遠藤周作のレビュー一覧
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ネタバレ読み始めてまず印象に残ったのは、作品全体に漂う独特の不穏な空気だった。ミステリーというわけではないのに、先に何が起こるのかという緊張感がずっとある。読み終わってから振り返ると、冒頭の外国人のマネキンに対する独特な表現や、ガソリンスタンドの人間などが口にする「戦争に行ったのだから、人を殺したことくらいある」というような言葉も、後に起こることをどこかで暗示していたように思えて、何気ない描写の一つ一つにゾッとした。最初からすべてを理解していたわけではなく、読み終えた後だからこそ意味が変わって見えるところが面白かった。
もっとも、この作品を読んで一番考えさせられたのは、やはり「良心とは何なのか」 -
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「深い河」のような群像劇みたいな作品だった。
勝呂、ガストンとその他の人々の生き方の対比、他人を思う生き方と自分のことばかりの生き方の対比をみているようだった。
勝呂の生き方がつらい。命を助けたい、人を助けたいと思っているのに命を奪ってしまうこともつらいし、戦時中という異常時に人体実験に携わることになってしまったことで、こんなに後ろ指さされて生きて行かなきゃいけないこともつらい。
同じ状況に立たされたら誰でもも携わることになったのではないかと思うだけに、そんなにみんなから追われなければならないのかとつらい。
そしてガストンと勝呂の関わりをみてると、人を救うことは難しいと思う。すっきりと解決して -
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映画は見たことがありました。内容はうろ覚えですが。
沈黙とは、神からの沈黙だったのですね。
私は一応カトリックですが敬虔な信者ではありません。
でも、高校生のころアメリカにホームステイしていて、毎朝6時から聖書を家族で読んで、7時くらいから学校のセミナリーに参加していた頃、日々の祈りの中で神様と通じ合った感覚がありました。
これまで生きてきて初めての感覚で、祈りにも努力というか、日々の鍛錬というか、自己研鑽が必要なんだと感じました。
でもそれ以来、日本でまた怠惰な日々を過ごしている訳で、そのような感覚はもう残っていないですが。
神様との祈りを通じての会話って、簡単ではないんですよね。
も -
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ネタバレ九州大学生体解剖事件という実際のテーマをモチーフにしているがあくまでフィクションである。
しかし登場人物を露悪的人物としても時代の被害者としても描かず一人の個人として丁寧に描写することにより、その個人になりうるのだ、という圧力を突きつけられた。
勝呂は患者の死に心を痛める良心的な人物ではあるが、おばはんに親身にするのは本来の優しさだけではなく、どこか自分を良心側だと言い聞かせる盾でもある。
そのおばはんという藁を失った結果、流されるままに解剖に加担する弱さは、良心も嘘ではないが声を上げる正義の味方ではない多くの個人の体現のように感じる。
一方で戸田は他人の死や道徳に対して徹底して冷めてお -
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歴史書であり、信仰の書であり、大きなドラマであった。日本を収穫の多い、素晴らしい伝道の地と考えて、キリスト教が禁忌とされている江戸時代に渡来したポルトガル人、ローマ人がいたのだ。ポルトガルでも見たこともない、日本の貧しさも伝えている。そしてこの時代の後、踏み絵の歴史も長いが、今に至るまで、その信仰を絶やさずに伝えてきた人々もいたということを私たちは知っている。
けれど、日本人のクリスチャンは1%とか。やはりこの本に書かれているように、日本人の捉えたデウスは、キリスト教の神と違うのか?神はなぜ沈黙しているのか?問い続けることが重要な気がした。 -
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「深い河」と書いて「ディープリバー」と読ませるのは、この河が日本にはない、日本どころか世界を探してもここにしかない、「すべてを受け入れ、流す河」という意味を込めてのことだったのかな
その河の前には皆平等で、すべての苦しみも歓びも飲み込んでいく。その河に受け入れられることを望みたく成るような、そんな過去と向き合うことは人々にとって、生きていく上で避けられないことなのかもしれないと感じた。
「深い河」は実際に目にすることができる「たまねぎ」なのかもしれない。
主な登場人物の磯辺、美津子、沼田、木口、そして大津のそれぞれの目線・エピソードがどれも何ともいえない気持ちになる。
戦時中のエピ -
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キリシタンが弾圧されている日本で、ポルトガル司祭がキリスト教を再布教しようとするお話。
キリシタンに対する弾圧が酷く、読んでいてつらい場面も多々あった。
「なぜ神は沈黙している?」
「もし神がいないんだとしたら・・・」
と何度も己の行動に葛藤する場面も苦しい。
現代日本人の私としては「なぜそこまでして?」というのが率直な感想だった。
これについては、物語の中でも元司祭が日本人の信仰の感覚を説明しており、
どれだけ説明しようと分かり合うことの出来ない感覚なのだと思う。
印象的な登場人物はキチジローだ。
物語を読んでいるとどうしても主人公ロドリゴ視点になり感情移入してしまうため、キチジ -
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ネタバレ学生の時に、社会の授業で踏み絵と絵踏みという単語が出てきて、ほーん、そうかー。踏むだけで信仰心なんか測れるのかねー?と思っていたけど、それどころの話ではなかった。
転ぶ、棄教とは、それを行なった人のそれまでの生きがいとか、善悪や美醜の基準や、キリスト教を信じた人生、自分そのものを否定するものなのだとわかった。
キチジローは前半から中盤にかけて、卑怯だという描かれ方だったけど、最後まで、ロドリゴを追いかけて、役人に訴えてまで救いを求めるところに、キリスト教への信心深さが伺える。もし安息の時代に産まれていたら、、というとところで、キリスト教と幕府からの被害者でもあると思った。
長崎出身の私としては