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Posted by ブクログ
学生時代以来の安部公房。
BOOKOFFで購入。
「砂の女」を読んで新婚旅行で鳥取砂丘に行ったくらいだから、学生時代にはわりと熱心に読んでいたと思う。
安部公房はくせがあり、最初にスッと入れないとなかなか読み通すのが難しいが、これはスッと入れた。
スマホもパソコンもほとんど普及していない時代、想像力の豊かすぎる主人公が核戦争に備えて巨大なシェルターを作り、「生き残るに値する人々」をスカウトする筈だったのだが…という話。
主人公を始め、出てくるのはいびつな人たちだ。いびつさが奇妙に誇張されグロテスクでさえある。
しかし、読後感はわりと爽やかだった。
Posted by ブクログ
放置された地下採石場跡の広大な洞窟に、モグラこと〈ぼく〉は核シェルター設備を作り住み込んだ。近づく核投下の日までにこの方舟に乗れる資格のある人を見つけて乗船切符を渡そうとするが、ひょんなことで3人の男女とシェルター内での共同生活が始まる。しかし洞窟に侵入者が現れ、仇敵とも言える父親からの連絡、さらには便器に片足を吸い込まれて身動きが取れなくなり〈ぼく〉の計画は崩れ始める。核による人類滅亡、シェルターにより生き延びる人たち、生き残った人たちによる新しい社会と平和、そうした一連の想像はすべて幻想であり現実逃避でしかない。逃避した先の世界もまた現実と変わらない。
冒頭で〈ぼく〉は自分の糞を食べて同じ場所をぐるぐる回って生きるユープケチャという昆虫をデパートの屋上で買う。先に購入していったカップルに釣られて買ったのだがその男女がサクラだったことが後でわかる。このサクラの男女と昆虫屋と一緒に共同生活を始めるのだ。虚構に虚構を重ねて第三者をその気にさせるサクラ。さくら丸の名前はそこから来ているのだろう。世の中はすべて幻であり虚構である。どの世界にも真実はあり、パラレルワールドのようにそれらはすべて一人ひとりの頭の中に作られる。つまり、人の頭の中は誰の力を借りなくても、ユープケチャのように自分が排泄したものを食べて同じ場所をぐるぐると生き続けている。昭和59年の作品である。核の時代、核があまりに遠い存在すぎて人はデストピアとユートピアの両方を想像していたが、それどころか時には核そのものが本当は存在しないのではないか、心配すること自体が無駄ではないかという気さえしていた。核があるから安全という人たちの世界と核がなければ安心と言う人たちの世界のどちらが真実なのか。そんな不安の時代に人は何を信じていたのか。あの頃、自分だけは無傷で生き延びるのではないかという根拠のない世界観の中で、誰もがユープケチャのように自分だけの理屈を勝手に吐き出しそれを咀嚼して自己満足していた気がする。いや、人生とはそんなものなのかもしれない
Posted by ブクログ
ふと読み返したくなり再読。3年ぶりくらいに読んだが、印象が変わった。
安部公房後期の長編。この小説の見所は「登場人物全員悪役」ということだろう。しかも小悪党。それらの登場人物が騙し合い、出し抜き合い、物語は進む。
まず笑ったのが「デブ」の頻出具合。主人公のもぐら君がデブなんだけどデブやブタと言われたらキレる。ブタと呼ばれないために自らもぐらを名乗っているくらいだ。このもぐら君、なかなかスケベで女の尻を触ろうとしたりひっぱたこうとしたりする。笑いどころが意外に多い。
この小説は壮大な「かくれんぼ小説」だ。みなさんもかくれんぼの経験があるだろうが、そんなワクワク感がある。偽物という意味の「さくら」をタイトルに据えたのもいい。安部公房は「偽物」という響きが好きらしく、全集についてくる月報も「贋月報」の名前を冠している。けっこう分厚い小説ですがすぐに読めます。おすすめです。
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小説・文芸
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