黒田基樹のレビュー一覧
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ネタバレ一ヶ月がかりで(途中で別のも読んでましたが)ようやく読み終わりました。これけっこう目からウロコって感じですね。そうかー、家督相続は権力者たちの私事や政治的都合だけじゃなくて、下々が世直しを望んだから、、、っていうのもあるのかー、みたいな。いまだって私達の希望なんて通らないのに、戦国時代に民意があって配慮してもらえたのか!!みたいな。やー、びっくり。そういうことを知りたくて読み始めたわけじゃないのに、結果的に私達が人殺しの権利(自身を存続させるために)を手放して時の支配者に委ねるにいたった経緯っていうのが、よーーーーっくっわかりました。やー、北条氏すげー、500年も前で滅亡しちゃってるけど、でもこの様々な改革はすごい。とはいえ、権利を委ねた末のひとつの到達点が太平洋戦争とかなんだろうなぁと思ったりするわけなんですが(ry とにかくこれは文句なしの五つ星です。ごちそうさまでしたー。
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今川、武田、北条の戦国時代の三国同盟の実態、意味合い等を、行われたやり取り等を基に丁寧に解き明かしている。
基本的な事実の繰り返しの確認等、歴史の専門書に近い書き方で、新書的な面白さはないが、三国同盟と言って結局どういう活動が行われてたのという疑問を解消する上では問題はない。
三国同盟と言いつつ、事実上武田と北条の対上杉連合が実態に近い印象。
本書には書かれていないが、三国同盟により後方を気にしないで上洛を目指した今川義元が織田信長に敗れ、後継の氏真が武田勝頼、北条氏政ほどの能力もなく、優秀な家臣もいなかったことが三国同盟破綻の根本的な原因と感じた。
要するに同盟相手として、義元亡き後の今川は武田や北条に釣り合っていないと。
今川が松平元康を完全に取り込む、又は松平家が今川家を乗っ取り、武田北条と甲相三三国同盟を結べていたら面白い展開になったかなと夢想する。 -
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秀吉の弟で秀吉の補佐役として活躍した、秀長。
彼には有能な重臣たちの支えがあった。
その中でも有力な18人の重臣たちの役割と動向を、
史料から丹念に解き明かしてゆく。
・はじめに
・羽柴秀長関係系図
第一章 秀長の重臣たち 第二章 秀吉から付された重臣
第三章 秀長直臣の重臣 第四章 秀吉から付された与力
第五章 秀長家臣団の特質 第六章 秀保時代の重臣
・おわりに
主要参考文献有り。
秀吉から付された重臣では、
家老筆頭の桑山重晴、娘が石田三成の妻になった尾藤頼忠、
熊野山の材木販売が「曲事」とされ秀吉に処刑された
吉川平助の三人。
秀長直臣の重臣では、
軍の先鋒を務め外交活動でも活発だった藤堂高虎など、
軍事・外交で支えた、六人。
小堀遠州の父の小堀正次など、領国統治で活躍した、三人。
秀吉から付された与力では、六人。
加藤光泰と秀長の父方の従弟の青木重吉は、
のちに秀吉の直臣に復帰。
では、秀長家臣団形成の経過は。
近江長浜領での招請・引き抜き・近江移住人の採用。
但馬半国統治での家臣団拡大。本能寺の変後に但馬一国と
福知山領統治、清須会議、賤ヶ岳合戦後の転封での
秀長家臣団へ秀吉の直臣配属。大和加増で秀吉の与力配属。
領内に秀吉の直轄領もあることにより、秀吉上位の支配権が
あり、また、羽柴家一門衆の家臣団でもあったということ。
秀吉が秀長を要の立場に成るように、直臣や与力を
付けたのかどうか、単に心配だったかどうかは判らない。
それでも秀長自体、初期に採用した者たちが重臣に
成っていたり、更に加わった有能な重臣たちをまとめ、
彼らに補佐され、秀吉の天下一統を支えてきている。
支えられたとしても、重臣たちを適材適所に配置して
彼らを動かせる才があったとも、思いたい。 -
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北条氏と上杉家(扇谷、山内及び上杉謙信)の争いを通じた、主に1520~1570年頃の関東における覇権争いの内容と意味等に関する解説。
国衆という勢力に着目し、両勢力(武田や佐竹といったほかの勢力もいるが)が国衆をいかに味方につけるかという視点で描かれているのが新鮮。
戦国大名が版図を広げるというのは、直轄領を増やすことでは必ずしもなく、当該地域の国衆を味方につける、国衆を従属させていくという構造は面白い。
ただ、じゃあその国衆はどのように形成され、国衆の統治者(?)はどのように決まり、当該地域の領民に如何にして支持されるのかといったことまで書かれていないのは若干不満。
戦国大名、その家臣による統治と、国衆による統治の違い、国衆を追い出してその地域を戦国大名で統治できるのかできないのか、その理由は、等々、国衆の存在を認識した上でなお謎が深まるばかり。 -
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秀吉の実弟で、名代を務め補佐役として知られてる秀長、来年の大河ドラマに向けて読んでみた。著者は時代考証を担当されるとのこと、秀長の動向を具体的に紹介される。
1章から5章まで詳細な動向が記載されていても、考えられる、かもしれない、等の推測である。しかし、これだけ多くの大名の取次や関わりをもっているのを知ると、感想としては、めちゃくちゃいい人としか思えない。秀吉より先に病死したこと、色々と考えてもしまう。
秀吉の信頼を裏切らず冷静な判断力の持ち主。
大きなエピソードがないなか、一度だけ秀吉から怒りを買ったことがあるようで、それが逆に印象に残った。
威張らず、穏やかで思いやりがあった、と最後に人柄を語られていた。 -
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豊臣秀吉の実弟・羽柴秀長はどのような生涯を歩み、
兄を支えたのか。数少ない史料を駆使し、
詳細にその生き様を解き明かし、紹介する。
・羽柴秀長関係系図
・はじめに
第一章 織田家家臣の時代 第二章 秀吉一門衆筆頭の立場
第三章 四国攻略の総大将
第四章 大和・紀伊・和泉の領国大名
第五章 九州攻めと国割に奔走
第六章 諸大名接待の奔走から闘病生活へ
・あとがき
主要参考文献有り。
大河ドラマ「豊臣兄弟」の時代考証を担う著者による評伝。
主に書簡や文書の史料で兄・秀吉に比べれば数も少なく、
生い立ちや家族の関係もあまり分からない。
地味な印象ではあるが、浮かび上がる姿は有能で
秀吉を支えた補佐役であり、実直な人柄の人物像。
兄・秀吉が織田信長に仕え活躍してゆく中で、
秀長も信長に仕え、秀吉の与力に配属される。
その時代から兄を支え続け彼の軍事行動では、ほぼ常に
別編成軍の大将や総大将を務めた。
秀吉との密な文書での遣り取り。
秀吉からの細やかな指示と秀長からの報告で分かるのは、
現場で如何に指示通りに実現できるかの力量。
平定が困難な地を領国に選ばれたのも、秀吉からの期待。
秀吉は天下人に、秀長は補佐役としての能力を向上させる。
更に、大名や有力者への「指南」や取次、周旋などでの
交流を行える器量。死後の追善供養が外様大大名によって
催されることで、秀長の人柄と彼らとの関係が分かってくる。
だが、秀吉に頼られ過ぎて、とにかく多忙な人生。
あちこちで戦乱に身を置き、移動に次ぐ移動。
京や大坂、奈良、郡山城での大名への接待の数々。
闘病生活中でも少し快復したら書状を書き、
再び病床に伏すの繰り返し。
過労で病になるのも、さもありなん。そして享年52歳。
もし長生きしていたら秀吉の政権はどうなっていたのか?
・・・なんて考えてしまう生涯でした。