8編からなる短編集。最初の二編辺りでもう、やっぱりこの作家さん一番好きだわ〜と、ときめいた。もっと評価されていい作家さんだと心から思う。
中でも、「黒猫のミーコ」「明滅」「台風のあとで」「花丼」は特に好きだった。
ドリアン助川さんの文章には優しさが溢れている。その人物の心の声を、1つずつ丁寧
...続きを読むに掬って文章にしてくれる。余白を省いて、行間を読みなさい!というスタイルではなく、読む人にも優しい。なので、読んでいる最中はあれこれ考えることなく、その人物の心が素直に真っ直ぐに心に刺さってくる。では、簡単な内容なのかというとそうでもなく、読んでいる間中、そして読後も、その風景や、人物の感情、どうかすると、その周りに生きる人々まで含めた世界観が、しばらく自分の周りを覆っているような、別世界でありながら、とても親しみのある所へ身を置かせてくれる。しっかりとした物語の世界の中で、読者はあれこれと想像を働かせることができる。そして、その多くは、本来日頃の生活の中で感じ得る人間の優しさであったり、辛さであったりする。これこそが、人の気持ちを考えたり、想像したりするということではないだろうか。
そして、最後に突然の散文詩。スケールが大きく、何者も近づけないような大きな流れた時の存在。震えました。
今読んで良かった。こういう本を読みたかった。文が美しく、現実の生活に即していながらも、なかなか出会うことのない人の真心や優しさに触れさせてくれる本。移り変わる自然の風景と人生の時。
上質な上にわかりやすい文章なので、若い方にもたくさん読んでもらいたいです。
好きだったところ******
少し前に南の風が強く吹いたろう。あれが春の挨拶だ。透き通った刷毛を走らせて、自分の通り道を見せていく。131
今日も一人励ましたと、言った本人だけは思っている。相手の思いやりの方が上でうなずいてくれたかもしれないのに、いいことを言ったような気分で鼻の穴を膨らましている。
だが、一人ぼっちになると、他人を励ました分だけへこむようなところが継治さんにはあった。すべては虚勢なのだ。166
良い時も悪い時も、すべての景色を味わうのが人生なんだとお母さんは思うわ。235
時よ、いつ過ぎ去ったのだ。
輪郭のつかめないこの風景を、
今、愛せよというのか。
なにもかも、これが本当の姿だというのか。239