青木創のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
▼「宿敵(上下)」リー・チャイルド、青木創訳。講談社文庫。初出は英米で2003。
退役軍人で元MP(軍隊内の警察)のジャック・リーチャーさんが毎回難事件を解決する、言ってみれば名探偵モノのミステリー&アクションスリラー的なシリーズ。
▼FBIだったかCIAだったか、そんな組織の中の「はぐれ部隊」に非公式協力するお話しです。犯罪組織に潜り込んだ潜入捜査員が露見してつかまって、それを救出するために、再び今度はリーチャーが犯罪組織の一員として潜入するという趣向。
▼これが厳密には人助けでは無くて、リーチャーがMP時代に煮え湯を飲まされた(でも捕まえた)”宿敵”がそこに絡んでいることが分かったために、再び個人的復讐を兼ねてミッションを受けたという設定。
▼潜入するために派手に「悪者の一味の息子の拉致未遂事件」をでっちあげるというのがオープニングで、面白く読ませます。
▼相変わらず全体の2/3以上をかけて謎をとにかく徐々に解いていく手法にわかっていても楽しまされますね。 -
Posted by ブクログ
オーストラリアのミステリーを読むのは初めてでした
なかなかに面白かったので「オーストラリアもなかなかやりおるわい」とどこから目線なのか本人もよくわからない目線で偉ぶっておりましたが
書いたのはイギリス人なんですよね
しかしながらオーストラリアがもつ特殊な気候風土「渇き」が作品の基幹ともいえ
「渇き」がもたらすオーストラリアの田舎町の閉鎖的な雰囲気が大きな目くらましになっていました
主人公が持っている「弱み」がなかなか共感できなかったんですよね
なぜ親子が街を出ていくことを「簡単に」選択したのか
それは自分が幸せな街に育ったからだと読み終わって気付きました
誰も助けてくれないなんてある?って思えちゃう人生で良かったなぁ
そんなことを思った作品でした -
Posted by ブクログ
面白かった。
もちろん訳者の方の力もあるだろうが、とても読みやすい。
著者ダンカン・ワッツが説く「スモールワールド」という概念は知っている人も多いと思うが(世界中の人と人の間には平均6人存在する)、この本はそれにも言及しつつ、もっと広く社会学を語っている。
物事には明確な理由がなく、複雑な要因が絡まって結果がある。
常識の脆さ、因果の複雑さ、予測の困難さ、それを一つ一つ説いていく。
自分が認識している世界に対し懐疑的な視点を持ちたいならこの本を読むべきだ。
しかしながら人が常識に頼ったり予測をしたり因果を単純に理解したがるのは、自己防衛でありリスクヘッジだ。
それらが不可能になれば、社会は人にとってもっと耐え難いものになるだろう。
私は常日頃常識を鵜呑みにしないことを心掛けているが、それでも多くの常識に振り回されているし、様々な「当たり前」を何の疑問もなく受け入れている。
そして比較的直感を信じるタイプである。
中でも言及されているが、「悪い計画でも無策よりはまし」だし、何か事があればそれを理解することで自分を落ち着かせる。
これらは生きる知恵なのだ。
ダンカン・ワッツは予測困難な偶然の世界の中で、どうすればよりよく未来を予測ができるのかも説く。
私には結局の所、情報が大切なんだと説いているように見える。
広い世界を知り、統計を元にし、理解すること。盲目にならず、前提を排除し、想像の介入を許さないこと。
本序盤では、ダン・アリエリーが「予想通りに不合理」という著書で述べられた実験のいくかがいくつか見受けられ、その焼き直しなのかな? と正直思った。
しかしながらダンカン・ワッツはただ広範囲に論文を読み、多くの知識があるだけのようだ。読みすすめると参照している研究が他にも多数出てくる。
巻末の脚注も読み応えがあり、仕事が丁寧、あるいは厳密に事実もしくは根拠を提示し論を進めている印象。
不用意な断言はしていないところも、慎重な印象を与える。
バックグランドがかなりユニーク。理論応用力学の博士号を持っており、その後海軍、社会学者。
優秀なんだろうな。 -
Posted by ブクログ
初めてのオーストラリア発ミステリー。
日本で生まれ育った者としてはなかなか考えにくいのだが、オーストラリアでは干魃は珍しくなく、十年から二十年に一度は大規模な干魃が起こりそんなときに起こる山火事は大惨事になるらしい。
日本のように毎年どこかで豪雨や台風の災害が起こる国とは真逆だが、これもまた自然が起こす災害だ。
原題は「THE DRY」。だが邦題ではそこに「偽り」が加わる。
その「偽り」とはどんな「偽り」なのか、それは読んでいくうちに分かっていく。
主人公は普段はメルボルンで仕事をしているアーロン・フォーク。主に経済犯罪を担当する連邦警察官だ。
その彼が生まれ育ったキエワラという田舎町を二十年ぶりに訪れる。家族を道連れに自殺した友人ルークの葬儀のためだ。
当初フォークは故郷に戻るつもりはなかった。なぜなら二十年前、女友達のエリーが溺死した事件で犯人扱いされ父と共に町を追われたからだ。
だがルークの父親からの意味深な手紙に呼び出され故郷に戻り、ルークの両親から事件の真相を調べてほしいと頼まれることになる。
ルークの家族を巻き込んだ無理心中の真相と、二十年前に起きたエリーの溺死事件の真相。
フォークは期せずして二つの真相に斬り込むことになる。
もちろんメルボルンではない町ではルークの連邦警察官としての権限はなく、個人の資格で調査をすることになるのだが、頼もしいコンビが出来る。それがキエワラに赴任してきたばかりのレイコー巡査部長。このレイコーは優秀で熱意もあり、なかなか良い警察官だ。
大地だけではない、モラルも町としての機能も何もかもが枯死しかかっているようなキエワラという小さな町の人間模様は日本の小説にも出てきそうだ。
キエワラで生まれ育った住民は互いをオムツをしていた頃からどころか親の世代、その上の世代から知っていて濃密な関係を築いている。
だがキエワラに移ってきた住民に対しては、例え十年以上前からキエワラに住んでいても新参者として一線を引いていて、それが両者の間の見えない溝となっている。
過去の因縁によりフォークは町の人々に散々な嫌がらせをされる。この辺り、横溝正史先生の「八ツ墓村」のようでハラハラする。
特にエリーの父と従兄は強烈だ。
中傷ビラを撒かれたり店で買い物を出来ないようにしたり、極めつけは車を糞だらけにされたり(子供か!)。
私だったらここまでされたら心を病んで逃げ出してしまいそうだが、フォークは逃げない。
一度逃げ出した過去と向き合い事件の真相を突き止めようとする。
読み進めていくに連れてエリーの事件に関しては嫌な予感しかしないし、ルーク一家の事件にしても様々な側面が想像出来てくる。
フォーク自身、エリーの事件に関してはアリバイがなく偽のアリバイをルークに拵えてもらうという嘘を吐いている。
だがそれは同時にルークにもアリバイがないということでもある。
『隠し事があるのはみんな同じみたいね、アーロン』
「偽り」を抱えているのは誰なのか、どんな「偽り」なのか、二つの事件にどう繋がるのか。
最後の真犯人を追い詰めるシーンでの真犯人の足掻きの様子はまさに『渇き』きった大地ならでは。こういう演出は日本の小説では想像出来ない。
あれだけの一方的で酷い悪意を向けてきた町の人々がその後フォークにどう対応したのかを見て溜飲を下げたい気持ちになるのだが、そこまで書くのは無粋というものだろうか。
読み終えて印象に残ったのはいろんな家族や生き方が出てくること。
例えばフォークはキエワラでの経験の所為なのか女性関係が長続きせずいまだ独身だが、相棒のレイコーは良好な関係の妻がいてもうすぐ子供が生まれる。
女友達の一人グレッツェンはシングルマザーだし、エリーの父親は母親に愛想を尽かされ出ていかれ、町の医師はゲイであることを隠している。
一見良好そうに見える家族関係がそうでないことはよくあることだが、その逆もある。
そんな雑多な人々が詰め込まれ互いに互いを見定め合って自分の立ち位置を確認する、そんな小さな町の今後が不安になるが、それを外の者がどうこういうのはそれこそ大きなお世話なのだろう。
この作品は作者のデビュー作らしいが続編も出ているらしい。フォークがこの事件を乗り越えてどのような再出発を果たしているのか、機会があれば読んでみたい。