ドリアン助川のレビュー一覧
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本書の帯びには「9.11の悲劇を体験した作家が混迷の世に問う長編」とありました。
ニューヨークのマンハッタン周辺を舞台に,色々な国籍の若者たちが交流する中で,自分のアイデンティティーを確認しながら,迷いながら生きていく,命の交流が描かれています。
自分の国と自分とは同じなのか…。あるときには,重荷に感じる国。でも,立ち位置として持っていたい国。タイトルにある「国」は,実際の国であり,心の中の国である。国は自分の一部であるけれども,じゃまな存在ともなる。
英語教室の講師が,国をめぐって言い争う若者たちに言う。
「こういう晩に,人を区別するような話はやめてもらおうか。そういうものを,背負わ -
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多摩川の河川敷に住むホームレスたち(主人公は新入りの望太)の物語と,単位制高校2年生の絵里との物語が並行して進んでいく。もちろん,最終的にはどこかで接点はあるという設定。
随所に出てくるホームレスの古株ブンさんの言葉が,なぜかわたしの心に染み入る。どん底ともいえる状態の中で生きている意味とは何なのか。彼らの未来とは何か。今この時間とは何か。ドリアン助川の心の言葉が,この古株の言葉を通してわたしに迫ってくる。
そして,やっぱり,ドリアン助川の目は温かい。人生に失敗した(と思っている人)も,普通に歩いているサラリーマンも,同じように生きていくべきであるし,未来はある。望太の結末と絵里の結末は -
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素敵な表現がたくさんでてきます。読後,今,生きているこの時間を大切にしたくなる,そんな本です。ドリアン,優しいな。
著者は,ラジオ放送のパーソナリティーをつとめている時に,実際に,いろんな悩みを訴えてくる視聴者に,彼の言葉で応えるということもやっていたらしい。本作品は,夕暮れ時だけ現れるポストに入っている手紙への返事を通して,多角的に物事を見ること=観自在菩薩の助けを頂くことを教えてくれる。しかし,人には言うことができても,本人自身が感じている悩みには角度を変えてみることができない。これもまた,ドリアン助川の姿と重なってくる。「他人にエラソウニ言うけど,自分はどうなのだ!」と叫ぶ曲が,彼( -
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もう「叫ぶ詩人の会」の歌を聞いて以来,ドリアンのファンになってしまったので,評価は付けられない(5以外にない(^^;;)。
さて本書について…
新宿に住む十数匹の野良猫を題材にして小説が書けることが面白い。主人公の山ちゃんという男性(ボク)。小さな焼き鳥屋の店員の夢ちゃんという女性。その焼き鳥屋に集まる常連は,なかなかクセのあるメンバーだ。
小説の常で,内容についてちょっとでも紹介すると,読むときのドキドキさがなくなる。だから,これ以上は書かない。
ただ,いろんな創作や文学や芸術は,一般大衆の大多数を相手にするのではなく,目の前にいる一人に向けて行うものではないか…という作者の訴えに -
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ハンセン病の老婆と務所帰りの男との物語。
刑期を終え出所した千太郎は、お世話になった先代のどら焼き屋「どら春」で働き、オーナーである先代の奥さんに借金を返す毎日。
とりたてて旨くもなく、まずくもない中国産のあんを使ったどら焼き屋から逃げ出したいと考えていた千太郎に、声をかけてきた老婆。
指が曲がり、体の不自由さを感じさせる老婆は吉井徳江と名乗り、どら春で働かせてほしいという。しかもあんを作って50年という。
アルバイトとして働くようになった徳江の作るあんは絶品で客足も伸びる。
しかし徳江がハンセン病患者の隔離施設だった天生園から来ていることが噂になり、客足が落ち、オーナーに -
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前に「あん」を読んですごく心地良い温かさを感じたから、同じ著者の小説をもうひとつ読んでみようと思って…
この小説も、じんわり涙が出てくるような温かさに包まれてた。
感動の押しつけはまったくないんだけど。ほんとに、じんわり、という感じ。
多摩川沿いで生活を営む人々の短編集。多少、連作めいた要素もあり。
野良猫に名前をつけて可愛がる農家の中年女性、古書店で働く恋する青年、川べりに棲むホームレスに絵を教えてもらった少年、閑古鳥が鳴く食堂の主人、妻をなくしたシングルファーザーetc
日々を送る人々の傍にはいつも川があって、そこには悲しみや辛さや笑顔がある。
ただ通りすがるだけの川、時に訪れて遊ぶ川、 -
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ネタバレここまで私の心に響き渡って、心揺さぶられた作品は久々。ストーリーも登場人物の設定もメッセージ性も、何から何まで素晴らしい。
前科のあるどら焼き屋の雇われ店長千太郎と、ハンセン病で50年以上もの間、社会から完全隔離されて生きてきた老女徳江の物語。
親兄弟からも見捨てられ、夢も希望も理不尽に奪われて、生きる気力さえ失い、神を恨むほどの不条理な人生をイヤでも歩まなければならなかった二人の生き様。
親子ほどの歳が離れた二人の出逢いが、お互いに生きてきた意味を成す。
「私たちはこの世を観るために、聞くために生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。だとすれば、教師になれずとも、勤め人になれず -
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数年前に朝日新聞の人生相談の明川さんの回答を読んで面白いなー・・・
と思って、それ以来、そのコーナーを見逃さないようにしてたんだけど、
今回はその明川さんの本です。
家にも学校にも居場所を見つけられないトルリという少年と、
サジという名の洋菓子店を営んでいる職人の話。
トルリは幼い頃から、そのサジとは知り合いなんだけど、最近、サジの洋菓子店から
お菓子をちょくちょく万引きしてる。
サジは、ちょっと問題を起こして以来お店のお客さんが減り、
最近では傾きかけた洋菓子店で、それでもお菓子作りに励んでいる。
そんな中、ひょんなことから、二人は給水塔に登り降りれなくなってしまう。
大人の為の童 -
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なんという物哀しい物語なのだろうか。
底辺の人たち。多摩川の川べりのダンボールハウスの住人。
望太は、「もういいだろう」とケリをつけるときだと、新宿のダンボールハウスを片付け、ひたすら歩いて、多摩川の上流のブルーシートが点在するところまで歩いた。
これが、自分の人生だったのか。と感じて、冷たい水の中に入っていった。そして、流された。
そして、多摩川のブルーシートの人たちに助けられる。
助けられて、望太は「生きる、資格が、ないんだ」というと、ブルーシートの住人の一人が、「ここじゃ、資格はいらねえよ」という。そのまま、望太は多摩川のブルーシートの住人になるのだった。
温かい食べ物を