「やりたいこと」というか、「自分」というものがないように感じる。
動き続ける苦しさはあるけれど、止まることはもっと苦しい。止まってしまうと、もっと根本的な何かを失ってしまう気がする。それがこわい。
自分の人生を自分で決めているという感覚。それは、人生のコントロール感。自分の人生で何を大事にするか。何をやって、何をやらないか。やるとしたら、いつやるか。どんなスピード感でやっていくか。それらを自分で決められることは、健やかに生きる上でとても大事なこと。
他人の期待に応えるばかりではなく、自分の望みを自分で満たせるようになると、人生はより豊かなものになる。
すべての感情には役割がある。
自分の中から生じた感情がいかにネガティブなものであっても、押し込めたり、なかったことにしようとしたりせずに、まずは自分のものとして大事にする。
自分らしさがないことを責めているということは、今は自分らしさを求めてもよいくらいには安全な環境にまで、生きて到達している証。だとすると、その生存力の高さ、ここまで生き抜いてきたことそのものが、無条件のリスペクトに値するもの。そして、今の環境であれば、万人に服従や迎合を貫くことがもはや最適の戦略ではなくなっている。
パーツとは、その人が最も苦しかった時期の感情を肩代わりすることによってその人を生存させてきた尊い存在です。対立するのではなくリスペクトを持って接することができたら素晴らしい。
隠したい感情を引き受けてくれていた「わたし」を抑え続けると、むしろその感情が暴走してしまい、さまざまな不具合を起こす。
自分の影の部分を受け入れることで、能力がレベルアップするだけでなく、人格的にも成長する。
自分のひとつの側面としての「わたし」の存在に気づき、認めることは、自分のとらえ方を大きく変えるということ。「怒り」も「恐怖」も「拒絶」も「死にたい」も決して敵ではなく、みんな私の「一部」であり、本来の「私」を生かすために生まれた存在。
「わたし」とうまく付き合っていくためには、過去の体験によって刻まれた感情や身体反応が未完了のまま「今、ここ」にあり、それが現在の生活に大きな影響を与えていると知ることが大切。過酷な環境を生き延びるためにある種、必要不可欠なものであった。それを知り、理解すること。
さらに、危険にさらされていた当時の生存戦略は、現在の(当時ほど危険ではない)環境とマッチしなくなってきていることまで理解してあげる。
あなたの生きる力は、自身が考えているよりもはるかに強い。
「こう生きてきた」という過去のストーリーを手放し、新しいストーリーを探し、自分と世界を再接続させるためには、自分という存在を根本から見直す「フルモデルチェンジ」をしなければならない。
「私の大嫌いなもう一人の『わたし』は、本来の『私』を守るための存在だったのかもしれない」
どんな気持ちも敵じゃない。私の一部なんだ。焦らずにいこう。
あなたが、あなた自身と仲良くなってほしい。