あらすじ
殿様は、明治をどう生きたのか 多くの藩に起こった混乱と騒動
幕末、多くの殿様たちは二六〇年以上続いた江戸幕府が、まさか崩壊するとは思ってもいなかっただろう。しかし、長州征討で天下の徳川家が敗北し将軍・慶喜は政権を返上(大政奉還)、新政府は武力で全国を統一(戊辰戦争)してしまった。
こうした激動のなかで、多くの藩が時代に即応できず混乱を来し、なかにはお家存亡の危機に陥った殿様たちがいた。
たとえば、藩の尊王攘夷派が暴走し、新政府の転覆をはかったことで、お家をつぶされた久留米藩主・有馬頼咸。大量の贋金をつくったことが発覚し、見せしめとして処罰された福岡藩主・黒田長溥。家臣たちに監禁され、毒殺の有無を確認するため墓をあばかれ解剖された相馬中村藩主・相馬誠胤。改易状態から新天地での開拓に成功した名門仙台藩の亘理伊達邦成など。
知られざる明治の大事件と翻弄された殿様たちの人生を追う。
シリーズ累計12万部突破!『殿様は「明治」をどう生きたのか 1・2』、『お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか』に続く人気シリーズ第4弾!
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Posted by ブクログ
相馬騒動は相当に関係者にはたまらなかっただろうなぁと思う。陰謀論は罪深い。
板倉勝静 7代備中松山藩主。松平定信の孫で婿養子に入った。徳川慶喜に騙されて京都から大阪、江戸へと連れてこられた。老中を辞し世子に跡目を譲って日光山に謹慎。国本では熊田恰が切腹している。その後旧幕府軍と共に蝦夷に渡る。新政府軍に捕縛される。安中藩へのお預けとなる。廃藩置県。上野東照宮の祠官となる。
島津久光 本来なら薩摩藩主になるはずだったが、お由良騒動でなれず、息子の忠義が後を継ぐ。国父と呼ばれて大きな力を持つ。生麦事件、薩英戦争、明治維新。鹿児島にいた。大久保は東京に来るように説得するが、承諾しないので勅令でひっぱり出そうとしたが、病気を理由に断る。廃藩置県で薩摩藩が消滅すると激怒する。明治天皇が巡幸して鹿児島に下ったが、ダメ。明治6年にようやく上京。西郷の下野に相次いで鹿児島に戻る。また東京に戻るが、いろいろごちゃごちゃと明治政府にイチャモンをつける。明治9年に鹿児島に帰る。西南戦争の際は様子見。
相馬誠胤 相馬中村藩13代藩主。14歳で藩主になり、すぐ戊辰戦争。東京に来て、慶應義塾で学ぶ。明治9年頃から精神病に。統合失調症か?座敷牢に閉じ込められる。ただいろんなデマが出て、不当に換金しているのでは?となり、相馬騒動が起こる。大物政治家たちに働きかけるものがいて、拘禁の必要なしとしてしまった。家族はなんとか病院に入院させる。錦織が執拗に脅迫状を送りつけるので、相馬家は誠胤を引き取る。また入院させる。今度は入院先に押し入ってきて錦織逮捕。錦織は誠胤を病院から連れ出し、最後は静岡で自主。誠胤は亡くなる。錦織は毒殺を疑い、死体解剖届を出す。妄想も含んだ「相馬騒動の真相」がベストセラーに。旧家臣が毒殺を告白したので、相馬家の家族は訴えられる。墓を掘り起こして解剖したが、毒殺は否定された。
稲田邦植 徳島藩筆頭家老の子。明治3年に稲田騒動が起きる。徳島藩蜂須賀氏の直臣1800人が家老の稲田邦植の屋敷を襲撃して15人を殺害。徳島藩からの独立を企てたのが原因だった。明治政府は稲田氏の独立を認め、騒動が起こりそうだったので北海道に移そうとしたが事件が起こったのだ。事件後北海道に入植。
有馬頼咸 久留米藩代11代藩主。19歳で家督を継ぐ。久留米藩は新政府側に加担しようとしていたのだが、鳥羽伏見が勃発して動揺したのか、不破美作を暗殺。徹底的に開化派の弾圧にのぞんだが、恐怖政治になってしまう。長州藩の内乱の原因の大楽が久留米藩に転がり込んできて、長州藩が引き渡しを求めたが、シラをきる。久留米藩は新政府転覆計画を企てていた。口封じに大楽を暗殺することにする。だが廃藩直後、熊本藩が押しかけて久留米城を占拠する。
伊達邦成 岩出山伊達家14代当主。反新政府として奥羽越列藩同盟の盟主に。最終的には降伏する。亘理伊達家はほぼ取り潰しになった。蝦夷地開拓をトライする。門別を開拓することとし、先祖代々の宝物を売り払う。養蚕や稲の栽培に成功。見事に開発に成功。伊達邦成は男爵に叙される。
黒田長博 黒田家11代藩主。戊辰戦争の頃に財政破綻。贋金造に精を出す。弾正台によって暴かれ、5人が斬罪、遠島や禁錮者がでて、黒田長知も免官になる。
Posted by ブクログ
久光と伊達の話以外はほとんどもしくは全く知らない話ばかりだったのでとても面白かった。特に板倉がこんなに熱いとは知らなかった。著者の文章も平易で読みやすい。