黒田基樹のレビュー一覧
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北条氏研究の第一人者による北条早雲=伊勢宗瑞の評伝。
第一章 伊勢宗瑞の登場 第二章 伊豆経略の展開
第三章 伊豆国主となる 第四章 相模への進出
第五章 両上杉家への敵対へ 第六章 相模の領国化
第七章 政治改革の推進
主要参考文献有り。関連年表有り。
家系図、地図、古文書の画像等、適宜有り。
応仁の乱の余韻を残す室町幕府にいた、伊勢宗瑞が駿河今川家の
一員となり、後見役として働いた後、領国を持つ領主へ、
更に伊豆国主、そして相模も領国化して大名となるまでの評伝。
数少ない史料、発給文書や書簡、本(後世のものも)を
整理・整合し、推測して詳細に説明しています。
幕府直臣の立場での下向、今川氏との関係、
古河公方や堀越公方、扇谷上杉氏、山内上杉氏との関係の複雑さ、
足利茶々丸との戦い等、室町時代から戦国時代への抗争の転換の
状況が窺いしうる内容でもあります。
戦乱に明け暮れる日々を送りながらも、家臣団の構成と統制、
寺社への配慮、検地や租税、目安制などの百姓や村民への対応等、
目配りや気配りも欠かせず、領国を支配した才覚は、
まさに「天下の英物」であろうと思いました。 -
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小田原北条家の始祖となる北条早雲の物語である。戦国の幕開けともなる時代で限られた資料のなかでとてもわかりやすくストーリーが構成されています。
伊勢宗瑞が今川氏親の後見人として今川家を盛り立て、伊豆一国を納めたあとに相模の西部の小田原城の大森家を倒して相模の国を領国として成り上がっていく戦国時代の魁とされる。
ここでの重要な役者としての扇谷上杉・山内上杉と古河公方、堀越公方との関係は複雑であり、それだけ戦国時代の人間関係、領域権力問題など悩める要素がたくさんある。 そしてその納めた領土をどのように支配、運営していくかなども斬新であり興味深かったし、実はかなりの倹約家であるとは意外であった。 これから伊勢宗瑞のゆかりの地に訪れるにもこの一冊を読めばより深くその地を楽しめるのではないでしょうか -
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真田信之の存在は、大坂の陣で華々しい活躍をした弟・信繁の存在の影に隠れがちであった。信繁の驚異的な奮闘は真田一族の名声を高めたが、それは江戸時代に真田家の正統が存在していたからこそであった。戦いから平和への時代転換のなかで、信之はいかにして真田家の存続を図ったのか。政治的な動向と領国支配の実態を明らかにしつつ、沼田城から上田城に本拠地を移すまでの半生を、史料に基づき丹念に追いかける。(2016年)
・はしがき
・第一章 関ヶ原合戦までの信之
・第二章 徳川政権との関係
・第三章 領国と家臣団の再編成
・第四章 親しき人々との交流と別れ
・第五章 領国支配の再編成
・第六章 大坂の陣における信之
・第七章 沼田城から上田城へ
・主要参考文献
・真田氏発給旧文書一覧
・あとがき
帯には、真田信之を論じたはじめての本格評伝とある。父昌幸、弟信繁に隠れ、いぶし銀のような存在である信之であるが、なぜ、これまで本格評伝が出されなかったのだろうか。著者は、ひとえに信之の生涯の長さにあったとみている。大名研究の基本は、発給文書を集成するところにあるそうだが、信之については治世の長さ(約70年)のため、その間にだされた文書の数量は現在においても把握されていないという。著者は本書で、信之の前半生を区切りとしている。
従来説を見直す部分、あらためて浮かび上がってきた部分など、史料に基づいた信之像を知る事ができお勧めである。 -
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戦国時代を、底辺(とよく言われる)の農民の目線で見てみる。「村」という単位で見てみる。
戦国時代は、飢饉の連続の時代だったという。それに加えて(なのか、こっちが鶏なのか?)大きな権力がなかったので、戦争が頻発する。
大河ドラマでは描かないけど、どの大名も、戦争となると、戦場地域を荒らし、農作物を略奪、女性はレイプ。
それどころか、ニンゲンを、その昔の黒人奴隷のように「商品」として拉致して売りさばいている。
北朝鮮の拉致問題どころの騒ぎじゃない(笑)。
というか、そういう、「簒奪」という経済活動だったと言っても良い。
その戦争=紛争をブレイクダウン。細分化してクローズアップしてみると。
結局のところ、村と村との、「水=川=水源」や「山=山からの収穫」という「食べるものを得る権益」の奪い合い。
要は細かい境界争い。
例えば、武田信玄さんは、とにかく戦争が強かった?甲斐の国の統治が名君だった?
その裏には。
日常的に恒常的に、常に他国領地に侵略戦争を行った。打って出た。
そうすると、甲斐の国は戦場にはならない理屈。
そうすると、甲斐の村は簒奪されない理屈。
なるほど納得。
上杉謙信は、秋に関東に打って出て、快進撃。越冬して春に越後に戻る。
秋に打って出れば、収穫物を簒奪できる。
そこで大軍を食べさせる。
自国の厳しい冬の食べ物を節約できる(笑)。
で、厳しい冬が終わると、母国に帰る。
うーん、納得。
内政的には、強い権力がなくなったせい?で、頻発する村同士の諍いを調停する。
戦争=殺し合いはいちばん、経済的に不合理だから。
それが一歩進んで、調停ではなく、裁判官役になる。
一歩進んで、「俺に訴えろ、戦うな」という法制になる。
そこからさらに進むと、「戦ったものは理非問わず罰する」。
更に進むと、「もともと、刀や銃を持つんじゃない」。
それはそれで、中央集権の支配を受け入れることになるけど、「村」から見ても、「戦う自由」を手放す代わりに、「とりあえず突然殺されたり犯されたり奴隷にされたりすることはない」という平和を保証されることになる。ギブ&テイク。
ある観点から見ると、大名は百姓=村を支配しているのだけど、
別の観点から見ると、大名は百姓=村の生産、つまり平和を維持するために、場合によっては武力行使せねばならない。
「権力=殺す権利」を持っている人と、「生産手段」を持っている人。
お互いがお互いを必要としている。役割がある。だから、戦国を紐解くと、「徴兵制」的に大名のため、権力のために命を捨てる百姓は、ほぼいない。
みんな平気で、強力な人が来たら寝返る。秀吉が、家康が来たら寝返る。
ここ、一歩踏み込むと。
おらが村、の、水や山などの死活問題なら、隣村と殺しあう。
だが、統合した領地を、裁判官として束ねて他国からの武力行使を抑止してくれる権力。その権力の成り立ちのために殺しあうことはしません。
そういうことですね。
ここ、つまりは…
「そりゃ家族が飢えて死ぬかもなら、殺しあわねばならぬ。
だけど、例えばだけど。
アメリカが戦争するから、アメリカと仲良くしている日本としては、付き合いで戦争せねばならぬ。
だから、アメリカの費用節減のために、日本人も戦場に行って、他人と殺しあう。
そりゃ、ナンセンス。いやです」
とまあ、そういうことなんですね。
そこまでこの本はハッキリ言及していませんが、そこまで香りを漂わせようとしているなあ、と。
その辺はなかなか、「へー、面白いじゃん」と。
一方で、ちょっともやっとしたのは。
「じゃあ、室町時代、鎌倉時代は、村と、より大きな権力の関係は?どういう社会だったのか」
「戦国が飢饉だった、と特記して言えるのか」
「村の基幹が農業ならば、農業の技術進歩とも大いに関係があるはず、だがそこの考察はない」
というあたりでしょうか。
戦国時代っていうのが…
中央権力の化けの皮がはがれて、いっとき、弱肉強食が剥き出しになった時代。
ユーゴスラビアじゃないけど、タガが外れて、極論、村々レベルで弱肉強食仁義なき戦いの奪い合いになった時代。
それまでのモラルやルールがご破算になった時代。
そこで徐々に勝ち抜きトーナメントのように、ゼロベースから「合理的な権力と生産者の共存」が構築された時代。
そう考えることができるのかもしれませんね。
大河ドラマとも、司馬遼太郎ともちょっと違う。
敢えて言えば、カムイ伝の日置村の、前史的なオハナシの本というか。
割と、悪く無かったです。 -
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≪目次≫
序章 戦国大名の概念
第1章 戦国大名の家臣団構造
第2章 戦国大名の税制
第3章 戦国大名の流通政策
第4章 戦国大名の行政機構
第5章 戦国大名と国衆
第6章 戦国大名の戦争
終章 戦国大名から近世大名へ
≪内容≫
戦国大名北条氏研究の第一人者による「戦国大名」論。近年の研究成果から、織豊期が特別で、近世の始まりとする史観は「おかしい」として、戦国大名は室町期と江戸期(元和偃武以降)の過渡期の存在であり、近世大名と戦国大名の大きな差は、「平和なのか戦争なのか」が大きいとした。織田信長も豊臣秀吉も基本的には戦国大名であり、北条氏や武田氏などとの差はない。秀吉政権が目立つのは、国内が「平和」になったこと、秀吉が「成り上がり」で、子飼いの家臣がいなかったこととによる、とする。まあ、納得しました。授業に反映させます。 -
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守護と戦国大名の違いは一円的な領国支配をしているか否か。中世と近世の社会をわけるのは自力救済か、より上位の権力に紛争解決権を預け自力救済を凍結するか。織豊大名と戦国大名に質的違いはない。統一政権ができてからの違いは戦争状態の停止によるもの。つまり国衆の家臣化による消滅。ただし、家老として自身の領国支配は続けて行く場合が多い。戦国大名の在り方を規定するのは村の在り方。中世後半は飢饉の時代。常に村は生き残るために紛争をかかえていた。戦国大名は村を持続可能にして治安を維持する代価としての年貢や夫役を徴収した。。国衆も同様に安全の代価として臣従して上納金を納めた。。だから敵の侵攻や飢饉に対応出来ない大名は頼もしからずと言われて、離反される。そのために戦国大名は名誉を傷つけられないように常に戦争状態にあった。
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ネタバレ武田、上杉、北条…数々の群雄が割拠し、しのぎを削った戦国時代。飢饉と戦争で疲弊した百姓は、社会的危機には公然と「世直し」を求めた。生き延びるために、ときに大名の戦争に参加し、また、隣村との境界争いなどにも武具を携えて参集した。いっぽう大名は、百姓に礼を尽くした施策を講じて領国の安定を図った。庶民の視点から乱世期の権力構造と社会システムをとらえなおす。(2006年刊)
プロローグ 代替わりと「世直し」
第1章 飢饉と戦争の時代
第2章 村の仕組みと戦争
第3章 地域国家の展開
第4章 大名と村が向き合う
第5章 戦国大名の構造改革
第6章 大名の裁判と領国の平和
エピローグ 戦争の時代の終わり
長らく積ん読状態でしたが、読んでみると滅法面白い本です。
名著である「戦国大名の危機管理」(吉川弘文館)とカブっているような先入観があったのですが、そこはさすが黒田先生、切り口が違います。
当時が慢性的な飢饉の時代であったという事や中世の村の仕組み、戦国大名とのかかわり合いなど、目からウロコです。
特に勧農政策など江戸時代からと思っていたのですが、年貢の減免といった形で進められていたという事も驚きでした。
村の争いが上位権力を巻き込み争いを誘発し大きな合戦に至り、国衆の動向にも影響を及ぼすという流れも興味深かったです。
やがて不経済な合戦を避け、大名の裁判により解決されるようになります(実力行使の否定)が、三代将軍家光の頃までは村レベルでは戦争の時代が続いたというのにも驚かされました。
本書で紹介されている北条氏の統治をみていると、江戸時代と対して変わらないような気がしますが、徳川家も北条氏の統治体制に学び影響かあったのかしらんと思ったりしたところです。
本書は、戦国時代を知る上で必読の1冊と言えおすすめです。 -
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「『大名主体の社会構造』の下で搾取され蹂躙される『被害者』の百姓」という、一般的なイメージが今更ながら覆される。
村同士の争いに領主を巻き込み、飢饉が起きれば「世直し」としての大名の代替わりを要求…戦乱と飢餓の時代に生きるために戦う、そんな百姓の姿がよくわかっておもしろい。
大名は「支配者」として以上に「社会システムの器官」として存在し、領国支配が大名と百姓の双務契約で成り立っていた、というのは知らなかった。
それにしても、「ここ二十数年におよぶ戦国大名研究の成果の到達点として、また今後における研究の出発点」とまで筆者が言う本が新書で出るってのは、歴史好きにとって幸福だと思う。 -
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[ 内容 ]
武田、上杉、北条…数々の群雄が割拠し、しのぎを削った戦国時代。
飢饉と戦争で疲弊した百姓は、社会的危機には公然と「世直し」を求めた。
生き延びるために、ときに大名の戦争に参加し、また、隣村との境界争いなどにも武具を携えて参集した。
いっぽう大名は、百姓に礼を尽くした施策を講じて領国の安定を図った。
庶民の視点から乱世期の権力構造と社会システムをとらえなおす。
[ 目次 ]
プロローグ 代替わりと「世直し」
第1章 飢饉と戦争の時代
第2章 村の仕組みと戦争
第3章 地域国家の展開
第4章 大名と村が向き合う
第5章 戦国大名の構造改革
第6章 大名の裁判と領国の平和
エピローグ 戦争の時代の終わり
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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天下統一を遂げた豊臣秀吉と彼を支えた弟・秀長の生涯を
中心に、豊臣家の人々、同時代の武将などをも紹介し、
分かり易く解説している。
・はじめに
第一章 秀吉と秀長が生まれた時代
第二章 信長の統一事業と秀吉・秀長
第三章 秀吉の台頭と秀長の貢献
第四章 秀長の四国・九州出陣と秀吉の天下統一
第五章 秀吉の栄華と秀長の死
終章 その後の豊臣家
各章に関連人物解説有り。
コラム その他の秀吉近臣たち①~② 秀長の近臣たち①~②
秀吉の主な妻妾たち
秀吉・秀長関連年表、主な参考文献有り。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の関連本的な内容。
豊臣兄弟の生涯を、簡潔で分かり易く収めている。
関連人物解説は、信長と家康が4ページで他は2ページ。
ドラマを見ながらパラパラと読むのには良い感じ。
根来寺と雑賀衆の討伐、四国征伐、紀伊平定、
九州征伐が載ってるのも嬉しい。
それにしても秀長の多忙なこと。
総大将、取次、秀吉名代の指南、取り成し、接待・・・。
大和大納言昇進後は特に大和と京都・大坂の行き来が多く、
秀吉の補佐と領国統治の日々なのだから、疲労困憊しますなぁ。 -
Posted by ブクログ
兄・豊臣秀吉の名代として活躍した羽柴秀長と、その腹心として後に大名に上り詰める藤堂高虎について、最新研究を踏まえ、その実像に迫る。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で注目される羽柴秀長と藤堂高虎について、2人の関係性を中心に、理解が深まった。特に、地縁があって関心を持っていた羽柴秀長の養子を経て藤堂高虎の養子となった仙丸(藤堂高吉)についての記述が興味深かった。
ただ、淡々と史実を記述していくスタイルで、あまり面白みがあるとはいえず、必ずしも読みやすくはなかった。また、2人の関係性に焦点が当てられており、著者に秀長の生涯等については別著作があることもあって、秀長や貴虎の生涯の全体像がこの本だけで分かるわけではないということにも留意が必要である。