遠藤周作のレビュー一覧
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2026年共通テスト国語で出題されていたことをきっかけに興味を持ち、手に取った短編集。
芸術の追求のために、我が子の手を払いのけることができた意志の強い女性——それが主人公の母だった。
戦前の昭和には珍しく、家庭に馴染めず、離婚という道を選んだ母。
幼い頃に植えつけられた寂しさ、慕情、後悔。
そうした生々しい傷や感情を、主人公は無理に忘れ去ろうとするのではなく、向き合い、人生の傍らに置いたまま生きていこうとする。その姿が静かに描かれていたように思う。
私が特に驚いたのは、母が遺した言葉である。
「海の砂浜は歩きにくい。歩きにくいけれど、うしろをふりかえれば、自分の足あとが一つ一つ残っている -
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ネタバレ解説で、この物語の元となる歴史背景が書かれている。江戸初期に支倉という人物が使節団の一員として、メキシコを経て、ローマまで渡ったそうだ。
物語の侍はこの人物で、ベラスコ神父も支倉の使節団に関わった神父がモデルとなる。
17世紀初期に、実際に使節団としてアメリカ大陸からヨーロッパまで渡った日本人がいたことに驚いた。
また、物語は旅の苦労や日本で起こるキリスト教迫害をドラマチックに描いている。激しい争いなどは起こらないが、使命(仕事)を命懸けで果たす姿は、私の目を離さなかった。
それ故に、時代の運で使命が無意味になってしまう事が、無念という言葉で表せられないほど虚しい。 -
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死にざまは美しくなければならないか
私がこの本を読んで1番よく考えた事です。
彼は、その美しさを保つ自信がないと言い、
神は死に際、冷静さを装ったもしても
その深層を見抜けるのだから
じたばた死んでも良いのだと教えてくれる。
私は例え神であっても私の深層を覗けないだろうと
そういう種類の傲慢さがあり、美しく死にたい。
特に、生活をするための自分(社会的な自分)は
地上に残していくかたみのようなものだ
というセリフにはグッときたし、
尚更綺麗なまま残していきたいと思ってしまった。
また、カトリックで自殺が良くない
とされている理由は自分の人生への愛がないから、
という理由にはかなり納得してしま -
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ネタバレ罪の意識、自責を期待したが何も感じられない戸田と、所々で迷いや後悔の念が見える勝呂の対比が良かった。
上田の回想にも戸田の回想にも「面倒くさい」という表現が出てきたので、彼らは思考を途中で放棄してしまったが故に生体解剖の場に立ち会うことになってしまったのではないかと思った。
海の描写がしばしば出てきたが、その描写が登場人物の感情を繋げてる?
解説にあった、「罰は恐れながら罪を恐れない日本人の習性がどこに由来しているか、を問いただすために生体解剖という異常な事件を、ひとつの枠組みに利用した形跡がある。」とはどういうこと?▶︎行為の善悪よりも損得で動くから、罪の意識が育たず、倫理観の空白とし -
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ネタバレ悲しみの歌
著者:遠藤周作
発行:1981年6月25日
新潮文庫
初出:週刊新潮1976年1月1日号~9月2日号『死なない方法』
書籍化:1977年1月、新潮社
遠藤周作の初期の代表作といえば、戦争中、九州大学でアメリカ兵捕虜を殺した生体実験という犯罪を描いた小説『海と毒薬』。その続編と考えられる作品。『海と毒薬』では、若い助手時代に生体実験を手伝った医師・勝呂が、企業村のような殺伐とした郊外都市で開業している変わり者の開業医という設定だったが、この小説では舞台を新宿にしている。勝呂は、戦犯のその後を追う新聞記者の折戸から取材を受ける。自分はもう裁判も受けたし、あの時は断れなかったんだ、書 -
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ネタバレ重く、苦しく、面白い
印象に残った点
・番人の鼾だと思っていたものが、その実拷問受ける信徒の呻き声だったという場面は本当に意地が悪いというか、これほどまでに主人公に試練を与えるのかと思った。ここまでの2択を突きつけられたら、(もしも神が本当にいるとしたら、)神も転んだに違いないと思う。
・キチジローが悪者として書かれていて、私も嫌いだが、それは自分の弱さや都合の良さを彼の中に見るからで、彼のような弱い部分を誰しも否定できないのではと思った。むしろ、沈黙を貫いて殉教した方々の方が異常と感じるのは、時代か自分に信ずるものが無いからか。
・ロドリゴは救われた、自分の中で神を引き受けてある種の納得感 -
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ネタバレ"信じる"とはどういうことか考えさせられた。
基督はひたすらに沈黙をつらぬき、司教の問いに答えることは、ついになかった。けれど、転ぶことさえも主は赦すのだと。
信じながら疑い、背くことで、却ってその存在と向き合わされる。
残酷でありながら、どこか美しく、悦びを伴う結末。
キチジローは自分のことを弱い者だと言ったが、彼はまさしく私であった。
転んで、後悔して、縋ってもがいて、また転んで後悔して……
だけど赦されることを諦めない。
情けなくて、恥ずかしくて、思わず目を背けたくなるけれど、どうしても放ってはおけない、そんな人だった。
それが弱い生き方だと言われたら、そうなのかも