下重暁子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んだのは2回目。
暗黙の了解で誰も言ってはいけない「理想の家族像」への批判を気持ち良いくらいにハッキリと述べているのが作者らしく好感がもてた。
たぶん理想の家族を築いている大方の日本人にはなかなか理解されない内容かも。典型的な日本の家族である私の親兄弟も、きっと共感できないかなと思う。
日本人は枠の中にはめておけば安心、家族を持てない人は何かしら問題がある、と決めつける節があるように思う。
愛がないなら家族ではないし、家族だからって語らずとも全部分かり合えるわけではない。わかりあう、愛を与えようと努力することで初めて家族が成り立つ。
それらができないならもはや家族ではない、という主旨には同感したし、私はこれから築くかもしれない家族になる人たちとはこの教訓を胸に接していきたいと思う。
ちょっと逸れるけど、生前の祖母が家族に対してたぶん無礼を働いた?わたしに「親しき者にも礼儀ありよ」と言っていたことをふと思い出した。
家族だからってなんでもかんでも許されるわけではない。
敬意と愛情をもって接することが大切。
2022.08.14 -
Posted by ブクログ
岡田斗司夫さんが以前“賛否両論大あり”とコメント残した作品。著者 下重暁子さんの今の人生観を知ったうえで、私のもつ『孤独』と世間一般の『孤独』をイメージを対比させながら考えてみた。
確かに『孤独』のとらえかたが私のものとは違う部分がある。もちろん重なる部分も多い。
下重さんの孤独は積極的なイメージが強い。“自分と向き合う”とか“自分を見つめる”とかの内省の側面、何かを実現するために時間やエネルギーを集約する磁力のようものや、自分が成長する養分として必須のものといった前向きとして捉える側面だ。
一方で“そんないいもんちゃう。本当の孤独を知らんのや”という思いも過ぎる。それが私と下重さんの『孤独』が重ならない部分。この重ならない部分は何か違う言葉を使って表現した方がほいのかもしれないと思ったりもする。
でもこの重ならない部分が、小説や映画のなかでは多く重なることがあるから、それを考えると私の『孤独』との相違は世間一般の『孤独』の相違とも重なるのだろうと思う。
そして、それはなんか運命という背景があってこその『孤独』というグラデーションのようにも思えてきた。
言い切ったり、拘ったり、突っかかったりするほどのことでもないと。
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Posted by ブクログ
田原総一朗の突っ込みに対し、下重暁子がパシッと答える対談集。
小気味の良い丁々発止に、二人の傍らで聞いているかのような臨場感。80歳代の二人ゆえ、話題は当然老いについて。
男を代表し田原氏が、男は孤独に苦しんでいると吐露するのに対し、下重氏は、女性は生活者で男より孤独に耐えられるとバッサリ。
最近話題の「終活」についても。
マスコミが他にネタが思いつかないから騒ぎ立てるので、家族を信頼していればデスノートや遺言など必要ないと。
他に楽しいことがあるはずなのに、死ぬことばかり考えているから毎日が暗くなるのだと、二人が同意する。
田原氏が放送中に死ねたら本望だと言えば、下重氏は夕暮れ時に夕焼けから日の光が弱まって最期に闇になる瞬間に逝くのが理想の死の場面だと、答える。
健康あるいは病気についても、検査結果が正常値から多少はみ出してもそれがどうした、肉体的な衰えなんて当たり前なのだから、その変化を楽しめ、と下重氏は突っぱねる。
老化に思い惑う高齢者に、一読の価値があるのでは。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人生のてっぺん(死ぬとき)に向けて、今できる準備を行うとともに、家族のことを思い、自分らしく生きるためのレッスン。参考になりました。
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・私のモットーは「仕事は楽しく、遊びは真剣に」
・奥様を先に亡くされ、世田谷区大原のお宅にお嬢様と二人暮らし。床に臥せてからは、誰にも会わず少しずつ食を断ち、大好きなお酒も飲まず、水だけは飲まれていたのを少しずつ減らし、ついには一滴も口にせず、臨終を迎えられた(暉峻康隆(てるおかやすたか)早稲田大学教授)
~これも自死の一種だと思う。
・「死ぬとき、そこが人生のてっぺんだ」(むのたけじ/言論人)
人は死ぬ時が一番個性的であるべきなのだ。
・ある程度の年になったら、一人で外を出歩く時は、何かあった時のために自分の名前や住所、家族の電話番号をメモしたものを財布にでも入れておいた方がいいと思う。
・私は日本尊厳死協会から書類をとりよせており、いつでも書き入れれば提出できる状態にある。
・(墓参り)これらは死者のためのものではない。生きている人のための行事であり、明日死んでもいいためのレッスンなのだ。 -
Posted by ブクログ
それほど新しいテーマでもなく、今まで散々
言われてきた「孤独であることは決してマイナス
ではない」という投げかけですが、大ベスト
セラーなのはご存知の通りです。
なぜでしょうか。
いわゆる文化人や功なり名を遂げた人だった人
たちが語っていたからなのでしょうか。
女性が著者だったからでしょうか。
なんだか似たようなテーマで類似本がいくら
でも出て来そうな気がしましたが、そうでも
なかったですね。
やっぱり出尽くした感があるのかな。
それでも、この詩には共感しました。
孤独な鳥は、高く高く飛ぶ
孤独な鳥は、仲間を求めない
同類さえ求めない
孤独な鳥は、くちばしを天空に向ける
孤独な鳥は、決まった色を持たない
孤独な鳥は、しずかに歌う
16世紀スペインの詩人サン・ファン・デ・ラ・
クルスの詩