「目に見えるタンパク質として、まずは牛肉や豚肉、鶏のもも肉など、食べ物としてのタンパク質を思い浮かべてみよう。肉はまさにタンパク質の塊と言ってもいいが、筋肉の主成分はアクチンおよびミオシンと呼ばれる筋肉の収縮運動には必須のタンパク質である。特にアクチンは動物の筋肉から容易に抽出、精製できることから、古くから研究されてきた。 豚骨ラーメンなどで骨を煮出した出し汁は冷えると固まってくるが、この固まりの中に多く含まれる成分としてコラーゲンがある。女性なら美容効果の面でコラーゲンを知っているかもしれないが、このコラーゲンも、私たちの身体を構成している全タンパク質の実に三分の一を占める、もっとも多いタンパク質であり、これも古くから研究が進んでいた。コラーゲンは細胞が作り出すタンパク質であるが、細胞の外へ分泌されて、細胞外マトリクス(基質)と呼ばれる、いわば細胞の蒲団のような役割をして、細胞と細胞のあいだを埋めるタンパク質として重要な位置を占めている。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「タンパク質の一生を ることは、いっぽうでまっとうな人生を送れなかったタンパク質にスポットをあてることにもなるだろう。正しい人生航路から横道に逸れてしまったタンパク質は、往々にして宿主である細胞や個体に悪影響を及ぼす。そんな病気がいくつもあることが分かってきたし、タンパク質の異常なふるまいによって引き起こされる種々の病態から、細胞や個体を守るために、細胞はタンパク質の品質管理を徹底する絶妙なシステムを備えていることも明らかになってきた。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「 二〇世紀最大の発見とも言われる二重らせんの発見物語は、ワトソン自身の著書『二重らせん』に詳しいが、どのような経緯でその発見がなされたかという、分子生物学黎明期の状況のほかに、若く野望に燃える研究者たちが、熾烈な競争の中でいかにみずからのアイデンティティを確立するために切磋琢磨しているかという、今も昔も変わることのない研究環境についても示唆深い物語を含む名著である。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「セントラルドグマのところで見たように、ごく単純に言えば、私たちヒトの生命維持の根幹には、三つの要素が登場する。まずひとつ、情報を保存する〈 DNA〉。次に、その情報を転写し、伝達・翻訳に働く〈 RNA〉。そしてその情報を元に生成され、構造を持つことによって「機能」を果たす、すなわち「触媒能」を持つ〈タンパク質〉である。 DNAの情報を基盤にして三要素が役割を分担している現在の生物の世界を、 DNAワールドと呼ぶことがある。この世界では DNAとタンパク質の役割が重なり合うことはない。二重らせん構造を持つ DNAは単に情報を保存するだけで、触媒能を発揮することはない。同様に、タンパク質は自己複製能を持たず、そこから遺伝情報を復元することはできない。 ところが RNAは、対となる塩基を持たない一本の鎖であるため、長くなると折れ曲がって、はるか離れた RNAの一部分の塩基と、 DNA二重らせんで見たように対を作り、安定化して、未熟ながらもある種の構造を作ることがある。構造を持つということは、分子表面に凹凸ができるということである。それら分子表面の凹凸によって他の分子との相互作用ができるようになると、それはその分子がある種の機能を持ちうるということを示唆している。このような仕組みによって RNAは、自己複製能のみならず、ある種の機能を持つことが可能なのである。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「この研究は『ネイチャー』や『セル』などの雑誌に掲載されたが、当時、誰もが「おそらく原理的にはそうなるだろう」と思いながら、まさかと思い、自分の手では試みなかった実験であった。どんなにばかばかしく思えることでも実際にやってみなければ何も始まらないものだと身につまされた経験である。実験科学では、往々にして〈蛮勇〉を奮うことが大切だ。「学んで思わざれば則ち罔し、思うて学ばざれば則ち殆し」と言ったのは孔子だが、実験科学では学んでいるだけでも、思っているだけでもだめで、それを実際に手を動かして証明してみるというその行動力が大切になってくる。手が早いとか、腰が軽いというのは世間ではあまりいい意味で用いられないが、私は実験科学に携わる研究者は、思い立ったらすぐに試してみるというフットワークの軽さが大切だと思っている。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「腫瘍組織の特徴は、正常組織に較べて、低栄養、低 pH(弱酸性)、低酸素状態であるということである。これらはいずれも温度に対する腫瘍組織の感受性を高めることに寄与している。腫瘍組織内にも血管は発達し、とくにがん細胞自体が血管を誘導する物質を作り、血管を自らの組織内に引き込むことによって栄養を確保し、増殖する。がん細胞はしたたかである。しかし血管の発達は正常組織に較べて未熟であるので、血流によるクーリングの効果が正常組織より弱く、温度が高くなりやすい。これらの特徴ががんの温熱療法を効果的なものにしている。 ところが困ったことに、がん細胞と言えどももともと私たち宿主から出現した同じ細胞なのであり、当然、熱ストレスに反応して、ストレスタンパク質を作ることによる自己防衛能を持っている。温熱療法を施した次の日もう一度熱をかけても、生き残ったがん細胞はすでに熱に対して耐性を獲得してしまっている。温熱療法は、通常、週に二回のプロトコルでなされているが、一度熱をかけた時にできたストレスタンパク質が消えるまでに二 ~三日かかるため、それが消える頃を待ってもう一度熱をかけることになる。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「先述のように私たちは一日あたりおよそ二〇〇グラムのタンパク質を新しく合成しなければ生命を維持できないが、その原料であるアミノ酸が足りない場合、無理矢理にアミノ酸を作り出すべく、オートファジーの機構が積極的に働き始める。たとえば赤ちゃんが出生するときのことを考えてみよう。母体の中にいるとき、赤ちゃんはお母さんから栄養をもらっているので、タンパク質の原料に困ることはない。ところが出生直後、あるいは分 のあいだは、母体からの栄養補給が途絶え、アミノ酸不足をきたす。いわば一種の飢餓状態である。そのとき赤ちゃんは、自分の体内のタンパク質をオートファジー機構で分解して、無理矢理アミノ酸を作り出しているらしいのである。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「 自然のおもしろさ、あるいは科学の醍醐味は、ひとつのことがわかると、それ以上に多くの や疑問が湧いて出てくるところにあると私は考えている。〈わかったこと〉以上に、〈わからないこと〉が湧き上がってくるのである。この不思議さこそが、私たちを自然科学という分野に釘づけにするのであり、飽くこともなく日々研究に明け暮れさせる理由になっている。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著
「いわゆる「科学もの」は一般の読者に伝えるのがなかなかむずかしいものだ。正確に伝えようとすると、些事にとらわれて専門的になりすぎ、一般を意識し過ぎると中途半端なものになってしまいやすい。そのような本質的に困難な課題を意識しながら、とにかくこの分野のおもしろさを、ふだん生命科学分野とは縁のない方々にもなんとか伝えようとしたのが、本書である。」
—『タンパク質の一生-生命活動の舞台裏 (岩波新書)』永田 和宏著