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Posted by ブクログ
人に勧められねぇ〜!!!!!
強くそう思います。エロとグロ。三作の短編、そのどれもが地球の末期を舞台にして描かれた物語です。突然に、準備も出来ず殺戮と混沌が覆い被さる世界。そこに暮らす人間は余りにも無力です。殺され、犯され、引き摺り出される。もはや強いエンタメ性すら感じるこれらの物語を読むうちに、脅かされることの少ない自分達の日常の輪郭をぞりぞりとなぞられる様な、不愉快にも似た感覚を胸の中で感じます。ここまで圧倒的な退廃の世界では確かに見ることしか出来ません。いや、見ることすら…。『クチュクチュバーン』『国営巨大浴場の午後』『人間離れ』、どれにもウォッチャーが存在します。その彼らも最後には見ることすら出来なくなる展開にはむしろ爽快感すら感じました。
人には勧められませんが、たま〜にはこういう物語も読んでみるのもいいのかな。うーん、きっとそう。
Posted by ブクログ
「クチュクチュバーン」「国営巨大浴場の午後」「人間離れ」の三作を収録しています。
「クチュクチュバーン」は、人びとが異形へとすがたを変えていく世界のなかで、生きる意味を求めるなどということがまったくうしなわれてしまった状況をえがいています。他の二作も同様の趣向で、「国営巨大浴場の午後」ではナッパン星人の襲来以後の世界がえがかれ、「人間離れ」は緑と藍色の奇妙な生物が人間たちを襲うなかで「人間離れ」を試みて助かろうとする人びとがおこなう「直腸出し」などの奇妙なふるまいをえがいています。
「解説」を担当している椹木野衣は、「クチュクチュバーン」に登場するシマウマ男が体現している「見る」ことを、本作の重要なモティーフとしてとりあげています。こうした見かたに悪乗りしていえば、世界がその法則性を崩壊させてしまったなかで、なんらかの理論的背景にもとづいておこなわれるはずの「見る」ことが、もはや実践的なふるまいと見分けがつかなくなってしまうような臨界点を示しているところに、本作のひとつの読みかたを見いだすこともできるのではないかと思います。
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