谷川直子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
エッセイのように軽く読めて
詩のように心に届く
妙に清々しい小説だ
テーマの一つに《謝罪は権力を生む》というフレーズがある
その中で
死に別れという痛みに負けた老いぼれ元大詩人と
なんとか再起させようとムキになる傷ついた編集者の出合い
底無しの距離をとりながらの絡み合いで
傷を舐め合うことから脱皮していくという物語と
娘がイジメられて自殺未遂したと訴えられた無実の親子と
同じ元大詩人が絡んでそれぞれが再起していくという
物語が交差するストーリー
妙にシツコカッたり頑張ったりと無理な箇所も感じるけれども
こんなことも多様な自然界になくはないのだろう -
Posted by ブクログ
いつからか詩を書けない詩人、子供の死に心深く罪の意識を宿す編集者、友人の自殺未遂に自ら外の世界とつながる言葉をなくしてしまった少女、少女に語りかける真の意味をもつ言葉を探し続ける母親、4人をめぐる言葉と詩の物語。
作者の谷川さんご自身が詩を書かれるので、言葉に対する執着、愛着は強い。
「意味を失ってしまった言葉に、もう一度意味を持たせるにはどうしたらいいのか」
「詩は心の内側に降りていくための階段」
物語の中に出てくる純粋な言葉と詩へのこだわりの対極に、物欲にまみれた現実の描写は詩の純粋さを際立たせる。ラストで用意された、詩人と編集者、少女と母親の行き着いた結論はもう少し深く味わいたかった -
Posted by ブクログ
四月は少しつめたくて、その言葉から物語は始まる。
再び春がくるまでに、そのつめたさに少しずつ触れ、言葉とその意味とそれらが表すものの正しさを、詩人と編集者とともに考えさせられる。
詩人が詩を書けない理由と、女性誌の敏腕編集者が詩の編集者に転向した理由はどこかつながっている。
「失なわれたもの」を捉えようとひたむきに正面から向き合うこと、またそれに背を向け考えることを止めてしまうこと。
哀しみや愁いを言葉にすることの意味がどこにあるのか。
美しい言葉は情報のように空虚に感じられ、感動は押し付けがましいものになり、ただ与えられた言葉を重ねるだけでは「詩人のふり」になってしまう。
「詩ってなんです -
Posted by ブクログ
5月新刊?廃用(食用)寸前の推し馬を引き取ったOL乃里が、仲間とともにその仔に夢を託す。富豪馬主の良血馬との対決の行方は。
---
競馬が動物競技の中で圧倒的な存在感を持つのはなぜだろう。
「血統のロマン」「スポーツ+ギャンブルの高いゲーム性」…日本においては国営ということもあって「巨大市場に裏打ちされたエンターテインメント性」あたりでしょうか。
有名な競走馬はキャラ化されて愛されるイメージで、言ってしまえば親ガチャの世界。だからこそ、下剋上/ジャイアントキリングや、期待外れのような番狂わせもある。…総じてやっぱり「ドラマ」「ロマン」かな笑
あらゆる人の夢を乗せ、ひた走る馬の姿が目に浮かぶよ -
Posted by ブクログ
愛について、百合子はのんびり、梓は切実に考えて考えて答えが出そう?なところで終わるお話。愛することは壮大でありながら日常的な行為だから、人によって定義は違うし、そもそも定義するからおかしくなる。それが男女のそれならなおさら。初めに感じた情熱で愛し愛されている人はどれだけいるだろう。梓が一輝に対する気持ちを丁寧に正直に解きほぐしていく様子は人間らしくてよかった。百合子は結婚制度をかくれみのと言ったけど、隠れなくてよくない?愛が変容することを隠さなくてもいいと思う。毎日が愛で溢れなくていい。最後のわちゃわちゃした会話こそが愛から生まれた幸せのカケラだと思うんだけど。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ【あらすじ】
結婚、離婚、非婚、事実婚を問いかける本格長編小説。
多くの恋愛小説が書かないその先を見つめる‥‥
離婚に踏み切れない作曲家の妻・梓の微妙な気持ちの揺れと、結婚のメリットを探しながら生活を淡々と営む専業主婦・百合子のたくましさが、絡み合いながらビビッドに描かれていく。ストーリー展開は静かながら、そのリアルさゆえに読み手を飽きさせない。誰がどこで「愛という名の切り札」を使うのか、果たして愛は切り札になるのか、がこの小説の読みどころの一つである。
非婚を選ぶ娘・香奈と、事実婚で進む若い作曲家・理比人の生き方にも説得力があり、結婚の形がこの先どう変わっていくのか、余韻を残すエンディング -
Posted by ブクログ
「老衰外語看取り小説」である。
昨今、亡くなるのは病院か施設のどちらかが多いのではないだろうかと思うのだが、この小説は自宅で96歳の父を看取るまでの家族の思いや苦労が書いてある。
長年教育関係の職につき、75歳で大学を定年になった後も、勉学が困難な家庭の子どもを集めた私塾に通い、自治会の相談役でもあった父。
ちょっと認知症の気配を感じたときは、86歳でありそれから母が娘たちが、苛立ちながら、じたばたしながら、ため息をつきながら、時には、はよくたばれと思いながら亡くなるその日まで看るのである。
父の回想や小林一茶の詩が、上手い具合に馴染んでいるというか…なんとも言えない気にさせる。
最後に