安部公房のレビュー一覧
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「死んだ娘が歌った・・・・・」について
一文あらすじ
家が貧乏なために出稼ぎで上京した少女が、「自由意志」によって殺される話。
メモ
職場の上司から「自由にしてよい」と命じられ、出稼ぎ先を首になった少女は、欲しくもない自由を手に絶望して自殺する。
近代以降の人間は、自由を万人が持つべき絶対不可侵の権利のごとく認識してきた。しかし、自由とは権利なのだろうか。自由とは、意図的な力が加わらない状態のことではなかったのだろうか。
自由を権利として定義づけ、あたかも義務かのように個人に課すこと、これは暴力にほかならない。これこそ、かつて自由を求めて闘った人々の共通の敵であったはずだ。金と力ある者が自由を牛耳る世界において、その逆の者がそれを謳歌できるはずもなく・・・少女は死んだ。
これは現代においても起こりえる、あるいは今まさに起きている悲劇の縮図であり、非常に諷刺の効いた作品であると思う。
「鏡と呼子」について
一文あらすじ
四六時中望遠鏡で村民を監視し、鏡と呼子をつかってあやしい動きをとる住民を告発する老姉弟の家に下宿した教師の話。
メモ
部外者である主人公が、ある奇妙な村に入り、その村の異常さを内面化して出られなくなってしまう物語。『砂の女』の筋とたいへんよく似ている。違いがあるとすれば、もちろん流れが同じなだけで細部はまったく異なるわけだが、諷刺している位相が異なるように思う。これももちろん明確なことではないが、あえて特徴を切り出すのであれば、『砂の女』が抽象的な問題を諷刺しているのに対し、『鏡と呼子』はより現実的な問題を諷刺しているのではないだろうかと思う。
『砂の女』の場合、読んだときにわたしがふと想ったのは、砂の村の住民の生活様式と雪国の住民のそれとが酷似しているということだった。「雪かきをしなければ住めない場所になぜ住むのか」と問うことは、(極端にいえば)「食べなければ生きられないのになぜ生きるのか」と問うようなもので、人間は毎日せっせと異常を積みあげているのかもしれない、なんてことを思った。
『鏡と呼子』の場合、現代の監視社会の発展に対する諷刺がはっきりと読みとれる。たとえば、望遠鏡はありとあらゆる場所に設置された監視カメラ、鏡と呼子は世界中にはりめぐらされた情報伝達システムの寓意と考えることができるし、そのなかで「問題がないことが問題」と語る村民たちは、監視社会のなかで得体の知れない不安を感じる現代人の寓意と考えることもできる。
この作品のなかでもっとも印象的だったのは、主人公の教師のスピーチと村にある道のコントラストだった。教師は次のようにいう。
「世の中には、いいこと、悪いことの、二つがあるように言われています。しかし、なにがいいことで、なにが悪いことか、はじめからはっきりとした区別があるわけではありません。(みんな、あわてるだろうな)道は
はじめから道だったのではなく、人が沢山そこを通るようになってから、はじめて道になるのです。だからどの道も、かならずうねうねと曲がっているのです。それは道をきめることのむつかしさを物語っています。(名
文句だが、どこかで読んだ気もするな)だから、諸君も歩きたいと思った方なら、道がなくても歩いていく勇気をもって下さい。やがて、そこが、本当の道になるのかもしれないのですから・・・・・」
本人のいうように、たしかにありきたりな感じもしなくはないが、悪くもないスピーチだ。しかし、この常識的な発言を嘲笑するかのように、村にはただひたすらにまっすぐな道が通っている。抗うことのできない、なにか大きな力が働く世界。安倍公房はこの作品で、監視社会に潜む問題点だけをあぶり出すだけでなく、社会的圧力と闘う人ひとりの無力さと、個人を支配せんと近づく無言の構造体の異常さをあらわにしたと思う。
引用
Kは大きな音をたてて、自分の喉を飲込んだ。巨大な三角形が、大きな口を開けてすぐ後ろにせまってきているように思われた。―304頁より -
Posted by ブクログ
安部公房との出会いは、高校2年生の時に使用していた現代文の教科書の中だった。
本書にも収録されている「棒」という素っ気ないタイトルが冠せられた10ページ程度の作品で、非条理、無説明、急展開な内容に惹きつけられた。
数年後に「砂の女」を読み、少し違う雰囲気だけど良いなと思い、「棒」を連想させるタイトルの「壁」の世界観は自分にははまらず、「箱男」にもそこまではまらなかった。
しかし、短編集である本書は、良い意味で作者の混沌さが薄れており、良質なSFものとして楽しめる。
それらはサイエンスフィクションでもあり、藤子不二雄に絵を付けてほしい 少し不思議な物語でもある。
時代背景や設定も現代、近未来、遠い未来、ディストピア化した社会など豊富で飽きさせない。
個人的に面白いと思ったのは、犯罪行為を生業とする会社の社員心得だ。
「犯罪者は、犯罪を生産するばかりでなく、また刑法を、刑法の教授を、さらにこの教授が自己の講義を商品として売るために必要な講義要綱を生産する」という挑発的な序文から始まり、犯罪という行為から生まれたものや、美徳についての文章に唸らされる。 -
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妻を救急車によって攫われた男がその行方を追うにつれ、組織としての病院と患者、そして医師に撹乱されていく話。「盗聴」という行為をもって、社会における性の統制と計画的な消費を断片的に描写しています。
もっともらしい言葉を使って概要を述べるのは簡単なのですが、ではこの作品は何を示したかったのか?といった部分に踏み込むと途端に手がかりが無くなってしまう。結果的には「閉鎖的な異常社会と外界にはあまり差は無い。」とか、胡散臭い感想をぼんやりと持つが、それだけで済むほど焦点は少なくない。
結局、一度二度読んだ程度では理解が難しい作品です。また、もしかすると点で読む作品では無く、安部公房の作品群として線で読む作品なのかもしれないなと思いました。(帰宅) -
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安部公房の一部ドタバタも含むSF中心の短編集。青年が突然、珍しい木「デンドロカカリヤ」に変化する。夜中に突然現れた見知らぬ家族によって家が乗っ取られるなど、わかりやすい恐怖から、世の中が知らぬ間に水の底になって、人間が人喰い魚に鳴ってしまうなど、常識の根本が覆されてしまうものまで、多彩な作品群。
様々な表現が文学的で、理解するのに時間がかかることを除けば、筒井康隆や小松左京を読んできた人にとっては、非常に面白い本と感じるであろう。特に気になるのは、作中人物の思考だと思って読んでいると、急に第三者の視点のような表現が織り込まれるところ。
こういう作品群から、現代文の問題を出されたら、絶対解けない自信がある。
それはそうと、いくら文学的な表現が多くとも、この本全部がエンターテインメントである。面白くて楽しくて恐い。おそらく作者も楽しんで書いていたはずで、そこを踏まえて、ついている解説が結構的はずれではないかと思うのだが、読まなきゃ良いんだな。 -
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ネタバレ◆パス「波と暮らして」→ディキンソン「早朝、犬を連れて」を読み、無性に「人魚伝」を読み返したくなり、再読。
◆1957年〜64年に発表された初期短篇10篇。小説でいうと「砂の女」〜「他人の顔」の頃か。
◆飛び込んできた不測の事態によって、現実だと思い込んでいた世界は揺すぶられ歪み崩れ落ちる。元の世界が虚構なのか、この事態が虚構なのか。現実を取り戻そうと足掻く主人公はどちらの世界からも滑り落ち、居場所を剥奪され世界の狭間に取り残される。◆読み終えた私に残されるのは、主のいない帽子・白々とした床・緑色過敏症だけ…
◆はぁ、やはりこの悪夢のような世界観に魅了される。◆ゾクゾクするのは初読時から変わらず、「夢の兵士」「家」「人魚伝」。特に「人魚伝」は「すると、ぼくは、緑色に恋をしてしまったのだろうか?」…この一文だけでもKO。 -
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「失踪した主人を探して欲しい」
この時点で、安部公房を何冊か読んできた人なら、見つかることはないことは想像に難くないだろう。したがって、見つからないのである。
いなくなった人を探して見つからないというテーマは「密会」と似ており、安部公房作品らしくどの登場人物ものらりくらりと本質を語らない。主人公もフラフラと本質に突っ込まず、心理描写を見ながら、読者がどんどん焦らされていく。プロットとしても「密会」の昼間版というところ。とはいえ、あちらほどディープでえげつない描写が有るわけでもないので、慣れていなくても割と読みやすい1冊となっている。安部公房の準初心者におすすめしたい。
安部公房作品の読み解きの難しさの一つとして、やたらと複雑な建物などが出てくることがあるが、本作は車であちらこちらに移動し、それらの位置関係がしっかりと描かれているために理解しやすい。沿う感じてドナルド・キーンによる解説を読んだら、しっかりと書かれておりました。安部公房に興味を持ったのなら、解説付きの文庫本版をおすすめします。 -
Posted by ブクログ
ふと読み返したくなり再読。3年ぶりくらいに読んだが、印象が変わった。
安部公房後期の長編。この小説の見所は「登場人物全員悪役」ということだろう。しかも小悪党。それらの登場人物が騙し合い、出し抜き合い、物語は進む。
まず笑ったのが「デブ」の頻出具合。主人公のもぐら君がデブなんだけどデブやブタと言われたらキレる。ブタと呼ばれないために自らもぐらを名乗っているくらいだ。このもぐら君、なかなかスケベで女の尻を触ろうとしたりひっぱたこうとしたりする。笑いどころが意外に多い。
この小説は壮大な「かくれんぼ小説」だ。みなさんもかくれんぼの経験があるだろうが、そんなワクワク感がある。偽物という意味の「さくら」をタイトルに据えたのもいい。安部公房は「偽物」という響きが好きらしく、全集についてくる月報も「贋月報」の名前を冠している。けっこう分厚い小説ですがすぐに読めます。おすすめです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ安部公房作品の中で一番好きな小説。純文学と探偵小説の融合だ。
主人公は興信所員。ある男を探してほしいという依頼を受け、調査を開始するが手がかりは次々に失われ、登場人物は死に、主人公は都会の迷路の中に追い込まれていき、追うものと追われるものが逆転し、最後には記憶喪失になってしまう。現代の恐怖を描いている。
特筆すべきはハードボイルドなこの作風だろう。紫煙と酒がよく似合う世界。タフな主人公。ウィキペディアの「ハードボイルド」の項にこの作品は上がっている。安部公房の作品は深読みしようと思えばいくらでもできるが、難しいことは考えなくても楽しめるのが最大の売りだろう。純粋な探偵小説としても読むことができる。
そして現代の恐怖を描いている点。我々はいつ生活している場所からいなくなってもおかしくない。年間の失踪者数はものすごい数に上る。都会というのは迷路だ。昭和の時代にこれを書けたのはすごい事だろう。おすすめです。