梯久美子のレビュー一覧
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梯久美子(1961年~)氏は、熊本市生まれ、5歳から札幌市に育ち、北大文学部国文学科卒。サンリオに入社するが、2年後に退社、友人と編集・広告プロダクションを起業し、フリーライターとして雑誌にルポルタージュなどを執筆していたが、2006年に『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、ノンフィクション作家となる。その後、読売文学賞、講談社ノンフィクション賞等受賞。
本書は、KADOKAWAの書籍PR誌「本の旅人」(2019年7月号をもって休刊)及び月刊誌「小説 野性時代」に、「サガレン紀行」として連載された文章をもとに、2020年に刊行、2023年に文庫化されたもの。
尚、私は著者の作品では、これまでに『散るぞ悲しき』を読み、そのスタイルには好感を持っており、本書についても手に取った。
本書の内容は、著者が2017年冬と2018年夏の二回、樺太/サハリン(旧名「サガレン」)を訪れ、それをもとにしたノンフィクションであるが、基本的に一度目の訪問をベースにした第一部「寝台急行、北へ」と、二度目をベースにした第二部「「賢治の樺太」をゆく」は、大きく趣を異にする。
第一部では、乗り鉄・廃線鉄でもある著者が、サハリンを縦断するロシア鉄道の本線を、南部の州都ユジノサハリンスク(豊原)から、かつての国境線であった北緯50度線を越えて、北の終点ノグリキまで、約600㎞を寝台列車で往復し、そのときの様子を綴っている。南半分が日本領だった時代(日露戦争から太平洋戦争まで)に同地を訪れた林芙美子や北原白秋らが書き残した記録を引用し、当時との違いなどを記している部分もあるが、基本的には紀行文として読むことができる。
一方、第二部は、タイトルの通り、宮沢賢治が最愛の妹・トシを失った翌年に樺太を訪れた足跡を辿り、各地で残した詩をもとに、どのように心情が変化し、どのような思いに至ったのかを解き明かす、極めて文学的(という言葉が適切かわからないが)な内容となっている。
私は、かつてヨーロッパを(鉄道で)縦横に旅し、今も青春18きっぷ愛用者のひとりでもあるので、第一部の、かつて存在した日本とロシアの陸地の国境線を(鉄道で)越えるということには大いに惹かれるし、興味をもって読むことができた。ただ、他方で、第二部については、宮沢賢治に特段の思い入れがない私(賢治の樺太への鉄道旅がモチーフになったといわれる『銀河鉄道の夜』は、もちろん読んだことがあるが)にとって、第一部ほどのテンションを保てなかったことは、正直に白状しておかなければならない。
それでも、近くて遠いサハリン(ロシアのウクライナ侵攻が始まってからは尚更である)について、鉄道、歴史、文学等、多面的にアプローチした試みは面白く、それらのいずれかに興味のある向きは、一度手に取ってみる意味はあるだろう。
(2024年3月了) -
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岩波新書 梯久美子
原民喜 の作家人生を 死、愛、孤独をキーワードとしてまとめた評伝
「原民喜は死によって生きる作家」幼少期における家族の死、愛する妻の死、広島での被爆経験が基調となっているとのこと
この本に書いてある原民喜像と「孤独」が結びつかない。自死の数ヶ月前から友人たちを訪ねたり、17名の人に遺書を書いたり、20才以上年下の祐子との清々しい関係や遠藤周作との親交など 孤独とは無縁に感じる
自死の原因については、明示していない。遺稿「死について」や「永遠のみどり」を読むかぎり、未来に希望を持っているように読める。被爆後遺症やptsdなど精神的な障害はなかったのか?
遠藤周作の日記「原さんさようなら。ぼくは生きます。しかし貴方の死は何てきれいなんだ。貴方の生は何てきれいなんだ」
イエスのみじめな死が弟子たちの胸に突き刺さり、彼らの人生を変えていく〜遠藤周作は、原民喜の死をイエスと重ねていた
原民喜は社会に対して声を上げることをしなかった。細かくかすかな声で、死者のための歌を歌い続けた
個人の発する弱く小さな声が、意外なほど遠くまで届くこと〜それこそが文学のもつ力である
「永遠のみどり」
ヒロシマのデルタに 若葉うづまけ〜ヒロシマのデルタに青葉したたれ
遺稿「死について」
殆どその生存を壁際まで押しやられて〜目も眩むばかりの美しい幻想や清澄な雰囲気が微笑みかけてくる
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「梯久美子」のノンフィクション作品『昭和二十年夏、女たちの戦争』を読みました。
先日、「青島幸男」の『人間万事塞翁が丙午(にんげんばんじさいおうがひのえうま)』を読んで、戦時下を過ごした女性の実際の姿を知りたくなったんですよね。
「梯久美子」作品は昨年の夏に読んだ『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』以来ですね。
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妻でもない、母でもない、女として戦時下を生きた5人の女性の証言!
人生で最も美しい時を戦時下で過ごした5人の女たち。
作家「近藤富枝」、評論家「吉沢久子」、女優「赤木春恵」、元JICA理事長「緒方貞子」、作家、評論家「吉武輝子」。
明日の見えない日々にも、青春の輝きがあった。
妻でもなく、母でもなく、ただの若い女性だった彼女たちは、あの戦争をどのように生き抜いたか。
大宅壮一ノンフィクション賞受賞の作家が綴った、あの戦争の証言を聞く、シリーズ第2弾。
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『人間万事塞翁が丙午』の主人公「ハナ」よりは10歳~20歳くらい若い世代… 10代~20代で終戦を迎えた五人の女性の証言を「梯久美子」がノンフィクション作品としてまとめた作品です。
一人ひとりの女性の体験が、以下の五章構成で描かれています。
■実らないのよ、なにも。
好きな男がいても、寝るわけにいかない。
それがあのころの世の中。
それが、戦争ってものなの。
(近藤富枝)
■空襲下の東京で、夜中に『源氏物語』を読んでいました。
絹の寝間着を着て、鉄兜をかぶって。
本当にあのころは、生活というものがちぐはぐでした。
(吉沢久子)
■終戦直後の満洲、ハルビン。
ソ連軍の監視の下で、藤山寛美さんと慰問のお芝居をしました。
上演前に『インターナショナル』を合唱して。
(赤木春恵)
■はじめての就職は昭和二〇年春、疎開先の軽井沢。
三笠ホテルにあった外務省の連絡事務所に、毎日、自転車をこいで通いました。
(緒方貞子)
■終戦翌年の春、青山墓地で、アメリカ兵から集団暴行を受けました。
一四歳でした。
母にだけは言ってはいけない。
そう思いました。
(吉武輝子)
■薔薇のボタン ― あとがきにかえて
戦中から戦後にかけて、価値観も環境も大きく変化する中、辛い体験を経て生き抜いた証言は、生々しく、そして共感する部分も多かったのですが、、、
女性の証言を女性がまとめた作品ということもあってか、感情移入するというところまでは至りませんでしたね。
でも、戦時下を生きた女性の喜びや不安や悔しさには強く共感できたし、そして戦後を前向きに生きようとする逞しさには学ぶべきものが多いと感じました。
そして、これまで具体的なイメージが湧かなかった、戦時下におけ市井の市民の生活、の銃後の生活が、少し鮮明になりましたね。