あらすじ
各紙誌で絶賛された新たな「宮沢賢治論」
(『産経新聞』評者・江上剛氏、『河北新報』評者・土方正志氏、『毎日新聞』評者・池澤夏樹氏)ほか
「『廃線紀行』に代表される鉄道紀行と『狂うひと』に代表される作家研究が融合しあい、比類のない作品が生まれたことを心から喜びたい」原武史氏(『カドブン』)
かつて、この国には“国境線観光”があった。樺太/サハリン、旧名サガレン。何度も国境線が引き直された境界の島だ。
大日本帝国時代には、陸の“国境線“を観に、北原白秋や林芙美子らも訪れた。また、宮沢賢治は妹トシが死んだ翌年、その魂を求めてサガレンを訪れ、名詩を残す。
他にチェーホフや斎藤茂吉など、この地を旅した者は多い。何が彼らを惹きつけたのか?
多くの日本人に忘れられた島。その記憶は、鉄路が刻んでいた。賢治の行程を辿りつつ、近現代史の縮図をゆく。
文学、歴史、鉄道、そして作家の業。全てを盛り込んだ新たな紀行作品!
【目次】
第一部 寝台急行、北へ
一 歴史の地層の上を走る
二 林芙美子の樺太
三 ツンドラ饅頭とロシアパン
四 国境を越えた恋人たち
五 北緯50度線のむこう
六 廃線探索と鉱山王
七 ニブフの口琴に揺られて
第二部 「賢治の樺太」をゆく
一 「ヒロヒト岬」から廃工場へ
二 賢治が乗った泊栄線
三 「青森挽歌」の謎
四 移動する文学
五 大日本帝国、最果ての駅へ
六 オホーツクの浜辺で
七 チェーホフのサハリン、賢治の樺太
八 白鳥湖の謎
九 光の中を走る汽車
十 すきとおったサガレンの夏
おわりに
文庫版のための長めのあとがき
主要参考文献一覧
解説 池澤夏樹
※本書は小社より2020年4月に刊行した作品を文庫化したものです。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
出張で行ったサハリンについて。梯さんの愛が伝わり、私も「あそこかー!」と面白かった。この本を読んでから行ってみてたら、違った視点からまた好きになっていたと思う。
宮沢賢治の足跡(妹の魂を追って)も素敵だった。
サハリンの冷たい風、おどろおどろしい海、自然豊かな景色。。
Posted by ブクログ
サハリン、樺太、サガレンいろいろな呼び方がある。歴史的には、幕末の日・ロ雑居地状態から、1875年の樺太千島交換条約によりロシア領に、1905年のポーツマス条約により北緯50度以南は日本領に、そして太平洋戦争後、同50度以南は日ロ間に平和条約が結ばれていないため未帰属状態で現在に至っている。
偶然だが、本書を読む少し前に、林芙美子の紀行エッセイを読んだのだが、芙美子も戦前に樺太を訪れ、鉄道旅をしていた。本書第1部は、著者の鉄道旅プラス廃線探索なのだが、主要線はそのままなのだからある意味当然だが、主に芙美子の足跡を辿った旅となっている。
すごく面白いなあと思ったのは、芙美子は途中駅の白浦(ヴズモーリエ)でパンを買うのだが(しかも「美味しいパンだと聞いておりましたが、あまり美味しいパンだとは思いませんでした」と感想を書いている。)、著者がその後リサーチした結果、そのパンを売っていたのはロシア人ではなく、「樺太のポーランド人」だったということ。ロシアとポーランドの関係、辺境である樺太の複雑性が分かるエピソードだ。
第2部は、著者の2回目の樺太行きだが、今回は宮沢賢治の樺太への旅がメインテーマとなる。賢治の愛読者ではないので、賢治が鉄道好きであり、樺太へも旅をしていたということを全然知らなかった。
そして賢治の樺太旅行は、教え子の依頼という目的はあったようだが、前年に亡くなった最愛の妹トシの魂の行方を追い求める旅だったと言われているとのこと。こうした研究に関する知識を持って、著者は賢治の足跡を追いながら、その作品を読んでいく。
「青森挽歌」、「津軽海峡」、「旭川」、「宗谷挽歌」そして「オホーツク挽歌」、「樺太鉄道」、「鈴谷平原」、「噴火湾(ノクターン)」と、賢治はその行程のさきざきで、詩を詠む。その詩を丁寧に、丹念に読み込むことで、著者は妹トシの死の衝撃に伴う宗教的な懊悩が、「青森挽歌」や「宗谷挽歌」では陰鬱に現れているが、サガレンに来て変化し、明るさが出てきたことと言う。この辺りの考察は、詩の読み込みとして説得力があり、なるほどと思わされる。
実際に自分が行くことはないと思うが、本書を読んでサハリン(樺太)への関心が高まった。本文でも取り上げられているがチェーホフの『サハリン島』も読んでみたい。
なお、豆知識。北海道とサハリンの面積はほぼ同じくらい(北海道が7万7千9百㎡、サハリンが7万6千4百㎡)。現在は天然ガスや石油の採掘で潤っているらしい。
Posted by ブクログ
梯久美子(1961年~)氏は、熊本市生まれ、5歳から札幌市に育ち、北大文学部国文学科卒。サンリオに入社するが、2年後に退社、友人と編集・広告プロダクションを起業し、フリーライターとして雑誌にルポルタージュなどを執筆していたが、2006年に『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、ノンフィクション作家となる。その後、読売文学賞、講談社ノンフィクション賞等受賞。
本書は、KADOKAWAの書籍PR誌「本の旅人」(2019年7月号をもって休刊)及び月刊誌「小説 野性時代」に、「サガレン紀行」として連載された文章をもとに、2020年に刊行、2023年に文庫化されたもの。
尚、私は著者の作品では、これまでに『散るぞ悲しき』を読み、そのスタイルには好感を持っており、本書についても手に取った。
本書の内容は、著者が2017年冬と2018年夏の二回、樺太/サハリン(旧名「サガレン」)を訪れ、それをもとにしたノンフィクションであるが、基本的に一度目の訪問をベースにした第一部「寝台急行、北へ」と、二度目をベースにした第二部「「賢治の樺太」をゆく」は、大きく趣を異にする。
第一部では、乗り鉄・廃線鉄でもある著者が、サハリンを縦断するロシア鉄道の本線を、南部の州都ユジノサハリンスク(豊原)から、かつての国境線であった北緯50度線を越えて、北の終点ノグリキまで、約600㎞を寝台列車で往復し、そのときの様子を綴っている。南半分が日本領だった時代(日露戦争から太平洋戦争まで)に同地を訪れた林芙美子や北原白秋らが書き残した記録を引用し、当時との違いなどを記している部分もあるが、基本的には紀行文として読むことができる。
一方、第二部は、タイトルの通り、宮沢賢治が最愛の妹・トシを失った翌年に樺太を訪れた足跡を辿り、各地で残した詩をもとに、どのように心情が変化し、どのような思いに至ったのかを解き明かす、極めて文学的(という言葉が適切かわからないが)な内容となっている。
私は、かつてヨーロッパを(鉄道で)縦横に旅し、今も青春18きっぷ愛用者のひとりでもあるので、第一部の、かつて存在した日本とロシアの陸地の国境線を(鉄道で)越えるということには大いに惹かれるし、興味をもって読むことができた。ただ、他方で、第二部については、宮沢賢治に特段の思い入れがない私(賢治の樺太への鉄道旅がモチーフになったといわれる『銀河鉄道の夜』は、もちろん読んだことがあるが)にとって、第一部ほどのテンションを保てなかったことは、正直に白状しておかなければならない。
それでも、近くて遠いサハリン(ロシアのウクライナ侵攻が始まってからは尚更である)について、鉄道、歴史、文学等、多面的にアプローチした試みは面白く、それらのいずれかに興味のある向きは、一度手に取ってみる意味はあるだろう。
(2024年3月了)