青木創のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
原題は"The Dry"。なので邦題も『渇き』だけの方が良かった。完結なタイトルは好みなのだ。
オーストラリア発の邦訳作品は滅多に手に入らないので、南半球ミステリとはかなり興味深い。ここでの『渇き』とは、ずばり乾燥のことである。オーストラリアでは雨に恵まれず長期的な干魃に身まれた挙句、大規模な山火事に発展することもあると言う。雨と湿度の多い日本に住んでいるぼくらには想像すべくもない水不足事情の下で本書はスタートする。
幼い子供まで含めた農場の一家惨殺という衝撃的な開幕の地に、かつてこの土地を追いやられた主人公が帰郷する。捜査官として経歴を積んだ主人公の心中で、かつて自分と父とをこの土地から追い出すきっかけとなった謎めいた事件が蘇る。あの事件の関係者と噂される自分と、かつての親友。その親友が妻と子をショットガンで撃って自殺したとされるむごたらしい事件によって。
刑事の帰郷と、二つの時代を結ぶ時間の糸。干魃に見舞われ、農業生活が危機に瀕して追い込まれた経済状況の貧村に蠢く悪意と偏見。
いかにもオーストラリアらしい、風土ミステリーであり、そうした古い村ならではの閉塞状況に加え、一見そう見えるものがすべて見えるままではない不安定さ、むしろその裏側で重奏的に生まれる人々の想いの交錯し縺れ合う分厚さのようなものが、フーダニット・ミステリとして秀逸な本作の味わいだろう。
時間軸が移り変わる中で、信じられるものが徐々に削り取られ、予想外の真実が姿を見せ始めるとき、主人公の中ですべてが変わる。
主人公である帰郷休職中の捜査官と現地の警察官とのタッグによる事件解決までの情熱が物凄い。そして渇きが常に背景にあることで人間の安定がかくも容易に地滑りを起こし、大きな犯罪に繋がってゆくという悲劇の記述にも注目される。
英国マンチェスター生まれの女流作家のデビュー作、骨太の力作として印象に残る一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「カルテル」を先に読んだけど、こちらの方が先に執筆されていたらしい。・・・なるほど。
妻子をテロで失った男性の復讐劇、と言えば凡庸に聞こえるがそこはドン・ウィンズロウ、あまたある同様の作品レベルを遥かに超えている。
傭兵部隊を組織しテロリストたちと戦う、という設定はアリステア・マクレーン(よりフレデリック・フォーサイス?)、ウェットな主人公の心情描写はジャック・ヒギンズを思わせる部分もある。
しかし、歯切れよく展開される物語はまさしくウィンズロウ節炸裂。特にアクションシーン(冒頭の飛行機テロの描写の恐ろしさ!)はスローを交えたような演出が目に浮かぶようにリアルだし、何より現代の近接戦闘戦のリアルな戦い方に手に汗握る。本当によく勉強もしている!
序盤で出てくる、”薬物とテロリズムは、21世紀の戦争というメニューの、スープとサンドウィッチだ”という文章がこの作品の執筆動機でもあるし、それがのちの大作「カルテル」に繋がってもいる。
しかし、(一部の例外を除いて)シリーズものを敢えて避けながら毎回このレベルの作品を、しかも精力的に執筆してくれるのは本当にありがたい!
この作品も「犬の力」&「カルテル」も視覚的な作品だから是非映画化してほしい。
一昔前だったら、ジョン・ミリアス監督、今だったらデビッド・エア監督あたりがいいかな? -
Posted by ブクログ
ドン・ウィンズロウの作品は久しぶりだ。ブーン・ダニエルズのシリーズとベンとチョンとOのトリオのシリーズ、トレヴェニアンの『シブミ』続編『サトリ』と、あちこちのヒーロー、ヒロインを追いかけたかと思うと、どうやらそこに落ち着く様子もなく、『フランキー・マシーンの冬』以来となる単発作品の本書を、ここで『失踪』とともに同時二作発売という鮮度で、しかも母国USでは未発表のまま、ドイツに続いて日本での翻訳先行で出版という奇抜さで、この作家の奇行とも取れる創作行動は世界を驚かせている。
そして単発ながら、どちらもこれまでにない類いの内容を伴い、ウィンズロウという作家の彷徨の途上にあるらしい彼なりの才気と力量を存分に見せてくれる点でさらに圧巻の充実ぶりが読者にとっては何とも嬉しい限りであるのだ。
冒険小説という言葉が影を潜めている翻訳小説の世界の中で、今、改めて、ハードボイルドでもギャング小説でもない、正統派の冒険小説をひっさげてウィンズロウはぶらりと日本の読書界に久々に姿を見せてくれたのである。妻と、ひとり息子とがテロの犠牲になった元デルタフォース隊員による復讐ドラマを淡々と綴る本書は、小説の詩人と異名を取っても構わないこの作家によって叙事詩のように小気味よく語られる。
冒険小説の王道である、仲間をかき集め、作戦を練り、闘うという『七人の侍』以来の基本パターン。それが数度繰り返され、仲間の中から犠牲者が出るたびに強くなってゆくチームの団結力と、その熱源ともなるべき怒りと正義感。裏切りを正当化してはばからない権力中枢の後ろ盾もないヒーローたちが、命を賭して闘いの場に赴き、活劇を展開するこの構成とスケールと熱気。
久々に見る戦場は、確かにドラッグ戦争で描いた『犬の力』で培われた経験によるところ大であろうが、何よりも、テロへの怒りに突き動かされる父親の心情を、仲間たちが共有してゆくその友情、そしてプロフェッショナリズムという純然たるビジネスから人間ドラマに移行してゆく仲間たちの心の流れ、そうした血と脈拍の感じられる物語こそが、火器や弾幕という舞台装置の中で敵の心臓部に迫ってゆく躍動感が何よりも頼もしい。
骨太で容赦のないウィンズロウ節も、さらに磨きがかかって感じられたのはぼくだけではあるまい。復活というよりも、充実の持続をこそ求めたくなる作家の筆頭である。近々『犬の力』の続編『カルテル』が春先には刊行予定とのこと。どきどきする今日この頃である。 -
Posted by ブクログ
警察官フィンが担当中の猟奇殺人と酷似の殺人事件が彼の故郷で起き、18年ぶりに帰郷し捜査をおこなう。
被害者はフィンの幼なじみだったため、その他の古くからの知り合い数人と久々に再会して、つらかった少年時代や苦い過去を思い出す羽目になるが、少しずつ事件の真相に近づき、最後は衝撃の結末が。。。
20年近くたっても手つかずの自然、荒涼とした大地と海。自然の描写が美しく、読んでいる間もどこからともなく風や海の音が聞こえて来そうだ。
しかしその閉鎖された田舎での人間関係はかなり複雑だ。自然のように美しいとは言い難く、人の心の機微を読み取れず、フィンの捜査は難航し、どんどん深みにはまっていくようにも思える。
現実と過去の出来事が交互に描かれているが、その手法もなかなか上手いと思う。
続編があるそうなので、そちらも読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
著者は1971年生まれだから私より2歳下だ。最初物理学を学んだようだが、複雑系の系譜を継ぐ「スモールワールド」だかいう学説を提唱し、ネットワーク理論に基づいた社会学者といった立場にあるようだ。
この本は一般読者向けに非常に易しく書かれており、何も難しい話ではないが、新たな視角をもたらしてくれる、実に面白い読み物だった。
「まえがき」で「アメリカ人のおよそ90%は自分が平均より車の運転が上手いとおもっている」という統計を明らかにする。日本人も、おそらく男性では似たような結果になるのではないだろうか。
この例のような自己に関する「錯覚された優秀性」、そして「常識」全般が、人々の認識・判断を絶えず誤らせている。「思い込み」の間違いを、著者ワッツは執拗に指摘してくる。こちらも身に覚えのあることが多く、反省を迫られる。
複雑系で有名な「バタフライ効果」の話、人々のあいだの相互影響作用、インターネットを活用した大規模なリサーチと「実験」。結局だれもただしく結果を「推測」することはできないこと。偶然の条件が重なってできごとが起こり、そのもろもろの影響からさかのぼって、もっぱら論議されること。
かなり刺激的な内容で、読んでいてとても楽しい。
著者はYahooリサーチに携わっていたので、マーケティングの話も後半出てくる。
複雑系に基づくネットワーク社会学、もう少し本格的な本も読んでみたいと思った。