ハイエク 知識社会の自由主義

ハイエク 知識社会の自由主義

ビジネス・実用
660円 (税込)

3pt

世界は不平等と不正と混沌に満ちているが、「賢明な政府」が指導すれば、世界は今よりもよくなるのだろうか? ハイエクが半世紀以上前に論破していた。「不完全な知識にもとづいて生まれ、つねに進化を続ける秩序が、あらゆる合理的な計画をしのぐ」のである。本書では、市場経済を全面的に信頼したハイエクの思想の今日的意義を明らかにする。一九三〇年代、ほとんど一人で社会主義・ケインズ主義に挑戦したハイエクは、サッチャー、レーガン政権が成功したことで、経済学だけではなく、世界のあり方をも変えた。また彼の思想は、現在の脳科学、法体系、知的財産権、インターネットを理解する鍵を、私たちに与えてくれるのだ。現実がハイエクに追いつくには二〇世紀末までかかった。半世紀を経て、彼の思想は、新しい社会秩序のあり方を考える羅針盤として、いま不動の位置を占める。

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  • カテゴリ
    :
    ビジネス・実用
  • ジャンル
    :
    社会・政治 / 政治
  • 出版社
    :
    PHP研究所
  • 掲載誌・レーベル
    :
    PHP新書
  • タイトル
    :
    ハイエク 知識社会の自由主義
  • タイトルID
    :
    127616
  • 電子版発売日
    :
    2011年07月22日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    1MB

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ハイエク 知識社会の自由主義 のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

    池田信夫著「ハイエク 知識社会の自由主義」PHP新書(2008)
    *通常の金融理論では、すべての市場参加者が完全あn知識に基づいて合理的に行動をすると課程し、市場は効率的なので市場に勝ち続ける事はできないと教える。しかし高い収益をあげ続けるヘッジファンドがあるいっぽうで、ロングタームキャピタルマネジメントのように破綻するファンドもある。このような不確実な世界を正しく予測していたほとんど唯一の経済学者としてフリードリヒ・ハイエクがいる。彼は生涯を通じて、社会主義と新古典派経済学に共通する「合理主義」と「完全な知識」という前提を攻撃し続けた。しかしその結果主流の経済学者からは徹底して無視された。しかし彼の死後15年以上経って、経済学はハイエクを再発見している。合理的な人々の行動を記述する「合理的期待」派のマクロ経済学やゲーム理論が行き詰まり、新古典派理論の根本的前提である「合理的経済人」の仮説が、「行動経済学」の多くの実験で疑問の余地なく反証された。つまり人々の行動には、非合理的なバイアスが伴っている。人々は不完全な知識のもとで慣習に従って(かならずしも合理的ではない)行動するハイエクは考えた。これは彼の一貫した新年であり、社会主義やケインズ的な計画主義が全盛だった1930年代にかれはほとんと1人でその通年に挑戦した。
    *歴史を自由の拡大する課程ととらえる彼の進化論的発想は、ヘーゲルやマルクスにチアック、英米の分析的な経済学とは明らかに異質であった。一見、科学的な新古典派経済学ではなく、概念的だが人々の情緒に訴えるマルクスとハイエクの理論であった。
    *ルーズベルト大統領が1930年代にとってニューディール政策にもとづく公共事業によって雇用を増やし景気を回復させたようにみえたためケインズ理論は大きな影響をもつことになった。
    *ハイエクは政府が市場をかく乱すべきではないと論じたが、ケインズは目の前の問題を解決する手段があるとき、それを使わないのは政策当局の怠慢だと考えた。これは経済問題をどれほど辛抱強くかんがえるか、という社会哲学の違いかもしれない。ハイエクにとっては、市場の問題は長期的には市場が解決するはずだが、ケインズにとっては長期的にはみんなしんでしまうのだ。
    *不確実性のもとでの主観的な意思決定を重視するのはオーストリア派の伝統であり、のちに紹介するようにハイエクの中心の思想でもある。また、功利主義のベンサム的計算を否定し、特に将来のリスクを数学的に計算して金利に織り込むと考えるフィッシャー流の経済理論を批判した点でハイエクとケインズの考えは似ていた。しかし、ケインズがその不確実性を政府によって除去しようとしたのに対して、ハイエクは市場によって不確実性は長期的に調整されると考えた。
    *すてべの情報を単一のセンター、あるいはセンターとそれを支えるサブセンターに集める事は不可能である。知識は分権化される必要が有る。情報を所有する物が自分のために利用することで、情報の効率的な完全利用が実現する。従って分権化された情報には影響の自由と私的所有が付随していなければならない。つまり、これが計画経済(社会国家)の限界である。
    *社会主義を理想とする人々が科学者に多い事も特徴的である。イギリスの科学雑誌「ネイチャー」は社会を科学的に組織する計画を繰り返し特集した。多くの科学者が資本主義の無政府性を批判し、国民を科学的に管理するシステムを提案。こうした科学者にとってダーウィンの進化論をモデルにして不可避な歴史法則を樹立したと自称する、エンゲルスの「科学的社会主義」はきわめてうけいれやすいものだった。
    *ハイエクは1945年の論文「社会における知識の利用」で新しい経済学の考えを示した。かれはまず、市場が効率的な資源配分をもたらすという新古典派経済学の結論は、ある条件に依存していると指摘する。その決定的な条件とは、すべての人々が無限の将来にわたる完全な情報をもっているということである。しかし、すべての人々が完全な情報をもっていることはあり得ない。しかし、あたかもそれが満たされているかのように経済が動いているのはなぜか?『合理的な経済秩序の問題に特有の正確は、われわれが利用しなければならないさまざまな上お経についての知識が集中されて統合された形では決して存在せず、ただ、すべての別々の個人が所有する不完全でしばしば互いに矛盾する獅子期の分散された断片としてだけ存在するという事実によって、まさしく決定されているのである。すなわち、どの人にもその全体性においては与えられていない知識を「社会全体として」どう利用するかという問題なのである』
    *西欧世界の自由主義には2つの伝統がある。1つは大陸の啓蒙思想に始まり、デカルトからルソー、そしてイギリスではホッブスに至る合理主義の思想である。ここでは痔湯は、合理的な主体の契約によって設立される国家によって保障される権利である。ルソーの思想はフランス革命の理論的支柱となった。このような合理主義は、大陸では一貫して主流であり、その後、カントを経てヘーゲルによって完成された。
    *ハイエクは、利己心や自己愛は悪徳だと思われているが、それがなければ人々は金を儲けようとも思わないし、働こうとも思わない。そうした悪徳がビジネスを生み出し、人々を互いに豊かにするのだ。慈善事業の資金を稼いでいるのは、こうした悪徳を重ねている商人たちである。しかし人々が利己的に行動した結果、その利害が一致するのはどういう場合だろうか。おそらく一定のルールが必要であり、まったく自由放任で泥棒も偽金も許すという訳にはいかない。そのルールは誰かが意図的につくった物ではなく、言語のように長い年月をへて形成されてきたものだ。
    *ハイエクが構想したのが、進化の概念にもとづく生物学モデルだ。生態系ではいろいろな生物が互いに補食したり寄生したりしながら、全体としてはバランスが保たれている。経済システムでも環境に適応した物が生き残る事に寄って非効率な個体が淘汰されるメカニズムがはたらいていると考えられる。しかし、経済システムが生態系と違うのは経済行動にはルールが必要だと言う事だ。むしろ自由を妨害している最大の要因は煩雑な寄生や政府の裁量的な介入なので、規制を撤廃してルールを明確化する制度設計こそ、自由な社会を実現するために重要なのである。

    0
    2014年02月02日

    Posted by ブクログ

    ハイエクの入門書というよりは、ハイエクを通して著者の主張するところを述べるという色が強いように思います。著者のブログを合わせて読んでいると理解が深まるかと思います。そういう意味で、きちんとハイエクを知りたければ、実際の著作に当るべきかもしれません。ただ、ハイエク自身の著作を読んでみたいなと思わせる内容にはなっています。

    最後には、一貫して計画経済やケインズ主義の大きな政府に反対したその経済哲学および思想哲学を、インターネットの自立分散の分権システムを支える思想として紹介しています。帯に書いてあるように「インターネットを予見した」というのは言い過ぎでは、とも思いますが、数多の経済思想や原理の中で、現時点ではハイエクの主張する自由主義が生き残っているとみなされている中で、重要性が増している思想家なんだなと改めて思わされました。

    0
    2009年12月29日

    Posted by ブクログ

    いつもブログを読んで勉強させてもらってる池田信夫氏の新著。

    ハイエクといえば、一般的にはケインズに対置される存在の人物として理解されているのではないかと思います。
    政府支出による有効需要創出を唱えたケインズに対して、サッチャーやレーガンによる「小さな政府」を志向した新自由主義思想の後ろ盾となったハイエク、というイメージがあるのではないかと。
    そういうイメージで捉えると、昨今評判の悪い「市場原理主義者」の教祖みたいに思われてしまいそうですが、ハイエクの思想は決してそんな単純なものではない。

    ハイエクの思想のうち、自分が最も共感するのは、人間の不完全性を認めた上で、理論で社会をコントロールしようとするあらゆる計画主義を否定している、という点です。
    最適な経済を計画的に実現しようとする社会主義、国家が社会をあるべき姿に導くために個人を統御しようとするパターナリズム、これらは社会には「目指すべき目的」が存在することを前提としているわけですが、複雑な集合体である社会全体の「目的」を一意に決定することはナンセンスである。
    それよりも、個人の「自由」な経済活動が最大限に発揮される状況を理想とすべきである、と。
    そのことは「市場に委ねればあらゆることがうまくゆく」というような市場原理主義とは一線を画し、「自由」であること自体を重要視し、個人の自由度を最大化するルール作りを目指すもの、なのです。

    …というのは自分の浅薄な理解に基づく要約ですが、池田氏の解説の語り口も相俟ってハイエクの思想はとても鮮やかさを感じさせるものなので読んでいて心地いい。
    一方で、その深遠さを新書一冊読んだだけで真に理解できるものとも到底思えないのですが、その思想の一端に触れることで現在の社会・経済においてリアルタイムで起こっていることを見定めるためのスコープを持つためのヒントは得られたような気がします。

    0
    2019年01月06日

    Posted by ブクログ

    アダムスミスから受け継がれる市場経済に立脚したハイエクの思想と、それと対峙した社会主義やケインズ主義を中心に主要な経済学思想との比較を論じている。

    当初は、異端であると考えられ評価されていなかったハイエクの自由主義的経済は、既に現在の米英的な資本主義経済を中心とした先進国経済の活動の中核的な理論となり主流となっている。

    また、フリードマンを中心としたシカゴ学派による定量的なアプローチによって経済学の前提は、自己の利益を最大限に追求する個人としての経済人であり、これが経済学を現実の社会から乖離されている。ハイエクはこうした経済人的な個人の前提を否定し、人間は常に合理的な判断をすることができないという立場をとっている。ハイエクのこの考え方は、現在の経済学のフロンティアであるとも言える行動経済学の出発点となっている。

    中央集権的に特定のプレーヤーによって管理される固定電話が、より自由であり自立的な存在であるインターネットによる脅威にさらされ、競争上の劣位にたたされているのは、ハイエクの唱える中央により管理の度合いの少ない自由経済であり、これこそが全体としての厚生を最大化するのである。

    0
    2018年10月08日

    Posted by ブクログ

    経済学の基本も学ぶことができる内容だった。

    ハイエクの思想は、ウィーンに生まれたことで大陸の遺産を受け継ぎ、英米に移住することで新しい世界と交わってできた。市場経済を擁護し、歴史の進歩を信じる理論のようでありながら、近代の合理主義を否定し、人間の無知を前提に置く。

    ハイエクはオーストリア学派に分類される。その創始者のメンガーは、価値が消費者の必要で決まると考え、その心理に依存する相対的なものと考えた。市場の機能を高く評価する点ではシカゴ学派がその伝統を受け継いでいるが、シカゴ学派が新古典派の均衡理論を取り入れているのに対して、オーストリア学派は人間の非合理的な行動を分析することに注目した。

    ケインズの「一般理論」は、大恐慌という特殊な時代の不完全雇用の状態に対応した特殊な政策だった。戦後の経済学者は政府が経済を自由にコントロールできると考え、慢性的なインフレの原因となった。財政政策によって紙幣を増発すると、インフレになって労働者の実質賃金が下がるため、労働需要が増えることで失業は減るが、インフレを折り込んで賃上げを行うと、失業率は元の水準に戻った。1970年頃から、欧米で失業率も物価上昇も高止まりするスタグフレーションが広がったことで、ケインズ政策が見直された。1980年代以降、フリードマンの主張に近い通貨供給を安定させる金融政策をとると、一時的に失業率が急上昇したが、やがてインフレが終息し、ついで景気も回復した。

    社会的効用を最大化しようとする新古典派の福祉経済学は、論理的に成り立たない。ハイエクは、自由度を最大化するようなルールが望ましいと考えた(ルールの功利主義)。ベンサムの功利主義も計画主義として批判した。

    世界49か国の法体系と経済成長率を比べると、規制が少なく分権的な英米法型の方が、権限が官僚に集中している大陸法型より有意に高い。ただし、大陸法型の日本の戦後の成長率が高かったように、発展段階にも依存する。権限が行政に集中する大陸法型は、遅れて近代化を進める国が国力を総動員するには向いている。明治憲法の骨格を固める際に伊藤博文に大きな影響を与えたのは、日々転変する現実に即応するためには、君主の命令や議会の立法ではなく、官僚の裁量が最も適しているというプロイセンの法学者の国家観だった。

    失業率は、雇用規制の強い国ほど統計的に高い相関関係がある。最低賃金の引き上げによって、雇用されている労働者の賃金は上がるが、賃金コストが上がるために労働需要が減り、失業率は上がる。

    0
    2018年10月31日

    Posted by ブクログ

    ハイエクは「自生的秩序」を重んじ、起源や根拠がよくわからなくても、大昔から淘汰されずに残ってきた伝統や習慣を尊重すべしと主張した。社会構造を一気に変革できると考えた合理主義には反対の立場だったという。
    「自生的秩序」の考え方は、国家が上から押し付けるルールよりも、ローカルな人々に根付く「善」を重視するコミュニタリアニズムとの親和性も高いように思われる。

    もともとはハイエクの経済思想について知りたくて本書を読んだわけだけど、経済思想そのものについては、実はそんなに詳しく書かれていない。むしろ、進化生物学やコンピュータ科学、言語哲学など、経済学や法哲学以外の分野とのアナロジーが多く、結局何が論点だったのか煙に巻かれたり。
    ハイエクが考えたことの前提となる知識や時代背景などが説明されているという感じだろうか。

    著者が格差社会についてさらっと触れた部分はあまりにも乱暴で、知識人として無責任に過ぎると思う(以下に引用)。

    “日本の「格差社会論」のほとんどは、実証データにもどづかない情緒的なものだが、かりに格差が大きいとして、格差に反対する人たちは、いったいどうしろというのだろうか。”(p.164)

    うーむ。ニヒリズム。

    0
    2015年01月24日

    Posted by ブクログ

    経済学者/哲学者のフリードリヒ・ハイエクの主張や生涯を追うハイエク入門書。著者の池田氏の博覧強記ぶりはかなりのもので、入門書といえど決して易しくなく、"噛みごたえのある"内容だった。

    前提となる他の経済学者の主張や学派などの知識がない状態では、特に理解に時間がかかってしまい不勉強を恥じる。
    ただ、本書をきっかけとして行動経済学や心理学など他の学問へと自然に興味や視野が広がって行くきっかけを得ることが出来ると思った。

    0
    2013年10月30日

    Posted by ブクログ

    著者のブログ、著書で良く引用されるハイエク。ぼんやりした理解しかなかったが、この本で理解を深めることができた。
    ハイエクが提唱したことは、
    1)完全な経済的合理性を持った人はいない。
    2)自然発生的かつ歴史的な制度で現在も残っているものは優れているか
    ら残ってきたのであり、いたずらに変えるべきではない。
    3) すべての価値を市場に決定させずに、自らの組織で決定しようとす
    る全体主義は排除すべきである。が、政府は自由を促進するために
    ルールを制定すべきある。
    が含まれると理解した。

    0
    2011年06月26日

    Posted by ブクログ

    ハイエクの思想をまとめた本。

    他者の書評などを見ていると、著者池田信夫のインパクトが強すぎて、良くも悪くも「池田信夫が書いたハイエクの本」という視点で語られることが多いようだ。

    が、この際著者のことは脇に置いておくと、80年代以降、英米が自由経済を推し進める際の理論的支柱となったハイエクの思想を、認識論・政治哲学・法哲学・経済学の観点から解説し、最終的にインターネットなど現代の現象に照らしてその是非を問うている。

    ハイエクの思想は、要約すれば
    「人間社会というものはとかく変数の量が膨大であり、かつ変数間の関係も時と共に変化していくため、予測は不可能。そのため、社会全体の効用を最大化する一連のアクションを、客観的に知ることはできない。
    それよりも、個々人が、自身の選好と外部環境の一部に対して持ちうる情報をもとに、効用を最大化するよう自由に行動するほうが、全体の効用を最大化する上で望ましい。
    よって、政府や自治体などの共同体が行うべきは、人々が自由に取引を行えるような市場を用意し、守ることだけである。それさえしていれば、あとは個々人が、不完全な知識に基づきながらも、ラフな合意・創作意欲・自身の好みにより、富を効率的に創造・交換する」
    、となる。

    これは、政府の積極的介入を是とする計画経済やケインズ主義はさることながら、完全情報を持つ合理的経済人を前提とした制度設計を主張する新古典派経済とも異なる。

    昨今、社会的に強力なインパクトをもたらしたインターネットとリーマンショックが、ハイエクの思想を見事に体現し、ケインズ主義や新古典派よりも妥当性があることを示した(インターネットは政府の計画で作られたわけでもなく、また将来を正確に予測した上で演繹的に作られたわけでもない。個々人が「こんなのあったらいいな」と、自分の好みを実現するために、ラフな合意のもとにコードを書き、常に不完全な状態で進化してきたものである。またリーマンショックは、市場が完全情報やら合理的経済人やらで動いているわけではないことを証明した)。

    上記を、理論発展の歴史的展開や具体的適用例を交えながら、コンパクト
    に概観する上で、良い本。

    0
    2011年05月24日

    Posted by ブクログ

    資本主義の中で生きてて市場が本当にいつも正しいか、なんてことはまあ平均的な人はあまり考えません。特に日本で生きていると資本主義だと言いながら、不景気になるとやたら社会主義が流行って困ったことになります。

    史上、何人も経済学者なんていましたが、マルクスもケインズも絶対なんてことはなかったわけです。そしてこれからもそうであるように、またハイエクも彼らを否定することで、またハイエク自身が新しく誰かに否定されることで経済云々が進んで行くわけです。

    さて、そんな中で労働や賃金というのは一番個人的には気になるところだと思います。本書では同時間で掘るダイヤと鉄の鉱夫を例にとって説明されていますが、なんしかハイエクという人はその当時に主流だった観念みたいのにそぐわないことを言ってたのであまり世間の評価は高くなかったんですけど、今の時代になって注目されようとしているわけです。

    中でも、気になった節があります。これは龍馬伝見ながらも思ってたんですけど、主観的価値というものです。まあ詳しいことは読んで確認してもらった方が早いですが、人によって欲しい物につける価値が変わってくるというものです。まあ当然な気もしますがざっくり言うと需要と供給だけでは要素として足りな過ぎとかそんな話ですね。弥太郎は付加価値に目を付けてうまく事業を拡大してました。
    従って、かの有名な文句で誰かが言った神の見えざる手とかとても胡散臭くなる次第です。この辺に関しては平行して読んでいた『モーセと一神教』がなにげに理解を助長(?)してくれますね。唯一絶対の神への信仰って部分が日本人のおれにしては温度差を感じずにはいれない箇所でした。なので、同教徒にとっては受け入れやすい理屈だったかもしれません。そうやって本質からズレたところをハイエクみたいな人に突っつかれるのかなあと。

    そして、特に読んで欲しいのはp137-138の官と民への言及です。どっちがどういう場合に向いてるか、かつてのロシアと西側を比較しています。これはとてもうなずけました。

    内容が詰まってるのでなかなか感想としてまとまりませんが、読んでおく必要がある本だということは思いました。近頃は下手なノウハウ本が多くって何であんなもんが売れんのかと思っていますが、一冊まともな本読んだ方が表面的ではないノウハウとか自ずと気付けるようになる気がしますね。

    0
    2010年06月09日

ハイエク 知識社会の自由主義 の詳細情報

  • カテゴリ
    :
    ビジネス・実用
  • ジャンル
    :
    社会・政治 / 政治
  • 出版社
    :
    PHP研究所
  • 掲載誌・レーベル
    :
    PHP新書
  • タイトル
    :
    ハイエク 知識社会の自由主義
  • タイトルID
    :
    127616
  • 電子版発売日
    :
    2011年07月22日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    1MB

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