ドリアン助川のレビュー一覧
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映画化されなかなかのヒットとなった「あん」。今回、第67回日本エッセイスト・クラブ賞受賞を受賞した「線量計と奥の細道」
出版点数も順調に増えていて、前回の「新宿の猫」なかなかの佳作で個人的には存在感が増している作家です。
ところが「線量計と奥の細道」は重版かからず早くもプレミアが付いている状況で、他の著書に関してもあまり置いておらず、買おうと思っても見当たらなかったりします。何とも不遇な作家だなと思います。
さて、本書もひっそりと販売されています。表紙がなかなか綺麗なので是非皆さま手に取って頂きたい。題名が「水辺のブッダ」なので宗教的な話なのかと思われるかもしれませんが、宗教というよりも哲学という感じです。
訳あって子供には死んだと思われている父親が、ホームレスになりつつも子供を忘れる事が出来ず、同じホームレス仲間と生活しながら、いつか自分の子供の役に立ちたいと願い日々を送る話です。
お涙頂戴に終始しないのでこれで人気爆発って訳にはいかないと思いますが、個人的には好きな本であります。 -
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ピンザとは宮古島の言葉でヤギの事を指すようです。でも本作は創作なので宮古島とは無関係です。
わざわざそういう書き方をするという事は、この本がその島を題材にしていたら著しくマイナスになるという事です。外部から新しい血を入れたいという心と、それに反して島の秩序を乱す方向になる可能性のある風はいらないという相反する感情。前回読んだ額賀さんの本と妙に方向性が似ているので偶然ってすごいなと思いましたが、こちらは沈み込むように重い澱を底から掻き混ぜているような感じです。
ドリアンさんが、島の人々をやたらとがさつに描いているのと、風習の描き方が陰惨でそこに引っ掛かりを憶えました。自分が離島の出身だったら読んでいて嫌な気持ちになったかもしれないなと思った次第です。 -
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バブルを迎えた頃の新宿ゴールデン街を舞台にした恋愛小説。
主人公と、主人公が恋をする飲み屋の女の子夢ちゃんのどちらも視覚に問題があり、それが色や感覚や猫につながっていくところは上手いなと思った。
みんなに、ではなく誰か一人の心にとどくものを、という思いは、この作者の全ての作品に通じるものかもしれない。
大江健三郎の『個人的な体験』で、個人的な体験を掘り下げていけば、普遍的な道にたどり着く、みたいな表現があったけど、それと似ている気がする。
実体験者だけにバブルの頃の勢いのある猥雑な雰囲気がよく出てて、こういうのは若い人が想像で書くのは難しいだろうなとも思った。
読み始めたらイッキ読みで、このリーダビリティの高さも素晴らしい。
難を言えば、不幸な生い立ちでろくな教育も受けてない夢ちゃんが知的過ぎて、ちょっとリアリティには欠けるかな、というところと、二人が書いた詩の作風が同じであるところ。書いてるのは作者なんだから当然ではあるが、詩は小説以上に人柄がでるものなので、もうちょっと違いがあっても良かったような気がする。
これも映画になりそうな話ではあった。猫がいっぱい出てきてよさそう。 -
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先日『あん』を読んで興味を持ったドリアン・助川さんの小説です。
ニューヨークを舞台に、ミュージシャンを目指す日本人男性・拓人と韓国人女性・ユナの恋を描いた作品です。
中盤までで印象に残るのは、ニューヨークの街の見事な描写です。そして人種のるつぼであるニューヨークで、人々の普段の姿のすぐ裏に潜む人種や歴史観に基づく偏見や憎悪です。助川さんの来歴を見ると「2000年3月から2002年9月までニューヨークに滞在。日米混成バンドAND SUN SUI CHIE(アンド・サン・スー・チー)を結成し、ライブハウスで歌う。」と書かれているので(時期は少しずれていますが)実体験を反映した物だと思います。私も海外の人との付き合いは有りましたが、その中ではあまり感じた事は無く、そんなにもあるのか?強いのか?という印象です。逆に言えば私がそこまで深く入り込めなかったという事なのでしょう。
そしてエンディング。9・11。
物語はどこか暴走し、拡散したような印象です。何かを伝えたかったのだというのは判るのですが、それが何なのか捕まえられないもどかしさが残りました。 -
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ネタバレとある島で暮らすことを決めた若者の話。
自身の弱さを知っているだけに、生きづらい人生を送ってきた主人公。島は閉鎖的な空間にありがちな住む人たちだけのしきたりがあり、人間関係があり、余程のことがない限りよそ者を歓迎することはないと思える。
そこで、死んだ父親の夢であったチーズを、かつての父の親友と完成させようと奔走する。そして、自身の欠落した部分を埋めていく。
島の自然やピンザ(ヤギ)などは生命力があふれていますが、島に突き出す急峻な山岳、山道の別れ道、断壁、森の原生林、海につながる洞窟など、位置関係や映像がうまくイメージできず。自分自身の想像力が足りないのか、疲れているのか・・・。
最後をあえて書かないことの選択は想像力の足りない私でも余韻を楽しめた。 -
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多摩川べりに住まう、ほんのわずかな縁で繋がっている人たちの切ない話。
繋がっているとは言え、互いの人生にはほとんど干渉することなく。それぞれがそれぞれの重さの人生を背負って生きているだけ。
読み終えて、あらためて気づいた。目次の前の中扉の言葉。
「目を覚ますと、風景は変わっていた。」
些細なことで、そんな自分自身の変化に気づくこともあるかもしれない。
そうであればいいな、と思う人の願いかもしれない。
そんなことを思いながら、すべての短編のあとに綴られた一篇の詩に目を落とす。
風景は変わらない。自分も変わらない。
ただ眠っていた間に、自分は流され、眼に映る風景も、いつの間にか時の経過にまかせて、自分の後ろへ置き去りにしていただけ。
こう読んだ。やるせない感情が胸に広がった。
何も変わらないまま、何もかもが変わる。川の流れとは、時の移ろいとは…そのようなものか。
救いようのない心を抱えたまま、人は変わろうとしても変われなかった自分の一生を過ごしていくのだろうか。
やるせないなあ。。そのとおりだろうなあ。 -
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3人の若者が、工事現場のアルバイトをするために離島に向かう。そこには、コンビニはおろか1軒のお店も無く、携帯電話は通じない。そして、そこにはピンザ(やぎ)が住んでいる。
離島でパラダイスのような自然のなか、自由に生きるイカレタ生活。そんな小説になっていくのかと思っていたら、そうではなかった。
若者たちは、島の生活に受け入れられたわけではなかった。
不自由な生活の上に、島の住民とのトラブル。
しかし、その生活の中、生きる目的を持っていなかった若者たちは、何かを掴み始める。
そして、ひとりの青年は、ひとつの大事なタネをみつけ、それともに島の暮らしを続けることを選択する。
命を感じる小説だった。そして、舞台に登場してくるピンザの姿、また、つねに底にある自然の描写に、作者の細やかな愛情を感じた。 -
Posted by ブクログ
装丁がきれい。本の中身そのまま。主人公が見る・経る風景の描写がきれい。
島の生活に憧れもあったりするが、見ないといけないものやらないといけないものが都会より多い分、関係性も密に入りくだっていくんだろう。
途中で挫折しそうになったんだけど、それは文章が読み難いとかじゃなくて、主人公の進む方向を見るのがちょっと怖くなって。
でも読み終えて、わかんないけど。
彼の選択がどうなのかとか。
選択してるけど、選択するように決まってたようなそんな気もした。
時々痛みを思い出すくらいじゃだめなんだよなと思った。
飯島さんの写真を見て、養豚場のこと、経済動物について考えさせられて、せめて残さないようにいただこうとか考えたけど、最近スーパーでお肉買っても何も思わなくなってた。
そういえばよくも悪くも海南島の市場とかで鶏を丸ごと一羽焼いたものとかも何も抵抗なく買ってる自分がいる。
生きてるやつも持ってくのが大変だけど、買ってたらきっと喜ぶだろうなーとか思ってるから買うのには抵抗ないんだなあたし。きっと。
信濃屋で買ったやつも海南島の市場で買ったやつもどっちもおいしかったけど。
ピンザのチーズはほんとにおいしいんだろうなー
そういうふうに生きれればいいんだけど。
守ることが逃げるを含むこともあるんだなと思った。
震災を経て、今ドリアンさんが書いたのがこの本というのには納得できる部分があった。