楡周平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレアメリカで養父にレイプされ続けた移民少女を救うため、養父を殺害した日本人少年の裁判。「Cの福音」「巨流再生」などをイメージするとちょっと違う。
「裁判員制度」が導入される時はいろいろな議論を巻き起こしたが、そこが日本、導入されてしまえば無条件で従い、修正議論もおこらずマスコミも忘れたかのように何も言わない。この作品は導入以前で当時のテーマとしてはホットだが、「なぜ、法律知識のない一般市民に陪審員として判断を求めるのか」を「情」で結論づけるだけでなく、事件に興味を持たない陪審員が徐々に関心を示し、最語にはひとつの結論に辿り着くのは”楡らしくない”視点。御用本みたいになっている。楡ならば逆の結論の巻き起こす混乱・怒り・悲しみなんかを描いて欲しかった。 -
Posted by ブクログ
好きな小説家である楡周平さんが社会問題に言及した一冊。
う〜〜ん、ちょっと無理があるかなぁって感じな一冊。述べていることは確かに同意できる一面はあるんだけど、具体策が伴わないなぁって感じ。
ただ、八方美人な政治の進め方にはイラッって来ていて、国民の意見なんてその場でコロコロ変わるので、あんまり気にすること無く大局的な検知で仕事してもらえればいいかなぁと感じている。
好きな漫画の一つである「沈黙の艦隊」にてアメリカ大統領であるベネットが「50年後の世界も明日のことと同じように語れる」と述べるシーンがあるけど、そのような政治家が居るんだろうか。 -
Posted by ブクログ
政権交代後、メディアをつうじて「弱者の目線、弱者の立場」という言葉が今まで以上に頻繁に言われている。確かに世の中には子供や障害者、病人、老人、予期せざる出来事で困窮生活を送ることを余儀なくされている方々がおられるし、国としてそうした方々に救いの手を差し伸べる、あるいは再起の機会を設けることがもちろん必要であることに、疑いの余地は無い。「弱者の目線、立場」と言われれば正面きって反対しづらい。しかし、ことさら弱者という言葉を強調してモノを論じ政策を実行するのは問題が多すぎる。それは、衆愚という間違った方向に国を進めているのではないか?というのが著者の基本的な主張。
「派遣切りは正しい。派遣を求めたのは消費者であり、派遣をなくせば企業は競争力を失い、それは日本経済のさらなる停滞、空洞化を促進し国民に跳ね返ってくる。」
「世間とのかかわりを拒んで勝手気ままに生きたい無責任なプータローにフリーターという格好いい名前を与え社会的に認知したマスコミは間違っている。」
「高速道路無料化の公約も、物流の経費削減で経済活性化につながる事業用車両は対象にならず一般車両のみが対象でどうして経済が活性化するのか?」
「子供手当ても要は「お前らが無事に育つまでに費やした金はくれてやったんじゃない。貸してやったんだ。だから将来ツケはきっちり払えよな」と言っているわけです。」
著者は、政府の政策やそれに安易に追随するメディア、識者、評論家そして自分の頭で考えずマスコミに判断をゆだねる我々国民の衆愚の流れを指弾する。私にはすべてうなずけることばかりである。
そして、「次の世代に借金を残すような公約を掲げる政党は、はなから信じるに足りはしない。」と明言する。
真心もなく無責任な甘言を撒き散らし、歓心を買うために金も無いのにバッグやコートをプレゼントする。そんな男を、まともな女性なら信じはしない。そんな男についていくのは、目先の欲に駆られたあわれな女性だけである。日本人は、そんなさもしくあわれな国民であってはならない。
与党だけではなく、自民党や他の党も同じ。政治家たちの頭の中は目先の参院選のことだけ。つねに目先の選挙や支持率で頭が一杯であり、長期的基本的な国家ビジョン戦略は無きに等しい。目先の選挙、支持率だけじゃなく、日本の目指すゴールを明確に定め国民に腹を据えて説明し、国民とともにそこに向かって突き進む強い意志を共有する。そんな政府を我々はいつ持てるのだろうか?目先の個人的損得や感情的判断だけで政治を考えない。そんな国民に、我々はいつなれるのだろうか?それにはまず、国民一人一人が衆愚に陥っていないか常にセルフチェックする必要がある。政治家やメディアの言うことを鵜呑みにせず自分の頭で考え判断するしかない。
昨年「永遠の0(ゼロ)」という史実をベースにした零戦パイロットの小説を読んでから、「客観的冷静に考えたら日本が負けると誰でもわかったはずの太平洋戦争を始めてしまい、数百万の人間が死ななければならなかったのは何故なのか?誰に責任があったのか?」という素朴な疑問から昭和史や戦記を何冊か読んだ。
私なりに少しわかったのは、個々の状況では特定の個人の考え判断が戦争へと歴史の歯車を回したことはあっても、あの戦争の根本責任は昭和天皇とか東条英機とかの一個人にあったのではなく、軍部を中心とした政治家等国家の中枢部にいた複数の人間(まさに衆)の衆愚、そしてマスコミが国民を衆愚へと導き、戦争への引き金を引いてしまったのではないかということ。開戦に反対だった著名な軍人、政治家も何人かいたが、衆愚の流れに抗することは出来なかった。これが衆愚の恐ろしいところで、日本人は他民族と比べても優秀賢明な民族だと思うが、衆になった時に愚かになる特性は他民族に比べても強いように思う。
それは企業でもどんな組織でも考えてみればすぐわかることで、個々人は健全賢明な考えを持っていてもいったん何かの流れが出来上がるとおかしいと思ってもまっとうな意見を表明しづらくなり、大勢の流れについつい合わせてしまう。いわゆる場の雰囲気というやつである。そこでまっとうな意見を表明すると、空気が読めないとして存在を排斥される危険性まででてくる。
政府も国民も、日本はまさに衆愚の時代。
衆愚は民主主義の宿命とはいえ、我々は、その危うさを自覚する必要がある。
この政治家、政党は選挙だけではなく本当に国を考えているか?
このメディアは視聴率や販売部数だけでなく、社会を考えてニュースを流し記事を書いているか?この男はエッチや自分の都合だけでなく、真剣に自分のことを思ってくれているか?(スイマセン!?)
衆愚の危険性からまず自分を、そして家族と国を守るため、つねに眉に唾つけて目を見開いていることが必要である。
2010年04月11日 17時15分 [ 閲覧数 26 ]
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