という部分に魅力を感じ、物語を書きたいと思われて、あれこれと空想を楽しんできたそうで、そうした前向きな印象が、そのまま本書の物語によく表れていることにも肯けるものがあったのだ。
ということで本書は、人間のパパとキツネのママ、キツネの血をひく三人の子どもたちを中心とした「信田家」の物語で、正体を知られないようにあれこれと苦心したり、癖の強い変わりものぞろいのキツネ一族に振り回されたりと、信田家には災難が付きまとうのだが、それでも大庭賢哉さんのポップな絵や、五人の家族それぞれの個性に感じられた親しみやすさが、そうした辛さを上回ることによって、明るくコミカルなドタバタ劇でありながら家族の絆にほろりとする部分もあってと、様々な感情を呼び起こしてくれる王道の物語となったのだと思う。
中でも印象的なのが、登場人物紹介に書かれた、一つの家系図にまとめることのできる十人のキャラクターの個性であり、上記の五人の他にも、テレビが見たいときだけ信田家に現れる、時代劇好きの「鬼丸おじいちゃん」(ママの父)や、不吉な予言を告げるときだけ現れる「ホギおばさん」(ママの母の妹)、冒険好きで話は面白いけれども、周りに迷惑をかけて評判の悪い「夜叉丸おじさん」(ママの兄)に、化け術の名人だが性格には難がある「スーちゃん」(ママの妹)と、多彩な癖の強さがある中、イツキおばあちゃん(ママの母)に至っては、ママの結婚に大反対だったことから未だに孫たちにも会わない状況にいてと、暗雲立ち込める要素も感じられそうだが、基本的には悪気の無い様が憎めない、キツネ一族の面々である。
そんな彼らの影響もあって様々な災難に巻き込まれる信田家の五人は、理由あって自宅の風呂場で暮らすようになった「チビ竜」に対して、両親は雲竜の子どもということもあって警戒するものの、そこは好奇心の塊である長男の「タクミ」(小学三年生)が、すぐに打ち解けて仲良くなったことで、普段は家の秘密を守るために頑張るしっかり者の長女「ユイ」(小学五年生)も、一緒になって盛り上がり、次女のモエ(三歳)は、チビ竜の件は秘密なのに幼稚園に連れて行きたいと言う無垢さが愛らしい、そんな特別な家庭に於いても他の家庭と変わらないような子どもらしさを見られるのは、物事にこだわらない大らかなパパと、常に周りを明るく愉快な雰囲気にさせてくれるママの支えが大きい。
それでも、時には壁にぶつかることもあり、ユイは身内に翻弄されて、タクミは男子ならではの繊細さを覗かせる一方で、普段、皆から守られることの多いモエは思わぬ場面で活躍したりと、キツネの血をひいた能力の開花と共に成長していく三人の子どもたちの姿も、このシリーズの魅力の一つなのではないかと思われる中、その道を照らすのは人間との愛を選んだママの、ちょっとやそっとでは消えそうもない、強く輝く意志の宿った光だ。
それは、『災難をのりこえられないことは不幸だけど、災難をのりこえていくことは、人生のたのしみの一つなんだから』や、『お日さまにむかっていれば、影は、じぶんのうしろにかくれる』のような、物語の子どもたちだけではなく読み手にとっても励まされる言葉たちに、何よりもよく表れているのだと感じられた、そこには『信田妻』の物語を元に想像を膨らませて、このようなユーモアと力強さとが同居する現代的な家族の希望の物語を書き上げた、富安さんの小説家としての素晴らしさも感じられたのである。
もちろん、富安さんならではの興味深い不思議な楽しさは本書でも健在で、それは稲妻をある姿に例えたことや、水の精霊と大地の精霊が結ばれて生まれた子どもの話と、それらに感じられたロマンには、人間と自然や動物たちとが結びあった絆の賜物とも思われて、また富安さんから素敵なことを教えてもらったと実感したことで、『見えないもの』の魅力はより増してゆく一方なのであった。