内藤正典のレビュー一覧
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地球に生まれて地球で育って、
外から地球を見ることもなければ、
動いているのは太陽や星だと信じるのは、
無理もないことだと思う。
外から地球を見ることが出来なくても、
注意深くて賢い人たちは、しっかり観察して、
動いているのは地球の方だという結論を出せたのに。
西欧に憧れてコンプレックスを持った日本に生まれて育った自分が、西欧寄りの価値観にどっぷり浸かっていたことに気がついてオロオロしてる。
高校生の時に鬼ヶ島の子守歌の話を聞いて以来の衝撃。鬼ヶ島の鬼の子供から見たら、桃太郎は悪い鬼を懲らしめる英雄なんかではなく、侵略者・略奪者だってことにショックを受けたはずなのに、あれから40年、私は何をしていたのでしょう。
イスラムを知りたい、と思った。
トルコという国に尊敬の念と興味を抱いた。
習ってきた世界史が自分の中で別の結びつきをした。
仏教についても知りたくなった。
いつも使ってない部分の頭が刺激された気がした。
読んでよかった。 -
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インターネットが普及し、日々様々な情報にふれる私達。
この情報について、一歩踏み込んで考えてみようと思いこの本を読みました。
内容は、中東情勢、テロとの戦いを伝えられていること各国のメディアの視点ではどのように報じられているのかを実際の記事を基に説明されています。
中東情勢についての知識がないと少し組織名などのアルファベットなどに苦労しますが、著者の伝えたいことは理解できました。
国レベルで行われている情報操作合戦により真実はとても見にくくなっている。
しかし、だから真実を知らなくてもよいということではないと思う。
そのためには、どこの誰からの情報であるのか、同じ案件に対する情報はないかという多視点を常に持たなければ、真実は見えてこないと知りました。
キーワード
分断するための報道の存在
日本以外のメディアも見る
情報は、毒でもあり薬にもなる
なぜ、日本で報じられないかを考える
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「こういう国々では、女性が「私はヴェールなどかぶらずに外に出たい」と考えても、それをイスラムの教えだと言って国家が規制してしまう。問題はここだ。自分の意思でヴェールやスカーフをかぶるのなら、それはかまわない、と私も思う。しかし、かぶりたくないと思う人の自由を奪うことには、私はやっぱり納得できない。」
「スカーフなど着けない女性たちは、スカーフの着用というのは、憲法に反するだけでなく、女性の人権にたいする堀田、男女の平等にたいする地戦だという。政教分離派の男性も同じことをいう。」
「それには植民地支配をした過去の責任を永久に自覚しつづけなければならない。
第二次大戦でファシズムと戦って自由を守ったイギリスやフランスは、その功績で前の第一次大戦でした大きな罪をごまかしてきた。日本が第二次大戦での戦争の責任を自覚しなければならないのと同じように、イギリスやフランス、そしてロシアも、第一次大戦の前後に中東やアジアやアフリカでしたことの責任を自覚すべきである」 -
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アメリカで2025年1月20日第二次トランプ政権が樹立した。トランプ大統領と言えば第一次政権の際、イスラエルの首都をエルサレムと認め、イスラム社会から激しい非難を浴びた、超イスラエル寄りを政策に掲げる人物である。トランプ氏自身は敬虔なキリスト教徒(自身はプロテスタント、福音派はトランプを熱狂的に支持)であるが、身内にユダヤ人が居ることはよく知られている。その様なトランプ氏が再び大統領に就任したのだから、過去にあったイスラムとの対立の懸念が再発するのは当たり前のことだ。また現在はイスラエルによるパレスチナ侵攻中の最中であり、トランプ氏の介入で一時的な停戦状態にはなったものの、諸外国から見たイスラエルへの処罰的な扱いについては、誰ひとりとして口を挟めない状態だ。世界の富を欲しいままにするアメリカの怒りを買うことは、グローバル経済からの脱落に繋がるリスクを抱えることを誰もが知っている。今再び世界はイスラム社会とキリスト教を中心とする西欧諸国との分断の危機に立っていると言えそうだ。
近年、不安定なアラブ地域からの難民・移民のヨーロッパに向けた流れは、その方向を西側だけでなく日本や中国といった東アジア、インドネシアに代表されるイスラム社会を抱える東南アジア地域にも広がっている。それは世界人口比率におけるムスリムの爆発的な増加を見れば理解できるが、自分の周囲にも見た目明らかにムスリムであるとわかる人が増えてきたのを感じる。会社にも社員として在籍しているし、近頃は空港だけでなく、ショッピングモールでも祈りの場を確保した施設が増えてきた。多産を善とするイスラム教に対して、キリスト教国は概ね先進国として少子化の課題に直面するという、真逆の現象が起きているから、ムスリムの増加は、アジアの東の端日本でも感じられるようになってきた。元々、アラブ社会はトルコなどを通じてヨーロッパに近い位置にある上、少子化による労働力不足に悩む先進国から見ると、労働力としての移民への期待は大きかった。結果的に何百、何千万という人々が、永住を求めてヨーロッパ各国に散らばった。対するヨーロッパ諸国はキリスト教文化であるから、ここに異文化理解の大きな問題・課題が表面化する事になる。その顕著な事例として、フランスによるブルカ禁止の法制度化、デンマークの新聞社が掲載したイスラム風刺画の問題、その他にもイスラム教を風刺の対象とする様な表現者が殺害されるなど、記憶にある方も多いだろう。日本でも数年前にアニメ映画の中で、イスラム教で禁じられるクルアーンの音源化などが映画の配給を一時的にストップさせるといったニュースもあり、イスラム教の教えの中で何が禁じられるかなど興味を持った方も居たのではないだろうか。
そもそも生まれた土地も信仰も考え方も異なる人間が集まれば、理解が出来ないことはたくさん出てくる。イスラム教では食さない豚肉を、日本人もスペイン人も問題なく食べている。正確にいうなら日本やスペインを国籍にもつムスリム以外は食している。ムスリムが食べないのは自分たちの信仰であるイスラムの教えに於いて禁じているからであり、豚肉を食す人々を見ても何も思わない。イスラム教とはムハンマドの日常生活の中に密接した教えを守ることが主であるから、かつて不衛生な社会の中で、生の豚肉を食べて食中毒になった事に起源するかもしれない(私は正確には知らないが)。そうした積み上げられてきた、安全に平和に健康的に生活する為の知恵の集合体と言っても良いのかもしれない。そうした教え(ハディースなど)を守って生きる事がムスリムの考え方であり、ごく一部の思想(イスラム国)を除いて、土地に縛られる事もない。一方でキリスト教徒は地続きのヨーロッパで如何に租税をかき集めるか、肥沃な土地を奪い合うような国境に縛られてきた人々である。ここにも考え方の差は大きく影響するだろう。それが更にはその国の政治や経済に作用し、異なる考え方を持つムスリムからは理解できないだろうし、その逆キリスト教徒のイスラム社会の不理解、理解不足を生むのは当然だ。個人の思想、宗教、政治あらゆる差異がある中で、双方に馴染めない人々がやがては一致団結して対立に加担する。またそうではないイスラム社会の中にも、異文化に染まっていく事への危機感を持つ人々もそこに加わる。どちらが先か、同時かは判らないが、次第に対立構造が明確化し、そこへメディアを通じて広く影響を及ぼす事が可能なトランプ大統領の発言が出れば、とても相互理解に至るまでは遠いだろうと感じる。
益々混迷を極める世界の宗教事情。日本人は島国で閉鎖的で無宗教などと言われた時代は終わりを告げ、ヨーロッパ諸国の様に、異文化、他文化への接触機会が増えている。ドイツの血統を重視する国民性、フランスの多様性を重視すると言いながらも共通を押し付ける国民性、トルコやアラブ世界に広がる宗派による複雑な対立関係。そしてそれを後押しするアメリカやロシア、イランなど。日本はアメリカの顔色ばかり窺い、追随しているだけで良いのか。少子化の波は止まらず、インバウンド需要も最高潮に、街には外国人が溢れかえる。ヨーロッパ諸国と同じ轍を踏む必要はない。寧ろ、生活の中に特定の宗教感に縛られにくい日本人だからこそ、分かり合える土壌は大きいと感じる。相手を理解し、協力し合える世界を今こそ日本が主導して作るべきではないだろうか。少なくとも私の周りには、ムスリムやキリストを「異なる」と考えている様な空気はなく、それぞれの文化や考え方を理解する人間が多く感じる。狭い島国で互いに分かり合えなければ、暮らしていけないからではないだろうか。 -
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10・7に始まるイスラエルのガザ侵攻を止めることができない欧米中心の国際秩序を「リベラルのダブルスタンダード」という観点から厳しく検証する。米国の若年世代の政治動向をウォッチしている三牧氏の議論は、バイデンの筋金入りの親イスラエルぶりを指摘する一方で、米国内部が決して一枚岩ではないことを示すものとなっている。
一方で内藤氏は、トルコから見たEU、米国、イスラエルという視座を提示するが、エルドアンの政権をどう評価できるのかがいまひとつわからない。エルドアンといえば強権的なメディア統制を行っているとされるが、そのようなイメージも歐米メディアによるバイアスということなのか? ウクライナ戦争が始まる前、反米・反グローバリズムの文脈でプーチンを相対的に持ち上げるような議論が散見されたが、氏の見解は、そのような種類の言説と差異化できるのだろうか。
三牧氏は、イスラエルの侵攻を支持する欧米の動きを指して、「言葉が歪んでいる」とする。彼ら・彼女らの「言っていること」と「やっていること」との乖離を指した直観的な物言いと思うが、そもそも第二次世界大戦後の国際秩序じたいが、いくつもの虚構=擬制の積み重ねの上に成り立ったことを想起してもよい。イスラエルの建国=パレスチナ人の追放は、その虚構=擬制の最たるものの一つだろう。冷戦構造の崩壊後、30年にわたって延命させられてきた「世界」を成り立たせる約束事としての虚構=物語――近代、自由、人権、倫理、法の秩序――について、ひとつひとつのコンセプトを鍛え直すことから求められている。いま戦争と平和を語ることは、こうした歴史的なパースペクティブの下にあることを自覚するところから始めるべきではないのか? -
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イスラム教は旧約聖書を同じくする宗教の中で最も新しい宗教なので、それ以前の預言者であるモーゼもキリストも認めていますので、他の宗教に対して寛容な宗教なのですが、私たちはイスラム教は排他的な宗教であるかのように思っています。却ってユダヤ教はユダヤ民族の選民意識を、キリスト教は三位一体というキリストを預言者ではなく神と位置付けるという強引さが他の宗教に対して不寛容にしています。
私たちはイスラム教を全く理解していないのに、イスラム教よりはキリスト教の方が正しいという偏見を持っているので、イスラム教徒がなぜ増えているのかも、パレスチナ問題もわかりません。この本はイスラム教のことをとてもわかりやすく説明してくれる良書です。 -
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ネタバレあなたはイスラームをちゃんとわかっていますか?
10年ほど前に出版された本だが自分の知らなかったことが多く勉強になった。イスラームの「法」とはどのようなものか、それぞれの国がどのような歴史を辿ってきたか、「アラブの春」の西洋的な視点のズレなど。特に勉強になったのは西洋の民主主義というのが宗教と政治を分離させる世俗主義であり、宗教的なものを政治や国家に持ち込むのを「遅れている」と見ていること。だから無理にも「進んだ価値観を教えてやろう」とイスラームの考えを無視し、自分たちの価値観で判断して動くから混乱を産んでいる。
アメリカやヨーロッパとイスラームはこの先どうしていけばいいのだろうか。そして日本は。自分たちのやり方や考え方が他より優れていると思っていたら、つい偉そうに教えたくなるし変わる方が幸せだと大きな親切をしたくなるけど、それはよくない。出版から10年経ち、この時点からさらに世界は揺らいでいる。今のイスラエルの動きもこの本から気付くこともあった。まだ考え続けないといけない。 -
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オスマン帝国崩壊=トルコ共和国建国100年の節目に出された本書。トルコ近代史と内政/外交事情について知ることができたが、この分野初見の私には少々難解だったので、再読の必要性を感じる。
2023年の大統領選挙。ウクライナ戦争での対応(ロシアへの経済制裁を行わない、フィンランド・スウェーデンのNATO加盟に条件を付ける等)もあってか、エルドアン大統領は特に日本や欧米では「独裁者」「(やや差別的ニュアンスを含む)イスラム主義者」「差別主義者」のようなイメージで批判される報道が多かったように感じるが、本書での解説を読むに、かなりバランス重視のスタンスであると理解した。
世俗主義とイスラムの両立は絶対的に不可能だが、エルドアン大統領の弱者救済と国民の総意を重視する姿勢は、双方の主義の「いいとこどり」のような感じで、イスラム教徒が大半を占める共和国においては、非常にバランスの取れたやり方なのではないかと思う。欧米諸国からの批判が多いのは、トルコ国内の左派と同じように、イスラモフォビア的な要素がかなり影響しているのではないかと感じた。
大統領選挙キャンペーン期間中の5月上旬頃にちょうどトルコに滞在していたが、エルドアン大統領の評価は世代によってかなり分かれている印象だった。クーデターが頻発し、血と暴力で支配された暗黒時代を経験している年配層は、インフレで苦しくてもエルドアン支持。逆に経済政策や不法移民・治安問題に不満を持つ若年層は左派支持という感じ。
エルドアン大統領が難民受け入れを続けていることを当時知らなかったため、特に不法移民にひどく不満を持っている話を聞き、てっきり保守派=右派=エルドアン支持?と思っていたらエルドアン反対のようで混乱していたが、いわゆる日本の左派とは異なり、「トルコの左派=保守派(?)」という特殊な在り方ということが本書内で説明されており、ようやく納得できた。
トルコのクーデター時代の話を読み、左派=世俗主義・リベラルと言っても、行き過ぎると差別的・暴力的・排外的になるのはどこも一緒なんだなと思った。世俗主義を絶対とするが故に過剰に反応し、イスラム的価値観を持つ人々にかなり排外的な対応を取ってきたことで、現在のエルドアン支持層が逆に強固なものになったのは非常に興味深い。 -
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現代イスラム地域研究が専門の著者が、イスラム側から眺めた現代の相克。西欧の視点、キリスト教の側からイスラムを分析したものを読むことが多かったから、バランスをとる意味でも有益な本だった。特に地理的にも歴史的にも東西の文化が交わるトルコに関する記述は学びが多かった。
「多文化主義」という言葉も、この本を読みながら定義しなおすことができた。フランスの世俗主義、ライシテ、公的領域における非宗教性と、すべての宗教を平等に扱う制度の異同。非宗教性が国家原則になっているということは、多文化主義が根付く素地がない、という解釈。コミュニティごとに分かれて国家に参画するという考え方と、人種でも民族でもなく、個人として共和国の一員となるなら受け入れる、というスタンスの違い。オランダの歴史を読みながらこの部分がよく理解できた。