遠藤周作のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ『海と毒薬』は、人間の醜さをこれでもかというくらい見せつけてくる小説だった。しかも、「こんな残酷な人間がいる」という描き方ではない。登場人物たちは、どこにでもいそうな普通の人間に見える。自分を守りたい、面倒なことには関わりたくない、周りに逆らいたくない。そういう誰にでもありそうな感情が少しずつ積み重なって、禁忌を犯してしまう。
一方で、作中で描かれる解剖そのものには、思っていたほど強い衝撃を受けなかった。
もちろん、当時この作品が書かれた時代を考えれば、生きた人体を切り開き、実際に手を動かしていく描写は、かなり衝撃的で倫理に反する行いだったのではないかと思う。
しかし、現代に生きる自分は、ホラー映画やスプラッター映画などで、もっと直接的で刺激の強い映像に慣れてしまっている。そのせいなのか、解剖の場面を読んでも「思ったよりパンチがない」と感じてしまった。
ただ、その感覚と、解剖を前にして苦悩する登場人物たちとの間にあるギャップが、逆に印象に残った。
読み進めるうちにじわじわと恐怖や嫌悪感を感じさせられる。まさに手に汗握るように。それはやはり、遠藤周作の丁寧な心情描写によるものなのだと思う。
描写として強烈に残ったのが、病院の匂いだった。
病院の描写というと、白い壁やベッド、医療器具など、目に見えるものを想像しがちだけれど、この作品では匂いが妙に記憶に残る。消毒薬のような匂いや、病院特有の、生きている人間と死に近い場所が混ざったような匂い。
匂いという目に見えないものをここまで具体的に感じさせる描写が印象的だった。読者に不快感を抱かせながら、その不快感さえも作品の空気として取り込んでしまうところに、遠藤周作の巧さを感じた。
文章を読んでいるだけなのに、病院の空気が鼻の奥に入ってくるような感覚がある。そして、その匂いが作品全体の不穏さとものすごく合っている。
病院は本来、人を治すための場所なのに、そこには常に死も存在している。その空間の中で、人間の命を扱うはずの人間たちが、少しずつ倫理から外れていく。その対比もかなり不気味だった。
何より怖いのは、この作品が「人間は残酷だ」と単純に描いて終わらないところだと思う。
登場人物たちは、最初から特別に残酷な人間だったわけではない。弱かったり、臆病だったり、周りに流されたり、自分を正当化したりする。そういう、むしろ普通の人間らしい部分が、状況によって恐ろしい方向へ向かってしまう。
そのため読んでいると、「なんでそんなことができるんだ」と思う一方で、「自分だったら絶対に違うと言えるのか」とも考えさせられる。
解剖の描写そのものよりも、むしろその後に残ったこの感覚のほうが、私にはずっと怖かった。人間が自分の弱さによって倫理を手放していく過程とは、実に緩やかで自然な現象なのだ。
心の中にずん、と重いものが残ったような読後感もたまらない。その「嫌な感じ」こそが、この作品のすごさなのだと思う。解剖という題材の刺激よりも、人間の弱さや醜さを生々しく見せつけられることのほうが、ずっと後を引く。
『海と毒薬』は、人間を嫌いになりそうなほど人間そのものを描いた小説だった。素晴らしい作品だった。 -
Posted by ブクログ
日本にとって外国がいまよりもずっと遠かった時代に、社会に先駈けてヨーロッパへ「留学」した3名の日本人を主人公にした3篇。なかでも個人的に印象に残っている作品が、荒木トマスを主人公とした「留学生」である。わたしはまったく知らなかったのであるが、この荒木は実在の人物で、江戸時代前期にローマに留学してキリスト教の司祭となるも、帰国後「転び」、長崎奉行所に出仕して、幕府の禁教政策に協力するようになったという。もちろんフィクションなので細かい感情などは著者の創作が多分に含まれているのであろうが、大志を抱いてキリスト教を学んだ人物――しかも当時わざわざ留学するというのはエリート中のエリートであろう――が、帰国後みずからの身を守るために、せっかく学んだ信仰をみすみす棄てざるをえなかった心境は、察するに余りある。ただ、この作品が巧いのは、たんに棄教を強いられて残念無念、かわいそうという感情の一辺倒になっていないところである。荒木は最後まで抵抗しつつやむなく棄教したという雰囲気ではなく、むしろ留学中から将来を案じて、胸がつかえるような思いを抱きながら宗教活動を続けている。そのような自分が正しいのであろうかとずいぶん煩悶したに違いない。歴史の教科書では棄教した宣教師がいたとサラッと流されてしまうが、このような複雑な感情の到達点として棄教があったのであろう。この感情の描写の巧みさはさすが遠藤周作といった趣である。