池田信夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
評価:★★★★★(5/5)
著者によれば、今回の福島の事故において、2つの神話が壊れたという。
安全神話:最悪の事態でも炉心溶融は起こらない
危険神話:炉心溶融が起こると数万人が死ぬ
前者についてはなじみ深いだろう。しかしこの本は後者についてもしっかりと触れてある。
盛り上がる反原発運動にたいして冷静に情報を与えてくれる。
反原発や脱原発、そして原発推進・肯定・・・などなど様々な考えの人がいると思う。
また、雰囲気に流されて(山本七平のいうような「空気」に流されて)いる人も多いのではないだろうか?
『原発は危険だからやめておいた方がいい。けどよく知らない』といった具合で。
たしかに今の世で、反原発熱は高まったように思えるけども、この本に書いてあることを、しっかりと読み直して、あらためて何を反対しているのか、何に対して反対しているのかを考え直してみるのも良いと思う。
もちろん、この本の情報を鵜呑みにすると言うのではなくて、他の本と併せて読んで考えてみればよいと思う。
僕にとっては、最近の反原発・脱原発(運動)は、なにやら異様な正義感のようなものが振り回されているような気がしてならなかったので、ちょうど良い本だった。
残念なことに終章の2つ『第7章 電力自由化への道』と『第8章 合理的なエネルギー戦略』については頭がついていかなかったが、それまでの章は楽しめた。
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【目次】
第1章 安全神話と危険神話
第2章 放射能はどこまで怖いのか
第3章 危険神話はなぜ生まれたのか
第4章 「空気」の支配
第5章 「リスクゼロ」を求める人々
第6章 「自然エネルギー」の幻想
第7章 電力自由化への道
第8章 合理的なエネルギー戦略
おわりに
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Posted by ブクログ
ネタバレ大学の経済学史の授業でも、それほど大きく扱われない存在であるハイエクの一生に焦点を当て、彼の著作や主張を交えて記した本。
何故池田信夫という人物がハイエクに注目したのか最初はわからなかったが、両方の著作を見ているとなんとなくそれ理解できた。おそらく、池田はハイエクに多少ながら影響を受けていると言ってよいだろう。
ハイエクといえば自由主義者というイメージが強い。例えばLSEで教授として働いていた時代においては、激しく社会主義を批判したという事実からもそれが伺える。だが、私たちが描く「経済自由主義者」のイメージと、ハイエクはどうも少し違うようである。彼の思想はスミスやリカードらによる古典派経済学とは異なっており、ハイエク自身はそれを批判する立場だったからである。
ハイエクが注目したのは「知識」であった。古典派経済学は完全競争下の市場経済を想定している。この場合の完全競争とは、そこにいる全てのプレイヤーが同程度の知識や情報を有していることが前提となっている。すなわち、新たに知識や情報を獲得する必要がないため、そのコストは無視されているのである。だが、ハイエクはこれを批判する。彼の指摘とは、完全競争下で全プレイヤーが同程度に情報を持っていることなどありえず、その獲得にかかるコストを見込むべきだというものである。この点において、社会主義体制が崩壊した理由として、各部門が提供する情報を、中央が効率的に管理することができないためだとハイエクは説明する。このように、従来の完全競争下を想定する経済学に対して、情報にかかるコストの視点から切り込んだハイエクの主張は、現代まで通じるものがある。
晩年のハイエクは法秩序にまで研究領域を広げていた。彼の主張は効用を最大化する自由度を最大化する秩序の構築であった。中世ヨーロッパにおいて、所有権の確立は革命的なものであった。所有権の明確化は、取引費用の減少に繋がるからである。イギリスやオランダで産業革命が起こったのも、この観点から説明できる可能性があろう。従って、所有権の発達はイノベーションの創出に不可欠である。だがハイエクは、「モノ」の所有権と「知識」の所有権、つまり知的財産の区別を主張する。知識それ自体は公共財的性格を持つ。従って、それを誰かが消費したとしても、それを享受する全プレイヤーの効用に影響はない。一方で、その供給を制限してしまうと、同程度の「知識」を新たに創出するのに無駄なコストが発生してしまう。従って、知的財産権の保護はイノベーションの発達、ひいては経済発展にネガティブなインパクトを与えるのである。このようなハイエクの主張は現代の日本の産業界にも通じるところがあるのではないだろうか。
以上のように、ハイエクはシンプルな自由主義者とは言えず、当時の経済学者からは異端として扱われていたようである。しかし、彼の主張は現代においても学ぶことが多いと感じられる。また、池田の論述も、多少説明不足だと感じた箇所はあるが、ハイエクの主張のみならず、多様な哲学的概念を引用している点で、学びや気づきを多く含んでいる。その点で、本書の評価はかなり高いといえるだろう。 -
Posted by ブクログ
実のところ池田さんの主張には首肯することが多い。ブログもずっと読んでいるし、推奨する本も何冊も読んだ。影響を受けている人のひとりと言っていいと思う。賛否が割れる原子力の話も、TPPの話も、電波の話も、電子出版の話も、主張されている内容については、あらかたその通りだと思う。
ただ議論が喧嘩腰になるのは肌に合わないのだけれども。
本書は「イノベーション」に関するかねてからの主張を改めて筋道立てて一冊の本にまとめたものである。成長には生産性の向上が必要で、生産性の向上にはイノベーションが不可欠である。では、どのようにしてイノベーションが実現されるのかが扱わなければならないというのが著者の問題設定である。
これに対して、これまでの伝統的な経済学ではイノベーションを扱えないが、行動経済学とゲーム理論などをツールとして援用し、成功と失敗のパターンを分析することで有益な知見を得られるのではないかというのが出発点である。
その結果としていわく、
1. イノベーションは技術革新ではない ⇔ ビジネスモデル革新である
2. イノベーションは顧客の声から生まれない ⇔ 新しい市場のフレーミングである
3. イノベーションは役員の合意から生まれない
4. イノベーションのプラットフォーム競争では安くてよいものが勝つとは限らない ⇔ 進化的な生存競争である
5. イノベーションは「ものづくり」から生まれない ⇔ ソフトウェアから生まれ、よりアートに近いものである
6. イノベーションは事業部制のような複合的組織からは生まれない ⇔ 決断ができるオーナー企業が有利である
7. イノベーションは知的財産権の保護から生まれない ⇔ かえって阻害される
8. イノベーションは銀行融資からは生まれない ⇔ リスクマネーが必要である
9. イノベーションは政府の政策からは生まれない ⇔ 無駄であり、かえって阻害する
10. イノベーションはコンセンサスから生まれない
日本がこれまで成長し得たのは、人口動態の必然の帰結で、そこには何も秘密のレシピはない。今はその成功体験と既得権益を持つ保守層が重しになっているのが問題だと指摘する。特に雇用慣行と行政機能を改善する必要があると主張している。一応最後はモバイルとSNSなどの新しいコミュニティと世代に期待をしているとしているが、そこはあまり説得力がない。
池田さんは、時々もうあきらめてこれまでに蓄えた財でもって新興国に支えてもらって余生を過ごす高齢者のような国になるしかないというようなことを半ば皮肉をこめて言うことがある。そちらの方が説得力を持ってしまっていることが問題だ。
何もギリシアのようになりたいわけではない。海外に行ってトヨタの車やSONYのウォークマンが使われているのを見て何となく誇りに思ったことは覚えている。今でもそうだ。それほどダメな国ではないはずだ。 -
Posted by ブクログ
ハイエクの入門書というよりは、ハイエクを通して著者の主張するところを述べるという色が強いように思います。著者のブログを合わせて読んでいると理解が深まるかと思います。そういう意味で、きちんとハイエクを知りたければ、実際の著作に当るべきかもしれません。ただ、ハイエク自身の著作を読んでみたいなと思わせる内容にはなっています。
最後には、一貫して計画経済やケインズ主義の大きな政府に反対したその経済哲学および思想哲学を、インターネットの自立分散の分権システムを支える思想として紹介しています。帯に書いてあるように「インターネットを予見した」というのは言い過ぎでは、とも思いますが、数多の経済思想や原理の中で、現時点ではハイエクの主張する自由主義が生き残っているとみなされている中で、重要性が増している思想家なんだなと改めて思わされました。 -
Posted by ブクログ
なんだろう。この本は、「原発の安全神話」が崩壊したことは、周知のことだ。そして、「原発の危険神話」が崩壊したと続けて言う。つまり、放射能を必要以上に怖がるなと言いたいようだ。
池田信夫は1978年にNHKに入局し、15年間報道番組の制作に携わった。この経験から、「メディアは科学的な事実よりも、視聴者の感情や『空気』に流されやすい」という強い批判精神を持っている。原発事故後の報道に対しても、「放射能の恐怖を煽ることで視聴率や注目を集めるメディアの構造」が、科学的な冷静さを失わせていると指摘している。
最大の被害をもたらしたのは、原発ではないと言い切る。なぜ?
福島の原発事故によって、放射能で死んだ人は一人もいないとされている。本当?
国際放射線防護委員会(ICRP)などの基準で見ても、福島の避難区域の多くは、健康被害が出るレベル(100mSv/年など)を大きく下回っている。だから、避難する必要はなかった?それは無駄な費用だった。除染する必要もないのだという。
喫煙や野菜不足などの生活習慣のリスクに比べ、現在の福島での放射線リスクは無視できるほど小さい。つまり、風評被害を作り出したのは、マスコミだ?
果ては、原子力発電所は、「原電」と呼ばれていた。70年代に原子力発電所を「原発」と呼ぶようになり、「原爆」を連想させるからだという。ここまで言うのか?
池田信夫の意図は、「不合理な感情による、巨大な社会的コストの浪費」への警告だという。
原発を止めることで火力発電が増え、燃料費として毎年数兆円が海外に流出していることは、日本の経済的な損失だという。
東日本大震災と原発事故によっての震災関連死は、福島県内では2,000人以上が亡くなっている。
「放射線から逃げるための避難」によって多くの高齢者が命を落とした。事故直後の混乱期には避難は不可避だが、線量が十分に低い地域まで長期にわたって避難を継続させ、帰還を遅らせたことは、公衆衛生上の「失敗」であったと指摘している。
池田信夫の言っている「命に関わりがない=危険でない」と言えるのか?
科学的には「年間100mSv以下の被曝で発がん率が有意に上がる証拠はない」ため、身体的には「危険ではない」ということのようだ。
つまり、故郷を追われ、コミュニティが壊れ、風評被害に晒されることは、住民の人生にとって間違いなく「危険(有害)」な事態であり、そのことで関連『死』が起こった。
池田氏の論調は、身体を守るための行動が、結果として「社会的な命(人生)」を破壊してしまったのではないかという指摘なのだ。
池田信夫が強調するのは、「ゼロリスクという幻想のために、目に見える巨額の損失を許容するのは合理的ではない」という点である。
国際放射線防護委員会(ICRP)などの公的機関が、LNT(Linear No-Threshold )仮説を「放射線防護の基準」として採用している。日本もこれを採用している。これは「リスクを低く見積もって被害を出すよりは、厳しめに管理した方が安全である」という予防的原則に基づいている。
LNT仮説とは、被ばく量が増えれば、リスクも一定の割合で直線的に増える。「ここまでは安全」という境目(しきい値)がなく、理論上は0.1ミリシーベルトでもそれ相応のリスクがあるとみなす。
池田信夫は、日本がLNT仮説をとっていることを批判する。
LNT仮説は「あくまで管理のための仮定」であるはずが、いつの間にか「科学的事実」として扱われている。
LNT仮説は、DNAが損傷を受けたらそのままがん化のリスクになるという単純なモデルである。人間の持つ生物学的な修復メカニズムを無視しているとする。微量な損傷であれば、細胞が自ら修復する。修復不能な細胞を自ら除去する。異常な細胞を排除することから、「微量な放射線ならこれらの修復機能が追いつくため、リスクはゼロか極めて低い(しきい値が存在する)」という。
次に、放射線ホルミシス効果があるという。「少量の毒はむしろ刺激になり、体に良い影響を与える」という考え方(ホルミシス)で、低線量の放射線を浴びることで、むしろ細胞の活性化や免疫力の向上が見られるという。ラドン温泉がそのいい例である。LNT仮説の元データは、主に広島・長崎の被爆者調査。しかし、統計的に有意なリスクの上昇が確認されているのは、およそ 100ミリシーベルト以上 の被ばくからであるとする。それ以下の低線量(例えば10ミリシーベルトなど)では、生活習慣(タバコや食事)によるリスクに埋もれてしまい、実際に放射線でがんが増えたという明確な証拠は見つかっていないとする。
LNT仮説が使われ続けているのは、「安全側に立ってルールを決めるには、これが一番シンプルで管理しやすいから」という行政上の理由からである。「科学的な正確さ」と「行政的な安全管理」のギャップが、LNT仮説をめぐる論争の本質となっている。
さらに、池田信夫は、除染は必要なのか?を問いかける。除染特別措置法では、「事故による追加被曝線量が年間1ミリシーベルト以下となることを目指す」とし、その後20ミリシーベルトに引き上げられた。池田信夫は、年間100ミリシーベルトでも、発がん性の増加はみられない。だから、無意味な除染を行うのは、安心の名による税金の浪費であるという。
池田信夫は、「科学的に低線量被曝に危険性はなくても子供が心配だ」と言って「リスクゼロ」を求める放射能ママと似ていると言う。武田邦彦の「年間1ミリシーベルト以上はすべて危険だから除染しろ」「福島産の農産物は食べるな」と放射能デマを撒き散らしたと批判する。
軽度の放射能という科学的に見て極めて低いリスクを避けるために、年間数兆円を失い、関連死で多くの命を失うのは、経済学者から見れば「最悪の選択」だという。対して、反対派は「命や環境のリスクは金額に換算できない」という立場をとっており、「経済的合理性の損得勘定」と「放射能被曝の安全保障」が平行線をたどっている。
そして、一番重要なことは、原発をやめて、果たして再生可能な自然エネルギーで、電力を賄えるのか?太陽光にしても、風力発電にしても、その経済合理性と効率性は、高い電力になってしまうのではないかという指摘だ。
池田信夫にとって、原発問題は単なるエネルギーの問題ではなく、「日本人は論理(ロゴス)で動くのか、感情(パトス)で動くのか」という文明論的な問いをしている。「感情に流されて国を滅ぼすな」という主張の原動力となっている。
ある意味では、私は、この間原発はゼロにすべきだという本をたくさん読んでいたので、全く違った角度からの提起に対して、意外感を持って読んだ。2012年の時点での本であるので、2026年になって、この本のその後を読んでみたいものだ。 -
Posted by ブクログ
r>gという資本主義の残酷な現実。
超資本主義世界の一員として目を背けてはならない世界の摂理。
原書は分厚くハードルが高いため、シンプルな入門書でメインメッセージを掴むことから始めた。
1時間ほどで読めるのでオススメ。
経済学の基礎がない自分にとっては、入門書でもやや難しめ。
提示される数々のデータは残酷を超えて...
最早グロい。
余りにも大きすぎる敵に、怒りすら湧かず、ただただ悲しい気持ちにならざるを得ない。
労働者の立場に甘受しては殺されるという危機感も芽生える。
生涯労働者、AIに職を奪われる可能性が高い自分は、せこせこと端金で資産を形成する。
そして、最大限に、ルサンチマンを働かせて、超富裕者へのグローバル規模の累進課税が適用されるよう祈るのみである..。悲しい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ温暖化を疑うのではなく、温暖化対策の費用対効果を考えるべき。問題のほとんどは途上国に発生する。その対策煮資金を出した方がいいのではないか。
都市の暑さの原因は温暖化ではなく、ヒートアイランド現象。温暖化の被害は都市に集中している。
地球の気温は、遙か以前から20度以上も変動している。
大気中のCO2濃度は0.04%、水蒸気は2%、温室効果は水蒸気が48%、CO2は24%。
メタンガスの温室効果はCO2の28倍。
北海道の米は美味しくなった。3度上昇までは日本の農産物の収量は増える。
温暖化で先進国の超過死亡率は減る可能性が高い。
熱帯では気候難民が増える。その結果都市に移住する=都市のインフラを整備すればいい。
カーボンZEROでは儲からない=投資収益は上がらない。技術を売る企業は儲かるだけ。
水素のコストが化石燃料を下回る見込みはない。太陽光の電気で電気分解するから、電気より安くならない。
ESG投資はモラルハザード=ファンドマネージャーは他人の金で名誉を買う。企業イメージがあがるだけ。
個別には儲かる企業と衰退する企業は出る。脱炭素化と経済成長はトレードオフ。
現実的な適応は、洪水は干ばつの多い地域の気候難民が都市に移動したときに、それを受け入れる手段を講じること。
炭素会計の粉飾決算=産油国からアンモニアを買って発電する。排出枠を買うのと同じ。アンモニアの発電効率はLNGの半分くらい。
脱成長では解決しない=共同体NAMの失敗=資本主義の生産力には対抗できなかった。
ドイツの緑の党は、ソ連のトロイの木馬だった。
省エネの流行=コスト削減になるので、省エネ技術は海外に売れた。
脱炭素化は公害問題と同じ。公共しか買わない。
洪水は堤防で大部分が防げるとIPCCも認めている。
気候変動による災害は熱帯に集中している。
温帯では海面上昇は毎年1センチ程度、防災対策。
温暖化より、水問題、医療問題、食糧問題が先=豊かさが必要。
グレタは、先進国の金持ちの自己満足。
ガソリンエンジンの熱効率は40%、モーターは90%。発電を大規模な工場で行い、発電と駆動を分離するEVのほうが合理的。しかしすぐには普及しない。電池の材料が希少金属なので、高い。製造段階でエネルギーを消費する。
ライフサイクル全体では、10万キロまではHVがCO2排出量は少ない。
EUの2035年内燃機関禁止はヨーロッパの製造業を守ろうとする動きだった。
合成燃料ならいいことになった=CO2と水素を合成する液体燃料。炭素中立だがコストは高い。今のところ実用にはならない。
本質的な問題は、所有から利用への変化。ライドシェアが普及すれば、自動車産業から雇用が喪失する。
EVのネットワーク外部性が働くティッピングポイントは遙かに遠い。
土地が少ない日本で再エネは主役にはなれない。風力は送電網にお金がかかる。
技術の初期はラーニングカーブで運用費用がさがるが、一定規模以上になると本質的ではないコストがかかるようになる=ネガティブラーニング。
公害防止費用、水力の立地コスト、原子力の安全性など。
太陽光や風力は規模が小さいときは、送電網にただ乗りしてFITで安定的に買い上げて貰ったが、規模が大きくなるとそうはいかない。
どんな技術でも100%にはできないもの。
電力を100%再エネ化しても、鉄鋼やセメントはそうはいかない。高炉はグリーン水素で代替、電炉は再エネ電力で。その場合コストは倍以上になるが、出来上がるものは同じ。
バイオマスは再植林が行われなければ再エネとはいえない。輸入のペレットは化石燃料と同じ。
イギリスの電力自由化では電気料金は下がらなかった。通信の自由化とは違う。電気には、同時同量の制約がある。安定供給するコストが上がる。
送電業者は供給責任を負わないので単なる転売屋だった。
通信は成功だったが、電力は失敗。通信が成功したのは半導体の進化による。
電力の自由化で電気料金が上がった。
石炭火力を減らすには原子力しか無い。ウランの最大産出国はカザフスタン、埋蔵量はオーストラリア。
再処理をやめると、核燃料はゴミとなる=資産価値を減損処理する必要が出る。
原子力産業に未来はない=技術者がいなくなる。大学の原子力工学科がなくなる。
排出権取引は仕組みが複雑。
炭素税は企業の反対が多い。国際競争で不利になる。
最適な気温上昇は2.6度。限界削減費用=炭素価格になるような削減量が最適。ゼロではない。
北半球では凍死が減り収量が増える。
途上国のインフラ整備を先進国が負担する方がいい。
気候変動問題はEUの意識が高い金持ちのお遊び。ウクライナ戦争でそんなことは言っていられなくなった。 -
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コメンテーター。センテンスが長く学問的にむずかしい話をする人はテレビ局に嫌われ、短時間で言い切って「角度をつける」人が好まれる。テレビ局の言いたいことを「識者」を通じて言わせる。p.55
国連は集団安全保障のための機関であり、集団的自衛権を保障するものではない。集団的自衛権とは各国の結ぶ軍事同盟のことで、国連とは別の問題。p.64
アメリカは極東での軍事負担を軽減するため、日本の自立(軍事力強化・集団的自衛権)を求めている。p.139
NYTはイラク戦争開戦に賛成の論陣を張り、「イラクは大量破壊兵器を持っている」と誤報を出した。p.90
朝日新聞には一貫した原則や論理はない。一貫しているのは、感情的な世論に迎合しようという商業主義である。新聞は部数を増やすために戦争を煽り、日本を戦争に導いた。p.91
トヨタが2014年3月に納めた法人税は7678億で、その額は日本企業の中でトップ。国税収入の1.5%にのぼる。トヨタは義理堅く国内で納税している。p.136
1970年以降、左翼のよりどころは公害反対運動になった。公害は資本主義がもたらす悪であり、公害病患者はプロレタリアートに代わって左翼のアイコンになった。運動の主役はマルクス主義者というより、エコロジストだった。p.188
反原発デモは、社会に対して漠然とした不満を抱いている人々が、それをぶつける材料として原発を見つけた。が、その先に何があるのかは彼らにはわかっていない。かつての学生運動には曲りなりにもマルクス主義という理念があり、それを組織化する党派があったが、このデモには目的も理念もない。p.141
原発ゼロは経済に莫大な損害を与え、製造業は日本から出ていき、職が失われる。その最大の被害者は、反原発デモをしているフリーターである。p.141
原発事故まで原発について何も知らなかった左翼文化人は、そこに新しい反権力のネタを発見し「脱原発」に飛びついた。必要なのは科学的データではなく、共通の敵である。神をもたないカルトはあるが、悪魔をもたないカルトはない。p.142 -
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ネタバレ日本人のためのピケティ入門: 60分でわかる『21世紀の資本』のポイント 単行本 – 2014/12/12
資本主義では過去200年間、格差が拡大し、今後も不平等が拡大する
2015年10月26日記述
池田信夫氏による著作。
ピケティによると2つの世界大戦後に平等になったというのは資本主義のおかげでは無いのだという。
グローバルな資本課税が必要であると。
(だたこれは実現が難しい)
NHKでもパリ白熱教室と題して21世紀の資本、ピケティの主張を紹介していた。
内容的にはNHKで紹介、解説していた通りである。
ピケティも来日の際にもっと若者に有利な税制にする。
これは富裕層の資産に、もっと高い税金をかけて、
その税収を、若い人たちの子育て支援などにまわすといった提言をしていた。
世代間格差などを考えれば当たり前の主張である。
それをいかに迅速に行うかが日本の今後を左右するだろう。
個人的に驚いたのはP69にある教育が格差を拡大するという項目で教育経済学の分野ではっきりしているのは、世代間の所得の相関が最小なのが北欧で、最大がアメリカだという事実。
原因のひとつはアメリカのエリート大学の学費が極端に高いこと。(1990年以降)
エリート大学に入るには親の社会的地位や大学への寄付などが勘案される。
アメリカが能力主義の社会だというのは、もはや建前にすぎない。
下位50%の低所得層の子供が大学に進学する比率は1970年以降10~20%。
上位4分の1の階層の子供の進学率は40%から80%に倍増。
つまりアメリカは親の所得で、子供の学歴はほぼ予測出来るようになった。
本書を読むとトマ・ピケティの主張することがすぐに分かる。
また日本ではどうなのかという点もきちんと解説しているのが良い。
21世紀の資本や「国家は破産する」のような分厚い本を読む時間は現代人はなかなか無いだろう。
どうしても池上彰氏のような解説が必要になる。
本というのは体裁を整える為に不必要にページが厚くなる傾向がある。
徹底的に無駄を省き薄い本にしたという点も評価出来る点だ。
トマ・ピケティの21世紀の資本の訳本が出版される同時タイミングに出た。
欧米の話題になった書籍(かつ分厚い本)の訳本が出る際にはこういった解説本を同時に出せるかどうかが重要であることを示した。