内藤正典のレビュー一覧
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内藤先生は昔近くの研究室にいながら何となく近よりがたい存在だった。そんな先生の本を見かけたので、躊躇うことなく迎え入れた。
情報に容易くアクセス出来るからこそ、操作もしやすい。複雑な話題は、シンプルに捉えて考えた方が楽なため、ついつい対のフレームで考えがちである。しかし、対で考えることは、時に分断を生む。シンプルな構図で捉えられるほど、現実は単純ではない。一方、シンプルに敵が分かる方が、権利側は都合がいいし、自分も正義を振りかざせて気分がいい。
本著には、その情報は誰の視点かを考えることが大事だとある。併せて情報にフィルターをかける自分の視点とは何か、それを言語化することも大事だと考えた。 -
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内藤正典氏(1956年~)は、中東の国際関係を専門とする地理学者・国際政治学者。
本書は、著者曰く「私が専門とする中東とヨーロッパ、イスラーム地域を切り口に現代の「限界」を浮き彫りにしようとする試み」であり、80年代前半にシリア、90年代前半にトルコに留学した経験を活かし、「シリアとトルコとヨーロッパ諸国で起きてきた地殻変動をつないで、世界的な規模での危機の構造を描こうとした」ものである。
本書では、書名に表された、今や「限界」にあるものとして、「EUの限界と(進んでいるヨーロッパが遅れている他世界を見下した)啓蒙の限界」、「国民国家の限界」、「国連の限界」を示している。
しかし、読み終えてみると、それらは独立した問題ではなく、突き詰めれば、ヨーロッパが「共通で普遍的な価値観」と考えて疑わなかったパラダイムが、実はそうではなく、その限界と矛盾が露呈して様々な問題が起こっているのだということがわかる。大航海時代から産業革命以降の世界の大きな潮流は、他地域に先駆けて近代化を果たしたヨーロッパが、自分たちの価値や制度を他地域に押し付け、それと異なる考え方に立つ価値や制度を排除しながら相手を征服して地球規模に広げてきたということであるが、そうした「exclusiveなグローバリズム」は限界に達したのである。
著者はイスラーム地域の専門家であり、そうしたヨーロッパのパラダイムと異質のものとして、現在対立が最も表面化し危機的状況にあるとも言えるイスラームについて詳しく述べているが、問題の本質を「ヨーロッパ対イスラーム」に求めてはいない。重要なことは、世界にはヨーロッパ以外の複数のパラダイムが存在することに気付き、お互いにそれらのパラダイムを認めることである。パラダイムの相違は「違い」であって「優劣」ではない。それを認めようとしないと、自分たちのパラダイムで相手を差別し、見下し、敵意を持ち、疎外する。そして、そうした姿勢を正当化しようとすれば、衝突が起こることになる。それらを避けるためには、双方のパラダイムを尊重し、(ヨーロッパ的パラダイムが作り出した)国家という枠組みを超えて、その差異を柔らかく内側に包み込むことのできる「inclusiveなグローバリズム」をめざさなくてはいけないとしている。
また、21世紀に入ってからの「ヨーロッパ対イスラーム」の対立は、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」の理論が顕在化したものと説明されることが多いが、著者はそれについて、ハンチントンの「文明の衝突」は“理論”ではなく“シナリオ”であり、「文明の衝突」が起こったのは、その理論が正しかったからではなく、そのシナリオに沿って、イスラーム文明が西洋文明に敵対するものと見做され、意図的に引き起こされたのだと述べているが、上記の文脈を踏まえると、その見解も説得性がある。
私は、イスラームのパラダイムについての積極的な賛否は持たないが、著者の「ヨーロッパ的パラダイムによるグローバル化の限界」と「それを乗り越えるための多様なパラダイムの尊重の重要性」という主張には全面的に同意するし、非ヨーロッパ人である我々こそ、それを声に出し、世界の変革をリードしていかなくてはならないと思うのである。
(2018年11月了) -
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ムスリムの文化について述べられていることで驚いた点は以下である。
今後のムスリムとの付き合い方に生かせそうだ。
・お店でムスリムがお茶を出してきたら、買い物をしてお返しをすると、ムスリムは悲しく思う
・ひとりでいることは悪いこと
・何でも分け与える文化
外相と急遽面会できたというエピソードには胸が温かくなった。
日本人は人生に安らぎを見出せず、生き物やキャラクターに癒しを求めるという作者の指摘に、とてつもない衝撃を受けた。
私には愛猫がいるが、心の支えになっている。
愛猫=宗教のようなもの、というわけではないが、特定の宗教を信じている人々はこんな気持ちなのだろうか・・・ -
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ネタバレこわい題名だ・・・と思いながら早朝のファミレスで頁を捲りはじめた。
作者の著書は本当に面白く、最近内藤先生の本ばかり読んでいる。
ジダンの引退報道については、当時のおぼろげな記憶しかないが、ムスリムであることが原因になっているとは全く思いもしなかった。
今までの人生ではムスリムと出会ったことはないが、これから先出会う可能性がないとは言い切れない。
本書でムスリムとの付き合い方を知ることができて良かった。
私の夫にも、ムスリムと知り合った場合やその奥さんには何をしてはいけないのかを話した。
(文化的なものに興味のない夫もずいぶん面白そうに聞いていたのが良かった。)
本棚に置いておきたい一冊である。 -
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この1年、内藤先生のツイッターを通じて、中東、イスラム世界のことを知ろうとしてきた。
学生時代からずっと、中東問題について、もっと知りたいと思っていたのだが、イランとイラク、スンニ派たシーア派が、どっちがどっちかすぐわからなくなるくらいの全くいい加減なものだった。1年前(多分、日本人人質殺害事件をきっかけに)内藤先生と(勝手に、一方的に)出会い、この先生を通して学ぼうとおもった。
情けないことに本を読むのは初めてだった。
「生」内藤先生を拝見する機会を控え、大あわてで読んだ。大変わかりやすく書かれていて、もっと早く読むべきであった。
私のような、中東問題、イスラム社会について知りたい気持ちは強いのだが、難しく、複雑で、なかなか理解しにくい、頭に入りにくいと思っている人に、是非オススメしたい。 -
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ムスリムについて分かりやすく書いてある。
イスラム原理主義というのは西欧のキリスト教側からつけたもの。
ムスリムにとっては何のことやらわからないもの。
ムスリムは寛容である。
第一自殺は罪。
他人にイスラムを信仰せよと強要することはない。
すべては神の思し召し、という考えはある意味日本の「おてんとうさまに聞いてみな」、という感じで理解できる気がする。
因果という考えがないことは時に問題でもあるようだ。
(本書では乱暴な自動車運転、事故を挙げている。)
原因がわかったからといって解決しない問題は多い。
そういうときにムスリムの考え方は解決の方法のヒントをくれるのではないだろうか。
原因と結果という考えが生まれにくいことが難点になることもあるようだ。
因果を明らかにしたうえでそれを超えた