吉村萬壱のレビュー一覧
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病的なほどに娘の態度と世間の目を気にしながら家に閉じこもっている母と、「頭の中の虫」を飼っているという娘の恭子。不気味な語り手の声に導かれて物語をたどるうちに、読み手はやがて、異常であるのは母娘なのではなく、彼らが生きている「海塚」という町の方であることに気がついていく。
教師や親たちが熱く称揚する「ふるさと」への愛と、人々の「強い結び付き」。命の大切さ。海塚の食べ物の安全と美味しさ。大人たちがかつてこの町を集団避難しなければならなかったこと。帰還の後に生まれた子どもたちが次々と死んでいっていること。町民たちの高揚した一心同体の背後には、どうやら陰惨な暴力があるらしいこと。
「解説」でいとうせ -
Posted by ブクログ
ネタバレこういう事がしてみたかったのだと、この時初めて気付いた。人間の肉体を思い通りに切り刻みたいという欲望を、ハリガネムシのように体の中に飼っていたらしい。(97)
高校教諭の慎一は、ソープ嬢のサチコと親密な仲になる。サチコは不完全な生き物に見えてもそれが完成体で、恐らくどんなに酷い事をされても「平気だったにゃ」と笑う。
ハリガネムシのように寄生している自分の欲望を、この不完全で完全な生き物にぶつけたいと思う。この欲望が暴れるたび死にたくなる自分も確かにいるが、「私」は生に抗えずにいた。
個人的な話だが、この作品は私が私小説風の純文学にどっぷりと浸かるようになったきっかけであり衝撃であった。高校 -
Posted by ブクログ
人間は誰でも心の中にどす黒い感情を持っているものである。
それをこの作者はハリガネムシと形容しているのだが、上手いと思う。
他人の読書感想文を読んでいると、グロいとか、エロいとか、エグいとか表現しているが、ぼくにはそれほどには感じなかった。
逆に、作者が思いっきり空想を広げて書いているのがいじらしく思う程度だ。
テーマは転落で間違いないだろうが、それだけでは薄すぎる。
どの感想文にも触れられていなかったのだが、作者がこの小説を書く動機となったのは、某思想家の以下の言葉だったはずだ。
文中、2回も出て来る。
「人はいかにして本来のおのれになるか」
「良心の呵責というものは、わたしには真実 -
Posted by ブクログ
「人の痛みが分かるかどうか」というのは難しい問題であるが、倫理的には「そりゃぁ分かったほうがいいだろう」ということになるに違いない。本書の描写からは、まったくといっていいほど「人の痛み」とか「悲しみ」という感情が欠落している。主人公の心情吐露も、また作者の描き方も、非常に独善的で他者を寄せ付けないものがある。それは、筆者が意図的に挿入した「倫理としての暴力」の一端なのかも知れないが、そこは読み手の判断として難しいところである。本作を「暴力的表現が過剰に盛り込まれた変態小説」という風に理解してしまうのはあまりに一元的な評価の仕方であると思うものの、それ以外に「筆者が何を描きたかったのか」というこ