河合敦の作品一覧
「河合敦」の「殿様は「明治」をどう生きたのか」「面白すぎる!幕末史の授業――ドラマチック講談×最新歴史研究で一気にわかる」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
岩崎弥太郎と三菱四代
著:河合 敦
出版社:幻冬舎
幻冬舎新書 か-11
本書は、岩崎弥太郎が、土佐で起業して、終戦後に三菱財閥が解体されるまでを描く。
■弥太郎を巡る人脈
吉田東洋 少林塾 土佐勤皇党高市半平太らと対立
後藤象二郎 開成館
坂本龍馬 亀山社中、土佐商会、海援隊、
九十九商会
三川商会
三菱商会
大久保利通 台湾出兵
大隈重信 立憲改進党
■岩崎家の系譜
父 弥次郎
① 弥太郎
② 弥之助(弟)
③ 久弥 (長男)
④ 小弥太(弟の長男)
1873 三菱商会発足
1945 三菱財閥解体
戦後の三菱グループへ
気になったことは以下
・凡庸な人間でも、かならず一つは光る才能をもっている。それに気づいたとき、人は、大きく脱皮して飛翔するものだ
・弥太郎は、まさに大風呂敷の馬鹿者だった。
「治世の能吏、乱世の姦雄になるのが、自分の夢だ」
弥太郎の偉さは、大風呂敷を広げるだけではなかった点にある。誰よりも勉強したのだ。
・努力なくして大成なし
・社則には、社長による独裁が謳われている。これが三菱の伝統になっていく。
・大胆な理念を語る弥太郎であったが、常に細心さを忘れず、堅実な経営を展開した
・いかにして良い人材を集めるか、また、育てていくか、それが、会社の成長、存続にとっては重要なのだ。
大学卒や、外国人を率先して採用していたのが、弥太郎の三菱である
・次代をになう日本人を育てることこそが、政治改革の最重要課題なのである。
・我慢する心、すなわち耐性というものを幼少時代に叩き込まなければ、人は世の中の荒波を渡り切ることはできない
・時運に恵まれず逆境にある時はこれを他に譲るのは容易であるが、
好調の波に乗り成功の絶頂にある時にこれを行うのはよほど腹の出来た者でなければ為し得ない。
・三菱は公器であって、岩崎個人の私有物ではない。
社会の改革は漸進的になすべきで、急進的変革は百害あって一利なしだ。
目次
まえがき
第1章 龍馬を支えた商売の天才、岩崎弥太郎
第2章 弥太郎の野望―政府との果てなき闘い
第3章 温厚沈着な経営者、岩崎弥之助
第4章 久弥と小弥太の拡大経営
主要参考文献
ISBN:9784344981560
判型:新書
ページ数:216ページ
定価:780円(本体)
2010年01月30日第1刷発行
2010年02月10日第2刷発行
Posted by ブクログ
相馬騒動は相当に関係者にはたまらなかっただろうなぁと思う。陰謀論は罪深い。
板倉勝静 7代備中松山藩主。松平定信の孫で婿養子に入った。徳川慶喜に騙されて京都から大阪、江戸へと連れてこられた。老中を辞し世子に跡目を譲って日光山に謹慎。国本では熊田恰が切腹している。その後旧幕府軍と共に蝦夷に渡る。新政府軍に捕縛される。安中藩へのお預けとなる。廃藩置県。上野東照宮の祠官となる。
島津久光 本来なら薩摩藩主になるはずだったが、お由良騒動でなれず、息子の忠義が後を継ぐ。国父と呼ばれて大きな力を持つ。生麦事件、薩英戦争、明治維新。鹿児島にいた。大久保は東京に来るように説得するが、承諾しないので勅令でひっぱり出そうとしたが、病気を理由に断る。廃藩置県で薩摩藩が消滅すると激怒する。明治天皇が巡幸して鹿児島に下ったが、ダメ。明治6年にようやく上京。西郷の下野に相次いで鹿児島に戻る。また東京に戻るが、いろいろごちゃごちゃと明治政府にイチャモンをつける。明治9年に鹿児島に帰る。西南戦争の際は様子見。
相馬誠胤 相馬中村藩13代藩主。14歳で藩主になり、すぐ戊辰戦争。東京に来て、慶應義塾で学ぶ。明治9年頃から精神病に。統合失調症か?座敷牢に閉じ込められる。ただいろんなデマが出て、不当に換金しているのでは?となり、相馬騒動が起こる。大物政治家たちに働きかけるものがいて、拘禁の必要なしとしてしまった。家族はなんとか病院に入院させる。錦織が執拗に脅迫状を送りつけるので、相馬家は誠胤を引き取る。また入院させる。今度は入院先に押し入ってきて錦織逮捕。錦織は誠胤を病院から連れ出し、最後は静岡で自主。誠胤は亡くなる。錦織は毒殺を疑い、死体解剖届を出す。妄想も含んだ「相馬騒動の真相」がベストセラーに。旧家臣が毒殺を告白したので、相馬家の家族は訴えられる。墓を掘り起こして解剖したが、毒殺は否定された。
稲田邦植 徳島藩筆頭家老の子。明治3年に稲田騒動が起きる。徳島藩蜂須賀氏の直臣1800人が家老の稲田邦植の屋敷を襲撃して15人を殺害。徳島藩からの独立を企てたのが原因だった。明治政府は稲田氏の独立を認め、騒動が起こりそうだったので北海道に移そうとしたが事件が起こったのだ。事件後北海道に入植。
有馬頼咸 久留米藩代11代藩主。19歳で家督を継ぐ。久留米藩は新政府側に加担しようとしていたのだが、鳥羽伏見が勃発して動揺したのか、不破美作を暗殺。徹底的に開化派の弾圧にのぞんだが、恐怖政治になってしまう。長州藩の内乱の原因の大楽が久留米藩に転がり込んできて、長州藩が引き渡しを求めたが、シラをきる。久留米藩は新政府転覆計画を企てていた。口封じに大楽を暗殺することにする。だが廃藩直後、熊本藩が押しかけて久留米城を占拠する。
伊達邦成 岩出山伊達家14代当主。反新政府として奥羽越列藩同盟の盟主に。最終的には降伏する。亘理伊達家はほぼ取り潰しになった。蝦夷地開拓をトライする。門別を開拓することとし、先祖代々の宝物を売り払う。養蚕や稲の栽培に成功。見事に開発に成功。伊達邦成は男爵に叙される。
黒田長博 黒田家11代藩主。戊辰戦争の頃に財政破綻。贋金造に精を出す。弾正台によって暴かれ、5人が斬罪、遠島や禁錮者がでて、黒田長知も免官になる。